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30話 遠くて遠いお月様

 土曜日。

 今日もまた漆黒の夜の世界が訪れる。


 暗闇に暮れる街並みに光を照らす街灯。それは本来の姿を取り戻し、カラフルに彩られたその世界は自分の知らない景色が無限のように広がっている。不思議と奇妙を重ねた良夜の時間帯は人々を静かに誘う。


 きっと、目の前に映る光景が違って見えるのだろうか。

 従妹と絶賛テレビゲームをする新藤弥彦はそれが分からなかった。


「お兄ちゃんはゲームもできるんだね!」

「初めてスプラットトゥーンをやってみたけど、夜子が教えてくれたおかげかな」


 隣に座る黒髪でポニーテールの髪型をした七歳年下の従妹、千住(せんじゅ)夜子(よるこ)

 華奢な両手にコントローラースティックを持って、前のめり気味に液晶テレビの画面を見て感心していた。近付いてくる相手を全部倒しただけなのに。


「でも、夜子の方がもっと強いな。俺には出来ないよ」

「えへへ……。ありがとう」


 花が咲いたような満面の笑みを浮かべる夜子。

 小学生というのに芯が強く物事を理解する聡明さを兼ね備えている。親族が多い事もあって大人びているけれど、褒められると年相応の女の子の反応だ。


「これでゲームはおしまい! お兄ちゃん勉強してくるね!」

「ああ。寝る前に歯を磨くのを忘れないように。夜子、おやすみなさい」

「はーい。おやすみなさーい」


 返事も真面目に返し自己管理の出来る夜子は偉い。

 軽く手を振って従妹の背中姿を見送った弥彦はいそいそとゲームを片付ける。


 休日を利用してリビングに寛いでいた。自室では優雅に読書を勤しみながら時々漫画を読む。暇なときはゲームを嗜み、ノートパソコンを開いて動画を観賞したりして、休日でも外出したくない高校生の日常では外の世界に関心を抱かない。


 では、何故。

 外の世界に一切興味を持たない弥彦が意識を傾けるのかというと。


 特別なお誘いが来ていたからだった。


「あ、弥彦。もしかして今暇だったりする?」


 金色の髪をした眩いばかりの美貌を誇る少女は訪ねる。

 同い年で従妹でもある彼女の名前は千住(せんじゅ)織乃(おりの)。たまたま視界に入った弥彦に声を掛けた彼女は様子を覗くように首を傾げていた。


「ねぇ、一緒に買い物してみない?」


 クスリと笑う織乃。

 別に外出のお誘いに問題はない。しかし織乃の服装はラフなTシャツと短パンでカジュアル。風呂上がりしたばかりなのかご自慢の長髪は少し濡れてる。


 ゲーム機を片付け終えた弥彦は時計を見た。

 そろそろコンビニが営業し終える時間帯というのに若干の疑問を持つ。


「代わりに俺が買い物するのは駄目か?」

「駄目ですー。アイスを買うのを手伝って欲しいだけなのにお誘いを断るんだ?」

「それを早く言えよ。どうせ荷物持ちなんだろ」

「荷物持ちなんて私一言も言ってないわよ? 大体夜は一人だと危険だしボディーガードが最低でも必要だったの。そこに適任な弥彦がいたワケよ」

「どうせ雑用と変わらない」


 話が合わない。

 というか波長が合わない。


 流石に妹の夜子とは性格が違うだけはある。

 物事を見極める洞察力と他者の意見に左右されずに自分の力で判断する力がある夜子と、世間の風潮に沿いながらも他人の行動を読む観察力のある織乃では心配りが難しい。大人びている彼女は人の扱い方が本当に長けていた。


「というか羽織らないのか。外は寒いんじゃないの」

「いいのいいの。すぐに家に帰るんだし時間がもったいないと思わない?」

「そうだな。こうしている間にタイムリミット迫ってるし」

「うわー、弥彦は面白くない事を言うんだねぇ」

「元々面白くなかっただろ」


 先行する弥彦は後ろに振り返らない。

 雲一つない澄んだ空気はより一層と月光が照らす。綺羅びやかな星の数々と共に織乃の印象を際立つために存在しているのかもしれなかった。


 誰もが織乃の姿を見て記憶に焼き尽くしていく。

 残滓を放つ金色の長髪が。屈託のない可憐な微笑みが。モデルのような体躯が。


 全てにおいて劣る経験をしてこなかった彼女は天才だった。


 まるで、神様から選ばれたような人間であると言わんばかりに。


「……少し距離を置いた方がいいか?」

「なんで? あ、もしかして弥彦は彼女と勘違いされるのが嫌な朴念仁かな?」

「意味が分からないし全然違う。織乃が目立ち過ぎるんだよ」


 これ以上雲泥の差が広がっても無意味だ。

 弥彦が織乃の彼氏であると認識するハズがないのだ。その前に眼中にないというオーバーキル状態を何度経験したことか。


 それが嫌で同行したくなかった弥彦は決して上機嫌にはならなかった。

 むしろ、メリットになる価値はどこにもない。

 千住織乃はただの家族だ。


「大体、夜遊びしている織乃とは世界観が違う。こういうの、慣れてんだろ」


 こういうのはどんな部分なのだろうか。

 きっと弥彦は理解しないまま終わる。受け入れる必要が最初からないのだから。


「俺はお前とは違う。一生にな」

「……そうかもね。弥彦の言う通りだ。まあ、名字が全然違うもんね」


 千住家から分岐した新藤家。

 古き名誉ある家世とは違い、日に当たらず平凡な人生を決めた一門は疎まれる。皮肉ながらオリジナルとアレンジの違いがしっかり来てしまう。


 そんなブランド以下の平凡に過ぎない弥彦とは違って。

 正真正銘の名家のお嬢様は凡人には興味がない。滑稽さを味わうだけだった。


「ホント、つまらない」


 何を言われようが関係ない。

 詰まらないのは自分でも最初から解っていた。

 彼女が浮かべる表情に興味がない。答えがないのに詮索しても無駄であると。


 所詮は出来の良い居候に過ぎないという事だ。


 気を取り直して先行する弥彦はコンビニに辿り着く。

 時間ギリギリの拮抗したタイミングに安堵になるもののとりあえず箱買いをして済ませる。自腹になってしまったが悪くはない。むしろこれで良かった。


(アイツの金で買ったアイスは絶対に食べたくないわな)


 可愛げのない従妹は不在である。

 携帯端末の画面に映し出す文字の内容から見るに偶然会った友達と遊ぶとの事。夜遊びが好きな従妹は約束を破綻してまで他者を選んだらしい。


 本当に彼女は嘘つきだった。


 真実さえ歪んでしまうような人間に弥彦はなりたくはないと改めて実感した。

 織乃は嫌いだ。

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