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オタク転生令嬢は今日も魔法研究に没頭中~恋愛フラグ?そんなの知りません!~  作者: 真木くるみ


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2.魔法への憧れと、研究者の芽生え

フローラ・クレヴェルト――つまり今の私は、五歳の頃に魔力を覚醒させている。


キエド王国は世界でも有数の大国で、魔力を持つ者が多い。

特に王侯貴族には魔力持ちが多く、平民にもわずかに存在するらしい。

そして魔力を持つ者は、身分を問わず十五歳になると魔法学園への入学が義務付けられている。


「魔法学園……。前世で読んだ小説みたい」


胸の奥がふわりと熱を帯び、抑えきれない期待が静かに広がっていく。

十五歳になれば、堂々と魔法を学べる――その事実だけで胸が跳ねた。

前世では叶わなかった夢が、今度こそ手の届く場所にある。


「早く十五歳にならないかしら……。そのためにも、今から基礎を勉強しないと!」


拳を握りしめ、私は図書室を飛び出した。

心が躍るまま廊下をスキップしていると――。


「お嬢様、はしたのうございます」


ローズの冷静な声が背後から飛んできた。


「あ……えへへ、ごめんローズ」


危ない危ない。貴族令嬢であることを忘れかけていた。


ローズは私が選んだ魔法書の山を抱えて歩いている。

申し訳なさが胸に刺さる。


「ローズ、持たせちゃってごめんなさい。やっぱり私も半分――」


「いえ、大丈夫です。お嬢様がまたつまずいてお怪我でもされたら、屋敷中が大騒ぎになりますので」


「そんな大袈裟な……」


ローズは表情を変えずに淡々と言うが、

あの日、階段から落ちた私を抱きかかえた時の彼女の不安げな顔は忘れられない。


ローズは、私が怪我をしたとき誰よりも早く駆けつけてくれた人だ。

叱るときも優しく、いつも私を気にかけてくれる。


「いつもありがとう、ローズ。重くなったら絶対に言ってね」


「……はい。承知しました」


二人で顔を見合わせ、ふっと微笑んだ。


***


それから数週間が経ち――

私は図書室の奥で、一冊の分厚い本に夢中になっていた。


ノア・グランフェルド著『魔法道具史(王国公式編纂)』。

王国でもっとも権威ある魔法道具研究家がまとめた歴史書だ。


ページをめくるたび、前世の研究室の匂いがふっと蘇る。

魔法と化学が繋がる瞬間が、たまらなく楽しい。


最近の私は、すっかり“魔法道具(まほうどうぐ)”に心を奪われていた。

自分が魔法アイテムを扱う姿を想像するだけで胸が高鳴り、

前世のオタク心がむずむずと騒ぎ出す。


それに、魔法道具の製造工程は、前世で私が研究していた化学実験と驚くほど似ている。


――素材の選定、魔力の流し方、反応の安定化。


その一つひとつが、“人の役に立つものを作りたい”という、

前世で叶えられなかった夢にまっすぐ繋がっていた。


だから私は今、魔法の中でも特に魔法道具の基礎知識を必死に学んでいる。


「えっと……ふむふむ。起源は古代文明期……千年前? そんな頃から魔法道具があったなんて知らなかった。それに、暴走事故で取り扱いが制限された時代も……。一般家庭に普及したのは約二百年前……なるほど」


静寂の図書室に、ページをめくる音だけが響く。


「この製造工程……なんだか魔法に頼りすぎている気がするわ。

もっと器の素材自体を強くて軽くすれば……そうね、例えばCFRPやFRTP……」


前世で当たり前に使っていた専門用語が、思わず口をついて出る。


(もし素材の強度を上げられれば、魔力の暴走を抑えられるかもしれない。

前世の知識を応用すれば、もっと安全な魔法道具が作れるはず)


そんな仮説が、考えるより先に自然と浮かんでくる。

魔法道具の構造と前世の知識が、ぴたりと噛み合う感覚が心地よかった。


そのとき――。


「姉さん、また魔法書なんて読んでるの?」


突然の声に、私は弾かれたように顔を上げた。

考えごとに没頭していたせいで、カイトが図書室に入ってきたことにも気づかなかった。


「ええ。とっても面白いわよ」


頭を打った日から急に魔法書ばかり読み始めた私に、

家族も使用人も首を傾げていた。


けれど父が「趣味ができたのは良いことだ」と言ってくれたおかげで、

母からの質問攻めもようやく落ち着いた。


ただ――カイトだけは違う。


カイトは小さな眉を寄せ、私の表情をじっと観察していた。

彼はいつも、私の嘘や誤魔化しをすぐに見抜く。


頭を打った日から急に魔法書ばかり読み始めた私の変化を、

“それだけでは説明できない”と感じているのだろう。


だからこうして、時々様子を見に来る。


「それはいいけど、また母さんに怒られるよ。もうすぐマナーの先生が来るんだから」


「うっ……わかったわ」


続きが気になるけれど、仕方ない。

また後で来よう。


名残惜しさが胸に引っかかりつつも、私は本を閉じて立ち上がった。

魔法書の余韻がまだ指先に残っているのに、現実は容赦なく私を引き戻す。


「じゃあ行くよ、姉さん」


カイトが踵を返す。

私は慌てて本を閉じて後を追った。


最近、魔法書に夢中になりすぎて、

ピアノの稽古をすっぽかしてしまった(わざとではない)。


そのせいで母にこっぴどく叱られ、

以降はカイトと同じ日に稽古を受けるように調整されてしまった。


――信用がない。


ほんの少し本に夢中になっただけで“監視対象”扱いだなんて、どれだけ私を信用していないのか。

本さえ読んでいられれば幸せなのに。


なのに現実は、魔法書よりマナーの先生の方が先にやって来る世界である。

貴族令嬢とは、なんと世知辛い生き物なのだろう。


***


「はぁ〜疲れた〜」


マナーの授業が終わり、私は自室で大きく伸びをした。


「よく頑張ったね、姉さん。はい、お茶とお菓子でもどうぞ」


カイトがアフタヌーンティーセットを運んできて、自ら紅茶を注いでくれる。


――この子、本当に七歳なの?


マナーは完璧、気遣いもできる、しかも可愛い。

転生してから何度も思った疑問が、また胸に浮かぶ。


「ところで姉さん、どうしてそんなに魔法が好きになったの?」


「どうしてって……」


前世には魔法なんて存在しなくて、ずっと憧れていた――

そんな本音を言えるはずもない。


胸の奥に浮かんだ真実を慌てて押し込み、なんとか“もっともらしい理由”を引っ張り出そうと頭を回す。


「魔力って、ある人とない人がいるでしょ? せっかく魔力持ちに生まれたんだから、極めてみたいなって」


嘘ではない。

前世の理由を除けば、事実だ。


「まぁ確かに、魔力があるのって当たり前じゃないからね」


カイトはカップをソーサーにそっと戻し、落ち着いた仕草で頷いた。


つい最近、カイトも魔力に目覚めたばかりだ。

だからこそ、この言葉には彼なりの実感がこもっているのだろう。


「でもさ、貴族の女の人って魔力があっても使うこと少ないんだって。母さんがそう言ってたよ」


胸の奥に小さな影が差す。


“使う機会が少ない”――それは、私が一番聞きたくない現実だ。


まるで魔法は男のものだと言われているようで、胸がざらついた。

努力すること自体が、どこか恥ずかしいことのように扱われる。


「うーん……一般的にはそうみたいね」


貴族令嬢の最終目標は社交界での立ち回りと良縁。

魔法を極める必要はない。


魔法学園も婚活の場として利用されることが多い。

クレヴェルト家のようなそこそこの伯爵家なら、なおさらだ。


そして私は、この世界では“女性が積極的に魔法を学ぶこと”自体が、どこか煙たがられているのだと最近気づいた。


その価値観が、胸の奥にひっそりと引っかかる。


「ねえ、カイト……。お母様には言えないけれど、私、将来は魔法の研究がしたいの」


思い切って打ち明けると、カイトは目を丸くした。


「えっ……魔法の研究?」


その言葉には、さすがのカイトも目を瞬かせた。

持っていたカップを危うく落としそうになり、慌てて持ち直している。


普段は落ち着いている彼の、珍しい動揺だ。


「驚かせてごめんね。まだ具体的には決まってないけれど、一生魔法に関わっていたいの」


「一生……。姉さん、一応聞くけど、結婚する気はあるんだよね」


「…………」


お互いに口を閉ざしたまま、妙に長い沈黙が落ちる。


そして、カイトは深いため息を吐いた。


正直、結婚する気はあまりない。

結婚したら自由に研究できなくなる。

そんなの耐えられない。


「姉さん、そんな急いで自分の将来決めなくてもいいよ。まだ八歳なんだし、これからゆっくり考えればいいんだよ」


またため息をつきながら紅茶を飲むカイト。


いや、あなたも七歳なんだけど。


私はこれ以上心配をかけないために、「ええ、そうね」と笑って答えたのだった。


第2話を読んでくださり、本当にありがとうございます。

フローラが“魔法を学びたい”と心から思い始めるこの回は、

私自身もとても大切にしている場面です。


彼女の小さな決意が、

これからの物語でどんな未来につながっていくのか――

ぜひ見届けていただけたら嬉しいです。


次回は 火曜・木曜の21時頃 に投稿します。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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