5話 サクラノハナビラ
真面目に恋路部の活動を継続中。
晴天が広がる放課後。太陽の日差しは燦々と照る。眩しさと共に日を重ねると熱を帯びていく。初夏に近い気温に部室は窓ガラスが開けていた。
涼しい風が通る。
優しい花の香りを乗せながら。
換気が改善する部室。遅咲きの桜の花弁がイタズラするように床を滑る。些細な微風が吹けば居場所を求めない桜の花弁は美しく舞う。
風情があると彼女は静かに微笑む。
しかし、恋路部の部長だけはそう思っていなかったようで。
「掃除開始」
「えぇ!?」
箒と塵取りを所持し奮起する弥彦は絶賛掃除中だった。
衣替えがあと一ヶ月程度なのに初夏のような暑さに幻滅していた弥彦。春夏という二つの季節を楽しめるハズが台無しにされたのには理由がある。
読書をしようとすればページは捲られ。
タブレットで音ゲーをすれば桜の花弁に視界が邪魔されて。
そして外のカップルのイチャイチャした声が、平常心に炎の灯火が付いたのだ。
頼むから静かにさせてくれ。そう願うばかりの躍起。完全に伊達メガネは役割を機能しておらず机に鎮座していた。箒をライトセーバー並みに振り回す弥彦は煩悩に満ちたリア充の声がした方角を睨む。
獲物を探すが一向に見付からない。
「まだ、掃除し足りない……」
「どういう意味を含まれているのでしょうね。それは」
平然とした赴きで携帯端末を利用して読書をする理世。こちらにはさぞかし興味が無いのか振り向く気配もしない。
「そうだな。掃除というより仕事の方が適切だったか」
「物騒だからやめなさい」
素っ気なくあしらわれる。微動だにしない反応をする彼女に弥彦は何も言葉にはしなかった。だが恋愛撲滅に努力を傾けている弥彦は諦めるつもりはない。
恋愛には二つの解決策がある。
一つ目は成就する機会を与える事。偶然の重なりを利用して関係性を築かせる。都合の良いハッピーエンドは誰かを幸せにしてみせるが、もう一つ目は恋愛を破綻させる事であり、救いようのないバットエンドは別れがない限り延々と修羅だ。
出会いも地獄。別れも地獄である。もうどうしろと。
「……全然人が来ないわね」
風が止んだところで清掃を終えた弥彦に訪ねてきた理世。
恋路部の核心的な要素を突き付けてきたようだ。
「当たり前だろ。この部活を知っているのは俺を含めて茅月と相澤の三人。一部の生徒会と先生しか居ない。要はオカルト幽霊部」
「新しい部活作ってどうするのよ……」
椅子に腰掛けて堂々と説明すると即座に呆れてしまった。
弥彦曰く転校初日で失敗して居場所が無かった為に、担任で恋路部の顧問である秦村吉報が設けた部活で、依頼がなければただの文芸部と変わらない。
けれど恋愛に関して本当に相談してくる人がいるとは……。
それでも恋路部の正式なメンバーとして今があるのは不思議な力があるのか。
信じるか信じないかは貴方次第。
「仕方ないだろ。こう見えて俺はクラスの中で除け者にされてんだ」
「それはただの誤解でしょうに。クラスメイトのみんなには説明しないの?」
「今まで黙ってた奴がいきなり饒舌に話すとか、そっちの方が滅茶苦茶怖いだろ。映画一本できるレベルだ。映像使い回しのB級とか絶対見たくない」
「私も見たくないわ」
結局は現状が変わることは当分ないだろう。
純粋な話題だけで済まされる問題。笑い話に変われるのはまだマシだと思える。
本当に笑えないのは全否定された絶望感だけ。
「……相澤さんは何も言って来ないってこと?」
「その通り」
メガネをかけ直す弥彦は退屈そうに欠伸する。口元を手で遮りながら、事実だけを述べていく。対して理世は神妙な面持ちでこちらの様子を伺う。
少しだけ、心配そうに表情を曇らせた。
自分と比べ物にならないほどの境遇に向けられる言葉は足りない。他人のために同情を寄せても、きっと理世には届かない。本当に彼女が優しくても、その優しさは誰かを傷付けてしまうだろう。
だから悲しませないように。彼女が安心して居られるように。
弥彦は冗談を誘うだけだ。
「……俺は助けて欲しいだとか、一度も思ったことはないぞ」
「だけど、辛いのは本当なのでしょうね」
「別に構わないさ。俺は元々あのクラスには居なかった存在で転校生に過ぎない。海外で長い間を滞在した帰国子女だ。文化が多少違うだけだ」
「知識が豊富なのはそういう理由だったのね。なーんだ、とても珍しいじゃない」
「珍しいって、客寄せパンダじゃないんですけど……」
思ったことを呟かれ不機嫌そうになる弥彦。
すくすくと微笑む理世は今の時間を楽しむ。何かを思い出したのか、何処か可笑しくて目元を拭う素振りを見せた。
「あはは、思い出したわ。貴方はそういう人だったわね」
「どの部分だよ」
「ふふっ、内緒」
首を傾げては幻滅しても隣の席に座る理世は柔らかい表情を浮かべている。
冷静に考えても答えに届かない弥彦は難しい表情を浮かべる。
それはまるで月と太陽のように。
決して交錯することのない二人の存在は個性的に輝いていた。
悪戯に吹く風は再び桜の花弁を乗せていく。可憐に舞う桜の花弁はやがて美しく散っていく。二週間という僅かながらの生涯を終えてもそれは無駄ではない。透明だった景色を沢山の彩りを与えてくれる。
名残惜しいと思えるのは風情を感じているから。
終わりを告げる散り桜は次の季節のためのステップであり、みんなの記憶の中で大切に収めていく。燦々と照り付ける夏の訪れは、とうに始まっている。
コーヒーを入れたステンレスカップに誘われた桜の花弁は踊っていた。




