12.運命のクラス発表
魔法学園に到着し、クラス分け試験を受けた翌日。
私たちは無事に入学式を迎えた。
学年代表挨拶は――
あの舞踏会で見た王子様、ルイス・ウェインライト殿下。
殿下が一歩壇上に立った瞬間、会場中のご令嬢たちの視線が一斉に吸い寄せられた。
その陶酔した表情は、まるで信者の集いのようで……
少し怖かったのは胸にしまっておく。
そして、いよいよ――
運命のクラス発表である。
私はアーシャと共に掲示板前へ向かった。
胸の奥がそわそわと落ち着かず、足取りが自然と早くなる。
夢が叶うかどうかの瞬間が、すぐそこに迫っている。
「アーシャぁぁ……どうしよう。心の準備が……!」
「鬱陶しいわね。Aクラスに入れなくても死にゃしないわよ」
アーシャは私の顔をぐいっと押し返す。
もう少し優しくしてくれたっていいのに……。
ほんとつれない美人だ。
でも、この距離感が心地よくて、少しだけ緊張が和らぐ。
「私には死に値するの! 上級魔法を一年目から学べるなんて……!」
想像が膨らみ、私は遠い目をしてしまう。
胸の奥で、ずっと温めてきた夢がそっと形を帯び始めていた。
「ほら、来たわよ」
アーシャが指差す先には、大きな張り紙を抱えた教師たちが歩いてくる。
前世の大学入試を思い出す。
(結果は合格だったけど、今はどうでもいい。)
「では、クラスを発表する。成績上位者は別紙に記載する」
掲示板に紙が貼られ、私は食い入るように探した。
――あった。
フローラ・クレヴェルト Aクラス
「やった!」
声が弾んだ瞬間、胸の奥がふっと温かくなる。
張りつめていたものがほどけ、息が少し軽くなった。
隣を見ると、アーシャもにっこり笑っていた。
「二人ともAクラスね!」
胸を撫で下ろす。
その仕草ひとつにも、緊張がゆっくりと溶けていく気配があった。
アーシャと同じクラスで本当に良かった。
続いて、成績上位者の発表。
なんとなく視線を滑らせていると――
「……え?」
私の名前が、二番目にあった。
学年二位。
「ちょっとフローラ! あんた王太子殿下の次よ!? 女性で二位なんて……めちゃくちゃ目立つわよ……!」
アーシャが声を抑えながら言う。
その目には驚きと誇らしさが入り混じっていた。
「やっぱり同姓同名じゃなくて私……?」
「当たり前でしょ。寝ぼけてんの? ちょっと、凄いじゃない!」
アーシャは珍しく素直に褒めてくれた。
「……ありがとう」
顔が熱くなる。
胸の奥に、静かに灯るような温かさが広がった。
「一位がルイス殿下、二位があんた、三位がレオンハルト様、四位がサディアス様、五位がロイデル様……これは……ご愁傷様。私は十六位! 頑張ったでしょ?」
アーシャがピースサインを作る。
その嬉しそうな顔に、私も自然と笑みがこぼれた。
「アーシャもおめでとう!」
私たちはハイタッチを交わした。
指先が触れた瞬間、緊張がふっと軽くなる。
*
Aクラスの教室に入ると、まだ教師は来ていなかった。
窓から差し込む朝の光が、机の表面を柔らかく照らしている。
座席表を見ると、私は窓際の一番後ろから二番目の席。
多くの学生なら喜ぶ席だろうが、私は前の方が好きなので少し残念。
私の後ろの席には可愛らしい女子生徒が座っていた。
「こ、こんにちは」
恐る恐る声をかけると、彼女はふわりと花が咲いたように微笑んだ。
「こんにちは! 私はメアリー・カーターと申します。あなたは?」
白い肌に大きな瞳、柔らかいウェーブの髪。
お人形のように可愛い。
「フローラ・クレヴェルトです。よろしくお願いします」
「まぁ! クレヴェルト家の……!」
驚いたように口元を押さえるメアリー。
クレヴェルト家を知っているのだろうか?
その反応に、胸の奥で小さな疑問が芽生える。
理由を聞こうとしたが、教師が入ってきてしまった。
隣の席の男子生徒も、いつの間にか着席している。
横目で見ると――どこかで見た顔だ。
(どこだったかしら……?)
胸の奥に小さな違和感が灯る。
*
「皆さん揃いましたね。では――改めて、Aクラスの皆さん、入学おめでとうございます。このクラスの担任を務めるアーサー・ロックフォードです。魔力制御学の授業を担当します。よろしくお願いします」
ひょろりとした体つきに、どこか神経質そうな雰囲気。
長い髪をクリーム色のリボンでひとつに束ね、眼鏡の奥の瞳は、静かで温度の読めない光を宿していた。
アーサー先生は淡々と学園の規則や注意事項を説明していく。
その途中、ふと生徒席の方へ視線を流し――
ある一点でぴたりと止まった。
そして、にこりと微笑む。
(……ん? 今の何? まあ、気のせいか)
胸の奥に、かすかな引っかかりだけが残った。
*
「では、最後に自己紹介に移ります。名前を呼ばれた方は席を立ち、名前と、話したいことがあれば簡単にどうぞ。……イリス・アボットさん」
ついに自己紹介が始まってしまった。
(聞いてないんだけど……!)
緊張で、他の人の話がまったく耳に入ってこない。
心臓の音が、いつもより少しだけ大きく聞こえる。
そんな中、突然、女子生徒たちの黄色い悲鳴が上がった。
「ルイス・ウェインライトです。皆さん、よろしく」
春風のような笑顔。
その瞬間、宝石のように澄んだロイヤルブルーの瞳が柔らかく光を返し、金糸を束ねたようなブロンドの髪が、差し込む光を受けてふわりと揺れた。
どこか惹きつけられる澄み透った声まで重なり、教室の空気が一拍だけ、静かに色を変えた気がした。
そりゃあ騒ぐわよね……。
(でも、あの笑顔……なんか胡散臭いのよね。)
そんなことを思っているうちに、順番が回ってきてしまった。
胸の奥がきゅっと強張る。
「フ、フローラ・クレヴェルトと申します。趣味は……魔法ど――」
その瞬間、アーシャと目が合った。
凄まじい目力でこちらを睨みつけ、首をぶんぶん横に振っている。
“絶対に言うな”という無言の圧が、全身に突き刺さった。
「しゅ、趣味は読書です! よろしくお願いします!」
危ない危ない。
趣味は魔法道具作りなんて言って、初日から変人認定されるところだった。
そんなことお母様に知られたら、それこそ大目玉だ。
助かったわ、アーシャ……。私はほっと胸をなでおろした。
*
チャイムが鳴り、私はウキウキで帰り支度を始めた。
図書館へ行くのだ。
あの巨大図書館へ――ついに。
ずっと憧れていた、魔法学園の知識の宝庫。
分厚い魔法書が何百冊も並んでいて、希少な魔道具の資料だってあるはず。
考えただけで胸が高鳴り、足が自然と前へ出る。
その瞬間――現実に引き戻すように、横から声が飛んできた。
「おい」
隣の男子生徒から声がかかった。
「はい、私でしょうか?」
そういえば、隣の席になったのにまだ挨拶もできていなかったわね。
今さらながら少し気まずさが胸をよぎる。
「昨日は……その、ありがとな。頼んだ覚えはないが、一応言っておく。助かった」
昨日……?
「昨日……とは?」
「は? 俺を医務室まで運んだだろ。強引に」
覚えてないのかよ、と言わんばかりの呆れ顔が向けられる。
あっ……!
「あなたでしたか! マスクで顔が見えなくて……すみません。体調はもう大丈夫ですか?」
昨日のあの人か。 どおりで既視感があると思った。
かなりしんどそうだったけれど、昨日の今日で本当に大丈夫なのだろうか――
「あぁ、薬飲んで寝たら治った」
素っ気ない返事だけれど、どこか照れ隠しのようにも聞こえる。
「それは良かったです。あの……大変失礼なのですが、自己紹介でぼーっとしていて聞きそびれたので、お名前を教えていただけませんか? 私はフローラ・クレヴェルトと言います」
隣の席なのだから、名前くらいは知っておいた方がいいだろう。
無礼を承知で尋ねると――
「ボーっとしてたって……お前、見た目通り抜けてるんだな」
「うっ……」
まぁ事実だからしょうがない。
今回ばかりは見逃してあげよう。
「俺はロイデル・カウストだ。よろしく」
――カウスト?
へっ!?
……今、“カウスト”って聞こえた気がするんだけど。
いやいや、まさかそんな……でも、確かにそう言ったわよね?
「えっ……カウスト家って、魔法道具の……?」
「まぁ、そうだが」
カウスト領には、数多くの魔法道具を生み出す研究所があると聞く。
実用性の高い道具を次々と世に送り出していて、私もカウスト家が出版している専門書や、おこづかいで買ったカウスト領地産のアイテムをいくつか持っているのだ。
そんな名家の人と隣の席になるなんて――興奮しない方が無理。
鼻息が荒くなるのを悟られないよう、私は必死に平静を装った。
「カウスト家の方とお会いできて……感激です。制作にも携わっておられるのですか?」
「……まぁな」
温度が一度下がった気がする。
その変化はほんのわずかで、声の端が少しだけ冷えたように聞こえた。
何故だろう?
「あ、あのカウスト様って……」
もっと魔法道具について色々聞きたい……!
そう思い話し始めた瞬間。
「フローラ・クレヴェルトさん、上級生が呼んでいます!」
廊下から声がかかった。
「じゃ、俺はこれで」
ロイデルはさっさと教室を出ていく。
「あっ、ちょっと待って……!」
もっと話したかったのに。
――でも、隣の席だからこれからいつでも話せるよね。
これはもう、運命としか思えない。
彼の気持ちなど露ほども知らず、
私は勝手に胸を高鳴らせていた。
12話まで読んでくださり、ありがとうございます。
入学式からクラス発表、そして新しい仲間との出会いまで――
フローラの学園生活がようやく本格的に動き始めました。
彼女の“抜けているところ”と“芯の強さ”が少しずつ形になり、
周囲の人物たちとの関係もこれから大きく変わっていきます。
次話では、新キャラ達との距離がどう動くのか、
そしてAクラスの空気がどんな色を見せるのか、
ゆっくり楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは、また次の話で。




