3.初めての友達は、嵐の前触れ
前世の記憶を取り戻してから、もう二年が経った。
私は十歳になり、ついに社交界デビューを果たした。
本音を言えば、社交界など興味はない。
部屋に籠もって魔法の勉強をしていたかった。
だが――お母様の前でそんなことを言えるはずもなく。
デビューまでの二週間、魔法の勉強は禁止。
代わりに、お母様直々の“淑女教育”が朝から晩まで続いた。
姿勢、歩き方、笑い方、言葉遣い……。
魔法陣の解析より難しいのでは、と本気で思った。
そして迎えた当日。
お父様にエスコートされ、私は無事にデビューを終えた。
お母様の厳しい指導のおかげで、粗相もなく、恙なく。
「これでようやく魔法の勉強に戻れる……!」
そう喜んだ矢先――。
「お茶会……ですか?」
朝食の席で、お母様の言葉を思わず復唱してしまった。
「ええ。高位貴族の御子息やご令嬢が集まるお茶会ですわ。最近デビューした若者ばかりですから、気兼ねなく楽しめますよ」
お母様は優雅に微笑み、お父様も満足げに頷く。
「同世代ばかりのお茶会なんて楽しそうじゃないか。友達もできるかもしれんぞ、フローラ」
「そ、そうですわね……」
――これは、断れないやつだ。
友達。
確かに、魔法の勉強ばかりで友達を作る暇などなかった。
欲しくないと言えば嘘になる。
できれば、魔法好きの友達が欲しい。
「姉さんだけで大丈夫でしょうか? 一人で参加するのでしょう?」
九歳のカイトはまだ社交界デビュー前。
当然、お茶会には参加できない。
けれど最近は礼儀作法も板につき、背筋もすっと伸びてきた。
この調子なら、デビューの頃には立派に場をこなしてしまいそうだ――
そんな成長ぶりを思うと、少し誇らしくなる。
カイトの問いかけに、お母様は少しだけ眉を寄せた。
「しっかり者のカイトが一緒なら安心なのだけれど……。でも、同世代の軽い集まりですし、多少の粗相なら問題ありませんわ」
お母様の微笑みは完璧だった。
けれど、その目だけは少しも笑っていない。
“淑女として失敗は許しませんよ”という圧が、静かに突き刺さる。
「フローラなら大丈夫さ! お母様に習ったことを思い出して頑張るんだぞ?」
能天気なお父様がウインクを飛ばす。
私は引きつった笑みで頷くしかなかった。
*
ローズとメイドたちに完璧に仕上げてもらった私は、重たいドレスに辟易しながら会場へと到着した。
噴水の水音が遠くで静かに響き、金糸の刺繍が施されたテーブルクロスが陽光を受けてきらめく。
華やかさと緊張が入り混じった空気が、肌にまとわりついた。
庭園には花々が咲き誇り、いくつものテーブルと椅子が整然と並べられている。
主催者の挨拶が終わると、参加者たちは思い思いに会話を楽しみ始めた。
私はというと――。
「みんな慣れてるわね……。できるだけ目立たないようにしよっと」
庭の隅で、そっと様子を窺っていた。
人の輪に入る勇気がまだ出なくて、気づけば足が勝手に端へ逃げてしまう。
けれど、今日は“友達が欲しい”という小さな願いが胸の奥でくすぶっていた。
そのとき、数メートル先に、私と同じように隅でおどおどしている少女がいた。
肩をすくめ、周囲の視線を気にしている様子が、自分を見ているようで胸がきゅっとなる。
目が合う。
ぱちん、と。
――もしかして、友達になるチャンス……?
心臓がひとつ跳ねた。
逃げたい気持ちと、踏み出したい気持ちが胸の中でせめぎ合う。
ほんの一瞬の逡巡のあと、私は小さく息を吸い込んだ。
意を決して歩み寄る。
「ご、御機嫌よう。クレヴェルト伯爵家の長女、フローラ・クレヴェルトと申します」
緊張で声が震える。
だが、彼女も同じだった。
「は、初めまして。サーデル侯爵家の次女、レイチェル・サーデルと申します……」
か細い声で礼を返してくれる。
そのぎこちなさに、私は少し安心した。
「レイチェル様は、あちらに行かれないのですか?」
中央の賑やかなテーブルをちらりと見る。
「はい……。私、思ったことをすぐ口にしてしまうタイプで……。母から社交の場では“淑やかに静かに”と言われておりますの。ですので、誰とも話さずに時が過ぎるのを待っているのですわ」
遠い目をするレイチェル。
――なんと、私と同じだ。
「私もです! 社交界って相手の胸の内が見えないことも多くて、どうにも億劫で」
(本当は、魔法の時間を削られるのが何より堪えるのだけれど……)
心の中でそっと付け加える。
その瞬間、レイチェルは突然、私の両手をぎゅっと握りしめた。
握られた手に、ほんの一瞬だけ妙な力がこもった気がする。
けれど、胸に広がった嬉しさの方が勝って、その違和感はすぐに沈んでいった。
「そ、そうですわよね! 本当に良く分かりますわ! 良かった……私だけじゃなかったのですね! 私たち、友達になれそうですわ!」
手をブンブン振られ、私は思わずたじろぐ。
「そ、そうですね……。ぜひ、お友達に……」
胸の奥がふわりとほどけていくような感覚が広がる。
こんなふうに誰かから“友達になりたい”と言われるなんて、思ってもみなかった。
私たちは手を取り合って近くの席に着き、お茶や菓子を楽しみながら、趣味や家族の話で盛り上がった。
(このティーカップ……底に魔力加工が施されている?いや、ただの装飾かしら……)
つい魔法のことばかり考えてしまう自分に、苦笑が漏れる。
嬉しさのあまり、私はつい口が滑った。
――魔法の研究が好きで、部屋に籠もって魔法の勉強ばかりしていること。
レイチェルはにこりと微笑んだ。
その笑顔が、一瞬だけ固まったように見えたのは……気のせいだと思った。
レイチェルがその笑顔の裏に何を隠しているのか、その時の私はまだ気づいていなかった。
*
お茶会も後半に差し掛かった頃、レイチェルがそっと私の袖を引いた。
「フローラ様……あちらの輪に入ってみませんか? フローラ様と一緒なら、私……大丈夫な気がしますの」
彼女が視線を向けた先には、中央で談笑する大きな人だかりがあった。
「しかし……」
気後れする私に、レイチェルはさらに言葉を重ねる。
「場の雰囲気にも慣れてきましたし、本日話した相手がフローラ様お一人だけとなると……流石に母に叱られてしまいますわ」
確かに、私も“できるだけ交流してきなさい”と言われていた。
本音を言えば、知らない人と話すのは得意ではないし、できればレイチェルとだけ静かに過ごしていたい。
けれど、まったく誰とも話さずに帰るのは、さすがにまずい――。
そんな義務感が、胸の奥でじわりと顔を出す。
気は進まないが、このまま逃げ腰で終わるわけにもいかない。
「……分かりました。レイチェル様と一緒なら、安心です。いざ、戦場へ飛び込みましょう!」
試験より緊張するなんて、思ってもみなかった。
けれど――レイチェルが隣にいるなら、きっと大丈夫。
私は小さく拳を握り、そっと覚悟を固める。
その仕草に、レイチェルがくすりと笑った。
「ふふ……本当に面白い方ですわね。では、参りましょう」
――この日、私は“初めての友達”を得た。
けれど同時に、
この出会いが後に大きな嵐を呼ぶことになるとは、まだ知らなかった。
第3話を読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、幼いフローラが“初めての友達”と出会う大切な回でした。
魔法の勉強ばかりだった彼女にとって、
レイチェルとの出会いは小さな一歩であり、
同時に、後の物語に大きく影響する出来事でもあります。
この先、二人の関係がどのように変化していくのか、
ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。
次回も 火曜・木曜の21時頃 に更新予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




