26話 誰かのヒロインの恋愛を折るための部活動
雨は相変わらず止みそうにない。
廊下から眺める曇天の景色は夜の姿を取り戻しつつある。外の世界を映す窓ガラスには結露が付いており、原因である放射冷気は息を白く染めていく。手が悴んでしまいそうな肌を刺す寒気に、弥彦は堪らず身震いをした。
「……休日とは大違いだな」
冷暖の差が激しいご時世。
かの偉い人が提唱した地球温暖化が嘘のように思えてくるし、ノストラダムスの大予言だって当たらない。あれは言ったもん勝ちであり、あくまでも世間を注目させる為のエゴイズム、利己的な欲望に過ぎない。
結局の所。
噂を信じる生き方にはロクでもない結末が約束されていることを知り得た。
聞きたくもない詰まらない話に左右される一日に。
「地球温暖化とか、部活の廃部とか、なんとやら」
とりあえずは刮目すべき論点を解決出来たことに、純粋に感謝に尽きる。
正当性を証明したのは生徒会の評価でも高い。
そもそもこの部活は恋愛成就を応援するお花畑の活動ではない。自分自身で覚悟を決めるための進路相談。言ってしまえば精神科の隔離病棟なもの。
「幽霊も、妖怪も、宇宙人も、火星人も知らぬが仏」
他人事で終わってしまう小さな話題は目に止まらない。
流行に乗る刺激を含ませたスキャンダルは蜜の味。他人の不幸が快楽とする人達は、性根が捻くれているというよりも、本来の人間性を映しているのだろう。
本当に、最近は人間の悪い部分しか見ていない気がする。
転校して以降の生活は限りなく欲望に生きる人達の日常を垣間見れた気がした。
「……人間も言わぬが花。それに尽きる」
気を取り直して弥彦は恋路部に向かう。
制服のポケットから忍ばせた鍵を使って戸を開錠。瞳に映る夕闇に傾きつつある夜景擬きと、教室の中央に佇むちっぽけな机に置かれたノートパソコンに気付く。
フックに掛けていた黒バックを手に取り、帰宅の身支度を済ますべく私物を持ち帰る。精密機械の天敵である雨天は非常に厄介で、天候が変わらない現状は最悪の状況だ。無性にタクシー呼びたい。
戸締まりを確認すべく弥彦は部室中を巡る。
抜かりなく再確認した所で恋路部に足を運ぶ人物がその姿を現した。
世界一役に立たない顧問、秦村吉報。
「なんだ、まだ放課後で徘徊していたのか、お前」
「……徘徊じゃなくて、天気が雨で自宅に帰れないんですよ」
鬱陶しさを加えた塩対応。
説明する行動自体に面倒臭そうに話す弥彦は窓ガラス越しの世界に指差す。
「ほう、つまり、傘を所持していなかった訳だな?」
「他に理由が有りますか」
図星を突いて満足そうな悪い微笑を浮かべる秦村先生。しかし鬼畜に逆手を取る弥彦は原因を否定はしなかった。というか事実を隠す理由が無かった。
「……やはりお前は面白くないわな。社交辞令ガン無視タイプか」
「転校生の学生にアジリティーを求めてどうしろと。気持ち悪いだけでしょうに」
「まあ、上辺しか取り柄のない奴には興味はない。特に優柔不断に相手の話を聞くお友達ごっこをみてると無意識に評価を下げたくなる」
「最後はただの職権乱用じゃないですか、それ」
「いちいちうるせぇなガキ。このぐらいの方がドスが効いて経験に活かされる」
「口悪。良い歳した大人が弱者を相手にしたら到底女性受けしませんよ」
「お前アレだな。喧嘩を売るつもりなのか?」
冗談のつもりだった秦村先生は完璧に幻滅している。
元々教室の空気は冷えていた。それ以上寒くするジョークは全く通用しない。
「……とはいえ、お前にぶつけても八つ当たりになる。相手を間違えてしまえは逆に仕返しされる。お前にはピッタリな適任だろ?」
「皮肉な性格ですね。そりゃあモテないわけだ」
適当な相槌を打つ弥彦は携帯端末の画面から目線を外さない。全くもって興味が無い様子は実に詰まらなそうに余興の粕を過ごしていた。トドメを刺す時計を見る仕草は、さっさと話を終わらせろの意味である。
「貴様ァ!」
「何一人キレているんですか。俺はこうして身内を待っているだけですよ」
「畜生、答える権利までもが制限するというのかコイツは! 反論できねぇよ!」
勝手に悶絶している秦村先生を無視。
帰宅する為に身内の力を借りることにした。流石に妥協せざる負えなかった弥彦だが簡単に諦める。無駄な意地をいつまでも執着していたら人格が問われる。
特に、相手に嫌われる性格はあくまでも飾りに過ぎず。
根本的にある心境は天地をひっくり返すほどのポーカーフェイスを存分に発揮。
度のない伊達メガネはとても演じやすかった。
「……本当に周囲を掻き乱すのが得意のようだな。それと学生達の評価に興味を示さない辺り、お前はどこまで達観している? 捻くれてない部分が末恐ろしい」
「お褒めの言葉、有り難う御座います」
「そういう意味で俺は言ってねぇから……」
面倒臭い人間を演じる為には相手に嫌悪感を掛ける。
ハッキリとしない曖昧な印象と不気味な雰囲気は最初の自己紹介によって見事に効果を現した。「怖くて話し掛けられない」「何を考えているのか分からない」「協調性ゼロ」のセットを組み合わせたら、たった一人の存在だけでより一層と誰に対しても不信感を募らせる。
つまり転校初日から失敗を狙っていた新藤弥彦の作戦であったのだ。
全部、嘘。
「恋愛撲滅部、か。……なるほど。意味が分かったぞ」
乗り気ではない秦村先生は頭を掻く。
突如の不祥事に対応に負われる未来を既に予知しているかのような仕草。幻滅した目線は転校生に向けられ、瞳の色を濁らせた。
「最初から、誰かの恋愛を悉く諦めさせているのか。お前というヤツは」
「正解」
淡々と拍手を送る弥彦は何も笑わない。
そこに向けられた事実に対して微動だにせず。事を起きても表情は凍てつく氷のように冷たい。転校初日に見せた確信に辿り着く諦念はこれからやって来るであろう未来を期待していなかった。
何よりも、青春を折る時点で方向性はとうに決まっていた。




