7.積み重ねた七年と、学園への扉
「いでよ、ファイアボール!」
魔法陣が展開し、掌から放たれた火球が轟音とともに土壁へ叩きつけられた。
七年前は火花ひとつ出すのにも苦労していたのに――
今では、伯爵家に特注してもらった練習用の頑丈な壁が相手でも、手応えを感じるほどだ。
ちなみに、呪文を唱えなくても発動はできる。
だが、こうして声に出した方が“雰囲気”が出るのだ。
だって、魔法はロマンでしょう?
家族にもローズにも「恥ずかしいからやめて」と言われるが、オタク心というものは、一度火がつくと止まらない。
「よし、今日もいい感じ! 次は水魔法ね!」
転生してから七年。
私は十五歳になり、ついに魔法学園入学を目前に控えていた。
身体は成長したが、八歳のあの日に決意した“魔法を極める”という志は、今も胸の奥で燃え続けている。
この七年間、決して楽な道ではなかった。
令嬢が魔法を学ぶことへの偏見、心ない言葉、嫌な思い……。
それでも、励ましてくれる人たちに出会い、立ち直ることができた。
そして気づいたのだ。
――魔法は、知識だけでは極められない。
魔力を発動させるための集中力。
精神を支えるための健康な身体。
知識を実践に落とし込み、繰り返し鍛錬すること。
魔法とは、積み重ねの芸術だ。
私は、やむを得ない事情がない限り、ほとんど一日も休まずに鍛錬を続けてきた。
指先が震えるほど魔力を使い切った日も、一度や二度ではない。
「前世では、呪文を唱えて杖を振れば魔法が出ると思ってたけど……そんな甘いものじゃなかったわね」
思わず苦笑が漏れる。
だが、何かを極めるというのは、きっとどんな世界でも同じだ。
前世の父も、研究者として日々格闘していた。
ひとり親として私を育てながら、誰かの役に立つものを作ろうと努力していた。
――私も、同じ道を歩いている。
そう思った頃から、兼ねてから興味のあった“魔法道具作り”にのめり込むようになった。
まだ簡単なものしか作れないが、壁掛けランプや自動水やりじょうろは伯爵家や孤児院で使われ、評判も良い。
試行錯誤の跡が残る道具を見るたび、胸がくすぐったくなる。
自分の学んだことが形になり、誰かの役に立つ――
その瞬間こそが、何よりの喜びだった。
「この世界が、もっと便利になればいいな……」
そんなことを考えていると、ローズの声が聞こえた。
「お嬢様、間もなくご夕食の時間でございます」
「ありがとう。今行くわ」
ローズは今も変わらず私付きのメイドで、姉のような存在だ。
魔法道具作りも、母に内緒で手伝ってくれる。
無表情だけど、とても優しい。
私は軽く身支度を整え、食堂へ向かった。
*
「フローラも、もうすぐ学園に入学か……寂しくなるなぁ」
夕食の席で、父が涙を拭いながら言った。
「お父様……相変わらず涙もろいんだから」
家を出るのは楽しみなはずなのに、胸の奥が少しだけきゅっとなる。
「だってなぁ……フローラが家を離れるなんて……」
「私も寂しいですわ。でも、ずっと楽しみにしていた入学ですもの。とってもワクワクしています」
父――ジード・クレヴェルトは家族想いで優しい人だ。
領主としても優秀で、クレヴェルト領は年々人が増え、活気に満ちている。
そんな父を誇りに思う。
「フローラ、入学を楽しみにするのは良いですが……くれぐれも目立つ行動は控えなさい。淑やかに、礼儀正しく。そうでなくては、貰い手がなくなってしまいますわよ」
不器用な言い方だけれど、母なりの優しさだと分かっている。
「はい……心得ております、お母様」
母――ジョセフィーヌは“令嬢の鏡”と呼ばれたほどの女性だ。(父が言っていた)
私が魔法を学ぶことを快く思ってはいないが、父の言葉をきっかけに、強く否定することはなくなった。
その代わり、礼儀作法は容赦なく叩き込まれたが……
おかげで、やむを得ず人前に出るときも、なんとか取り繕えるようになった。
「姉さんは社交の場にあまり出なかったからね。あのお茶会以降は変な噂も立たなかったけど、学園では毎日人と会うんだから。あまり変なことしちゃだめだよ」
カイトが呆れたように言う。
「へ、変なことって何よ。失礼ね」
カイトは幼い頃は天使のように可愛かったが、今ではすっかり見目麗しい青年になった。
身長も私より高く、性格もしっかりしている。
よく兄と間違えられるのが、少し悲しい。
「はぁ……明日の舞踏会が心配だわ……」
母がまたため息をつく。
「お母様、そんなに心配しなくても……お母様に叩き込まれたマナーがありますから、大丈夫ですわ」
私が言うと、父がぽんと手を打った。
「ああ、そういえば明日だったな。魔法学園の生徒の顔合わせを兼ねた舞踏会か」
「はい。王宮に行くのは初めてなので緊張しますが……アーシャがいますから大丈夫です!」
「アーシャちゃんが一緒なら頼もしいな。あの子はしっかりしている」
父が笑う。(あの子はって今言った?まぁいいか……)
アーシャは数年前に出会った同い年の友人だ。
滅多に社交界に顔を出さなかった私だが、カイトの社交界デビューの付き添いでやむを得ず出席した際、出逢った。
魔法が好きという珍しい共通点があり、すぐに仲良くなった。
明日はアーシャと一緒に行動すれば、粗相はしないはず。
――任せたわ、アーシャ。
「姉さん、アーシャさんだけに頼っちゃだめだからね。自分のことは自分で責任を持つんだよ」
「……はい」
どうしてこの弟は、私の考えていることが分かるのだろう。
何はともあれ、魔法学園に通うためだ。
明日の舞踏会も、なんとか乗り切ろう。
私は小さくため息をついた。
それでも――
胸の奥では、学園で始まる新しい日々を思うと、小さな炎が揺れていた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
七年間の積み重ねを、ようやく物語として描けました。
フローラの成長は順調ではなかったけれど、だからこそ今の彼女がいます。
舞踏会では、彼女の世界がさらに広がるはずです。
次回も楽しんでいただけますように。




