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7話  三人目の依頼

 唐突に開いた扉は風の通り道の役目を担う。


 恋路部に訪ねてきた当事者。ノックもしないで自然と現れたのは秦村先生。手をポケットに入れておりスーツ姿の服装はムカつくほど似合っていた。品格に欠けた要素を含めない先生らしさに、疑う弥彦はどこか納得が行かなかった。


 コイツ、よく見ると無駄におめかししてイケメン面してやがる!

 誰だお前は。


「あれほどノックしろと忠告したのをお忘れになられたんですか。三流公務員殿」


「お、いつもより真面目に部活を勤しんでいるな。それなら結構」


 うるさく吠える野良犬をあしらう程度の反応だった。


 以前よりも清々しいほどの表情で恋路部に寄り道する秦村先生。何処にその余裕が生まれるのか見当も付かないが、自ら出向くのには珍しさがある。


 何せ、多くの問題を振り撒く原因が大体コイツしかいない。


「まさか婚期でも逃したんですか」


「フッ、一つの事に集中して長くやり続けることに確かな意味があるのだよ」


「涓滴岩を穿つ。という事でしょうか」


「物覚えが良くて助かる。やはり新藤は優等生だけあって賢いな」


 話が全然噛み合わない。

 多分根気の事を言っているのだろう。


「先生。私達に頼みたい仕事って一体なんですか?」


 話の間を割る理世は手を挙げて秦村先生に質問。すっかり恋路部の方針について拭い去ったのか毅然とした情態で伺う。すると秦村先生は要件について思い出したのか篤実な態度で事情を話す。


「ああ、そうだ。諸君らに頼みたい案件があってな。どうも非常に厄介事で、私達職員では手の付けようのないプライベートの問題なんだ」


「難しそうですね……」


「……まるで、お払い箱のような扱い方だな」


 後回しに皮肉を混ぜた意味合いに弥彦は怪訝そうになる。


 自分自身の力量では解決に至らないから他に回す。そんな風に聞こえてしまう。暗黙の了解で一致した決断は隠蔽工作に過ぎない。触らぬ神に祟りなし。臭いものに蓋をする。そんな最低限の結果を上部を取り繕うのは些か遺憾に思う。


 たとえ恋愛事情でも。

 限度を越える相談事については残念ながら力になれることはない。


 現実と幻想を見分けられる常識人であってもだ。


「秦村先生も十分に理解しているハズですが、恋路部は恋愛事情がメインの部活動であり、あくまでも個人的なボランティア活動。力量を測っていると思いますが、無理な案件には断固として遠慮させて貰います」


「……おっと。どうやら悪い印象を与えてしまったようだな」


 それでも秦村先生は平気な顔をして思慮を重ねていた。

 流石に動じないのは分かっていた。相手が測り知れぬ大人だからこそ丁寧な言葉で慎重に選択肢を選んでいる。


 様子を伺うことも力量に含まれているのなら、静かに身構えるしかない。

 きっと、この手には裏側があるのだと。


「諸君らが心配するような大事な問題じゃない。だから安心したまえ」

「……」


 依然として厳しい態度を取る弥彦に察する秦村先生は笑って応えてみせる。


 けれど。

 試練を与える貴方だからこそ、余計に警戒するんですよ。


 苦い表情を浮かべる弥彦は徐々に焦り募らせる。途端に弥彦の肩に触れる理世は「どうしたの?」と不安そうに様子を伺う。そんな彼女の困惑する姿を見て、弥彦は深呼吸をして冷静さを取り戻す。


「ええ。本題がまだでしたね」

「そうだ。私はまだ本格的な内容を伝えていない。依頼人は廊下にいる。入れ」


 扉の向こう側にいる者に声を掛ける秦村先生。お邪魔しますと軽快な声で部室に歩み寄る者は、風格の質の高さを誇るほどのトップカースト勢だった。


 依頼人は紛れもなく誰からでも認めるイケメンであった。

 下手したら校内一位を争えるほどの。


 優等生らしく黒髪。自慢のアホ毛はレーダー探知機でも搭載してるのか風に吹かれて揺れている。気楽に話せるような好かれる端麗の容姿と共に、最高の環境下で培った知識を他人の為に力を振るうことのできる理想像の人物。


 女神に愛された青年はこちらに向けて爽やかな微笑を浮かべていた。


「こんにちは。ここが先生が言っていたボランティア活動部か……」


 興味本位に部室を見渡す。

 しかし偶然と目が合った途端にオーラを放つ微笑を見せ付けてくるではないか。眩しい。初対面のハズなのに妙に馴れ馴れしいのが感心しない。


 そんな平和そうに見える雰囲気を秦村先生は咳払いして話題を進ませる。


「……あらかじめ自己紹介しておこう。彼の名前は世良正雪。サッカー部に所属する2年B組の生徒だ。今回の相談の依頼人となる」

「よろしく」


 正しく会釈を返す青年、世良(せら)正雪(まさゆき)


 確か合同体育で見覚えがある。終始一際目立ちながら女子達に黄色い声を浴びるスターのような存在感が。サッカーで得点を決める度に歓声が湧き上がる景色に、D組のクラスメイト達はセミの抜け殻みたいに呆然としていた。


 女子はそっちのけで敵クラスを応援してしまうという地獄。

 この時点で戦意喪失するのは時間の問題だった。前半から交代して良かった。


「とにかく座ってくれ」

「ありがとう。お茶を頂くよ」


 空いている椅子に腰掛ける正雪。礼儀を心掛けているのか出されたお茶を感謝の気持ちを告げる。気前の良い性格は建前ではないと瞬時に察した。


 だが、完璧主義の権化が相談してくるのが違和感を覚えてしまう。

 知人には言えない複雑な事情があるのか。


 正式に迎えた三度目の依頼。弥彦の隣に伊達メガネを掛けたポニーテールの理世がいる。長方形のテーブルの向こう側で時期を待つ正雪は引き締まった姿勢を崩さない。面接では既に採用レベルに達している。


 一方で秦村先生は十分に仕事をしたのか恋路部に全部なげやり。

 いつの間にか姿を消してしまった。


「やっぱりお払い箱じゃないか。分かりやすい手抜き感だ……」


 とりあえず安堵をするが、満足しない。


 彼女が居なければ言葉の裏側を探ろうとしていたのかもしれない。悪い癖であり自分自身の弱点となる方法だ。弥彦は深呼吸し、目の色を変えた。


 ほんの些細な部長の変化に気付く正雪は適度な話題を上げていく。


「そういえば、茅月さんと、新藤でいいんだよね」


「へぇ、私の名前覚えていたんだ」

「何故俺の名前を知っている」


 同時に言葉を発する弥彦と理世。途端に顔を合わせては表情を困らせた。

 どうしてハモったし。


「茅月が理由を聞いた方が賢明だ。恋愛関係では適任だろう」

「貴方の方こそ聞き上手でしょ。だから貴方に譲る」


 気まずい雰囲気が漂う。

 それにも関わらず依頼人でもある正雪は頬を掻きながら紳士を発揮する。笑みを絶やさずハッキリとした理由を器用に答えてみせたのだ。


「いや、実は秦村先生から聞いていたんだ。俺の相談に乗ってくれる相手だから、何も知らない方が無礼だと思って。そして君がこの部室の部長なんだね」


「ああ。新藤弥彦だ。今後とも宜しく」


「……良い名前だな。此方こそ宜しく」


 優劣感を無くした平等で対等の距離感。誰にも釣り合う価値観。

 みんなが欲しがっていた人物像は目の前に存在感する。


 けれども、弥彦は腑に落ちなかった。


 目の前で勇ましく爽やかな笑みを湛えた同学年の青年に弥彦は変化を示さない。いつものように冷静沈着を貫き、部長としてのプレゼンスを全うするだけ。


 社交辞令は時と場合によって豹変と化した可能性を示唆する事を。


 この時はまだ誰も知らない。


「ところで世良くんの相談っていうのは一体なにかしら?」


 本題に入る進行係を務める理世。

 恋路部の中で相応しい彼女は適任で、中庸的な判断が彼女の特徴とも言える。

 ルックスを含め成績優秀の理世は男女問わずそつなく依頼を引き受けてくれる。意外と面倒見の良い人柄なのかもしれない。


 もしもこの場に相澤が居れば、何をもたらしていたのだろうか。


 そんな安直な思案を巡らせる弥彦に。

 今回の依頼はブラックボックスのように、そう簡単には達成させないらしい。


 淡々とした口調は物事の重大さを伺え。

 抑えた低い声のトーンを放つ正雪は誠実として表情を一切変えなかった。


 深層に隠された其の正体は歪んだ親愛という闇を抱えている。


 どこかで欠落した愛が。


「俺が相談したい事情。それは、ストーカーの正体を暴きたいんだ」

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