21.つかのまの
先頭を歩くリューズの歩調に合わせ、大剣が揺れる。四人で乗ってきたはずの馬は見当たらなかった。戦闘の混乱で失ったのかもしれない。
カシューがリューズの背中を睨んだ。
「あいつ、ユージアより頭三つはでかいな」
「あなたより少し大きいくらいかしら。それが何?」
「別に」
別に、と言いながら歩調を速めた。リューズの隣、ではなく、リューズとユージアの間に割り込むように。
「Juzia! Ĉu via amiko ĉiam estas tiel?」
ラティアがカシューを指差して、両手をぐっと握り締める仕草をした。怒ってる?と聞きたいらしい。
「Lasu lin, Latia. Li nur gardas sian familion.」
リューズが振り返らずに言った。声に笑みが混じっている。
森の道を六人で歩く。霧の中、カシューの足音がユージアのすぐ隣で鳴っている。ミルアが少し後ろで、ジェドの地図を時折覗いている。ラティアがユージアの反対側に並んで、にこにこ笑いながら何か話しかけてくる。
「Juzia, ĉu vi manĝis bone? Vi aspektas pli sana hodiaŭ!」
わからない言葉がほとんどだけど、manĝisは聞き覚えがある。食べる、だ。ラティアがお腹を指差してもぐもぐと口を動かした。
「Mi havas.」
ユージアは背負った荷物を指差した。ラティアが首を傾げる。
「Vi havas...?」
荷物を下ろして、中から包みを取り出した。ミルアが今朝持たせてくれたものだ。布を開くと、蜂蜜色のパンと干し果物、それから木の実の焼き菓子。
「Ho! Manĝaĵoj!」
ラティアの目が輝いた。ユージアが焼き菓子を一つ差し出すと、ラティアが両手で受け取った。
「Dankon, Juzia! Ĝi odoras bonege!」
がぶりと一口。ラティアの目が見開かれた。
「Rjuzu! Jen! Gustumu!」
リューズに向かって焼き菓子を振り回している。リューズが歩きながら振り返り、差し出された菓子を一つ摘まんで口に放り込んだ。
「...Bona.」
短いが、眉が上がった。素直な感想だ。
「Ĉu ni marŝas, aŭ ĉu ni piknikas?」
ジェドが呆れたように言ったが、ミルアが木の実の菓子を一つ差し出すと、一瞬迷って、受け取った。
「……おい。あいつらにやりすぎるなよ。お前の分なくなるだろ」
カシューがユージアの包みを覗き込んで、残りを確認している。
「大丈夫よ。多めに作ったから」
ミルアがカシューにも一つ押し付けた。カシューが無言でかじる。
「Mirua! Vi faris ĉi tion? Tre bongusta!」
ラティアがミルアに向かって親指を立てた。ミルアが意味を察して、小さく微笑んだ。
「……あの子、いい子ね」
「馴れ馴れしいだけだろ」
「強情ねぇ」
六人の足音が森に吸い込まれていく。霧を抜け、木漏れ日の道を南東へ。菓子を分け合いながら。言葉は通じないのに、不思議と空気は穏やかだった。
日が暮れ始めた頃、森の木々が徐々にまばらになってきた。遠く、地面が緩やかに傾斜を帯び始める。丘陵地帯に近づいている。
「Haltu.」
ジェドが足を止めた。地図と周囲の地形を見比べている。眼鏡の奥から、細めた目が木々の隙間から覗く丘の稜線を追った。
「Laŭ la kalkulo, la unua punkto devus esti ie ĉirkaŭ tiu monteto.」
ジェドが遠く前方の丘を指差した。それからユージアに向き直る。
「Juzia.」
地図の一点を指差し、それから丘を指差した。
「ねえ、ユージア。楔の気配って、わかる?」
ミルアがフードの奥から囁いた。
「長老が言ってたでしょう。楔は魔力の骨組みだって。結界の内側では感じられなかったけど、外に出たら……微かに引っ張られる感覚があるの。あなたは?」
「……オレは何も感じねえ」
カシューが正直に言った。腕を組んで丘を見上げている。
「ユージアは結界に選ばれたんだろ。なら、お前が一番わかるんじゃねえのか」
カシューの金色の瞳がユージアを見た。
ユージアは目を閉じた。足の裏から伝わる大地の感触に意識を集中する。結界の内側にいた時とは違う。外の空気は魔力が薄い、だからこそ、何か一点に集まっている場所があれば、際立って感じられるはずだ。
ある。微かだけど。左の方。心臓の奥が、とくんと引っ張られるような。
「...Juzia?」
リューズがユージアの表情の変化に気づいた。静かに、待っている。
ユージアの指が迷いなく左を指した。丘の中腹、岩が露出した斜面の方向。
「Tien?」
リューズがユージアの指先を追った。頷いて、ユージアが指差した方向をそのまま見つめている。
「...Li povas senti ĝin. Fascine.」
ジェドが呟きながら地図に印をつけた。学者の顔だ。
「わかるのか」
カシューがユージアの隣に並んだ。声が低い。心配と感心が半分ずつ混じっている。
「わたしも微かに感じるわ。でもユージアの方がずっとはっきり掴んでるみたい」
リューズが空を見上げている。日が暮れ、森の木々も黒い影の塊になりつつあった。
「Hodiaŭ ni haltas ĉi tie. Ni ripozos ĝis mateno.」
リューズの声に、ジェドが地図をしまい、手早く焚き火の準備を始めた。テントは張らないようで、焚き火のそばに座るラティアの横にユージアも腰を下ろした。
「……おい、お前ら。火の粉が飛ぶぞ」
カシューがぶっきらぼうに言いながら、焚き火の近くで菓子をつついていたラティアを軽く小突いた。ラティアは笑って場所を少しずらす。
「Ĉu vi volas iom?」
ラティアが差し出した木の実を、カシューは鼻を鳴らして受け取った。
ユージアは、先ほど指差した丘の方向を眺めていた。微かな引っ掛かりが、まだ心臓の奥にある。それは、楔が大地と繋がっている証拠だ。あそこにあるはずだと、感覚が言っている。
「Ĉu vi estas maltrankvila?」
隣にリューズが座った。
「Morgaŭ ni trovos ĝin tuj. Dormu bone ĉi-nokte. Magian potencon oni replenigas per ripozo.」
リューズが大きな手をユージアの頭に乗せた。撫でられる。安心する温かさだ。
「Mi protektos ĉiujn ĉi tie. ...Kaj vi ankaŭ estas unu el ni.」
パチ、と薪が爆ぜた。
森の闇は深いが、この焚き火の周りだけは、静かで穏やかな時間が流れていた。




