25.おとぎばなし
korno。何度も聞いたその言葉が叫ばれる意味をユージアは知っている。長老が語ってくれた昔話。角を切り落とされ、翼をもがれ、素材として売られた魔人たちの話。ずっとおとぎ話だと思っていた。二千年前の、遠い遠い昔話だと。
でも、結界の外で見るニンゲンたちの目に同じ欲がある。リューズたちを除いて。
「来い。殺す」
カシューの声が地を這った。翼が大きく広がり、爪が伸びる。竜の魔人の戦闘態勢だ。
「NE ALPROKSIMIĜU!!」
リューズが大剣を横薙ぎに振った。斬るためではない。距離を作るためだ。風圧で先頭の盗賊がよろめいた。
「Nur tri!? Ni estas kvin! Kaptu tiujn aĵojn! Tranĉu la kornojn, vi fiaĉuloj!」
手斧の男が吠えた。仲間が左右に散る。挟み込む動きだ。
「《Rapide kuru, fariĝu klingo!》」
風の刃が右から回り込もうとした二人を薙いだ。一人の腕を浅く裂く。血飛沫。だが止まらない。
「《Sankta ŝildo, ĉirkaŭu nin!》」
淡い光の膜がユージアたちの周囲に展開された。盗賊の一人が投げた短剣が、光に弾かれて地面に落ちる。
「Magio?! Fek!」
「ユージア、動くな!」
カシューが叫んだ。だがカシュー自身の体がわずかに揺れた。翼の先が震えている。本調子じゃない。
「カシュー、無茶しないで!」
ミルアがカシューの外套を掴んだ。
盗賊の一人がリューズの横を擦り抜けた。小柄な男だ。速い。ユージアに向かって駆ける。
「Juzia!!」
戦闘能力が無いぼくがやるべきこと、捕まらない!逃げる!
ユージアの体が反射的に動いた。考えるより先に。足が地面を蹴る。低い姿勢で茂みに飛び込んだ。枝が頬を掠める。痛い。構わない。
小柄な盗賊の手が空を切った。ユージアがいた場所を。一瞬遅ければ外套を掴んでいた。
「Rapide!」
男が舌打ちして追いかけてくる。足音が背後に迫る。
「てめえッ!!」
カシューが跳んだ。翼を使わず、純粋な脚力だけで。盗賊の背中に飛びかかり、地面に叩き伏せた。ごきり、と嫌な音がした。男が悲鳴を上げる。
「ユージアに触んなッ!」
カシューの拳が男の後頭部に振り下ろされた。一発。男が動かなくなる。気絶だ。
「HAAA!」
リューズの大剣が弧を描いた。今度は本気だ。先頭の髭面の男の手斧が真っ二つに折れて飛んだ。リューズの蹴りが男の腹に突き刺さり、男が木に叩きつけられる。
「Gah!」
「《Invadu, senkulpaj dornoj!》」
茂みから伸びた茨が足に巻きつき、二人が転倒する。ジェドが息を荒げている。連続詠唱の負荷だ。
「Forkuru! Forkuru!!」
最後の一人が叫んだ。仲間を置いて逃げようとする。
「Lasu lin.」
リューズは追わなかった。大剣を下ろし、息を整える。逃げる一人を目で追うだけだ。
「……終わった?」
ミルアが茂みからユージアを引っ張り出した。手が震えている。震えているのはユージアの手じゃない。ミルアの手だ。
「怪我は」
「ユージア!」
カシューが駆け戻ってきた。拳に血がついている。他人の血だ。ユージアの顔を両手で掴んで、顎を上げさせ、頬の擦り傷を見た。
「……枝か。これだけか」
声が震えている。怒りか安堵か、本人にもわからないのだろう。
自分の頬の傷に触れる。温かい光が一瞬触れて痛みが消えた。
リューズが振り返った。ユージアの無事を確認して深く息を吐いた。それから倒れた盗賊たちを見下ろす。
「Ni rapidu. Lia kamarado revenos kun pli da homoj.」
リューズの声が硬い。rapidu、ジェドの風魔法に出てくる言葉だ。早く?
「おい、ユージア」
カシューがユージアの手を掴んだ。離さない。
「離れるなよ。絶対に」
「ぼくは大丈夫」
本調子でないカシューに守らせるわけにはいかない。
「大丈夫じゃねえだろ」
カシューの声が低く震えた。ユージアの手を掴んだまま離さない。金色の瞳が揺れている。怒りじゃない。恐怖だ。ユージアを失うかもしれなかった恐怖。
「カシュー」
ミルアが静かに割り込んだ。カシューの肩に手を置く。
「ユージアは自分で逃げたの。ちゃんと判断して動いたのよ。捕まらなかった。偉いでしょう」
「……」
カシューが唇を噛んだ。反論できない。ユージアが自力で避けたのは事実だ。でも、理解していることと、納得できることは違う。
「……次はオレが先に潰す」
それだけ言って、ようやく手を離した。
「Ni devas moviĝi. Nun.」
リューズが急かした。倒れた盗賊たちを一瞥もせず、既に歩き始めている。逃げた一人が仲間を連れて戻る前に距離を稼ぐつもりだ。
「La arbaro estas pli densa okcidente. Ni povas kaŝiĝi tie.」
ジェドが地図を仕舞いながら早足で続く。息がまだ荒い。
「Juzia, venu!」
ラティアがユージアの袖を引いた。走るよ、と全身で伝えている。
六人が森の奥へ駆け出した。枝を避け、根を跨ぎ、霧が濃くなる方へ。カシューがユージアの隣にぴたりと張り付いている。今度こそ離れない、という意志が足音に滲んでいた。
角を狙われた。二度目だ。これが結界の外なのだ。
二千年前のおとぎ話じゃない。




