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6話  真面目で不真面目な会議

 ブレイクタイムは突如終わりを告げた。


 安らぎを与える慈悲の時間。誰にも邪魔されぬ安寧の時間。度重なる幾多の疲労から解放されるために設立した孤高の文芸部は化けの皮を剥がす。隠された本性は豹変させる。他人を巻き込んだそれは醜態を晒し、愚かなる羨望を非難し、悪質な部分だけを排除する。


 逆流に呑み込まれたドロドロの感情は、誰にも止められない事を知りながら。

 その時、後見人はどう考えるか。


 はい嘘でした。


「今後の恋路部について、対策を講じることにしたわ」

「対策ですか……」


 実は圧倒的な相談不足に対し、メンバーである理世は現状について懸念を抱き、真面目に急遽会議を開いたのだ。自慢の薄い亜麻色のセミロングをポニーテールの髪型しては弥彦のメガネを掛けていた。


 急に始まる会議生活。

 暇潰しの放課後がまさか為になるものに。


 要するに理世は本格的に恋路部の活動を願っているようで。言わば助けてくれたお礼というものか。ホワイトボードの前に立つ凛々しい姿は聡彗に見える。


「えっと……」

「何かしら? 新藤くん」


 とりあえず手を挙げる優等生弥彦に指示棒を振りかざす理世先生。


「具体的な対策について、詳しく説明して欲しいんですが……」

「いい質問ね。新藤くん」


 言いたいだけだろそれ。

 しかし意外とノリノリな理世はすっかり教師を演じており、後で後悔するタイプなんだろうな。そう思えた弥彦は言わない優しさを身に付けた。


 講義は黄昏色の世界が暗くなるまで続きそうだ。


「まずは基本的な活動方針について。恋愛進路部こと恋路部は恋愛関係に悩める人を手助けするために設立した。学生のためにある生徒指導ね」


「あくまでもこのボランティア活動は恋愛事情に関するものだけを妥協する。それ以外の相談は受け入れていない。対象外は却下だ」


「つまり、この部活は便利屋ではないのよ」


 その通りである。

 万事屋ではないし奉仕部でもない。まして学園生活部じゃない。


 事の重大さや他人との差異を認識するための自己変革を促す訳ではなく、従来に沿ったルールを維持ために恋路部は存在していると考える。


 恋愛は純粋であり単純だ。

 だからこそトラブルは続く。他人に迷惑を掛けて人を傷付けてしまう不正解を。そんな間違った方向に進ませないためにも後見人は助言を与える。自分自身の力で間違いを探し、些細なキッカケを理解する判断力を気付かせるのだ。


 難問の前に対峙する自分は、果たして間違ってはいないのか、と。

 難題を与えたのは一体誰なのか、と。


 ふと気付いた時に探していた答えは自分自身の近くある。


「私達が依頼人を助けるのではなく、当事者本人が解決させている。これは先生の決めた指導じゃない。これは、貴方が成し遂げた方法よ」


「……正解。模範回答だ」


 清々しいほどの発した言葉には強い感情が込められていた。


「相澤の場合は偽物だった青春を本物にするために彼女の世界観を変えてみせた。恋愛に自信が無かった茅月には疑似デートをさせて偽物であると実感させてみた。それは全部、当然の意味を教えただけさ」


「それも、完璧にこなしていたのは流石としか言えないわ」


 呆れて肩を竦める理世。

 白旗を上げて敗北を認めているような様子を弥彦は見受けられた。


 問題と解答を理解した上でヒントを与える。最初から解決に導くのではなく想像力を働かせるために考え出された方法。決して他人に流されず、己の判断力で問題と向き合う。


 自分という敵を本気で向き合えるために。


「当事者が最大の敵だったなんて。……知ってる貴方は何者なのかしら?」


「ただの転校生」


「しれっと言ってやるわね……」


 これまでの経緯を振り返って。理世は納得していた。

 新藤弥彦はそういう人間であると。常に解決策を求めて正しい事を追及しようとした他人に真面目な高校生を。


 けれど弥彦は違うと言い切ってしまうだろう。

 他人に優しくても、自分には余計に厳しくしてしまうから。


 知らない方が幸せなのは、多分こういう意味だ。


「というか話題逸れてないか?」


「大丈夫。別に逸れていないし。私が言いたいのは恋路部のこれからの事よ」


「これからの事?」


 彼女の言う対策に思案を巡らせても、思い浮かばない弥彦は首を傾げる。

 曖昧な反応が高じたのか理世は紫色の瞳をキラキラ輝かせて、


「恋路部を活躍させるのに校内に留まるのは勿体ないと思うの。だからね、貴方の実力を鑑みて、活動を校外に幅を広げるのはどうかしら?」


「幅を広げる、か……」


 長方形のテーブルに前のめりになる理世。高揚しているのか頬はほのかに朱色に染めており、弥彦の反応を待ち遠しく華奢な体躯をジャンプさせていた。


 揺れる度に甘い香水が広がる。

 柑橘系の香りだった。


 顔との距離が近い。子供のような無邪気な素振りが境界線を曖昧にさせる。

 上からの覗かせてくる目線が気まずさを増す。


「……」


 当然、弥彦は難しい表情を浮かべて、ゆっくりとため息を吐いた。


 彼女の端麗な容姿に怖気づいたのではなく、胸の部分が近いから焦っているのではなく、根本的な問題を継ぎ接いた結果が、悲惨なものに辿り着いたからだった。断じて心がときめいたのではない。


 見えない敵が内側から抉り出していることを知っているのだろうか。

 本当の敵は自分自身であると。


 だからつい余計な言葉を溢してしまう。これは悪い癖だ。


「今の俺達に活動を広げるほどの人脈が無いのに、出来る訳がないだろ……」

「……あっ!」


 苦痛が正解だった。明らかに自虐だった。

 圧倒的に人脈が足りない。理由は紛れもなくぼっちの集団だから。気前よく話せる優秀な学生でもない二人は集団から孤立することで実力が発揮できるのに。


 名も知れてない部活を世間に晒すのにさえ無理があった。


 カースト根暗野郎に一体何が出来ると。


「い、痛い。ああ痛いわ。ごめんなさい。こんなの考えていなかったわ……」

「よくもまあ堂々と言えたわな……」


 頭痛でもするのか頭を抱える二人。大切な何かを失ったような気がした。

 多分道徳心だ。


 他人の悪い部分しか見ていない。良い所が一つも思い浮かばない。そんな致命傷の原因を抱えた理世はズレたメガネを無言でかけ直す。ほんの少しだけ落ち込んだ表情が哀愁に満ちていて、弥彦は何となく話し掛けにくかった。


 期待した活動の対策が肩透かしに終わったそんな状況に。

 恋路部に足を運ぶ者がいた。


「よお。ちゃんと職務に励んでいるか? そんな諸君らに頼みたい仕事がある」


 扉の前に立つのは、顧問の秦村吉報だった。

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