9.王子の憂鬱と、すれ違いの再会
「ルイス殿下、陛下がお呼びでございます」
「……分かった。すぐ行く」
舞踏会の準備を終え、部屋で待機していたところに声がかかった。
胸の奥が、じわりと重く沈む。
何を言われるかなど、考えるまでもない。
――また“王太子としての義務”だ。
私は深く息を吐き、重い足取りで父――国王の執務室へ向かった。
「陛下、お呼びでしょうか。ルイスです」
「入れ」
低く響く声。
扉を開けると、父は書類から顔を上げ、椅子を指し示した。
「座れ」
使用人が退室するのを待ち、父は静かに口を開いた。
「私が何故お前を呼んだか、分かるか?」
――わざわざ聞かないでほしい。
「……いいえ」
素っ気なく答えると、父はわずかに目を細めた。
その表情には、息子の反応を静かに見極めようとする気配があった。
「ならば言おう。今日の舞踏会で、婚約者候補となる令嬢たちを見定めよ」
やはり、そう来たか。
胸の奥で、冷たいものがひたひたと広がる。
「我が国が十五歳からしか婚約を認めない理由は知っていよう?」
「成人するというのもありますが……実際は、魔法学園の入学年齢と合わせているから、ですよね」
「そうだ。そして理由は?」
「魔力持ち同士を結婚させるため……です」
父は満足げに頷いた。
「魔力持ち同士が結ばれれば、より強い魔力を持つ子が生まれやすい。国の繁栄のためにも、強い魔力を後世に残す必要がある」
その声は淡々としていたが、 それは“父”ではなく“国王”としての口調なのだと分かる。
「お前も十五歳だ。舞踏会で王太子妃候補を見定め、学園卒業までには紹介しなさい。魔力持ちであれば、学園の者でなくとも構わぬ。……分かったな?」
「……出来る限り努力いたします」
父は静かに頷いた。
部屋を出た瞬間、私は大きく息を吐いた。
「はぁ……婚約者候補、ね」
父は知っているはずだ。
私が令嬢たちにうんざりしていることを。
社交の場では、王太子妃の座を狙う者、外見だけを見て寄ってくる者……
そんな令嬢ばかりが群がってくる。
――誰も“俺自身”を見ていない。
今日の舞踏会も、きっと同じだ。
浮かべたくもない笑顔を貼り付け、令嬢たちのアプローチに振り回されるのだろう。
仮病で休みたいが、王太子としてそれは許されない。
私はさらに重い足取りで会場へ向かった。
*
生徒会長の挨拶が終わり、舞踏会が始まる。
私は幼馴染で腐れ縁のレオンハルトとともに、生徒会本部へ向かった。
「私はあれの中に飛び込むほど勇敢じゃない」
私が視線を向けたダンスフロアを見て、レオンハルトが肩を竦める。
令嬢たちが、私たちが来るのを今か今かと待ち構えている。
「同感だ。俺もまだ死にたくない」
二人で苦笑する。
生徒会本部に着くと、生徒会長が深々と頭を下げた。
「ルイス殿下、レオンハルト様。お会いできて光栄です。こちらから伺うべきところ……申し訳ございません。私は生徒会長を務めるアルバート・ベルディと申します」
礼を取るアルバートを私は制した。
「そんなに固くならなくていい。これからは学友だ。気楽に頼む」
「……承知いたしました」
レオンハルトが小声で言う。
「しばらくここにいさせてくれないか?」
「ええ、構いません……あぁ、なるほど」
生徒会長はすぐに察したようで、苦笑した。
ダンスホールでは令嬢たちが、まるで獲物を待つ猫のようにこちらへ視線を向けている。
「お二人も大変ですね」
理解が早くて助かる。
さすが学園を取り仕切る者だ。
しばらく学園の話などをして時間を稼いでもらったが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
礼を言い、私たちは本部を後にした。
*
ダンスフロアに足を踏み入れた瞬間、令嬢たちが一斉に押し寄せてきた。
「殿下、ぜひ私とダンスを!」
「いえ、私と!」
「私が先ですわ!」
「皆さん、落ち着いてください……」
踊るとは一言も言っていないのに、令嬢同士が喧嘩を始める始末だ。
適当に一人と踊ってしまったのが運の尽きだった。
“王太子と踊れる”と知れ渡り、次から次へと令嬢が押し寄せる。
笑顔を貼り付けるのにも限界が来た頃――。
視界の端に、令嬢らしからぬ勢いでこちらへ向かってくる少女が見えた。
……すごい気迫だ。
見覚えがあるような、ないような。
社交の場で見たことはない気がする。
だが、近づくにつれ、その顔がはっきりと見えてきた。
透き通る白い肌。
宝石のように輝くブルーの瞳。
乱れたハニーブロンドの髪すら気にしない清々しさ。
――あれは……。
胸の奥が、かすかに跳ねた。
とあるお茶会で見た、あの少女――
フローラ・クレヴェルト。
七年前のあの日、
「生まれではなく、行いで決まる」
と迷いなく言い切った少女。
あれ以来、一度も会っていなかった。
会う理由も、会える保証もなかった。
それなのに――。
彼女はまっすぐこちらへ向かってくる……そう思ったのに、
私の横をすり抜けていった。
一瞬だけ目が合った。
その瞳は、どこか“同情”の色を帯びていた。
まるで、「大変ですね」とでも言いたげに。
「えっ……」
思わず声が漏れた。
……何を期待していたんだ、私は。
胸の奥が、ひどくざわつく。
手を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。
「はははっ! お前もそんな顔するんだな!」
いつの間にか隣に来ていたレオンハルトが笑い転げている。
「……そんな顔とは?」
「残念そうな顔だよ」
ニヤニヤと笑うレオンハルト。
聞かなければよかった。
「意味が分からない」
私はマントを翻し、これ以上何か言われる前にダンスフロアから撤退した。
胸の奥に残った熱だけが、どうにも消えてくれなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ルイスの胸に残ったざわめきが、
この先どんな形を取っていくのか──
自分でもまだ掴みきれていません。
ただ、彼が“義務”ではなく“自分の意思”で選ぶ未来を、
静かに見守っていただけたら嬉しいです。
次回も、どうぞよろしくお願いします。




