10.観察者は見逃さない
俺の名はレオンハルト・オーデル。
幼い頃から、オーデル侯爵家当主でありこの国の宰相を務める父に連れられて王城へ出入りしていたため、王太子ルイスとは自然と友人になった。
……いや、今となっては“腐れ縁”の方がしっくりくる。
ルイスは王太子として、俺以上に背負うものが多い。
日々の重圧は計り知れないはずなのに、それを一切表に出さない強靭さを持っている。
だからこそ、城の者たちや彼をよく知らない連中は、“穏やかで完璧な王子”だと信じて疑わない。
――だが、それは大いなる誤解だ。
あいつは面倒くさがりだし、態度も口も悪いし、すぐ人に仕事を押し付けてくる。
本性を知っているのは、国王夫妻と宰相である父、そして俺くらいだろう。
だが、皆が知らないのは――
その完璧さの裏に、血の滲むような努力があることだ。
次期国王としての重圧を抱えながら、それでも弱音ひとつ吐かず、前に進み続ける。
……本当に、厄介な友人を持ったものだ。
*
舞踏会当日。
俺は国王に呼び出されていた。
「レオンハルトよ。今宵の舞踏会で、ルイスが少しでも興味を持つ令嬢が現れたら――学園でお前がサポート役となれ。次期宰相候補として、次期国王を導くのだ」
突然の命令に、思わず眉をひそめた。
「サポート役……とは、殿下が婚約できるようにアシストせよ、という意味で?」
「その通りだ」
陛下は満足げに頷く。
だが、問題がある。
「殿下は……かなりの令嬢嫌いでいらっしゃいます。そう簡単に“良い方”が見つかるとは……」
幼い頃から可愛がってくれている陛下なら、多少の無礼な物言いは許してくれる。
「分かっておる。だが、いつまでも放ってはおけん。あいつは“誰とも結婚しない”と言い出しかねんからな。……だが、キャサリンが結婚の無理強いに反対でな」
王妃――ルイスの母は、愛のある結婚を望んでいる。
陛下と王妃は恋愛結婚だ。
息子にも同じ幸せを求めるのは当然だろう。
だが、政治は理想だけでは動かない。
王家の血統は国の安定に直結する。
宰相である父も、王家の婚姻には常に目を光らせている。
ルイスはいずれ国を背負う身。
世継ぎを残さねばならない。
最悪の場合、本人の意思とは関係なく婚姻が決まる。
……友人として、それは少し気の毒だ。
「承知いたしました。殿下が気に入られるお方が現れましたら、全力でサポートいたします」
そう答えると、横で控えていた宰相である父が口を開いた。
「レオンハルト。それはお前にも当てはまると心得よ。次期宰相候補で公爵家跡取りのお前が“結婚しない”などありえん」
「……承知しております」
父の言うことは正しい。
だが、俺もルイス同様、婚約者探しなど興味がない。
……そんな俺が、他人の恋路をアシストするなど可能なのだろうか。
胃が痛くなりながら、舞踏会へ向かった。
*
ルイスが“運命的な出会い”をするなど、端から期待していない。
奇跡でも起きない限り、ありえない。
だから俺は“運命的な出会いを演出する”作戦を立てた。
まずはダンスだ。
「今日は殿下が皆さんと踊りたいと仰っています」
ルイスのいないところで、こっそり噂を流す。
令嬢たちは一斉に群がり、ルイスは逃げ場を失った。
渋々踊り始めたルイスを観察する。
……が。
「駄目だ……」
俺は頭を抱えた。
何人と踊っても、あいつの表情は“貼り付けた笑顔”のまま。
むしろ、だんだん邪悪な顔になってきている。
「今すぐ帰りたいって顔だな……。少しは楽しめよ」
皮肉が漏れる。
やがてルイスはダンスを拒否し始め、令嬢たちは「お話だけでも!」と群がる。
――もう限界だ。
そう思ったその時。
ルイスの視線が一点に吸い寄せられた。
俺は慌ててそちらを見る。
一人の令嬢が、ドレス姿でありながら“令嬢らしからぬ速さ”でこちらへ向かってくる。
その瞬間、
ルイスの呼吸が一拍だけ止まったのを、俺は見逃さなかった。
胸の奥に、微かな緊張が走る。
「ぶっ……!」
令嬢を見て、思わず吹き出した。
よくあの格好で走れるな。
周囲も呆気にとられているが、彼女はそんな視線など一切気にしていない。
だが、俺は気づいた。
「あれは……クレヴェルト家のご令嬢か?」
五年前のお茶会で一度会ったきりの少女。
あの時の面影を残しつつ、見事に成長していた。
母親であるクレヴェルト伯爵夫人に瓜二つだ。
夫人は社交界でも有名な美貌の持ち主。
その娘が“幻の令嬢”と呼ばれているのも社交界では有名な話だ。
――だが、彼女はどこへ向かっている?
ルイスの方に見えるが……まさか、ダンスの申し込みか?
ルイスも微動だにせず待っている。
その横顔には、普段見せない緊張が滲んでいた。
俺は胸が高鳴った。
ついにこの時が来たのか?
あの二人が再会し、運命の出会いを――
「……へぁ?」
クレヴェルト嬢は、ルイスの横を全力で通り過ぎていった。
一瞬だけ目が合い、“同情”のような視線を向けて。
ルイスの肩が、わずかに震えた。
……そういえば、五年前は黒髪だったな。
今の金髪では、彼女が気づくはずもない。
俺の幻想は粉々に砕け散った。
だが、俺は見逃さなかった。
ルイスの頬と耳が、じんわりと赤く染まっていくのを。
その赤みは、怒りでも羞恥でもなく――
“戸惑い”に近い色だった。
「ぶふっ! 面白すぎるだろあれ!」
笑いを堪えながら近づく。
「お前、今までどこにいた?」
ルイスが睨んでくる。
「そんなことどうでもいいだろ」
……駄目だ。顔を見ると笑いが。
「ぷっ……ふはははっ!お前もそんな顔するんだな!」
「……そんな顔とは?」
「残念そうな顔だよ」
ルイスは一瞬固まり、次に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……意味が分からない」
そう言い残し、マントを翻して去っていく。
その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。
胸の奥に、妙なざわめきが残る。
*
さて、俺の第二の任務。
“ルイスが気にする令嬢”が現れた場合、その人物が王太子妃に相応しいか見極めること。
……どう見ても、さっきの反応は“気にしていた”。
俺は展示コーナーへ向かい、クレヴェルト嬢――フローラに声をかけた。
「こんにちは、レディ。少しお話よろしいですか?」
「……」
無視された。
いや、無視というより、ガラスケースに張り付いて魔法道具を凝視している。
その目は、宝物を見つけた子どものように輝き、そこにある全てを吸い込もうとしていた。
「そんなに熱心に見て、何をなさっているのですか?」
ようやく、こちらの存在が耳に届いたらしい。
ゆっくりと顔を上げるその仕草には、深い集中から引き戻された気配があった。
「私ですか? 魔法道具を見ていますが?」
……だろうな。
「魔法道具がお好きなのですか?」
「はい! とっても好きです!」
満面の笑みがぱっと咲いた瞬間、胸の奥が不意に熱を帯びた。
あまりに無邪気で眩しくて、その輝きに、不覚にも少し心臓が跳ねた。
彼女は本当に魔法道具が好きなのだ。
その証拠のように、魔法道具の話題に触れた途端、彼女の瞳がさらに輝きを増す。
次の瞬間には、もう言葉が溢れ出していた。
「この魔法道具はですね、約百年前に――」
まるで堰を切ったように語り始めるその熱量に、俺は思わず聞き入ってしまう。
彼女は丁寧に、熱心に説明してくれた。
その語り口は、令嬢というより学者に近い。
……驚くほど博識だ。それになかなか興味深い話だった。
説明が終わり、俺は名乗った。
「私はレオンハルト・オーデルと申します。お名前を伺っても?」
「……レオンハルト……レオンハルト……? フローラ・クレヴェルトと申します。どうぞお見知りおきを。」
ぶつぶつ呟いた後、はっとして淑女の礼を取る。
その所作は美しく、先ほど走り回っていた人物と同一とは思えない。
俺は彼女としばらく会話を楽しんだ。
明るく、穏やかで、淑やかで、博識。
媚びも打算もない。
……なるほど。
ルイスが気にするのも、分からなくはない。
そろそろルイスも戻る頃だ。
俺はフローラに別れを告げ、その場を後にした。
胸の奥に、ひとつの疑問が残る。
――あいつは、彼女と再会したらどうなるのだろう。
その答えを見るのが、少しだけ楽しみだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
10話では、レオンハルト視点で舞踏会の裏側と、
“幻の令嬢”フローラとの再会が描かれました。
ルイスの複雑な心情や、
レオンハルトの苦労と胃痛、
そしてフローラの自由奔放さが少しずつ形になってきた回です。
次話では、いよいよ魔法学園入学です。
続きも楽しんでいただければ嬉しいです。




