8話 嘘憑き
ストーカー。
一方的に関心を抱き、特定の相手を執念深く付き纏う人を差した言葉。待ち伏せや尾行、デマの噂に嫌がらせを執拗に繰り返す危害を与えかねない人物。都合の良い印象操作で相手に迷惑を掛ける行為は、募らせた欲望の感情が怨念となって行動に示したもの。
醜態に満ちた恐るべき人間の悪意が、依頼人に毒牙を掛けようとしている。
危険に晒されている事実に弥彦は言葉を告げた。
「……これは、出る杭が打たれているな」
「え?」
聞きそびれたような反応を示す当事者の正雪。しかし主旨を変えると意味合いが違ってくる。想定していなかった反応にも捉えることが出来てしまう。
特に、悩みを抱えていなさそうな良心のある人物ほど。
表裏を隠している可能性がある。
「アンタ、何かやらかしたのか」
「いや、思い当たるものが見付からないかな。悪いことはしたことはないし、両親が決めた方針を守ってきたつもりだ。問題事なんて御免だよ」
本人に悪意を抱えず。
正当を述べる姿は嘘を孕んでいない。ザ・優等生らしい意見だろう。
けれど、罪悪感に気付いていない。自分自身が成してきた行動がどんなに正当化出来てしまっても、周辺に少なからずの影響を与えてきたハズだ。当然人生に拍車を掛けた人物に近寄ることは、きっと何かを期待したに違いない。
毒牙に犯されることで負の感情は負荷を増していく。
やがてそれは憎しみに生まれ変わる。
「でも、どうして世良くんがストーカーに狙われる理由になったの?」
訝しげに首を傾げた理世は理由に繋がる大概を追求する。
答えは依然として不透明のままだった。
「それが全く分からないんだ。下駄箱や机の中にラブレターが入れられたり、内容通りに屋上に来ても一向に姿を現さなかった。それも何度も経験して。最初は悪いイタズラかと思ったけど、ストーカーの存在に気付いたのは部活帰りかな。誰かに尾行されていて、その時夜だったから、相手の顔は分からなかったけど……」
断片した記憶を辿りながらも、戦慄を感じた記憶に正雪は細い喉元に生唾を呑み込み、滲み出る冷や汗は肌に染みていく。
不自由のない生活を送っていた青年。
道徳心を重んじ、他者と築き上げた時間を大切にしようとする誠実な心掛けは、間違いなく清き正しい生き方を理解し自分が何者なのか理解していたのだろう。
だが、見えない恐怖は形となって具現化した。
歪に出来た愛情という名の強欲が。
「多分推測たけど、ストーカーの犯人は校内の生徒だと、俺は思うんだ」
たとえ正解に辿り着く方法を遮ろうとも。
正雪という青年は諦める姿勢を見せないでいた。劣等感に屈したりせず、自分が決めた正義に沿って進むだけ。恐れは要らない。覚悟を示した渾身の一撃を全力で扱える『切り札』を懐に隠しているような雰囲気を漂らせていた。
満ち溢れた強かな自信は一体何処にあるというのか。
きっと、弥彦には持っていない物だ。
「その線は間違っていない。というか概ね合っている」
「やっぱりそうか……」
互いの方向性は一致する。
依頼人を付け纏うストーカーは在校生の可能性が高く、後はその正体を暴くことになったが、あまりに情報が少な過ぎる上に進展したとは言い難い。浮き足立ってしまえば作戦は破棄してしまう。
「ラブレターで気持ちを伝えるなんて、ロマンチックね」
深刻な事実に直面しても理世は何を思ったのか一人勝手に頷く。恋文については確かに物珍しさはあるものの、弥彦は恐怖にしか思えなかった。
「髪の毛や身の覚えのない写真が入っていたら除霊をお願いしないと駄目だ」
「一体何をしたら不気味なラブレターが送られるのよ……」
「知らん。聞きそびれた」
戸惑った口調と軽蔑した眼差しが返ってくる。
自分でも原因が分からないと弥彦は淡々として受け流した。既に過去の出来事。手紙を送り付けてきた相手とは疎遠しており、二度と会うことはないと誓う。
「あはは、ラブレターの中身は数枚のルーズリーフだけだったよ。流石に髪の毛や写真は入っていなかったかな」
「……全体的に物凄く雑な気がするのは私だけ?」
「という事はストーカー恋愛に対して雑なんだろう。相手の気持ちを理解しようとしないズボラな性格が現れている。姿を隠している時点で悪質。相談の前に、警察に相談した方が解決出来たんじゃないのか」
「最初はそう思った。けれど、……俺は、この問題を大事にはしたくはないんだ」
気前の良い爽やかな微笑が消える。
自分の身を守る事よりも、周辺の関係が崩壊してしまう事を恐れている。もしもストーカーの正体が世良の知る親しい人物だったのなら、これまで築いてきた関係は一体何を得て、一体何を失うのか。
「平和に過ごしたい。そして、今まで通りの時間をみんなで感じたいんだ」
誰かに迷惑を掛けてしまうのなら、隠したまま背負い続けていく。
その犠牲という名の覚悟は紛れもなく本物だった。
前を見据える瞳の輝きは色褪せない。
「だから、君達に相談してきた。俺自身の青春を守るために」
「……そうか」
世良正雪は本気で恋路部を求めた。ストーカーの正体を暴くために、培ってきた己の力量を解決へ傾ける。それが達成するまでは見えない猜疑心と対峙して。
葛藤と悔恨の間隙に挟まれた校内一位の優等生は嘘を吐いた。




