13.思わぬ誘いの先で
取り次いでくれた生徒に礼を言い、私は廊下へ出た。
ちょうどそのとき、廊下の奥から甲高い笑い声が響いてきた。
「そんなに集まられると、誰に微笑めばいいか困っちゃうな」
「まぁ、エリック様ったら〜!」
一年生の女子生徒に囲まれ、肩まで流れる金の髪をふわりと揺らした男子が軽口を叩いている。
その余裕のある笑顔に、周囲の女子はさらに盛り上がっていた。
(……すごい人気。どこかで見たような気もするけど……思い出せない)
なるべく視線を合わせないように、そっと横を通り過ぎる。
すると、廊下の奥に赤い花の刺繍――二年生の証――をつけた生徒が一人、こちらに手を振っているのが見えた。
「クレヴェルトさん、こっちこっち!」
この学園では、学年ごとに制服の刺繍の色が違う。
今年の一年生は青、二年生は赤、三年生は白――ひと目で学年が分かる仕組みだ。
呼び出された理由は分からないが、とりあえず駆け寄る。
廊下の少し開けた場所には、すでに一年生らしき数名が集まっていた。
背中しか見えないので誰がいるのかまでは分からないが、どうやら私が最後に到着したらしい。
「お待たせしました」
そう言った瞬間、横から甘い声が降ってきた。
「フローラちゃん、また会ったね」
ビクッと肩が跳ねる。
さっき女子に囲まれていた男子――エリックが、いつの間にかすぐ隣に立っていた。
距離が近い。近い。近い。
息がかかりそうで、思わず半歩下がる。
「驚かせてごめんね? 俺のこと、覚えてない?」
「エリックはクレヴェルト嬢のこと知ってるの?」
もう一人の二年生が首を傾げる。
エリック……エリック……どこかで――
「あっ、先日の舞踏会で……ハワード様ですか?」
「嘘、覚えててくれたんだ。嬉しいな。……そんな目で見つめられたら、期待しちゃっていいのかな?」
軽くウインクまでしてきた。
何を期待するのかは知らないが、名前は合っていたらしい。
その時。
「全員揃ったようだな。要件を聞いても?」
低くよく通る声が廊下に響いた。
空気が一瞬だけ張りつめる。
「で、殿下……?」
「え? 今気づいたのかい?」
王太子殿下が腕を組み、にこやかに立っていた。
笑顔なのに、背後に黒いオーラが見えるのは気のせい……だと思いたい。
「ぷっ。ルイス、お前が存在に気づかれないこともあるんだな」
琥珀色アンバーの瞳を細めて、隣の男性が楽しそうに笑った。
申し訳なさすぎて穴があったら入りたい。
「うるさい。……生徒会長、要件を」
促され、二年生の一人が慌てて前に出た。
「そ、そうですね。では改めて。私はアルバート・ベルディ、生徒会長です。そしてこちらが――」
「同じく生徒会役員を務める、エリック=ハワードです」
エリックが優雅に礼をする。
さっきまで女子に囲まれていた軽薄さが嘘のように、完璧な所作だった。
アルバートは息を整えてから、本題を告げた。
「単刀直入に言います。ルイス殿下、レオンハルト様、サディアス様、そしてフローラ嬢。あなた方を――生徒会へ勧誘しに来ました。ぜひ、生徒会に入っていただきたい」
「へっ?」
生徒会? 私が?
……あ、これ絶対、入学前試験の順位のせいだ。
案の定、他の三人は迷いなく答えた。
「あぁ、承知したよ」
「私も入らせていただきます」
「はい、お受け致します」
え、そんな即答でいいの?
生徒会って、行事運営とか予算管理とか、面倒な仕事の塊じゃないの?
私は学園でも魔法研究を続けたいし、できれば全力で避けたい。
「クレヴェルト嬢、君はどうかな?」
アルバートが私に柔らかな視線を送る。
決して強制しているような雰囲気はない……と思う。
それに、この人なら断ったからといって怒ったりはしなさそうだ。
そんな安心感が、胸の奥でそっと息をつかせる。
私は深呼吸して、はっきりと言った。
「申し訳ございませんが……私は遠慮させていただきたく存じます」
頭を深く下げる。
「顔を上げて、クレヴェルト嬢」
顔を上げると、アルバートは少し残念そうに微笑んだ。
「残念だけど、強制はできないよ。気が変わったらいつでも言ってね。その時は歓迎するよ」
その穏やかな声に、胸の奥がふっと軽くなる。
……本当に、物分かりの良い人で助かった。
「えっ、嘘でしょ!? フローラちゃん断っちゃうの? 一緒に仕事したかったのに!」
「こらエリック、余計なことを言うな」
アルバートがエリックの首根っこを掴んで、ずるずると引き寄せる。
エリックは「えぇ〜」と不満げに唇を尖らせていたが、アルバートの手際の良さからして、どうやら日常茶飯事らしい。
三人はアルバートに連れられ、廊下の奥へ歩いていく。
「フローラちゃーん!」
エリックの名残惜しそうな声が遠ざかる。
その途中、殿下が一度だけ振り返った。
言いかけてやめたような、複雑な目で。
……なんだったんだろう?
まぁいいか。
「そうだ! 図書館に行かなきゃ!」
巨大図書館の存在を思い出した瞬間、胸の奥がぱっと明るくなる。
さっきの疑問なんて一瞬で吹き飛んだ。
私は軽い足取りで、図書館へ向かった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
生徒会勧誘という大きな出来事がありましたが、
フローラは自分の意思で“研究”を選びました。
それぞれのキャラの思惑も少しずつ動き始めています。
次回は物語がさらに広がります。
お楽しみいただけると幸いです。




