21話 軽演劇
一向に雨は止む気配を見せない。
曇り掛かったガラス越しの景色。灰色に埋め尽くされた世界に後光は差さない。それは繰り広げている現状と同じもので、真相とは離れた寄り道に偏る不思議な少女との遭遇は、常識が通用しない会話は生徒会室に空しく響くだけ。
「悪いがそれは断る」
「えー? これだけ期待させてあり得ないと思うんですけど。融通効かないなぁ」
冷静沈着で厳しい目付きを繰り返す弥彦。
相変わらず艶の含んだ微笑みを湛えた天寧は華奢な身体をくねらせる。
互いに拮抗する姿勢に歯止めが効かない。
それはまるで先に動いたら敗北が決まってしまうという、雌雄を争う熾烈な展開を匂わせる。正直変人に相応しい天寧とはあまり関わりたくない弥彦はこの呪縛の瞬間を何とかして解放されたかった。
相手にしていると足元が掬われそうで。
紆余曲折に印象を変えてくる道化師を装う彼女に付いて行けそうに無かった。
どう考えても最後に残るのが疲労だと容易に想像出来てしまう。
相手にしないのが賢明な判断だ。
「……にらめっこ。なかなか決着が付かないね」
何処をどう見てそんな感想を述べたのか、生徒会長の美咲は自分用のコップにペットボトルのお茶を継ぎ足しては口に含ませる。そして優雅に一息ついた。
「それほど仲が良いみたいなの? もしかして昔からの知り合い?」
「ハッキリ言いますけどコイツとは初対面です」
「実は初めて憧れの転校生くんに声を掛けてみましたー」
指を差してコイツ呼ばりの弥彦の態度は冷めていて、一方では肩を竦めて誤魔化そうとする天寧の方は舌を出して気の抜ける謝罪を返すのみ。
クラスメイトに一切興味がない弥彦にとって、生徒会に所属しようが天寧の存在について何の価値も値しない。誰も声を掛けない以上、知る理由はないしこちら側が代価を払ってまで覚えるつもりはない。
大体、異様の雰囲気を漂らせる謎の鬼才変人とは関わりたくはない。
見透かされる着眼点の鋭さに警戒を怠らないようにして。
「……こんな怪しい奴がクラスに居るハズがない。絶対に、何かの間違いだ」
「おやおや? 意外と鋭いんっすねー、いやー、お見逸れ致しましたっ!」
「馬鹿にしてんのか」
すると天寧はきょとんと反応。両手を挙げてはお手上げの仕草をする。
上目使いに長けているような素振りだった。
「いいえ。別に馬鹿にしてませんよー。周りの皆さんとは違う見方があって、それを素直に褒めてただけですよっ。何言わせてんだよこのこの~」
「鬱陶しい……」
横で肩を突っ付かれる。それがやたら馴れ馴れしくて扱いに困ってしまう。
それも天寧は薄い微笑みを湛えているのだから、余計難しい。
「でも、特に悪い意味は無いってことよね。それなら良かったよ」
解決を包める美咲は笑顔でホッとしていた。
異質な雰囲気が生徒会室に包もうとしても、会長の身分を誇りに思う彼女は何も変化を遂げない。それは芯が強い証拠なのかそれても現実を見ているからなのか。真相は彼女にしか分からないが、正義と規律を重んじる志は本物だ。
ただし、身内に対してのラフな性格は年頃の女性であっても気を付けて欲しい。
目の遣り繰りが厳しくなる上にただ気まずくなるだけ。
更に天寧が居れば余計に駄目になってしまう。
「……この大量の炭酸飲料水、本当にお前が飲むのか?」
「え、飲まないの?」
世間の常識みたいな反応を蒸し返された。
こちらに振り向く天寧は首を傾げて頭上にクエスチョンマークを浮き彫りにさせている。外見相応の可愛らしさを含ませたその仕草だったが、明らかに異性の心境を狙っているようにしか見えない。
一様内容を聞いてはみるものの、内心期待はしていなかった。
「まさかガブ飲みしてるんじゃないだろうな……」
「え、ガブ飲みしないの?」
妙に変なことを仰る。
ジャージ姿のだらしない残念な彼女が不思議そうにこちらの様子を伺う状況を、無言で不機嫌そうに冷たい視線を送る弥彦。蔑んだ眼差しを受け止める天寧はどう思ったのか頬を両手を触れて赤らめている。無性にイラッときた。
「私達は普段お茶ぐらいしか飲まないから気にしなくてもいいのよ」
「会長あざおでーす!」
突然のギャル語。日本語を喋れ。
生徒会の象徴たる堂々さと高貴さを欠けた模造品のようだった。あまりにも自由な部活動には対して恋路部とは変わらない模様。
逆手を取ってしまえば、これこそが本当の意味での生徒会の実態なのだろう。
男性陣連中の胃がハイスピードで穴が開きそうで怖い。
「という訳でこの炭酸飲料水は回収しまーす。……っと」
弄ぶようにしてペットボトルを振って持ち歩く天寧。重そうなのに軽々と遠心力を利用して回している。しかしその後の光景が秒読みのレベルで目に見えて、弥彦は全く笑えなかった。
「……なんでそんなに必要なのか。教えてくれないか」
「そりゃゲームしながら飲むのが最高なんですよ。分かりますか? お菓子と一緒にノートパソコンでサバゲーを楽しむのがお気に入りなんですよっ!」
目をキラキラさせながら興奮してまで天寧はそう答える。
つまり生徒会室に繋がる扉の向こうにはゲームをする部屋があって、そこで彼女は容姿似合わずに物騒なゲームをしている事になる。もはやただの文芸部。
「けれどやたら強い奴が来て一位になれなかったのが普通に悔やまれますね」
(多分俺だろうな)
「……? どうしたんですかね?」
先程まで部室でゲームを嗜んでいたのを思い出す弥彦。
あまり話題に触れようとはせずに明後日の方向を眺める。その些細な変化に疑問に思えた彼女は首を傾げては浅緑色の長髪を揺らす。瞬きを繰り返しても特に興味は様子が自然と返ってきて、もう一度艶を含めた微笑みを浮かべる。
そこで、廊下に通じる扉が鮮やかに開き出した。




