14.門
「...Jen. Ĉi tie. La mapa punkto. Ĝuste ĉi tie.」
ジェドが馬から飛び降り、石柱に歩み寄った。苔を剥がして刻まれた文字を確認し、目を輝かせた。
「Antikvaj runoj... ĉi tio ne estas natura. Iu faris ĉi tion intence.」
太陽が天頂に近づいている。もうすぐカシューとミルアが反対側に来るはずだ。ユージアも馬から降りて石柱に駆け寄る。苔だらけの表面に刻まれた文字。読める。ユージアもよく知る文字だ。
ユージアが読めるものを、ジェドが必死に解読しようとしている。なんだかおかしくて、嬉しい。ユージアは石柱の文字をなぞった。指先にぴりっとした感覚が走る。ここは、やっぱり結界の境い目だ。
「Ŝafido. Ĉu vi povas legi ĉi tion?」
ジェドが目を丸くした。ユージアの指が迷いなく文字を追っているのを見て、即座に気づいたのだ。ユージアは頷く。読める。でも、説明する言葉がない。人間の言葉でなんて言うんだろう。
内と外、二つの手が合わさる時、道は開かれる。
古い詩のような文言。
「Ĉu ĝi estas pordo? Enirejo?」
ジェドが石柱の間の空間を指差した。ユージアは何度も頷く。
「Kioma horo estas?」
「Preskaŭ tagmezo...!」
ラティアが空を見上げた。太陽がほぼ真上にある。その時、結界の向こう側から聞き慣れた羽ばたきの音が聞こえた。重く、力強い翼の音。
「ユージア!!」
カシューの声が響いた。結界の薄い膜の向こうに、黒い翼が見える。ミルアの深緑の翼も。約束通り、来てくれた。結界の膜、空気の質が変わる境い目の向こうにカシューが立っている。黒い翼を広げ、全速力で飛んできたのか、息を切らしている。
「よかった、間に合ったわ!」
ミルアが隣に降り立ち、翼を畳みながら石柱を見上げた。彼女の目が大きく見開かれる。
「……これよ。長老が言っていた古い門だわ」
「いいから早くしろ。ユージア、こっち来い」
カシューが結界に手を押し当てた。膜が光る。弾かれはしない。内側だから。でも、通してくれない。ユージアは石柱の文字をもう一度見る。内と外、二つの手。
ジェドが結界の膜を観察している。手を伸ばしては弾かれているが、ここでは弾力が弱いようだ。
「...Ĉi tie la bariero estas malforta. Ŝafido... via mano. Metu ĝin ĉi tie.」
ジェドがユージアの手を引く。カシューが反対側から結界に手を押し当てている。見えない壁一枚。その向こうにカシューの手がある。そっと伸ばした手は、弾かれなかった。結界の壁に手のひらが埋まる感覚があった。いける。
そのとき、何かが顔の横を通り過ぎ、結界に弾かれた。矢だ。白い羽根のついた矢がユージアの頬を掠めて地面に落ちた。一瞬遅れて、頬がひりりと熱くなる。
「ユージア!!」
カシューの叫び。結界の向こうで黒い翼が大きく広がる。
「Malsupren!!」
リューズの腕がユージアを地面に押し倒した。二本目の矢が、さっきまでユージアの頭があった場所を通過する。霧の中、森の木々の間に人影が見えた。弓を構える者、剣を抜く者。五人。
「La ĉasistoj...! Ili revenis!」
昨日の男たちだった。ユージアは地面に伏せたまま石柱を見る。あと少しだったのに。
「Tie! La kornuloj! Mi diris al vi... valoras fortunon!」
狩人の一人が叫んだ。角。ぼくの角を見ている。
「ユージア!」
ミルアの声が結界の向こうで鋭く響く。結界を叩く音。通れない。
「どけ、オレが……」
「出られないの!カシュー!」
カシューの拳が結界を殴りつける音が鈍く響いた。
「Ĵedo, Latia! Protektu lin. Mi iros.」
リューズが大剣を抜いた。五人の狩人に向かって、一人で歩き出す。大剣を手に霧の中に踏み出していく。五対一。それでもリューズは振り返らなかった。
「Haltu! Ni volas nur la kornulon! Foriru kaj vi vivos!」
先頭の狩人が弓を下ろして叫ぶ。
「……」
リューズが大剣を地面に突き立てた。ずん、と重い音。それから胸元から小さな金属片を引き出した。紋章だ。
「Mi estas Rjuzu Frii, eks-kavaliro de la Reĝa Gvardio. Ĉi tiu knabo estas sub mia protekto.」
声が変わった。冒険者の声じゃない。命令する者の声だ。狩人たちが動きを止める。
「...Reĝa Gvardio?」
「Kaj do? Se vi estas eksa, vi estas nenio!」
「Eksa aŭ ne... mi estas forta. Sufiĉe por vi, stultuloj.」
リューズが大剣を手に踏み込んでいく。前列の二人が後退った。
「...Rjuzu.」
ラティアが息を呑む。表情に戸惑いが浮かんでいる。
「Ŝafido. Nun. Dum ili estas distritaj.」
ジェドがユージアの肩を掴んだ。石柱を指差す。結界の向こうでカシューの手がまだ押し当てられている。リューズとカシューを何度も見比べる。
「でも!」
リューズが五人を相手にしている。ぼくのために。ユージアの手が震える。石柱に手を伸ばせば帰れる。カシューの手がすぐそこにある。矢が飛んだ。リューズの肩に突き刺さった。赤く血が滲むのが見える。
「ユージア!今だ、来い!!」
カシューの声が切羽詰まっている。でもユージアの足は動かない。リューズの背中を見ている。血が流れている。ぼくを守って、血を流している。ぼくはただの羊だ。戦えない。でも、あのくらいの傷なら。ここからでも治せる。
ユージアは石柱に伸ばしかけていた手をぎゅっと握った。
「ユージア!?何やってんだ!!」
「Ŝafido!? Kion vi fa...」
ユージアは両手を前に伸ばした。リューズに向かって。金色の光がユージアの手のひらから弾けた。柔らかく、温かく、蜂蜜のような光がリューズの肩を包む。矢が押し出されるように落ち、裂けた肉が瞬時に塞がっていく。
リューズが肩を見た。血が止まっている。傷が消えている。
「La kornulo... ĝi uzas magion!? Sen sorĉvortoj!?」
狩人たちが凍りついた。弓を持つ手が震えている。ユージアの膝が笑っている。怖い。すごく怖い。でも手を下ろさない。この人たちを置いて帰るなんてできない。




