38.familio
小さい体。非力な体。鋭い爪も、牙も、翼もない。でも、脚がある。岩場を駆け、崖を跳び、走るための脚がある。
ザンダの目がこちらを向いた。そこに浮かぶ一瞬の驚き。予想外だったのだ。この小さな魔人が突っ込んでくるなど。
「Ŝafideto?! Ha!」
斧が横薙ぎに振られた。ユージアの首の高さに。踏み込んだ足が石畳を砕く。跳んだ。真上に。斧の刃が足の下を通過し、風圧が舞う。刃はかすりもしなかった。
「Kio!?」
ザンダが見上げた。遅い。ユージアは落下しながら手を伸ばした。護符に、首元で揺れるあの紫色の石に。
指が触れた。
瞬間、流れ込んできた。
悲鳴。二千年以上閉じ込められた魔力の残骸が、ユージアの指先から腕を駆け上がってくる。寒い、辛い、助けて、と、ずっと叫んでいたのだ。誰にも聞こえない場所で。
魔力を引き出す。治療の逆なんかじゃない。これは解放だ。還してあげるんだ。
「Kion vi faAAAGH!!」
護符が砕けた。紫の光が粉々に散った。ザンダが胸を押さえて後退した。防護が消えている。丸裸だ!
「今!」
ミルアの風刃が奔った。今度は逸れない。ザンダの鎧が切り裂かれ、胸当てが弾け飛んだ。
「《Fulmo, kolektiĝu, fariĝu fasko!》」
雷がザンダの胴を直撃した。白い閃光にザンダの体が痙攣する。手から戦斧が落ち、石畳に刺さる。
「Ugh...」
膝をついた。あの巨体が、煙を上げながら。
ザンダが顔を上げた先にリューズが立っていた。大剣の切っ先がザンダの喉元に突きつけられている。
「Finiĝis.」
ザンダが見上げた。怒りと恐怖が混じった目で。
「はっ」
カシューが立ち上がった。腹を押さえながら。血を吐きながら笑っている。
「やればできるじゃねえか」
ユージアはカシューの元に駆け寄った。膝をついて、腹を押さえている手の上から治癒の力を流し込む。内臓の傷が塞がっていくのを感じる。カシューが息を吐いた。
「お前な、あんな無茶しやがって」
カシューがユージアの角を軽く小突いた。怒っているのか褒めているのかわからない顔だ。
「かっこよかったけどな」
だが周囲は平穏ではなかった。騎士たちが剣を構えたまま囲んでいる。上官が倒れた。しかし命令系統はまだ生きている。クロスボウを構え直す者もいる。
そして、周囲から声が聞こえ始めた。
町の人たちだ。騒音を聞きつけて集まってきている。松明の光が増えていく。
「Rjuzu!? Ĉu tio estas Rjuzu Frii!?」
「Li revenis! La kavaliro kiu frakasis Zandan!」
ざわめきが広がった。波のように。リューズの名前が口々に叫ばれる。
「Restu malproksime! Ĉi tio estas militista afero!」
「Militista afero!? Zanda senĉese rabadis niajn havaĵojn! Li arestis mian filon sen kaŭzo!」
「Rjuzu estis la sola kiu staris por ni! Antaŭ kvin jaroj, li montris al ni kio Zanda vere estas!」
声が重なっていく。怒りの声。
「Silentu! Mi estas la komandanto.」
立ち上がろうとしたザンダの首筋に、リューズの剣先が触れた。ザンダの動きが止まる。
「Komandanto? Vi estas tirano, Zanda. Vi ĉiam estis.」
リューズの声が静かに響いた。町の人たちに向けてではない。ザンダに向けて。でも全員に聞こえている。
「Antaŭ kvin jaroj vi kulpigis senkulpan familion por kaŝi vian propran krimon. Vi forbruligis ilian domon. Vi malliberigis ilin.」
リューズの目が燃えている。
「Mi batis vin tiam ĉar neniu alia kuraĝis. Kaj vi, vi punis la urbon por tio.」
「Vero!! Ĉio estas vera!!」
「Zanda forprenis nian komercon! Niajn impostojn! Nian liberecon!」
騎士たちの剣先が下がり始めた。一人、二人。市民の波に呑まれそうになっている。
「な、何が起きてるんだろう」
「わ…かんねぇ」
カシューが呆然と周囲のニンゲンたちを見つめている。
「Sinjoro Zanda. Eble, ni devus...」
「VI ĈIUJ ESTAS PERFIDULOJ!!」
ザンダが吠えた。血走った目で騎士たちを睨みつける。だがもう誰も動かなかった。
「Finiĝis, Zanda. Vere finiĝis.」
リューズが剣を下ろした。
町の人々がザンダを取り囲んでいる。騎士たちは剣を鞘に戻し始めた。もう誰もザンダの命令を聞く者はいない。
リューズが振り返った。血まみれの顔で。ユージアたちに向けられたのは穏やかな目だ。
そしてリューズは町の人々に向き直った。大剣を地面に突き立て、両手を広げて。
「Aŭskultu min! Ĉiuj!」
声が響いた。ざわめきが静まっていく。
「Ĉi tiuj tri, ili ne estas monstroj. Ili ne estas bestoj. Ili estas miaj kamaradoj. Miaj amikoj.」
リューズがカシューを指した。ミルアを。ユージアを。
沈黙が落ちた。人々の目がユージアたちに集まる。翼、尾、角。ユージアのモコモコの毛にも。
カシューの尾が落ち着かない様子でユージアの腰に巻きついた。
「Flugiloj? Ĉu tiuj estas magiaj bestoj?」
「Sed... ili aspektas kiel homoj.」
囁きが広がった。恐怖はない。驚きだ。信じられないものを見ているような目が三人に向けられている。
「Ili vojaĝis kun mi. Ili batalis kun mi. Ili riskis siajn vivojn por savi min kaj Ĵedon el tiu malliberejo.」
リューズの声が揺るがない。
「Zanda volis vendi ilin. Dispecigi ilin por materialo. Kiel oni faris antaŭ dumil jaroj.」
人々の顔が変わった。嫌悪だ。ザンダに向けられた嫌悪に鋭い声が飛ぶ。
「Li, volis dispecigi ilin!?」
「Abomenaĵo!!」
「Ili havas korojn. Ili havas animojn. Ili savis mian vivon.」
リューズがユージアを見た。片目の腫れは引いていた。視線が温かい。
「Ili estas pli homaj ol multaj homoj kiujn mi konas.」
「何言ってんだ、あいつ……」
カシューが低く呟いた。ニンゲンたちの注目の中、居心地悪そうに目をそらしていた。
「私たちのことを庇ってくれてるのよ。仲間だって」
ミルアの声が少し震えていた。
ラティアがユージアの袖を引いた。涙ぐんだ目で微笑んでいる。
「Li diris, ke vi estas lia familio.」
ラティアが胸に手を当てた。
「Familio.」
初めて聞く言葉を真似るように口にする。それは、とても温かい言葉だった。




