23.研究会、動き出す
23話では、研究会メンバーの絆が深まり、
あれから数日が経ち――。
放課後の教室には、私たち四人だけが残っていた。
静まり返った空間に、紙をめくる音と、時折交わされる声が柔らかく響く。
私の机を囲むように、アーシャ、ロイデル、ダニエルが身を寄せ、研究会設立の申請書を覗き込みながら意見を交わしていた。
「じゃあ次は、魔法道具研究会の方針を決めましょう! 何か意見はある?」
ここ数日で、みんなの口調はすっかり砕けたものになっていた。
距離が縮まった証拠だと思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
三人はしばし考え込み、最初に口を開いたのはアーシャだった。
「ただ作るだけじゃなくて、卒業までの最終目標を決めたらどうかしら?」
ロイデルがペンをくるくる回しながら言う。
「そうだな。まずはD級、C級あたりを目標にして……卒業までにB級が作れたら上出来だ」
ダニエルも頷く。
「うん。せっかく研究会を作るなら、高い目標の方が燃えるよね」
その言葉に、私はぱっとひらめいた。
「ねぇ、どうせなら素材からこだわらない? 軽くて、強い魔力にも耐えられる器を一から作るの!」
三人が同時に固まった。
「……素材から?」
「器を自作?」
「フローラ、それ本気で言ってる?」
アーシャはこめかみを押さえ、遠い目をした。
「……また、あの“地獄の工程”をやるのね……」
「ええ。あれ以上に純度を上げる方法、他にないもの」
アーシャは深いため息をついた。
「前に一緒にやった時、ガラスを焼き直して、魔力の流路が安定するまで何十回もやり直したわよね……」
「懐かしいわね。あの時のアーシャ、泣きそうだったもの」
「泣きそうじゃなくて泣いてたのよ! あれはもう労働よ、労働!」
ロイデルが呆れたように眉を上げた。
「お前ら……そんな修羅場を経験してんのかよ」
「経験したからこそ言えるの。素材の純度を上げれば、性能は跳ね上がるわ。それに、ガラス以外にも試してみたい素材がいくつかあるの」
(魔法道具の歴史を調べて知ったけれど……昔は暴走や爆発なんて日常茶飯事だった。だからこそ、素材の純度や魔力の流路は絶対に妥協できない。前世の化学と、この世界の魔法を組み合わせれば――もっと安全で効率のいい道具が作れるはず)
ロイデルは腕を組み、じっと私を見た。
「なぁフローラ。本当にそんな手順を俺たちに教えていいのか? お前のやり方って、従来の魔法道具作りから一歩も二歩も踏み込んだ“核心”だろ。しかも俺はカウスト家の人間だ。……悪用されるとは思わないのか?」
私はきょとんとした。
「別になんとも思わないけど?」
「……は?」
「むしろ、天下のカウスト家様に私の技術が使っていただけるなんて光栄だわ。それに私は“従来の魔法道具作り”の常識をほとんど知らないの。プロのロイデルに教えてもらえたら嬉しいくらいよ」
ロイデルは一瞬言葉を失い、耳まで赤くした。
「……そうかよ……」
その時、アーシャがふと真顔になった。
「……でも、気をつけた方がいいわよ。昔、魔法道具の天才がいたの」
ロイデルが眉をひそめる。
「おい、それ……今、指名手配されてる“ノア・グランフェルド”の話か?」
「ええ。最初は革新的だって称賛されていたのに、いつの間にか“危険すぎる道具”ばかり作るようになって……国が管理しきれなくなって、逃げられたらしいわ」
私は息をのんだ。
(……そんな人がいたなんて。ノア・グランフェルド……どこかで聞いたことがある気もする)
アーシャは肩をすくめる。
「だから、フローラの技術も扱い方を間違えたら危険なのよ。あなたは大丈夫でも、周りはそうじゃないかもしれない」
ダニエルが苦笑しながら言う。
「まぁ、フローラは悪用なんてしないだろうけどね。ただ……天才って、時々とんでもない方向に行く人もいるし」
「誰のことよ、それ」
「さぁ?」
アーシャがくすりと笑った。
「まぁ、フローラがやるって言ったら止めても無駄だし……。みんな、“長期戦”になるのは覚悟しておいてね?」
「頑張りましょう! みんなでやれば怖くないわ!」
ロイデルとダニエルは同時に顔を見合わせた。
「……いや、怖いだろ」
「うん、普通に怖いよ」
そのやり取りに、思わず私も笑ってしまう。
張りつめていた空気が、ふっと和らいだ。
「さて――そろそろ続き、書き進めましょうか」
アーシャがペンを持ち上げ、私たちもそれにならう。
「代表者は誰にする?」
私が尋ねると、アーシャが当然のように言った。
「そりゃ、ロイデルでしょ?」
「お、俺か? この流れだとフローラじゃないのかよ?」
呆れたように言うロイデルの肩を、ダニエルがぽんと叩き、にやりと笑った。
「えー、そりゃ魔法道具といえばカウスト家だろ。それにフローラは生徒会もあるし、忙しいだろ?
僕もロイデルに一票」
(……この二人、笑顔の裏に何か隠してる感じが似てるのよね)
第一印象は爽やか青年だったダニエルも、最近は“腹黒さ”がちらほら見え隠れしている。
「お前な……」
ロイデルがダニエルの手を払い、軽く睨む。
「私もロイデルがいいと思う! しっかりしてるし、みんなを引っ張ってくれそう!」
素直にそう言うと、ロイデルは一瞬だけ目をそらし、
「……しゃーねーな。分かったよ」
と、どこか満更でもなさそうに承諾した。
その表情が少し可笑しくて、私は思わず笑ってしまう。
必要事項をすべて記入し終え、
「よし、提出しに行こう!」
と立ち上がったその時――
「フローラ嬢、そろそろ会議だぞー」
廊下から、レオンハルトがひょっこり顔を出した。
(あっ……生徒会の会議、完全に忘れてた!)
「私たちが提出しておくから、フローラは生徒会へ行っていいわよ」
アーシャが助け舟を出してくれる。
「任せてよ」
「申請が通ったらまた教える」
ダニエルとロイデルも気を利かせてくれた。
(……みんな、本当に優しい)
「ありがとう! じゃあ、お願いね!」
私は急いで荷物をまとめ、三人に手を振って廊下へ出た。
*
「レオンハルト様、お待たせして申し訳ありません」
「いや、俺も取り込み中に声をかけて悪かった。行こうか」
二人きりで歩くのは初めてで、胸の奥がじわりと固くなる。
アーシャから聞いたけれど、オーデル公爵家は王国でも指折りの名家だ。
そんな家の跡継ぎと並んで歩くなんて、どうしても緊張してしまう。
「フローラ」
「ひゃっ……は、はい!」
思わず変な声が出てしまい、レオンハルトが吹き出した。
「そんなに慌てなくても。少し聞きたいことがあってな」
「ど、どうぞ……」
恥ずかしさをごまかすように返事をする。
レオンハルトは最近、友人として気さくに接してくれるようになった。
舞踏会で会っていたことを思い出したのも、つい最近だ。
「最近、ロイデル・カウストやダニエル・クレートと一緒にいることが多いが……どちらかと付き合ってるのか」
「つ、付き合ってる!? まさか、そんなことは全くないです!」
思わず全力で首を振った。
前世でも恋愛経験ゼロの私が、男性と交際なんてあり得ない。
「そうなのか。随分親しそうだったから、てっきりな」
レオンハルトは疑わしげに私の顔を覗き込む。
その視線に、胸がひやりとする。
(……そんな噂があるの? 貴族社会って怖い!)
「そ、それは、アーシャも含めて四人で研究会を立ち上げることになったからです!」
「研究会?」
「はい。同じ趣味の四人で、魔法道具研究会を作るんです。さっきは学園に提出する書類を書いていました」
レオンハルトは目を丸くした。
「魔法道具を……作る? フローラとフォスター嬢が?」
「やっぱり、貴族令嬢がそんなことするなんて軽蔑しますよね……」
落ち込みながら言うと、レオンハルトは慌てて手を振った。
「いやいや、そういう意味じゃない! ただ驚いただけだ。あぁ、なるほど……だから舞踏会の展示コーナーで、あんなに真剣に見ていたんだな」
彼は手を打って納得したように笑う。
「俺は偏見なんてないから安心しろ。同じ同志が見つかって良かったな!」
「はい! ありがとうございます!」
否定されなかったことが、胸の奥に静かに沁みていく。
気づけば、私の周りには“女性だから”と線を引く人が誰もいない。
そのおかげで、私は好きなことにまっすぐ向き合えている。
――その事実が、思っていた以上に心強かった。
……ただ、私の横を歩くレオンハルトが、
どこか複雑な表情をしていたことには、気づかなかった。
23話では、研究会メンバーの絆が深まり、フローラの技術が仲間に認められていく様子を描きました。
後半ではレオンハルトとの会話が入り、物語に新しい緊張感が生まれています。
次話はレオンハルト視点となります。楽しみにお待ちいただけると幸いです。




