22話 震えた正義感
「とりあえず野良猫を見付けてやって来たぞ」
扉を開いた人物というのは、生徒会のメンバーで雑務担当の伊丹和樹だった。
手間取ったような疲労感のある顔色と心底落胆した様子。見えない所で何かしらの攻防戦が繰り広げていたのか。それでも伊丹は生徒の代表の一員として、自分の役割をそつなくこなし、見事に果たす。
恋路部を廃部にしようと企てた張本人を無事に確保していた。
生徒会副会長と呼称する少女を。
「……ッ!!」
神式という名の少女は一目散にして新藤弥彦を激高して睨み付ける。
黒髪のロング。小柄で華奢な体躯と鋭利を含ませた澄んだ瞳。童顔で可憐な容姿を形無しにするほどの怒りに沸騰する視線は、本能のままに抗う野良猫のよう。
しかし両手には手錠が掛けられている模様。
今にも暴れしまいそうな勢いを残して果敢に睨んでくるのだから当然か。
「彼女は、縦横無尽に廊下を駆け回っていたよ。そのお陰で我々は苦労を強いる事になったが、越した問題ではない」
メガネを掛け直す及川。
手段を選ばない方法で解決の糸口を実行する生徒会の威厳。それはたとえ身内の暴走であっても、正義として値しない価値に問答無用に成敗する。涼しげな表情を浮かべる書記は手に付いた埃を叩くだけ。
「あれ、何かやらかしちゃったんですかねー?」
面白そうなものを見付けたような興味の反応を見せる天寧は微笑を湛える。
それをキッと睨む神式は何も言わない。
「……お前。何客様の前でだらしなそうな格好を晒け出してんだよ」
「同じクラスメイト同士なんで下着が見えちゃっても全然平気だからオッケー!」
「こっちが全然平気じゃねえから!」
流石に天寧のだらしのない服装(ブラジャーのストラップが見えてる状態)に、伊丹は目線を外しながら顔を赤くさせては叱る。
それに比べて弥彦の方は無関心。不屈な鋼のメンタルに伊丹は驚きを隠そうとはせずに戦慄していた。彼の方に振り向くと忽ちビビって後退る。
「つーかお前もなんで平気そうなんだよ!?」
単純に反応をするほどの価値が彼女には無かった。
なんて軽率な発言を口にしたら普通に失礼なので弥彦はノーコメント。
「……ふふーん。これはこれは、爆弾を投下するレベルの問題を起こしちゃったんですかね。崩れ時の天気の中で要件しに来る人なんて、滅多に来ないのに」
チラチラとこちらの様子を伺う天寧の反応がうるさい。
着眼点の良さと弥彦が生徒会に来た理由を把握している点については評価するが変人ぶりの奇抜な行動が残念美人をより強調して連想させていく。
それでも反応について順応な先輩方は、普段通りに説明をするだけだった。
「うん。杏ちゃんが新藤くんに迷惑を掛けてね……」
「彼女がした行いというのは権限を応用し、不要と見なした部活を廃部にしようと企んでいたのだよ。我々に告げずに奇襲を掛けようとしていてね」
「恋路部の部長を務めている新藤くんはその報告を私達に教えてくれたんだ」
心から感謝を示す美咲は弥彦に丁寧で優しい微笑みを浮かべる。
頷く弥彦は目線のみで天寧に答える。わざわさ言葉にしなくても分かるように。これまでの経緯が把握できる簡単な説明だ。
「というか、恋路部ってなんすかね」
「不埒で純情を欠けた救いようのない最悪最低の部活よ」
解答を遮られる少女の冷たい声。
下衆を淘汰させる鋭利な目付きは獲物を狙う猛獣のように。怨嗟を込めた感情の起伏は、発言を許すだけでも爆発してしまいそうだった。
高ぶる本心はより攻撃的でその姿を捉えた生徒会のメンバー達には電流が走る。
特に目の色を変えた美咲は従容を貫き、現状を定めていく。
暴走に傾けた仲間の意見を確かめて。
「規律を乱す不純を、許されてもいい世界なんて有り得ない。そんなの、正義とは到底呼べない。……貴方は最初から全部間違えた。貴方の行動はこれまでの風紀を乱している。みんなの大切な場所に、余計な親切心で壊さないで」
恋愛に悩める子羊達に手を差し伸ばすためのボランティア活動部。
それが、恋路部の証明理由。
しかし主な活動内容は恋愛についての解決だ。当然、方向性によっては成就するかもしれない。そういう意味では不純異性行為を許してしまう由々しき事態に陥ることも十分に有り得る可能性を、神式という少女は危惧を抱いていた。
規律を乱し風紀を汚す不義の存在に制裁を加えるための理屈。
込み上げる意志は正義の名の元に。
不正を質す至善の全てを、仇なる背徳者に向ける最善の言葉を振り翳して。
神式杏は問う。
「―――貴方が成し遂げようとする正義は、ただの、偽善よ」
チェックメイト。
その言葉が相応しかった。
誰も寄り付かない高雅は悪意を全否定する。成敗を繰り広げるために結論付けた判断は、蔓延る間違いだらけの意味に瓦解を促す。彼女の唄うモラルを求めた言葉が本物であると、そう強調するようにして、他者を拒絶する。
彼女が正当化する正真正銘の真意であっても。
暴走する正義に、他人の意見と抱える心境を否定してはならないという事を。
新藤弥彦はとうに理解していた。
「確かに、恋路部は偽善に取り憑かれた救いようのない部活動だろうな」
「……自ら諦めるなんて、話が早いじゃない」
勝ち誇った様子を伺わせる神式は手錠を掛けられたまま鼻で哄笑する。
自身の正当に勝利の美酒に酔う彼女だったが、苦渋の色を浮かべているであろう敗者の様子を覗こうとして、途端に目の色を変えてしまう。
目の前にいる転校生は表情を一切変えていなかった。
それ以前に敗北を来していない。勝負を決する意味を、この場で証明するための本物の正義という名の切り札を、あらかじめ備えていた事を。
同じように、最善の言葉を振り翳す。
たったそれだけのちっぽけな反論だ。
「けれど、見過ごしてても構わない正義は、果たして本当に正義と呼べるのか?」
「……ッ!? そ、それは……」
何故、恋路部が存在しているのか。どうやら神式は何も知らないらしい。
「困っている誰かを救うことが本物の正義だ。それがたとえ歪んでいても、恋愛に悩める人は大勢いることを、アンタは知らないだろ」
「一体何の話をして……!?」
見下した視線が容赦なく神式に向けられる。
最初から相手にしていないような、冷淡な態度が彼女の心境を揺さぶっていく。興味の湧かなかった演説を聴いた弥彦が見据える透明に澄んだ瞳の色は、神式の事を一切見えてはいなかった。
見据えていたハズの世界は存在しない。
ただの自己満足に過ぎなかった蛇足に、正義を振り翳す価値もないのだから。
答えを含ませた真実の言葉はこれだけで十分だった。
間違っているのは、この『世界』自体そのものであると。
「―――アンタが望もうとした理想の居場所は、表面だけに取り憑かれた欺瞞だ」




