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第七話 〜辞めた人〜

「水城先輩」


「ん?」


放課後。


グラウンドに着いてすぐ、


俺は昨日のことを聞いた。


「相馬悠真って知ってます?」


水城先輩の動きが止まった。


持っていたボールを、


地面に落とす。


「……会ったのか?」


「昨日、廊下で」


「そっか」


知ってる。


やっぱり、


元サッカー部だ。


「どんな選手だったんですか?」


「なんで?」


「気になって」


「勧誘する気だろ」


「ちょっとだけ」


「顔に出すぎ」


最近よく言われる。


水城先輩は、


落としたボールを拾った。


「悠真は――」


少しだけ考えて。


「ディフェンダー」


「ディフェンダー」


「センターバックやってた」


なるほど。


ちょうど欲しい。


いや。


今はどのポジションでも欲しいけど。


「上手かったんですか?」


「普通」


「普通?」


「俺と同じだよ」


水城先輩が笑う。


「天才じゃない」


その言葉が、


少し意外だった。


俺は最近、


天才ばかり探していたから。


「でも」


先輩は続ける。


「いい選手だった」


「どういうところが?」


「しつこい」


「しつこい?」


「抜かれても追う。身体ぶつける。シュートコース塞ぐ。最後まで諦めない」


水城先輩が、


懐かしそうにグラウンドを見る。


「あと、声」


「声?」


「ずっと喋ってた」


右。


左。


後ろ。


前。


誰が空いてる。


誰を見ろ。


どこへ動け。


「後ろからずっと指示出してくれるから、やりやすかった」


「へえ……」


「ただ」


水城先輩の声が、


少し小さくなった。


「去年辞めた」


「なんでですか?」


「…………」


答えない。


「先輩?」


「神谷」


「はい」


「本人が言わなかったなら、俺から言うことじゃない」


そう言って、


ボールを地面へ置く。


「ほら、練習するぞ」


逃げた。


いや。


違うか。


言わないだけだ。


理由がある。


相馬先輩が辞めた理由。


水城先輩が一人になっても、


戻ってこなかった理由。


気になる。


めちゃくちゃ気になる。


「神谷君」


「うわっ」


横から声。


奏だった。


「近いって!」


「ぼーっとしてたから」


「考え事」


「相馬先輩?」


「聞いてたの?」


「隣にいたから」


そうでした。


「で」


奏が言う。


「今日は何するの?」


「お前、普通に来るようになったな」


「見学」


「今日で三日目だけど?」


「見学」


「毎日体操服だけど?」


「見学」


「昨日スパイクについて水城先輩に聞いてたけど?」


「…………」


奏が黙る。


「もう入れよ」


「まだ考え中」


頑固だな。


「蓮ー!」


遠くから、


隼人が走ってきた。


「今日も試合やろうぜ!」


「二対二?」


「うん!」


俺は周りを見る。


俺。


隼人。


水城先輩。


奏。


今日も四人。


「まあ、それしかできないよな」


「待って」


奏が言った。


「ん?」


「今日は五人」


「五人?」


奏がグラウンドの端を見る。


俺も見る。


「…………」


澪がいた。


いつもの場所。


ベンチに座って、


こっちを見ている。


「澪はやらないだろ」


「聞いてみる」


「え?」


奏が歩き出す。


嫌な予感がする。


「白石さん」


「何?」


「やろう」


「嫌」


速い。


「五人だと奇数だから」


「私には関係ない」


「いつも見てるだけで暇じゃない?」


「別に」


「楽しいよ」


「そう」


「神谷君もやってほしいって」


「え?」


俺は言ってない。


澪が、


こっちを見る。


「蓮」


「はい」


「やってほしいの?」


なんだこの質問。


「いや……」


全員が俺を見る。


「人数は多い方が……」


「ふーん」


澪が立ち上がった。


「やる」


「やるの!?」


なんで!?


奏が戻ってくる。


少しだけ、


勝ち誇った顔をしている。


気がする。


「五人」


「でも奇数だぞ」


水城先輩が言う。


「どう分ける?」


少し考えて。


結局。


俺と奏。


対するのは、


水城先輩と隼人。


そして。


澪は、


どちらのチームでも使える。


ボールを持っている側に参加する。


「フリーマンってやつだな」


水城先輩が説明する。


「澪、大丈夫?」


「たぶん」


「サッカーやったことある?」


「体育だけ」


「じゃあ俺たちと同じようなもんか」


「神谷君」


奏が言う。


「何?」


「一緒にしないで」


「昨日まで初心者だっただろ!」


*


始めてみると。


やっぱり、


隼人が面倒だった。


「うおおお!」


速い。


とにかく速い。


狭いコートなのに、


一瞬で距離を詰めてくる。


「奏!」


「分かってる!」


俺から奏。


隼人が奏へ向かう。


奏がすぐ、


澪へパス。


「澪!」


澪が止める。


「お」


普通に止めた。


「蓮」


すぐ返ってくる。


俺が受ける。


水城先輩が来る。


抜けない。


なら。


「奏!」


パス。


だけど。


「朝倉!」


水城先輩の声。


「おう!」


隼人が、


パスコースへ入った。


取られた。


「うわ!」


「よっしゃ!」


そのまま隼人が走る。


「奏、戻れ!」


「無理!」


速すぎる。


隼人がゴール前。


「いけ!」


シュート。


ボンッ!


ボールは、


ゴール代わりのコーンから大きく外れた。


「…………」


「…………」


「…………」


「惜しい!」


隼人が言った。


「どこが!?」


全員の声が重なった。


*


何度か繰り返す。


すると。


少しずつ、


変わってきた。


「隼人!」


俺がパスを出そうとする。


隼人が動く。


その瞬間。


「右」


澪が言った。


「え?」


「朝倉君、右から来る」


直後。


隼人が、


俺の右側へ回り込んできた。


「うわ!」


俺は反対へパスを出す。


取られない。


「澪、なんで分かった?」


「さっきから同じだから」


「同じ?」


「ボール取りに来るとき」


澪が隼人を見る。


「最初に右足が外に向く」


「え?」


隼人が自分の足を見る。


「マジ?」


「たぶん」


「そんなの見てたの?」


「見てれば分かる」


まただ。


昔から、


澪はそうだった。


俺が気づかないものを、


こいつは普通に見つける。


でも。


「白石さん」


今度は奏が言った。


「何?」


「次、朝倉君が来るタイミング分かったら教えて」


「いいけど」


再開。


俺から奏。


奏がボールを持つ。


「今」


澪の声。


その瞬間。


奏が、


ボールを蹴った。


トン。


隼人が飛び込んでくる直前。


俺のところへ、


パスが通る。


「おお!」


「なるほど」


奏が呟く。


「何が?」


「朝倉君」


「俺?」


「走る音、大きいから分かりやすい」


「悪口?」


「違う」


見る澪。


聴く奏。


なんだこれ。


面白い。


「神谷!」


水城先輩が来る。


俺は、


二人を見る。


奏。


澪。


一瞬考える。


「澪!」


パス。


水城先輩が、


俺から澪へ向かう。


「奏!」


澪が奏へ。


隼人が走る。


「蓮!」


奏が、


俺へ戻す。


水城先輩も。


隼人も。


一瞬、


俺から離れていた。


目の前。


空いている。


「いけ!」


蹴る。


ボールが、


二つのコーンの間を抜けた。


「よっしゃ!」


俺は拳を握る。


「今のいい!」


水城先輩が笑う。


「ちゃんとサッカーっぽかったぞ!」


サッカーっぽかった。


その言葉が、


妙に嬉しい。


五人しかいない。


経験者なんて、


水城先輩だけ。


隼人は走るだけ。


奏は始めたばかり。


澪なんて今日が初めて。


俺だって、


初心者みたいなもの。


なのに。


組み合わせると、


ちゃんと何かになる。


「もう一回!」


隼人がボールを拾う。


「次は絶対入れる!」


「まず枠に飛ばせ」


「蓮うるさい!」


*


練習が終わった。


全員でグラウンドに座る。


「疲れた……」


澪が言う。


珍しい。


「だから言っただろ」


「何を?」


「サッカー疲れるって」


「聞いてない」


「じゃあ言ってないわ」


隣では、


奏が靴紐を結び直している。


「奏」


「何?」


「今日も明日来る?」


「来るけど」


即答。


「…………」


「何?」


「いや」


俺は笑う。


「もう見学じゃなくね?」


奏が止まる。


「…………」


「な?」


「…………」


「な?」


「しつこい」


奏が立ち上がる。


数歩歩いて。


止まった。


「水城先輩」


「ん?」


「入部届って」


俺は顔を上げる。


「どこでもらえますか?」


一瞬。


静かになる。


「職員室!」


水城先輩が立ち上がった。


「今取ってくる!」


「いや、明日で――」


「今!」


走っていった。


「速っ」


隼人が笑う。


「水城先輩、あんな速く走れたんだ」


奏も少し笑った。


俺は、


なんとなく嬉しくなる。


これで。


四人。


あと七人。


「蓮」


澪が言った。


「何?」


「良かったね」


「おう」


「嬉しそう」


「そりゃな」


「ふーん」


「またそれ?」


なんなんだよ。


*


翌日。


昼休み。


俺は教室を出た。


目的地は二年生の教室。


昨日、


聞き忘れた。


相馬先輩が、


どうしてサッカーを辞めたのか。


本人が話したくないなら、


無理に聞くつもりはない。


でも。


一つだけ。


聞いてみたい。


本当に、


もうサッカーをやりたくないのか。


階段を上がる。


二年生の階へ。


そのとき。


窓の外から、


音がした。


カキィィン!


「……?」


金属バットの音。


昼休みに?


窓から下を見る。


校舎裏。


一人の男子生徒がいた。


黒崎大河。


「……大河?」


こんなところで、


何してんだ?


黒崎が、


地面からボールを拾う。


軽く上へ投げる。


そして。


バットを振った。


カキン!


白球がネットへ飛んでいく。


「…………」


やっぱり。


野球やってんじゃん。


もう一球。


ボールを上げる。


カキン!


綺麗な音。


昔と変わらない。


あいつの打球音。


「何が昔の話だよ」


思わず笑う。


そのとき。


「……ん?」


何か、


違和感があった。


もう一球。


黒崎が構える。


ボールを上げる。


振る。


カキン!


飛んでいく。


「…………」


俺は、


窓へ少し近づいた。


遠くて、


よく見えない。


でも。


なんだ?


あいつのスイング。


昔と、


何かが違う。


黒崎がまた、


ボールを拾う。


構える。


その瞬間。


チャイムが鳴った。


「うわ」


昼休み終了。


黒崎もバットを下ろす。


そのまま、


道具を持って校舎へ戻っていく。


「…………」


相馬先輩のところへ行く時間は、


もうない。


俺も教室へ戻ろうとする。


でも。


さっきのスイングが、


頭に残っていた。


綺麗だった。


ちゃんと飛んでいた。


なのに。


何かが変だった。


「……気のせいか?」


もう一度、


窓の外を見る。


当然、


黒崎はもういない。


明日。


近くで見てみよう。


今度は、


『天才』だからじゃない。


サッカー部に欲しいからでもない。


ただ。


昔、一緒に野球をやっていたやつとして。


あいつが、なんで野球をやめたのか。


少しだけ、


知りたくなった。

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