↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/10

第四話 〜音の天才〜

「サッカーやらない?」


放課後。


音楽室。


俺の言葉に、


少女の指が止まった。


それまで流れていたピアノの音が、


ぷつりと消える。


「…………」


少女はゆっくり振り返った。


長い黒髪。


整った顔。


昔とほとんど変わっていない。


天宮奏。


小学四年生のとき。


俺にピアノをやめさせた女。


いや。


正確には、


こいつが悪いわけじゃない。


勝手に俺が心を折られて、


勝手にやめただけだ。


「久しぶりに話しかけてきたと思ったら」


奏が言う。


「何?」


「だから、サッカー」


「聞こえてる」


「じゃあ――」


「意味が分からないって言ってるの」


ですよね。


*


話は10分前に遡る。


「で?」


水城先輩が俺を見る。


「誰を誘うんだ?」


放課後。


サッカー部。


現在の部員、


三人。


二年生の水城直人先輩。


俺。


そして、


『走る天才』朝倉隼人。


廃部を回避するには、


最低でも試合ができる人数が必要。


十一人。


つまり、


あと八人。


「何人か心当たりあります」


「サッカー経験者?」


「ほとんど未経験だと思います」


「……大丈夫なのか?」


水城先輩が不安そうな顔をする。


「でも、全員普通じゃないです」


「普通じゃない?」


「はい」


俺は言った。


「天才です」


沈黙。


「……神谷」


「はい」


「お前、そういう勧誘方法する宗教とかじゃないよな?」


「違いますよ!」


「天才を集めてます、って結構怖いぞ」


「俺もそう思う」


隼人が頷く。


「お前は黙ってろ」


「で、誰から誘うんだ?」


頭の中に、


何人かの顔が浮かぶ。


水泳。


野球。


勉強。


将棋。


ピアノ。


俺が何かを始めるたび、


その先にいた人間たち。


その中で、


同じ中学校にいるやつ。


「……一人いる」


「誰?」


「天宮奏」


「天宮?」


隼人が少し考える。


「ああ!」


何だ。


知ってるのか。


「一年でめっちゃ可愛いって言われてる子!」


そっちかよ。


「お前そんな子と知り合いなの?」


「小学校の頃、同じピアノ教室だった」


「え?」


隼人の目が細くなる。


「なんだよ」


「蓮」


「だから何だよ」


「お前、女子とピアノ習ってたの?」


「そこ?」


そのとき。


「へえ」


後ろから声がした。


振り返る。


白石澪が立っていた。


「澪!?」


「何?」


「いつからいた?」


「天宮奏って言ったあたり」


一番聞かれたくないところからじゃねえか。


「ふーん」


澪が俺を見る。


「可愛い女の子をサッカー部に誘うんだ」


「なんだよ、その言い方」


「別に」


「部員集めだぞ」


「私は何も言ってないけど?」


「顔が言ってる!」


隼人がニヤニヤしている。


腹立つな、こいつ。


「それで」


水城先輩が話を戻した。


「天宮って子は何の天才なんだ?」


俺は答える。


「音です」


「音?」


「一回聴いた曲を、ほとんどそのまま弾けます」


「絶対音感ってやつ?」


「それだけじゃないと思います」


昔のことを思い出す。


先生が弾いた曲。


奏は楽譜を見ていなかった。


ただ、


聴いていた。


それだけ。


なのに。


次の瞬間には、


ほとんど同じ音がピアノから流れた。


「俺が三ヶ月練習した曲を」


俺は言う。


「あいつ、一回聴いただけで弾いたんですよ」


「それでピアノやめたの?」


隼人が聞く。


「……うん」


「メンタル弱っ」


「うるせえ!」


澪が笑っている。


「でも」


水城先輩が聞いた。


「その音の才能が、サッカーで何になるんだ?」


「…………」


俺は黙った。


「考えてないのかよ!」


「いや、何かありますって!」


「何かって何だよ!」


分からない。


正直、


俺にも分からない。


でも。


「隼人だってそうだったじゃないですか」


「俺?」


「こいつ、サッカーなんてやったことなかった」


「まあな」


「でも走らせたら、とんでもない武器になった」


誰も追いつけないボールに、


隼人だけが追いついた。


サッカーが上手いわけじゃない。


シュートなんて壊滅的。


それでも、


『走る』という一つの才能だけで、


サッカーの中に居場所ができた。


「だから」


俺は言った。


「奏にも何かあると思うんです」


「何が?」


「それは……」


少し考える。


「やってみないと分かりません」


水城先輩が笑った。


「適当だな、お前」


「でも、見てみたいんですよ」


音の天才が、


サッカーボールを蹴ったらどうなるのか。


「行ってきます」


俺は立ち上がった。


すると。


「私も行く」


澪が言った。


「なんで?」


「見たいから」


「何を?」


「蓮が女の子を口説くところ」


「勧誘だよ!」


*


そして現在。


俺は、


天宮奏と向かい合っていた。


その少し後ろには、


澪と隼人。


結局、


二人ともついてきた。


「それで?」


奏が俺を見る。


「どうして私なの?」


「人が足りない」


「他を当たって」


「それだけじゃない」


「じゃあ何?」


俺は奏を見る。


「お前、天才だから」


「…………」


奏の眉が動いた。


後ろから、


「告白みたい」


と隼人の声が聞こえた。


直後。


「痛っ!」


たぶん澪に何かされた。


無視しよう。


「私、サッカーやったことないけど」


「知ってる」


「ルールもよく知らない」


「俺も最近始めた」


「じゃあ、なんで私なの?」


「分からない」


「……帰っていい?」


「待って!」


まずい。


俺は慌てて続ける。


「でも、隼人を見て思ったんだ」


「朝倉君?」


「こいつ、サッカーめちゃくちゃ下手なんだよ」


「おい」


「シュートなんて全然入らない」


「蓮?」


「でも、速い」


隼人を見る。


「こいつ、50メートル6秒11なんだ」


奏が少し驚く。


「速……」


「だろ?」


なぜか隼人が得意げだ。


「それだけで、サッカーでも武器になった」


俺は続ける。


「だから思ったんだ」


「何を?」


「サッカーって、サッカーが上手いやつだけでやるものじゃないのかもしれない」


走る。


見る。


考える。


蹴る。


止める。


いろんなものが、


一つの場所に集まっている。


「だったら」


俺は奏を見る。


「音の天才が入ったらどうなるのか、見てみたい」


奏は何も言わなかった。


「俺さ」


俺は少しだけ視線を落とす。


「昔、お前のピアノ聴いて、ピアノやめたんだよ」


「……知ってる」


「え?」


「急に来なくなったから」


「ああ……」


恥ずかしい。


「俺、お前には絶対勝てないって思った」


奏は黙って聞いている。


「隼人にもそうだった」


走ることをやめた。


水泳でも。


野球でも。


勉強でも。


同じだった。


「俺、天才を見るたびに逃げてきたんだ」


「…………」


「でも」


昨日、


隼人とサッカーをした。


「初めて思った」


「何を?」


「勝たなくてもいいのかもしれないって」


奏の目が、


少しだけ動いた。


「俺が隼人より速くなくても」


俺は言う。


「隼人の速さを使えばいい」


隼人が俺を見る。


「俺がお前より音楽できなくても」


音楽室を見る。


ピアノ。


楽譜。


俺が一度、


諦めたもの。


「お前が俺よりすごいなら、一緒にやればいい」


「一緒に……」


「俺が天才になるんじゃなくて」


少し笑った。


「天才と一緒にやればいいんだ」


言ってから、


自分でも少し不思議だった。


昔の俺なら、


絶対にそんなことを言わなかった。


一番になりたかった。


誰よりもすごくなりたかった。


天才になりたかった。


その気持ちは、


今も変わっていない。


だけど。


サッカーなら。


少しだけ、


違う答えがある気がした。


「だから」


俺は奏を見る。


「一回だけ来てくれない?」


「…………」


「入らなくていい」


「…………」


「見学だけでいいから」


奏はピアノへ視線を戻した。


しばらく、


何も言わない。


長い。


めちゃくちゃ長く感じる。


やっぱり無理か。


そう思ったとき。


「……一回だけ」


「え?」


「見学だけなら」


俺は顔を上げた。


「マジ!?」


「声大きい」


「いつ来る!?」


「近い」


「明日!?」


「だから近いって」


「じゃあ明後日!」


奏がため息をつく。


でも。


少しだけ、


笑っていた。


「分かった」


「よっしゃ!」


思わず拳を握る。


まだ、


仲間になったわけじゃない。


サッカーをするとも言っていない。


ただの見学。


それでも。


俺が今まで逃げてきた天才が、


初めて。


俺のいる場所へ、


来ようとしている。


「じゃあ、明後日な!」


俺は音楽室を出る。


「蓮」


後ろから澪に呼ばれた。


「ん?」


「嬉しそうだね」


「そりゃそうだろ。一人増えるかもしれないんだぞ」


「ふーん」


「……なんだよ」


「別に」


またそれだ。


隼人が俺の肩を叩く。


「蓮」


「何?」


「お前、大変そうだな」


「何が?」


「いろいろ」


「意味分かんねえよ」


二人が先に歩いていく。


俺はもう一度、


音楽室を見る。


『音の天才』天宮奏。


まだ、


サッカーとは何の関係もない。


音楽室から出てくるかどうかすら、


分からない。


でも。


明後日。


その才能が初めて、


サッカーの世界を見る。


俺はまだ知らない。


その『音』が、


ピッチの上で何を生み出すのかを。

面白いと思っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】からポイント評価をしてくださると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。