23話 それでも世界は変わらない
真実は非常に残酷だ。
不正を働く間違いだらけの現実を全否定してしまうのだから。
他人を傷付けるのはとても簡単だ。しかし真実の前では偏った正義を容易く微塵に砕き、些細な悪意でも完膚なきまでに制裁を加える。日常に溢れ返った器の小さい揉め事や理不尽なトラブルでさえ、絶対に許すことはない。目に見えない裏側に暗躍する隠蔽工作であっても、不祥事が解決するまで、徹底的に追究する。
全ては当たり前の正義の為に。
歪んでしまった世界観に問い質すこの意味は、結論を導くものであると。
孤高の転校生、新藤弥彦は理解していた。
「現実をよく見ろ。世界に溢れ返っているものは一体何で出来ているのか。それはアンタでも気付いているハズだ。責任を押し付ける傷の舐め合い。他人を否定する軽率な発言。表面上を伺うだけの、骨組みで作られた薄っぺらい絆は、全部偽物で作られた建前なんだよ」
誰かを騙し。誰かを裏切る。
それが今の世界を構成する仕組みであると、弥彦はそう思っている。
嘘を付かない人は絶対に存在しないように。
公にする正義もまた必ず常識であるとは限らないように。
言葉を重ねた自論は正当化を述べようとする。それが間違いであっても。証拠が悪意に込められた偽造だったのなら、模範回答に相応しい熱弁が悪意に込められた捏造だったのなら、当然のようにして都合のいい嘘をばら撒く。
結局の所。自分を守るためにあらゆる手段を選ばない。
それが常套手段で過ちを繰り返しているのだから、かなり質が悪い。
「アンタはただ、根本的な解釈を間違えているだけだ」
「根本的な解釈? そんなの偏見に過ぎないわ!」
あくまでも不服を申し立てる神式は弥彦の推重を拒絶する。
主張を譲る気のない彼女。手錠を掛けられたままでも、相手に向けて敵意を放ち抵抗しようとする猛烈な姿勢は衰えようとはしない。
「転校生のくせに、生徒会でも何も所属してないのに、何様のつもりなの!?」
「お前の方が大概だけどな……。おっと失言だった」
とりあえず口を挟む伊丹であったが神式の威圧感が炸裂。同じメンバーでも威嚇を見せており、怨嗟を含んだ唸り声は、今にも噛み付きそうな勢いがある。
しかし正論を強引にねじ曲げている事実を、目を背けてはならない。
生徒会に所属する者の反した行動は余計に目立つ。
「くだらない。あなたが掲げる正義が、本物なんて、有り得ないじゃない!」
「他人を成敗するだけの利己的な姿勢に、軽々しく正義を語るな」
「……ッ!」
淡々とした口調。圧力を掛ける言葉に彼女の思考が一瞬だけ凍らせた。
あくまでもこの要件は恋路部について。
現状維持か廃部の二択を決めるだけの意見に過ぎない。けれど神式の言う正義は正しそうに見えているが、個人的な感想と嫌悪感で暴走に至っただけ。規律を守る立場を理由に私欲の為に風紀を正すのは、明らかにおかしい。
「恋路部は、恋愛に悩む人達の救済処置として設立したボランティア活動部だ」
「ああ、要するに生徒指導のような部活みたいなもんですか」
「そういう意味で合ってる」
炭酸飲料水の入ったペットボトルを振り回してはどこか納得する天寧。チラッと横から見ていた弥彦は振り回す地雷から無言で距離を置く。
弥彦に向けて質問してきた天寧。
対して横槍を加えた神式の強引な過ちを訂正してみせた。
歪んだ偏見を正当化しないための工夫は施した。後は彼女自身の過ちを認識するだけの問題だろう。悩める人達に解決を導くための部活動は決して、不埒で純情を欠けた最低最悪の部活ではないと、この場を借りて証明する。
利己的でも私欲のためでもない。他人事の恋愛事情とやらを。
「恋愛を成就するために恋路部は設立したんじゃない。自分の力で解決するように促すための恋愛進路部だ。人様の恋愛はどう転ぼうが、俺は興味はない」
「な……」
それは絶句しているのか。
それとも絶望を感じているのか。
予想を覆す他人事に、神式は開いた口が塞がらない。抱き続けてきた正義が台無しにしてしまうほどの衝撃の真実は、期待と裏切りを兼ね備えていた。
立て続けの言葉はより真価を発揮する。
「性根の腐った奴らの恋愛については言語道断だ。容赦なく、叩き潰す」
「マジかよ……」
拳を握るだけで音を鳴らしてみせる孤高の転校生に、思わず伊丹は放言。先程の精神的強靭さを誇る鋼のメンタルを見て、顔色を真っ青にしていたが、異常なほどの冷静かつ論理的に向けられた信条にさらに顔色を悪くしてしまう。
「不純は限りなく許せない。絶対にあってはならない事だ」
「……コワー」
だらしなそうに着るジャージ姿の天寧に対して弥彦は軽蔑する。
特に現時点で風紀を乱しており、自意識があっても自重していない様子。神式が思う正義を反する最大の汚点が天寧にあるのではないかと勘繰るが。
「ハハハ。うん。いいねぇ」
けれど、天寧は薄笑いを返すだけだった。
興味を惹かれる価値が冷めたのか、天寧は軽やかに浅緑色の長髪を揺らし、肩を竦めては生徒会室から撤退を施す。
その際に、神式を覗くようにして周りには聴こえない言葉を告げる。
「――ッ!?」
両手に手錠を掛けられ拘束されている神式は驚愕の色を表す。
忽ち微笑を湛えている天寧は何事も無かったように扉の前に佇んだ。そして。
「また明日、教室で会いましょうや。転校生くん」
手を振る彼女は自身の姿を眩ませた。
自ら風紀を乱す生徒会の少女はこの場を退却する。
生徒会長の美咲は多少の言葉を伝えており、あまり変化を見られない。
書記の及川の方も日常茶飯事のように静かに捉えるだけ。
しかし、明らかに表情に変化が見られるのは神式だけで、落胆する様子は蚊帳の声を聞こえていないような素振りを見せていた。
「……お前も変な奴に目を付けられて、色々と大変だな」
最初から諦めている様子の伊丹からは同情される。
大体の生徒会のメンバーは天寧の行動に不信感を抱いておらず、むしろ平常心を崩さずに放課後を過ごしている。神式の暴走には多少の懸念を寄せながらも。
俯く神式に向けて、弥彦は対等である言葉を投げ掛けた。
「確かに、アンタの言う通り、許されてもいい世界は存在しないだろうな」
「……」
不信感を募らせた彼女の曇天に染まる表情が向けられる。
返す言葉も浮かばない気力の掛けた目線。自ら敗北を決めた彼女の横暴は反抗期の子猫のように。不貞腐れてしまった神式に弥彦の信条は変わらない。
正義を抱く者として。
彼女の正義を見直す手立てはとうに見付けている事を。
「上辺だけの薄っぺらな言葉で自分や他人を騙そうとする輩に、恋愛について相談を受ける価値は一切ないな。むしろ俺は撲滅してやるつもりだ。そんな不良行為を常時する奴を執行するこそが、アンタの本来の役目なんじゃないのか」
「……!」
これまでの日常が崩れてしまわないように。
規律と風紀を兼ね備えた生徒会は執行する。より良い学校生活を送るためには、生徒の代表として、他者の守る立場をより一層と尊重しなければならない。
与えられた役目を果たす。
それが生徒会のメンバーとしての、あるべき正義ではないだろうか。
「誰にだって間違える。だからこそ、今度はアンタ自身が正解を導くんだ」
行き過ぎた正義は暴走する。
正しいと思っていても、隙があれば真実はそれを許さない。強さの象徴でもある正義は相手を選ぶ。他人を敬い、思いやりの欠かせない尊敬に思う存在を。
行動に出来てしまう人は限られているけれど。
少なくとも、彼女は違うだろう。
「……そうね。今度こそ、貴方の部活を廃部にしてみせる」
「はぁ!? お前正気じゃねえだろ!」
解決しようとしていた雰囲気は何処に消えて。彼女が見据える瞳は燃えている。
怒気を含んだ声を荒げる伊丹を無視して、神式は弥彦に立ち向かう。
「貴方の言う言葉は正しいと思う。でもね、私は貴方のやり方を否定するから!」
「この馬鹿野郎! 喧嘩を売ってどうするつもりなんだ!?」
己の正義を曲げない。
それが彼女の掲げる執念というのなら、弥彦もまた、自信の信条を貫くまで。
「……面白いな」
「絶対に、絶対に負けるもんですかっ! うりゃあーっ!」
「何故ジャンプの選択をしたァー!?」
冴えた瞳と無表情で牽制する弥彦。それを見上げるように反撃を転じようとする神式は手錠を掛けたまま暴れようと悪あがきを企てた。
突っ込み役を買う伊丹であったが制御できず。
何を思って飛び掛かろうとしたのか不明なまま神式は頭突き突進。それを容易く鼻で笑いながら避けてしまう弥彦に敵うハズもなく。
途端に、生徒会室にやって来た誰かにぶつかったのだ。
「あはは、そこで何をしているのかな。神式さん。楽しそうだね。鬼ごっこ?」
「つ、月見くん……!?」
……急に神式の威圧感が溶けたような気がしたのはなぜだろう。
というか、彼女は同年代の黒髪の少年にデレていた。




