27話 紡ぐ者と繋がる者
従来通りの学校生活を過ごしていいのだろうか。
最初の疑問を通り越して、疑心暗鬼に巡る教室の景色の中で見付けたのは偽りの景色。チヤホヤされる転校生の絵は無名に終わる。たった一日限定の貴重な話題は流行に乗る新しいものに書き換えてしまう。
彼らにとって当たり前の日常なのかもしれない。
だけど、世間から覗いてしまえば、感じた印象は違和感しか残らなかった。
実に最悪な景色だ。
「この高校に転校して一つだけ、理解したものがあるんですよ」
態度を豹変させる弥彦。
背負う重圧から解放されたような倦怠感を含んだ肩凝りを解す仕草。淡々とした口調は少し機嫌が優れてなく、冴えた雰囲気を崩す気怠そうな様子は他人が勝手に故事付けた印象を切り裂くもの。
全部が変装で包まれた演技。
決して他人には見せない本物の心境は、何も知らぬままに啓蒙する。
「それは、いじめが存在しないこと」
弱肉強食の世界。
自身の存在をより引き立たせる為には多少の犠牲が必要で。自分よりも劣る弱者を蹴落とすのが都合がいい。敵を増やさないよう大勢を連れた組織のような集団は、自分の理想のために働く駒の一部に過ぎない。
人を傷付けるように教えられた参考書は暴走したカルトと変わらないのに。
何故、同じ人類と争うことしか出来ないのか。
その理由を転校生は知っている。
「確かにいじめがないのは誰もが願っている理想ですよ。先生側も最終目標として掲げている問題でしょう。……だが、中傷がない代わりに他人の意識が極端な部分が邪魔していて、俺が転校する以前に生活に支障が来ていました」
「……それが恋愛に繋がっている。と言いたいんだな」
「分かってるじゃないですか」
鼻で笑う弥彦は肩を竦める。しかし反応が至って軽薄なのは変わらない。
「臭い物に蓋、慇懃無礼、とにかく他人に対して疑心暗鬼を抱いている様子が伺いました。まあ、平たく言ってしまえば純粋な恐怖心が全ての原因なんでしょうけど、自分は転校生なんで関係有りません」
「お前は逆に秀でて怖がられているだけだ……」
怒っているのか、呆れているのか、とても長いため息が漏れた。
「あれは私の責任にある筈だ。いや自覚はしていたよ!? まさか冗談のつもりが新藤の学校生活を瓦解させるとは思わなかったんだ。本当に申し訳ない」
「否定しない時点でとうに解答に出てるんですが」
興味の示さない無表情の中で繰り出される舌打ちは強烈な印象を与える事に。
目が全く笑っていなかった。ついでに心も笑っていない。
「たとえ先生が余計なお世話をしなくても、今日まで起きた状況は変わらなかったと俺はそう思いますよ」
「何故笑顔で断言できるし……」
途端に怜悧な微笑を浮かべた弥彦。
違和感しか残らなかった秦村先生の方は疑心暗鬼を抱きながら訪ねてくる。
それはそうだろう。
誰に対しても感情を表に出さなかった人物が、突然豹変するのは考えられないだろう。最初に感じた印象を意図も簡単に崩してしまうのだから。当然、返ってくる反応は中途半端でしかない。
転校初日から現在に至るまでの時間を。
ポーカーフェイスを演じてきた弥彦は隠してきた己の仮面を外してみせた。
そして、貫いてきた執念を解き放つ。
「俺は、人間らしい関係を持たない者が大嫌いなんだ」
情報化社会に溶け込んだ日常の景色の中で。
本来ある筈だった可能性を失ってしまった本物の姿を取り戻すために、提唱する本心は掛け替えのない意思そのものだった。
「在校していた前の高校で虐められている女の子がいた。ほんの少し厨二病を拗らせた彼女は周囲とは話が合わなくて、それを面白そうだと狙った女子連中が女の子に嫌がらせを毎日のように続けていたんだ。精神的に追い詰められた人間の醜態を、連中は余程見たかったんだな」
過去の思い出に感傷する弥彦は懐かしそうに笑う。
外の景色は曇天色に染めていく現状であっても、清々しいほどの敢然さは何処までも落ち着いている。
「その、厨二病を拗らせた少女は今……」
「ああ。あの子は生きてますよ。この時間帯だと、自分を虐めてきたリーダー格の少女と親しく学校生活を過ごしていると思いますけど」
「……!? 一体どうしたらそんな関係になれるんだ。……まさか」
秦村先生は弥彦を見据えた。
しかし過去の思い出を掘り出した張本人の弥彦に変化は見えない。微風を受けたような充分なほどの泰然自若の風格は、肩を竦めるだけ。
「……彼女は自らの意志でいじめを終わらせるが出来た。いじめをした彼女もまた自身の過ちに気付いた。誰かの言葉によって誰かの心は響く。紡ぐ者と繋がる者の可能性は人間関係を豊かにしてくれる。それは、大切な意味なんだ」
紡ぐ者と繋がる者。
互いの存在が交錯しない限り、巡り合わせの運命はやって来ない。
人は誰かの言葉によって活かされている。
時に相手を傷付けてしまう言葉は数え切れないほどに世界中に散らばっていて。継ぎ接ぎだらけの感情はどんな些細なことでも壊れやすい。まさしく光を反射する脆いガラスのように、単純な過ちによって亀裂は拡大していく。
小さな物事で割れてしまうものだとしても。
誰かにとって価値が有り続けるのなら、人々は大切に守り続けている。
それが、人間関係で切り切れぬ運命なのだろう。
「出会いは始まり。別れは終わり。古今東西において繋いできた関係は形を変えても根本的な部分は変わらない。なのに、この高校は何処かおかしい」
「お前が言うその違和感の正体はなんだ?」
「……知らない方が身のためだと、賢明な判断を俺はオススメしますよ」
あえて言わない姿勢を保つ弥彦は優しく誤魔化す。
謎が謎に包まれていく現状に難痒さを感傷する秦村先生はこれ以上追及はせず、しばしの間無言をせざる負えない様子を、一人の学生は着眼していた。
「とにかく、自分は恋路部を介して他人の恋愛を諦めることを覚えさせる。後悔を覚えるような失敗を経験させるためには、現実の厳しさとやらを見せないと」
「これが紡ぐ者と繋がる者の主張か」
「さあ? 信じるか信じないかはあなた次第ですから」
転校生は笑う。
簡単そうで難しい問題が解けない人々の反応を、遠い場所で眺める傍観者。ただただ当然のように存在する義務を高貴さを携えながら責任を全うする覚悟は、役目を与えられた責務を負い続ける。
現代という時代背景に隠された大切であった本来の意味を知る。
数少ない人間の一人として。
青春を諦めた少年は自由気ままに人生を謳歌していた。
「身内が来てくれたので俺は帰ります」
携帯端末の画面に照らされる文字を確認する弥彦は自らの帰宅を言い渡す。雨天に広がる空を眺めてはため息を吐いて、役目を終えるように秦村先生に向けて鍵を投げた。
それを手を振るいながら掴み取る秦村先生。
「しかし、お前の活躍は比較的に良い方向に導いているんだけどなぁ……」
「目の錯覚です」
「分かった分かった。とりあえず気を付けて帰れよ。帰国子女殿」
ざっぱりと切り捨てた弥彦は一礼して恋路部を出ようとする。
反応に困る秦村先生は頭を掻いては余るばかりの言葉を告げない。生徒に向ける言葉は同じものであってもその中に含まれる意味は違っていた。
他者にとって新藤弥彦の存在は毒になる。
有能過ぎる人間に訪れるどん底の青春。人材の墓場に追いやられても、口を挟む姿勢は誰にでも止められない。真実を求める限り、凡人を装った孤高の転校生はどんな敵を待ち受けようとも変わらない。
結局はそういうものだ。




