4話 暇潰し
通り過ぎるように授業が終わる。そしてこの後に放課後が待ち受けている。
「そろそろ準備するか……」
質素な高校生活を送る弥彦。自宅に着く前に宿題を終わらせた彼には隔離された部活動が待っている。そのニッチな部活動というのは人件費を必要とせず、暇を持て余した高貴なる人(一部を除く)が集まる組織だ。
その名前は恋路部。
恋愛関連に悩む少年少女に救済の手を差し伸ばす。しかし他人の恋愛を成就せずあくまでも個人の努力次第で選択肢を決める。これからの進路を定めるための適切な処置を下す。恋愛する者にとって、恋路部の存在は鬼門と言ってもいいし、ハタ迷惑な文芸部だろう。
異議を唱えようとも生徒会直々に認定された部活動は廃部にはならない。
彼らにとって世知辛いが部長の弥彦も世知辛い。
何というか。
肩身が狭すぎるのだ。
「あら。遅かったじゃない。用事があって来られないと考えていたわ」
「俺に都合の良い用事が有るわけないだろ」
部室の扉を開けば、迎えてくれる言葉が返ってきた。
普段のように廊下を歩く。寄り道しないで直行すると映る景色の先には見覚えのある一人の影が伸びていた。こちらに気付く彼女は途端に微笑み、紫色の瞳を輝かせながら、こちら側に訪ねてくる。
左右に黒リボンの髪飾りをした薄い亜麻色の髪を持つ少女。
恋路部正式メンバーの茅月理世はリラックスした様子で椅子に腰掛けていた。
「相澤はどうした。友達と遊ぶ予定があるから先に帰宅したか」
とりあえず左端の席に座る弥彦。中央には理世の席があり、その右隣に空白の席があるのはもう一人の恋路部のメンバーだが、現在は不在のようだ。
そんな何気ない言葉を告げる弥彦を見て理世は素直に応じる。
「色々と用事があるらしいわよ。ま、新藤くんには一切関係のない物だけど」
「へぇ、ならいいか」
「な、なんかやけに反応が軽いわね……」
思っていたのと違うためか肩を竦めて苦笑する彼女。
プライベート事情には加担しない弥彦はあまり他人には深追いしない。たとえ身内であったとしても、口を噤み頑なに言わない自信がある。
「興味はないの?」
「迷惑を掛けるものなら詮索しない。知らない方が幸せだったりするだろ」
「知らない方が幸せって、……それって私への皮肉かしら」
「違う。これは自分に向けた皮肉」
淡々と否定する弥彦だが黒バックからいそいそとタブレットを取り出す。
そして簡単なゲームをし始めた。
最初は独りだった部室。今では賑わいが絶えない環境に変わる。それは相談してきた彼女達がもたらしたと過言ではないだろう。決して弥彦の力ではない。
しかし、少し落ち着いて過ごしたいのは本音だったりする。
「皮肉って何をしたの。良い値段をしたバックにお金を出したこと?」
「一理あるが大した事じゃない、と思いたい」
「なにその間。否定はしないのね」
「まあな。身内には期待されてない時点でアウト、従妹には捨て駒扱い。都合の良いカモだ。学校生活に関しては腫れ物扱いのように関わらない。正直、俺が居なければ周りは幸せだろうに」
「それは……、単なる勘違いじゃない?」
「本当の事だから嘘は言いたくはないんだ」
スタイラスペンを使って液晶画面に書く弥彦は微笑する。
「事実を言えば自分と関わってきた人間は否定する。理由は簡単だ。他人に正当化されたくないからな。守ってきた暗黙の了解を破りたくはないんだ」
「意地悪な顔ね。人間の悪い部分だわ」
「嘘は幾らでも幸せに出来る。けれど真実は不幸にする。それだけの事さ」
顔色合わせて口告げする。なんという素晴らしい人間関係。
そんな嘘臭い人間は大嫌いだ。
記憶に残る忌々しい言い訳と逆上の連鎖は止まらない。他人を煽り憤怒した人の反応を見る愉快犯は地獄に落ちた方が幸せだ。偽物の情報を植え付ける前に自分のモラルの低さを気付けばいい。
自分がしてきた行動は間違っていないか、と。
「だから自分より上の実力を持った人間に嫉妬するのは仕方がない」
「自ら煽っている上にとんでもない皮肉を聞いた気がする……」
「ノブレス・オブリージュ。財産、権力、地位を保持する者に責任が伴う意味が込められた言葉だ。消費する者が生産する者に応じて果たす義務は基本的な道徳観というのに、このご時世は自分を守るのに必死過ぎるんだ。肩身が狭すぎる!」
「悲痛な叫びね。貴方のその姿、初めて見るかも」
居場所がないのは分かってた。
だからより良い居場所を求めて努力をしてきたつもりなのに、努力はいつまでも報われない。無慈悲で不条理な世界は弥彦を歓迎すらしていないようだ。
「な? 何も知らない方が人は幸せなんだ」
余計な情報に流されて憤慨するよりも。他人に調べて貰うよりも。
自分自身の判断で決めるこそ、本来の常識的な部分だ。
それを欠けた日常では現実逃避をしたくなる醜い要素が溢れ返っている。
早朝の話題となった人間関係も含めて。
「だから相澤の都合も分からないままでいい。それが一種の優しさでもあるだろ」
「フフ、それは貴方なりの配慮でしょ?」
あくまでも肯定する立場の理世は微笑む。
他人の心境について何も知らない。それは両者にも分かる簡単な事実。
けれど、それでも、彼女は理解しようとする。
「貴方が必死に頑張っていたのが、私には分かるわ。あの時貴方は他人の為に動いてくれた。決して部活の範囲なんかじゃない。……当然の理由なのよ。新藤くん」
恋愛相談してきた二人の少女。
誰にも伝えられずにいた苦痛を払ったのは恋路部に所属していた弥彦。結果として明るい方向へ進められるキッカケを与えたのは、間違いなく弥彦だろう。
当然の理由でも彼女達には十分に価値は間違いなくあった。
恋路部のメンバーとして、平等に話してる事を。
「頑張れとは言わない。貴方の力を必要する人がきっと貴方の目の前に現れるわ」
「……そうか」
弥彦はそれ以上言わなかった。
自信に満ちた彼女の紫色に綺羅めいた瞳。微笑みながら言葉を告げる彼女の姿が楽しそうに見えたのだ。最初に見掛けた時よりも笑顔が素敵で曇りがない。そんな眩しい青春を送る理世に弥彦は静かにゲームをする。
しかし逆効果になったのか理世の方から近付いてきたではないか。
「そういえば新藤くんはどんなゲームをしているの?」
こちらに歩み寄る理世。様子を伺うように覗くと薄い亜麻色の髪が揺れた。途端に広がる爽やかなミントの香りと異常なほどの顔との距離にも関わらず、弥彦はペンを走らせるのに集中しており、気付くだけで反応は薄い。
液晶画面に描いてた物を書き終えると素直に理世に見せた。
国民的人気なキャラクターを。
「これは……、ひ、ヒカチュウ?」
「ああ。自分が描いた絵で戦うゲームなんだ。上手く描けるほど能力は高い」
「それ以前に問題ないの? ほら、著作権的に」
困惑する理世だが渾身の力作に感情移入していた弥彦は指を振って否定する。
誰もが口を揃えて名前を言えばアウトだ。所詮このキャラクターは仮想の物でしかないけれど、一つだけ、違う特技があることだけは断言できる。
「問題ない。何せこのキャラクターはゆびをふるを覚えたヒカチュウだ!」
「な、なんか強そう……」
うろ覚えで描いたデザインによって二人の温度差が露呈する。
同時に同じキャラクターを描いた人物が大勢居たことに衝撃の事実を与える結果となった。
そして弥彦はタブレットの画面をそっと真っ暗にした。




