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33.ザンダ

 ラティアの魔法で取り戻した僅かな体力を、ユージアはカシューとミルアに分けた。手のひらから流し込む。自分の体温ごと渡すように。魔力はからっぽでも、立ち上がれる程度の力は戻る。

「……オレはいいのに」

 カシューが毒づいた。でも立ち上がれている。帯はもう千切れてしまい、ローブの背中もズタズタだ。

「ありがとう。……動けるわ」

 ミルアが壁に手をついて立った。足元がまだ覚束ない。ジェドが無言で腕を差し出し、ミルアが一瞬見て、何も言わずに掴んだ。

「Ni havas eble dek minutojn antaŭ ol ili revenos kun Zanda.」

 リューズの声が鋭い。大剣の柄を握ったまま、来た方とは別の通路を見ている。

「La vojo, de kie ni venis, ne plu taŭgas. Ni prenu tiun ĉi tunelon.」

「Ĉu ĝi kondukas eksteren?」

「La subtero ĉi tie estas vaste disbranĉiĝinta. Estas multaj truoj, kiuj kondukas ekster la urbon. Unu el ili certe elirigos nin. Estas vetado, sed ni ne havas alian elekton.」

 リューズがユージアたちを見た。

「Ĉu vi povas marŝi? Ĉiuj?」

「Mi subtenos ilin. Iru!」

 ラティアがユージアの腕を自分の肩に回した。温かく、力強い。

「Rapidu. Ni ne haltu ĝis ni estos ekster Velgrata.」

 リューズが先頭に立って走り出した。暗闇の中の緩い坂道は何度も枝分かれにぶつかり、その度に立ち止まっては空気の流れの先へ進む。

 水の音が近づいてくる。川の音、外の音だ。

 背後では角笛の音が聞こえた。警報が地下中で鳴り響いている。

「……来るぞ」

 カシューがユージアを片腕で抱え上げた。

「掴まってろ」

 みんなで連なって暗闇の中を走った。結界は修復した。あとは、逃げるだけだ。

 どれだけ走ったのかわからない。匂いと微かな風を頼りに進み、光が見えてもホッとする余裕すらなかった。

 光を目指してたどり着いた出口から走り出る。灰色の曇り空が見えた。川と湿った草の匂いが濃い。

 眩しさの中振り返ると見上げるような壁があった。町の外に出たらしい。

 カシューの腕の中で揺られながら、ユージアは暗い穴の奥に目を向けた。角笛の音がまだ響いている。追いつかれてはいない。まだ。

「Tien! Trans la riveron!」

 リューズが川を指差した。浅瀬がある。膝丈ほどの流れに、リューズが先陣を切って飛び込んだ。水飛沫が上がる中、ジェドが続く。ラティアの手を引いて。

「舌噛むなよ。」

 カシューが跳んだ。着水の衝撃がユージアの歯を鳴らした。冷たい水が顔まで跳ねる。カシューの腕が一瞬だけ揺らいで、でも落とさなかった。

「ッ、冷たっ……!」

 ミルアが水を掻き分けている。ジェドが振り返って手を伸ばし、もがくように進むミルアの手をとった。

 対岸の茂みに身を隠し、六人が息を切らせて座り込む。

 城壁の向こうで角笛がまだ鳴っている。兵士たちが集まっているはずだ。

「...Ni sukcesis.」

 リューズが額の汗を拭った。そして、笑った。疲れ切った、でも本物の笑顔だ。

「Ni vere faris ĉion...? La tri kojnoj...?」

「Jes. Ĉiuj tri estas ripariĝintaj.」

 ジェドが息を整えながら言った。眼鏡が曇っている。それを拭いもせずに、手をつないだままのミルアを見た。

「...Ĉu vi fartas bone?」

 ミルアはジェドの方を見ていない。カシューも。

「……」

 カシューがユージアを後ろにかばう。

 ユージアにも聞こえる。茂みの向こうから来る足音が。複数の、重い鎧の音。

「!」

 三人の視線に気付き、リューズが立ち上がった。大剣に手をかけるが、遅い。疲労が反応を鈍らせている。

 茂みが割れた。松明と、鎧。十、いや、それ以上の騎士たちが川に向かって半円形に展開した。完全に囲まれている。逃げ道がない。

 そしてその中央に、男が立っていた。

 大柄だ。リューズと同じくらい。でも体つきが違う。脂肪と筋肉が混在した体格は、まるで巨岩のようだった。口元が笑っている。

「Nu, nu, nu.」

 低く、ざらついた声に嘲りが混じる。

「Rjuzu Frii. Mia malnova... amiko.」

 男がゆっくり手を叩く。

「Mi aŭdis ke ŝafideto vagas en miaj katakomboj. Kaj jen, mi trovas vin kun ĝi.」

 頬の深い傷が歪む。引きつったその笑みは、怒りよりも深い愉悦に彩られていた。

 男の目がユージアを捉えた。それから、カシューとミルアの翼を。品定めするような、値札をつけるような目だった。

「Zanda.」

 リューズの声が硬い。大剣を構え。状況を確認している。武装した十五人の騎士。クロスボウを構えている者が三人。

「Ho, ĉu vi batalos? Kontraŭ la tuta garnizono? Kun viaj... elĉerpitaj monstroj?」

 ザンダと呼ばれた男が一歩近づいた。

「Metu la glavon malsupren, Rjuzu. Vi perdis.」

「...」

 リューズの剣先はまっすぐ男に向けられている。だがその目が、ユージアたちを見た。ジェドを見た。ラティアを見た。計算している。勝てるか。逃げられるか。

 答えは顔に出ていた。

「……リューズ」

 カシューが低く呼んだ。爪を出して。金色の瞳が殺意に燃えている。

「駄目よカシュー。射抜かれる」

 ミルアの声が冷静だ。震えを押し殺している。

「La monstrino estas saĝa. Aŭskultu ŝin.」

 ザンダが顎で騎士たちに合図した。矢がユージアに向いた。カシューに。ミルアに。

「La glavon, Rjuzu. Mi ne ripetos.」

 沈黙の中、川の音だけが響く。

 リューズの肩が落ちた。一呼吸置いて、大剣が地面に突き刺さる。

「...Lasu ilin. Ili ne faris ion malbonan.」

「Ho? Sed tio estas monstroj, Rjuzu. Monstroj ne havas rajtojn en ĉi tiu regno.」

 ザンダが笑った。歯が松明の光に光っている。

「Sed ne zorgu. Mi ne mortigos tiujn. Vivantaj monstroj... valoras multe pli.」

 言葉がわからない。ザンダが何を言っているのか、リューズが何を返したのか、音の塊が頭の上を通り過ぎていく。でも空気はわかる。表情はわかる。

 これは、まずい。

 カシューの尾が震えている。怒りだ。でも動けない。矢の先端がこっちを狙っている。

「……ユージア。動くなよ。何があっても動くな」

 カシューが歯の間から絞り出した。目はザンダを睨んだまま。

「……あの男、嫌な目でこっちを見てる」

 感情を殺した平坦な声でミルアが囁いた。

 ザンダが歩み寄った。リューズの横を通り過ぎて。真っ直ぐユージアの方へ。

「Zanda, ne tuŝu ilin!」

 腕を伸ばしかけたリューズを騎士二人が押さえつけた。そのまま腕を捻り上げる。リューズが膝をついた。歯を食いしばっている。

「Ŝafideto.」

 ザンダがしゃがんだ。ユージアの目の前に。松明の光が四角い顎を照らしている。大きな手がフードを掴んだ。ゆっくり下ろされ、巻き角が露わになった。

「Belega.」

 指が角に触れる。品定めするように、撫でるように。爪が根元を引っ掻いた。

「離せッ!!」

 カシューが飛び出した。クロスボウの弦が鳴り、矢がカシューの肩を掠め、赤い線が走る。二本目がカシューの足元に突き刺さった。警告だ。

「Alia moviĝo, kaj la sekva trairos ĝian koron.」

 ザンダが振り返りもせずに言った。カシューが凍りついた。血が腕を伝っている。

「Zanda!! Ne impliku ilin! Ili neniel rilatas al nia afero!」

 ザンダが鼻で笑った。冷え切った瞳が叫ぶリューズを値踏みするように見下ろす。

「Nia afero? Ne. Vi estas dizertinto kaj krimulo, Rjuzu. Ĉiuj tri estas miaj posedaĵoj.」

 ユージアの角から手を離し、ザンダが立ち上がる。

「Ĉenu ilin. Ĉiujn ses.」

 鎖の音が鳴った。

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