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20話 仮面という名のプリンシパル

 新たなる刺客。

 規律を重んじ風紀を携えた生徒会室に繋がる謎の扉から、それは姿を現した。


「あ、ちゃんと買ってくれたんじゃないですか~、ありがとうございまーす」

「……」


 気怠そうな声が部室にちっとも響かなかった。


 水渡高校が指定する紺のジャージを着用する美少女は長方形のテーブルに並べる炭酸飲料水の入ったペットボトルを見て、忽ち興奮を示し、甘ったるい声が十二分に耳に障る。


 服装が壊滅的。袖が伸びており、透き通る肌色の肩が露出。水色のブラジャーのストラップが丸見えに。だらしなさが磨きを掛けるへそ出しはいつ風邪を引いてもおかしくはない。


 そんな着崩れの激しい人物に。

 客人の立場である新藤弥彦は無言を貫き、もう一度携帯端末の方へ振り向く。


 ―――コイツは何者なんだ!?


 突然と現れた少女に気になる弥彦は内心驚愕を隠せなかった。

 浅緑に染められた黒髪。はねた長髪。軽蔑しかねる印象を簡単に打破してしまう才色兼備の容姿。僅かな動作だけで格式の高さを見せ付ける気品は、見た目とのギャップをより刺激を足している。


 そして、この少女は他者に見られようが、何も動じることは無かった。


「天寧ちゃん。転校生くんがいるから一様身形は整えてね。新藤くん困っている」

「あらま。やはり新藤くんでしたか」


 どうやら天寧という名前の少女は弥彦について認識している様子。


 もちろん弥彦の方は認識が無い。

 そもそもこのような学生がいるか怪しい。


「大変ながら、お粗末なものを見せて本当にスイマセンね?」


 こちらに歩み寄る彼女との距離は皆無に等しい。

 というか、あまりにも近すぎる。


 目の前には至近距離で様子を伺う微笑み姿の少女。途端に舞う甘い香りの正体は、滑らかに揺れる浅緑色の髪であることしか印象は浮かばない。


 特にめぼしい反応をしない弥彦に何を思ったのか、天寧という少女は微笑みを絶やさずに目線をそのままにして手元はジッパーを下げようするではないか。

 流石に彼女の手を止める。


「ジッパーを上げろ」

「あーんエッチ。……じゃないですよねー」


 否応なしにジッパーを上げようとする冷静沈着な弥彦の前に、少女の方は驚いてビクッと体を震わせていた。片手に携帯端末を持ちながら、鋼の意志で彼女の暴走を食い止めようとしているのだから、彼女の反応は当然か。


 だが、ケロッと表情を豊かにさせて彼女は面白そうに言葉を弾ませる。

 何処からその精神が沸き上がるのか分からない。


「あれー? 可笑しいなー? 想像していた反応とは違うんですけど。朴念仁?」

「それはこっちの台詞だ正義を偽った悪女め」

「い、意外と攻撃的ですね。あっ、ジャージ延びちゃうから暴力はやめてね!?」

「だったらその三文芝居を今すぐやめろ」

「うはは、くすぐったい!」


 全くの容赦のない男女平等の胸倉を掴む弥彦は立ち上がる。

 それが冷酷に無表情で淡々と言葉を告げる姿を刮目した天寧は謝罪を返す。爪先で立ちながら必死に両手を振って降参していた。


 彼女は自分が可愛いと気付いておりスタイルも悪くないと理解している。紛れもなく素晴らしい環境下で過ごし、平凡な人生と不自由のない幸せを、毎日のように送っているのかもしれない。


 だからこそ弥彦は彼女について既に冷めている。

 退屈な日常に更なる刺激を求めている少女に嫌悪感を募るしか他に無かった。


 目の前で楽しむ天寧は、この瞬間を楽しそうに微笑む。

 たったそれだけの事のように。


「ウフフ。ちょっとだけ、強引な部分は見逃せないけど、私は転校生くんみたいな仮面を被っている人は結構好き」


 自らの力で胸倉を解く浅緑色に染める長髪を揺らした少女。

 こちらを見上げる怜悧な微笑み。それは美しく怪しげに艶を含んでいる。


 彼女の表裏が読めない。

 一体どのような意図が巡っているのか弥彦は全く把握出来ないでいた。臨機応変に転がる表情の側面はどれが本心なのか見分けが付かないほど。最初から最後まで役者を演じきれる支配力を誇る、目の前で微笑みを湛える少女。


 それはまるで、演劇で踊り続ける仮面を被るピエロのように。

 全てが戯れ事だと、錯覚してしまいそうになる。


「あれ? たしか新藤くんと天寧ちゃん同じD組のクラスメイトだったよね」

「転校生くんは私の事を全然知らねぇ顔をしてますけどー」


 相変わらず長方形のテーブルに顔を伏せる美咲は思った事を口する。

 果たしてこの行動に進展があったというのか。


 即視感のある馴れ馴れしさには天寧という少女は同じ教室で過ごす仲間であった事実を目の当たりにする弥彦。それでも反応があまりにも乏しかったために天寧は適当に言葉を並べるだけだった。


「ちなみに私の名前は知ってますか?」

「そんなの覚えていないに決まっているだろ」

「うわー、辛辣っすねー。まあ認知されていなかった自分が一番悪いんでね」


 大した傷心を受けていない様子の少女。

 ため息を吐きながら両手を上げてはお手上げのポーズを決める。途端にてへっとしたあざとさを含む笑顔が返ってくる。正直言って物凄く喧しかった。


 しかし。

 彼女にとって会話はどうでもいい要素。

 反応が天気のように変わり続けている。非常に不安定でアンバランス。斜め上を行く常識に囚われない天寧の執着深い動作について、腑に落ちない。


「……」

「いやぁ、嫌な顔をされないでお互いに充実で楽しい高校生活を送りましょうや」


 明白に冷たい目付きを押し通す弥彦は怪訝そうに。

 対照的に湛えた笑顔を周辺に振る舞う天寧は心底楽しそうに見えて。不意に視線が重なる。現実を見据えるための曇りのない瞳は両者を捉えた。


 ―――そこで、彼女は弥彦に向けて握手を求めてくる。


「天の川と天と安寧の寧で、三日月天寧、と申します。以後お見知りおきを」


 丁寧に。上品を交えてジャージ姿のまま自己紹介を行う少女、三日月(みかつき)天寧(あまね)

 常識外れというジャンルそのものが彼女の有るべき存在を映している。

 だからこそ弥彦は華奢な手を翳す彼女の前に応答しない。


 何故なら、一瞬だけ、彼女の微笑みが綻んだ気がしたからだった。


 裏側を探らせようとする甘い罠仕掛け。

 魅力的な彼女の微笑みは悪魔のように見えて。凍てついた美しさと散漫な服装は幾度も変人を演じようが、弥彦には簡単に見抜けられる欠点が存在している理由を天寧は知らないだろう。


 感情の見えない仮面を被っている道化師を見定めた孤高の転校生は。

 等しい限りに、道化を装っていた。

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