6.治癒の力
「Latia. Latia.」
ユージアがラティアの袖を引く。水色の髪がふわりと揺れて振り返った。
「Jes, Juzia? Kio okazis?」
ユージアは自分の手のひらを上に向けて、淡い金色の光を灯してみせた。治癒の力。それからラティアを指差す。昨日、ラティアも光る魔法を使っていた。防御の膜をはる魔法。自分と同じ誰かのための魔法に、ユージアは少し親近感を覚えていた。
「Ho! Vi... vi volas scii pri mia magio?」
ラティアが目を輝かせた。自分の両手を合わせて、そっと開く。
「《Alta ĉielo, eklumigu kompaton!》」
柔らかな白い光がラティアの掌に灯る。温かい。ユージアの魔法とは色が違うけれど、同じ匂いがする。命を繋ぐ力の匂い。治癒の魔法だ。ユージアが自分の掌の金色と、ラティアの白い光を並べてみせた。ラティアが息を呑む。
「Sen inkantado...? Eĉ ne unu? Kiel...?!」
ラティアがユージアの手をぱっと掴んだ。興奮で頬が紅潮している。何かにとても驚いているが、さっぱりわからない。同じ治癒の力のはずなのに。
「Kio okazas nun... sen inkantado?! Tio estas...」
前を歩いていたジェドが足を止めて振り返った。眼鏡の奥からユージアの掌の光を凝視している。観察するような目だ。
「Ĵedo, Latia. Strato.」
リューズが短く制した。往来の真ん中だ。人目がある。ユージアは慌てて手を引っ込めた。
「P... pardonu! Sed Rjuzu, Juzia ne inkantis! Eĉ ne unu vorton!!」
ラティアが小声で早口にまくし立てている。ジェドも眉間に深い皺を刻んだまま、何か考え込んでいる。三人の視線がちくちく刺さる。ユージアは首を傾げるしかなかった。
三人の妙な視線はさておき、目にとまる全てが物珍しかった。
町の朝は忙しない。石畳の上を荷車が軋みながら通り過ぎ、果物屋の軒先には赤や黄色の見たこともない実が山積みになっている。肉屋の前には裸の鶏が逆さに吊るされていて、ユージアは思わず目を逸らした。角を曲がると、鍛冶屋の炉から火花が散る。カンカンカンと金属を叩く音。道具を作る音。でも店先に並ぶ商品は見慣れないものばかりだった。アイレアの魔人には必要がないもの。武器だ。
ユージアの足が止まる。道端に小さな噴水があって、石の魚の口から水が流れ落ちている。きらきら光る水面に手が誘われる。
「Juzia.」
リューズが振り返って手招きする。はぐれるな、ということだろう。ユージアは慌てて小走りで追いかけた。パン屋の前を通り過ぎる時、焼きたての匂いがふわりと鼻をくすぐった。干し肉を並べた露店、色とりどりの布を広げた織物屋、ガラス瓶に薬草を詰めた怪しげな店……
「Juzia, rigardu antaŭen, vi puŝiĝos kontraŭ iu!」
ラティアがユージアの肩を掴んだ。目の前に荷物を抱えた大きなニンゲンが通り過ぎる。危なかった。
「Kiel infano en foiro...」
ジェドが呟く。呆れた声だけれど、歩調がほんの少し緩やかになった。
やがて一際大きな建物が見えた。石造りの重厚な門構え。看板に剣と盾の紋章が刻まれている。人の出入りが多い。武装したニンゲンたちがたむろしている。
ユージアの指先がラティアの袖をきゅっと掴む。武装したニンゲンたちの群れ。剣、槍、斧、かつて魔人を狩るために使われた道具たち。ミルアの話が頭をよぎる。ラティアがユージアの手に気づいて、横を向いた。ユージアを見下ろすラティアの目が、心配そうに細められる。
「Ho... ne timu, Juzia. Ĉi tie estas la Gildo. Estas sekure.」
ラティアの空いた手がユージアの指の上にぽんと重なる。温かい。それだけで少し、呼吸が楽になった。
「Restu proksime al ni. Ne foriru.」
リューズが短く言って、扉を押し開ける。中は騒がしい。酒場と事務所を混ぜたような空間に、ニンゲンがごった返している。壁一面に紙が貼られ、武装した者たちがそれを眺めたり剥がしたりしている。奥にはカウンターがあって、眼鏡をかけた女性が忙しそうに書類を捌いていた。何人かの視線がユージアに向いた。外套に埋もれた小さな影。すぐに興味を失って逸れていく。角さえ見えなければ、ただの子どもに見えるのだろう。
「Mi iros al la informtabulo. Vi parolu kun la akceptisto.」
ジェドが人混みに消えていく。リューズが頷いて、カウンターへ向かった。ユージアはラティアの袖を掴んだまま、きょろきょろと周りを見回す。壁に貼られた紙の一枚に、角のある魔獣の絵が描いてあった。その下に文字。読めない。でもその絵の生き物の角は、ユージアの巻き角とよく似ていた。
どくん、と心臓が鳴った。




