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4.知らない天井

 ユージアの角が丸見えだということに思い至ったのは、町へ向かって歩き始めてからだった。

「あの……」

 ユージアはリューズの外套の裾を掴む。リューズが足を止めて振り返った。

 ユージアは自分の角を指差して、それから町の方角を指差す。首を横に振った。何度も。

「...Jes.」

 リューズの目がユージアの巻き角に移り、それから町を見て理解した、という顔をした。大きな手が自分の外套の留め金を外す。

「Jen, Juzia. Surmetu ĉi tion.」

 厚手の旅用外套がユージアの肩にかけられる。大きすぎて足元まで引きずりそうだけれど、フードを深く被れば角が隠れる。手首のモコモコも袖に埋もれた。

「Ho, ĝi tute dronas en la mantelo! Ĉarmega!」

 ラティアが口元を両手で押さえて、きゃあきゃあと何か言っている。

「Ridinde. Ni enkondukas monstron en la urbon. Se la gardistoj rimarkus...」

「Ili ne rimarkos. Kaj ĝi ne estas monstro.」

 何事かを呟いたジェドに返したリューズの声には、真剣そうな重みがあった。ジェドが鼻を鳴らして黙った。

 外套に包まれたユージアを見下ろして、リューズが片膝をつく。フードの位置を直して、角が完全に隠れているか確かめてくれた。

「...Bone. Ni iru.」

 大きな手がぽん、とユージアの頭に、フードの上から軽く触れた。

 町の門が近づく。門番のニンゲンが二人、槍を持って立っている。心臓がうるさい。でも、リューズの背中は広い。その後ろに隠れていれば、きっと大丈夫。

 門番がリューズに何か声をかける。リューズが片手を上げて答えた。視線がユージアの方に流れる。心臓が喉まで跳ね上がったけれど、門番は外套に埋もれた小さな体を見て、何か軽口を叩いただけだった。周囲から聞こえる笑い声。通してくれた。

 町の中は、音で溢れていた。

 石畳を叩く靴音、荷車の軋み、怒鳴り合う商人たち、酒場から漏れる歌声。こんなにニンゲンを見たのは初めてだ。みんな角がない。翼もない。尾もない。のっぺりした頭と、むき出しの肌。不思議な生き物たちだ。

「Juzia, ĉi tien! Venu, venu!」

 ラティアが振り返って手招きする。路地を曲がり、また曲がり、やがて一軒の小さな宿屋の前で足が止まった。木の看板にユージアの知らない生き物の絵が描いてある。

「Denove ĉi tie. Ni tranoktu.」

 リューズが扉を開ける。中は薄暗いが暖かい。暖炉の火が揺れている。

「...Rjuzu. Ni devas paroli. Pri tio.」

 ジェドが顎でユージアを示す。その目は冷静だが、苛立ちの底に何か、計算するような光がある。

「Mi scias. Post la manĝo.」

 リューズがユージアの肩に手を置き、奥のテーブルへ導いた。椅子を引いてくれる。

 座った途端、歩き続けた脚がじんじんと悲鳴を上げた。モコモコの毛の下で、足の裏がひりひりしている。お腹もすいた。座ったら体の緊張が和らいで、一気に疲れがでた。椅子の背もたれに体を預けた途端、まぶたが鉛のように重くなる。テーブルの木目がぼやける。恐怖と緊張と疲労が、堰を切ったように全身に押し寄せてきた。

 リューズが宿の主人に何か話しかけている。しばらくして、湯気の立つスープと硬そうなパンが運ばれてきた。ユージアの前にも一皿。

「Juzia, manĝu! Vi certe estas malsata.」

 ラティアがスプーンを持つ仕草をしてみせる。食べろ、ということだろう。

 匙を手に取る。スープは塩気が強くて、食べ慣れたミルアの料理とは全然違う味がした。でも温かい。空っぽの胃に沁みる。

 パンを齧っていると、テーブルの向かい側でジェドが腕を組んだまま口を開いた。

「Do, Rjuzu. Kion ni faru pri ĝi? Ni ne estas vartistoj.」

「Ĝi savis tri vivojn hodiaŭ. Ankaŭ la mian.」

「Tio ne estas respondo al mia demando.」

 ジェドの目がユージアを射抜く。冷たい、けれど敵意というよりは値踏みする目だ。

「...Ĝi volis reveni tra tiu bariero kaj ne povis. Ni helpos ĝin.」

「Senpage? Ĉu vi ŝercas?」

「Ĵedo! Ĝi estas sola kaj timas, rigardu ĝin!」

 ラティアがユージアの方を指す。外套に埋もれてスープを啜る小さな姿を。

「...」

 ジェドは舌打ちして目を逸らした。だがそれ以上は反論しなかった。リューズがユージアの方を向いて、ゆっくりと頷いてみせる。

 言葉はわからない。でもその頷きが大丈夫だと言っている気がして、ユージアの指先からほんの少しだけ力が抜けた。

 匙がカチャン、とスープ皿の縁に当たった。ユージアの頭がこくり、こくりと揺れている。外套のフードが重力に負けてずり落ちかけ、

「Ho...!」

 ラティアが慌てて手を伸ばし、フードを押さえた。角が覗きかけたのを寸でのところで隠す。自分たち以外の客がいないか素早く確認して、ほっと息をつく。

「Rjuzu, ĝi dormas. Ni portu ĝin supren, ĉu ne?」

「...Mm.」

 椅子が引かれる音。大きな手がユージアの小さな体をそっと持ち上げた。外套ごと抱え上げられて、ユージアはリューズの肩に頭を預けた。汗と、旅の埃の匂い。階段を軋ませながら上がっていく振動が、揺り籠のように心地いい。

「...Rjuzu. Vi estas tro molkora. Ĝi povas esti danĝera.」

「Ĵedo. Rigardu ĝin. Ĉu ĝi ŝajnas al vi danĝera?」

 沈黙。ジェドが何か言い返す気配はなかった。

 部屋のベッドに降ろされた。硬い寝台だけれど、今のユージアには羽毛のように感じる。毛布がかけられ、フードをそっと外してくれる手がある。

 暗い天井が見える。知らない天井だ。アイレアの、星の見える丸い窓じゃない。

 ……カシュー。ミルア。

 二人の顔が瞼の裏に浮かんで、そのまま、意識が沈んでいった。

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