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25話 閉会

 生徒会のメンバーの愉快な仲間達と楽しくお茶会。


「どうしてそうなるのよ……」


 相変わらず否定的な反応を伺わせる杏はため息をそっと吐いて幻滅する。

 彼女はとうに手錠の束縛から解放されており、馴染みが途切れているのか、時折手首の感覚を気になる様子。普通に黙っていればただの黒髪の容姿端麗の美少女だが、動作が雑で残念そうに見えてしまう。


 そんな、慣れない環境で落ち着きのない子供みたいな杏に対して。

 紅茶を嗜む司は香りを楽しみながら言葉を加える。


「今から話し合いを始めるからね。その時のリラックスは欠かせない。適度な環境を整えると自然と会話は弾むようになるんだよ」


 あくまでも優雅に。

 強かに物事を進行させる司は高級のソファーに腰掛けていた。

 雨天の最中であってもお茶会を楽しむ少年は柔軟な見解を備えており、生徒会室にいるメンバーの中で一番寛いでいる。


「だからって赤の他人に紅茶を出すなんて……」

「これは個人的なおもてなしかな。気持ちを落ち着かせる効果のあるレモンバームをみんなに味わって欲しいと思ってね。特にミントをブレンドしてみたんだけど、お味はどうかな?」

「それはもちろん、……とても美味しいわよ」


 しつこくない甘味。酸味が無くて非常に飲みやすい。清涼感の中に含まれた蜂蜜のようなほのかな甘さは後味を残して口元に溶けていく。


 ティーカップの中で揺蕩う夕焼け色の鏡は持ち主の姿を映す。

 立ち込める湯気は香りを乗せて、不安定だった雰囲気を和らげてくれる。


 外の世界が雨天でも生徒会室は変わらないように。あえて現代社会を遮断した空間は囚われない。上品な一時は放課後のチャイムが鳴り止むまで、高貴さという言葉が相応しいお茶会は特別が溢れていた。


「……良かった。まだ試作品だったんだけど、これならお店に出せるかな」

「そういえば、お前がバイトしてる喫茶店って神式の所だったハズ」


 ふと思い出す伊丹の言葉。

 空席だった場所に腰掛ける彼は共に紅茶を楽しむ。


「うん。元々マスターとは面識があってね。本格的に紅茶を試行錯誤を繰り返してオリジナルを作ってるんだ。色々とお世話になってる身分。僕はその感謝を紅茶で表現してみたけど、なんか、この場を借りてしまったかな」

「別に構わねえだろ。そこにいる嫁入り前の野良猫嬢ちゃんとは違うからな」

「うー、ムカつく……っ!」


 毛を逆立つ猫のような素振り。

 嫌悪感に耽る杏に片手を軽く挙げた司は微笑みながら阻止させる。


「まあ、お店を継ぐのは神式さんの弟くんの方だから。僕はその代理だけどね」

「確かに将来性があって安心だろうよ」

「僕もそう思う」


 会話の内容に納得して、言葉が弾む空間はゆったりと流れていく。

 一日という貴重な時間を潰せる幸せ。それは他愛な話し合いであってもそれなりの価値がある。未来を語る事も、過去に振り返る事も、何でもアリの談笑。


 けれど、本質を取り組む前座では意図も簡単に途切らせる。

 現在を見据えるための余興は、何時でも華やかにできる意味を証明して。


「――さて。話に入るけど、君が覚えた経緯を是非、僕に説明して欲しいんだ」

「……」


 物事をただただ静かに見据えていた客人の転校生、新藤弥彦。

 生徒会のメンバーとは向かい側となる高級のソファーに腰掛けていた。


 会長である美咲から指定された席を離れずに残留。長方形のテーブルの向こうに座るのは紅茶を楽しむ司と、その隣で華奢な体躯を縮こまる不機嫌なままの杏が面談相手として受け答える立場になっている。


 その後ろでは何かしら資料と格闘する生徒会長の姿が。黒色のチェアをくるくる回転させながら、苦悶の表情を浮かべる彼女は真剣に思慮を巡らす。


 眺めた光景。

 彼らにとって日常茶飯事の光景に過ぎないだろう。


 しかし対話の架け橋となる二人を相手にする弥彦は完全に場違いで、ぬるま湯に浸かったような気の抜けていた雰囲気は優柔を遮断する。


 単に生徒会の機能を戻しただけなのかもしれない。

 だが弥彦の個人的な視点では、生徒会の存在はただならぬ威圧感を放っていた。


 まるで、一人の存在によって理想の流れに沿って掌握されていると。

 弥彦はそう見えた気がした。


「……生徒会に訪ねてきた理由。それは恋路部における廃部の一件について。事柄の初めは顧問の秦村先生から聞き、発端の原因で張本人でもある副会長の彼女を問い詰めるために、この場を赴いてきた」


 隠された真実を暴く。

 その為だけに生徒会室に訪問してきた弥彦。

 目の当たりにする事実の連鎖は最終的に生徒会の権限を乱用して、廃部を目論んでいた神式の常軌を逸した暴挙を見届けてきた。


 不埒で純情を欠けた救いようのない最低最悪の部活と唄って。

 利己的な偏見の末路は人の話を聞かないわがままな子供に姿を変えた。


「結果として、恋路部は生徒会長を含んだ数人の意見によって解決されている」

「なるほど。話の折り合いはとっくに付いているんだね」


 ニコッと微笑み掛ける司。その慈悲のある笑顔は杏に向けられていた。


「えっと、それは、なんと言いますか……」


 途端に明後日の方向に振り向く彼女だが、完全に罪悪感に囚われた心境に浸っており、指先をつんつんしては小声で何かを呟いている様子。


「恋愛に関する学生の救済措置らしいぜ。まるで人生相談のようなものか」

「実際の所、恋愛相談に関する質問が多く来るからね。生徒指導の方からは本音を口にするのは躊躇うだろうし、誰かと打ち解けるのは難しいと思うけど、恋路部の活躍なら困っている人を助けられるのは強みだね」


 うんうんと頷く司は弥彦側の意見に否定をしない人物だった。

 むしろ良好的であり、伊丹と同じく賛成に傾いている。


「で、でも最悪な場合、風紀が乱れる事が起きたら、……ね?」


 やはり何処か否定的な杏。

 先程の他人行儀の素振りを見せていた彼女。

 薄い望みを期待しているようだが、隣に腰掛ける司は頭上にクエスチョンマークを浮かばせながらも微笑みを湛えている。

 少し考えようと腕を組んで、


「うーん。一様、僕は彼を信じてみる価値はあると思っているよ」

「……それは、なんでなの?」


 純粋な疑問を抱く。

 無色透明色の潤いが増していく彼女の瞳は目の前にいる少年を映す。


 しかし、それでも司は方向性を変えない。むしろその先にある景色を眺めるために次のステージへと歩んでいた。頑なに否定し続けてきた、利己的な解決策とは真逆の価値観を生徒会に務める前から理解していたみたいに。


 ただただ単純に、当てはまるパズルのピースを埋めるための答え合わせを。


「そうだね。……僕は誰かの幸せをずっと願っていたいんだ」


 正真正銘の解答欄。

 名前の知らない誰かを敬う真っ当な志。道徳心に溢れた仁義は何も覆らない。


「確かに僕達生徒会は風紀を維持し、規則を守る立場に存在する。みんなのお手本のような象徴だと常に考えている。でもね、誰かの期待を答えるのも生徒会の役目であると僕はそう思うようになったんだ。より良い学校生活を送る為には、誰かの幸せを共感できる為に努力を怠らないことだと思う」


 なぜ規則は存在するのか。

 なぜ風紀は存在するのか。


 後世に伝わる偉い人達が築き上げたルール。正当であると下した判断は何も間違っていなくても、自由を求める限り、人類は固定された壁を壊していく。彼女がそうしたように、今までの正義に対して疑問を抱いていたように。


 だけど、必ずしも誰かが抱いた正義が本物であると限らない。

 本物の正義というのは、みんなが認めなければ全く意味がないものなのだから。


「その為に僕は挑戦する。だから、正しい事を判断するまでだよ」


 正論を告げてしまえば否定する者は口を噤む。

 目指していた道標は違う場所を差していて。彼女とは敬遠になろうとも司という生徒会の役員は学生の代表の一人として、正しいと思う選択を決めていく。


「それに神式さんは幸せになって欲しいんだ」

「え、えぇ!?」


 唐突と切り替わる話の内容。

 それは彼女の幸せを願う溢れた気持ちであり、司という少年の望みの本質であろう。しかし動揺を隠せずにいられなかった杏は忽ち顔色を朱色に変えて、どう反応をしたらいいのか困惑をする姿を、黙視する弥彦はそう見受けられた。


「お前さんは人見知りの方だからな。助けがないと生きられないかもしれない」

「神式さんは大丈夫だよ。出会いは必ず繋がりを紡いでくれるから」


 恋愛相談を受ける恋路部の活躍を期待して。

 背中を押す生徒会のメンバーはこれからの未来の話を弾む。

 人の幸せを共感できる現実を見据えた人達だからこそ、道理に沿った現実味のある正論を告げられる。平等を重んじながら間違いを正していく道徳心は本物だ。


 けれど、それでもなお。

 今まで以上にぎこちない彼女については何も感じていなかった。

 純粋に余計な詮索をしていないからだろうか。


「もし気になる人が居るのなら、是非恋路部に立ち寄って相談してみるといいよ」

「き、気になる人。一体、だ、誰だろー……?」


 冷や汗を掻きながら苦笑を浮かべる杏は他人事みたいな呆気ない反応を返すが、目の前にいる少年に対しては凝視出来ていない。完全に調子が狂っている。


 忙しなく周りをキョロキョロと眺める姿は挙動不審そのものだった。

 その目線は不意に沈黙を貫く弥彦と目が合う。


「……」


 眼力に込められた威圧感に一瞬で彼女が硬直してしまう。

 完全に借りてきた猫の様。


 真の勇者は眼で殺すような勢いを誇る弥彦は、茶化すようにため息を吐いて硬直した空気を和らげる。何かしらの情報を知っているような素振りを見せず、教科書通りのシンプルな空っぽの言葉を告げるだけ。


 とりあえずそれっぽい事を伝えればいい。

 恋愛は強制的ではないので、個人的な介入はご法度であると説明する。


 全てが成就するとは限らない。


「……あくまでも恋路部は相談を受けるものであって、恋愛成就に関してはこちら側は妥協はしない。アドバイスは無理だと考えてくれ。……だが、それを拒みたいというのなら、手を貸す価値はある」


 きっと誰かが気付いてくれる言葉の意味。

 恋愛だけが幸せになれない。時には不幸になってしまう結末だって迎えてしまうかもしれない可能性を残していれば、頑なに真実を否定して、築いてきた人間関係も生きてきた世界でさえ拒む。


 そうならない為に翳す道化師の切り札は実に正直だ。

 彼女の目指した方向性は、あながち間違ってはいなかった証明を示して。


「アンタが望めば、誰かは幸せになれる。ただし、誰かを犠牲にしてな」

「……」


 杏は何も言わなかった。

 振り向けた言葉の意味を理解しているのかは不明でも、静かに見据えた瞳の色は淀みが消えて透き通っていた。敵意を突き付けていた矛先を淡々と仕舞う無言の雰囲気は、馴れ合いの気流に乗らない。


 結局の所。

 人間は、恐ろしい生き物であると復習したに過ぎないのだろう。


「もう、帰るのかい?」

「ああ。この一件は収拾が付いていた。だから俺はここに居る必要はない」


 余計な質問を繰り返さない司は声を掛ける。

 自家製の紅茶を喉元に潤いに染めながらも微笑みは崩さない。東奔西走のように巡った問題を一人の存在だで解決に導いた者は、無駄口を叩かない。


 歩く正論のような。聖徳君子のような。

 次の生徒会長に値するほどの実力を兼ね備えていることが分かった。


「もし新藤くんが物凄く暇であれば、いつでも生徒会に来ていいんだからね!」

「分かりました(分かってない)」


 無駄にフレンドリーに接してくる生徒会長の美咲は威厳の欠片も無い。それでも生徒の体表として、誰かの気持ちを考えることは、彼女にとって素晴らしい義務なのかもしれない。


 人の幸せを題材にした部活動。それは永久に課題と向き合う使命を帯びる。

 新藤弥彦は恋路部に選ばれただけ。


 向けられる終着点が見えなくても。青春を折るために過ごす弥彦は自分が出来る可能の限りを全うする。それがたとえ正義が人を傷付けようが、真実が人を傷付けようが、何も覆ることはない。


 なぜなら、人類は嘘を付くのが得意な生き物なのだから。

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