11.夢の学園、走り出す初日
「ついに……ついに来たんだわ!」
胸の奥が震え、息が少しだけ詰まる。
ずっと夢見ていた光景が、今こうして目の前に広がっている。
私は――魔法学園の門前に立っていた。
門越しに見えるのは、悠然とそびえる校舎。
庭には色とりどりの花が咲き誇り、東屋やベンチが点在している。
その奥には、荘厳な時計塔を備えた校舎が堂々と構えていた。
――あれが、私の夢の場所。
さらに横には、小さな宮殿のような建物。
事前情報によれば、あれが図書館らしい。
「はぁ……早く授業が始まらないかしら!」
胸の高鳴りが抑えきれず、思わず声が漏れたその瞬間――
「お嬢様、落ち着いてください。周囲の方々が変な目で見ています」
背後からローズの冷静な声が降ってきた。
「へっ?」
慌てて周囲を見ると、同じ新入生らしき制服の胸に青い花の刺繍をつけた学生たちが、“あの子大丈夫?”という視線をこちらに向けていた。
私は姿勢を正し、真新しい制服の裾を整える。
「わ、分かってるわよローズ。つい……ついよ」
「その“つい”が積み重なると白い目で見られます。お気をつけください」
ローズの指摘は相変わらず容赦ない。
でも、長年そばにいてくれた彼女だからこそ、私の浮かれ具合も、夢への想いも、全部分かってくれている。
「でもねローズ。私がどれだけ今日を楽しみにしていたか、あなたも知ってるでしょう? 少しくらい余韻に浸らせてよ」
「余韻はご自由に。ただし入寮手続きを済ませてからにしてください。お部屋の中でなら、どれほど奇怪な行動をされても文句は言いません」
奇怪な行動って何よ……。
「じゃあ、早く入寮手続きを済ませましょう!」
御者に礼を言い、私はついに魔法学園の門をくぐった。
*
ローズが手際よく入寮手続きを済ませ、私たちは女子寮へ向かった。
鍵を受け取り、扉を開けた瞬間――息が止まる。
天井には上品なシャンデリアが煌めき、部屋全体が柔らかな光に包まれていた。
「一人部屋って聞いていたから期待してなかったけど……素晴らしいわね」
「魔法学園は国内外から多額の寄付が集まっていると聞きますし、この程度は普通では?」
ローズは淡々と言うが、私には十分すぎるほど豪華だ。
前世の“学生の一人部屋”といえば狭くて汚いワンルーム。
それを思い出すと、この部屋はまるで夢のようだった。
寝室は別、ベッドはふかふか。
飾り棚や本棚、勉強机まで完備されている。
――こんな素敵な部屋で三年間も暮らせるなんて。
胸が高鳴り、思わず頬が緩む。
「荷ほどきは私がしますので、お嬢様は試験の準備を」
「ええ、お願いね」
私は鞄から教本とノートを取り出した。
今日の午後から入学前試験がある。
試験結果によって、明日の入学式後にクラスが発表される。
成績順にA・B・Cの三クラス。
そして私は、絶対にAクラスに入りたかった。
理由はただひとつ。
Aクラスだけが、1年生から上級魔法を学べるからだ。
――私は私の夢のために生きる。
あの日、彼が言ってくれた言葉のように。
アーシャはもう着いているだろうか。
試験が終わったら一緒にディナーでも食べよう。
私は気持ちを切り替え、最後の復習に取りかかった。
*
「ほんっと勘弁して〜!」
私は令嬢らしからぬ速度で、学園の敷地内を全力疾走していた。
理由は単純――試験に遅れそうだからである。
寮を出たまでは良かった。
だが、広大すぎる学園で案の定迷子になり、気づけば試験会場とは真逆の方向へ進んでいたのだ。
「途中であの方に教えてもらわなかったら、危なかったわ……」
偶然声をかけてくれた上級生らしき女子生徒が、丁寧に道を教えてくれた。
白百合のように美しい人で、名前を聞きそびれたのが悔やまれる。
また会えたら必ずお礼を言わなければ。
そんなことを考えながら走っていると、前方で男子生徒が困ったようにうろうろしているのが見えた。
「どうかされましたか?」
足を止めて声をかけると、彼は顔を上げた。
「いや、探し物をしているだけだ。君も新入生だろ? 試験に遅れるぞ。早く行け」
灰色の瞳が、どこか不機嫌そうに私を見つめる。
その瞳の奥に、微かな焦りが揺れていた。
「“君も”ということは、あなたも新入生ですよね? 遅れてはまずいのでは?」
胸元の青い花の刺繍――新入生で間違いない。
「ギリギリまで探して、見つからなければ後で来る。試験には間に合う」
そう言って、しっしと手を振り、再び探し始めた。
――後回しにできないほど大事な物なのだろう。
「では、私も探します。特徴を教えてください!」
制服を腕まくりした私に、彼は驚いたように目を瞬かせた。
「しかし……」
「早く! 時間がありません!」
押し切られた彼は、渋々口を開いた。
「……紫のひし形で、中央が赤い小さなブローチだ」
「分かりました!」
私たちは無言で地面を探し続け――
「ありました! これで合っていますか?」
差し出したブローチを見た瞬間、
彼の灰色の瞳がふっと柔らかくなった。
「これだ……。本当に助かった。母の形見なんだ。ありがとう」
笑うと案外可愛い人だ。
「さぁ、試験会場まで急ぎましょう!」
私が走り出すと――
「試験会場はこっちだぞ?」
「…………」
逆方向を指差され、私は顔が熱くなるのを感じた。
「では参りましょう!」
「お、おい、待て!」
先ほどの恥をなかったことにする勢いで、私は再び走り出した。
その後、私たちは走りに走り、
なんとか試験開始ギリギリで教室に滑り込んだ。
*
入学前試験は噂通り過酷だった。
魔法基礎、魔力理論、教養、マナー……合計六科目。
夕方まで続き、私は完全にクタクタだ。
手応えは――ある。
特に魔法関連はかなり良い点が取れたはずだ。
ただ、試験中ずっと気になっていたことがある。
右斜め前の男子生徒が、明らかに体調不良だったのだ。
咳をし、顔は真っ赤。
高熱があるのは一目で分かった。
周囲の生徒たちは距離を取り、彼は孤立していた。
試験終了後、皆が帰っていく中、彼は机に突っ伏しそうなほどフラフラしていた。
「風邪ですよね? 寮まで歩けますか?」
「……問題ない。近寄ると移るぞ」
迷惑そうに目を細める。
――ここで引いたら女が廃る。
「肩、貸しますよ」
「本当に大丈夫だ」
拒否されても、彼の様子は明らかに限界だ。
「……分かりました。お大事に」
しつこくするのも悪いので、一度はその場を離れた。
……が。
歩きながら考えていると、胸がざわついた。
(いやいや。あの状態で一人で帰れるわけないじゃない……)
気づけば私は踵を返し、走っていた。
*
案の定、彼はまだ教室にいた。
息を荒げ、今にも倒れそうだ。
「やっぱり! 来てよかった!」
駆け寄ると、彼はぐったりしたまま呟いた。
「また……あんたか……」
「さぁ、医務室へ行きますよ!」
私は彼の肩を担ぎ――
「お、おい! 女のお前には無理だ!」
焦る声を無視し、小さく呟いた。
「身体よ、軽くなれ」
魔法陣が展開し、彼の身体がふわりと浮く。
「う、うわっ!」
「手荒でごめんなさい。でも急いだ方がいいです!」
さらに私はハンカチを取り出し、呪文を唱える。
「いでよ水! ハンカチよ貼り付け!」
冷えたハンカチが彼の額にぴたりと貼り付いた。
「つ、冷たっ!」
抗議の声を上げるが、振り払う力は残っていない。
私は彼を支えながら医務室へ向かった。
途中、また道に迷ったりもしたが……なんとか到着した。
医師に彼を託し、私はようやく寮へ戻った。
――魔法学園初日から、なんて濃い一日なのだろう。
疲労と達成感が同時に押し寄せ、私はベッドに倒れ込んだ。
胸の奥で、明日への期待が静かに膨らんでいく。
11話を読んでくださり、ありがとうございます。
魔法学園での初日がようやく幕を開け、主人公の世界も一気に広がりました。
迷子になったり、見知らぬ生徒を助けたり、試験に駆け込みで滑り込んだり……
“らしさ”全開のスタートになったと思います。
次回は、入学前試験の結果と、いよいよ始まる学園生活。
どんな出会いが待っているのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。




