22.厄介な隣人②(ロイデル視点)
試験が終わった翌日、思わぬところで“あの令嬢”と再会した。
Aクラスの教室に入り、席を確認して腰を下ろそうとした瞬間――
昨日、俺を医務室へ運んだ張本人が、よりによって“隣の席”に座っていたのだ。
だが、彼女はこちらに気づく様子もなく、後ろの席の令嬢と楽しげに談笑している。
笑うたびに揺れるハニーブロンドの髪、柔らかく綻ぶ横顔。
(……可愛い、などと思った俺はどうかしている)
慌てて頭を振る。
貴族令嬢なんて、どいつもこいつも同じだ。
俺を“カウスト家の跡継ぎ”としてしか見ない。
容姿や家柄に群がる令嬢達には、もううんざりしている。
――警戒心を緩めるな。
そう自分に言い聞かせているうちに、教師が入ってきた。
彼女はこちらを一度も見ず、授業の説明が始まる。
気づいてほしかった、なんて……そんなこと、思っていない。
……思っていない。
学校説明と自己紹介が終わり、本日は解散となった。
(礼を言うだけだ。礼を言えば終わりだ)
面倒だが、隣の席へ身体を向ける。
俺から令嬢に話しかけるなど滅多にないことで、妙に緊張する。
覚悟を決めて声をかけた。
「おい……」
もっと他に言い方があっただろうが、つい乱暴な口調になってしまった。
「えっと……はい、私でしょうか?」
彼女は首を傾げ、まったく気分を害した様子もない。
「昨日は……その、ありがとな。頼んだ覚えはないが、一応言っておく。助かった」
一気にまくし立てるように言い切る。
これで礼は言った。満足だろう。
だが返ってきたのは予想外の反応だった。
「昨日……とは?」
困ったように眉を寄せる。
「は? 俺を医務室まで運んだだろ! しかもかなり強引に。覚えてないのか?」
すると彼女は目を丸くし――
「あっ! あなたでしたか! マスクでよく顔が見えなかったもので……すみません」
と、申し訳なさそうに謝った。
(……まぁ、確かにマスクしてたしな)
「体調はもう大丈夫ですか?」
「薬を飲んで寝たら治った」
そう答えると、彼女はほっとしたように笑った。
(……俺の風邪が治って、何でそんなに嬉しそうなんだ)
こいつは、どうやら相当なお人好しらしい。
今まで令嬢に対して抱いていた嫌悪感が、彼女には不思議と湧いてこない。
「それは良かったです。あの……申し訳ないのですが、自己紹介でぼーっとしていて聞きそびれたので、お名前を教えていただけませんか? 私はフローラ・クレヴェルトと言います」
(聞いてなかったのかよ……抜けてるな)
「俺はロイデル・カウストだ。まぁ、よろしく」
名乗った瞬間、彼女の瞳の色が変わった。
(……あぁ、やっぱりこいつも同じか)
胸の奥が冷めていく。
同時に、ほんの少しだけ残念だと思った自分に驚く。
――なぜ残念なのだ。
「えっと……カウスト家って、数々の魔法道具を世に生み出している、あのカウスト家ですか?」
「まぁ、そうだが……」
「カウスト家の方と会えて感激しています……とても。カウスト様も制作に携われるのですか?」
(……やっぱりか)
もう聞きたくなかった。
彼女が他の令嬢と同じだと思うと、胸の奥がざらつく。
ちょうどその時、彼女が誰かに呼ばれた。
「じゃ、俺はこれで」
逃げるようにその場を離れた。
カウスト家の名に飛びつく令嬢達には、もううんざりだ。
だが――
俺が名乗った日を境に、フローラは事あるごとに俺と友人になりたがった。
冷たくあしらっても、めげる気配がない。
魔法道具まで持ってきて「私が作った」などと嘘をつく始末。
(そろそろ堪忍袋の緒が切れる……)
そう思っていたところ、
「魔法道具を作っているのが本当なら友人になる」
という約束を、つい口にしてしまった。
どうせ嘘だ。
これ以上何か言ってくることもないだろう。
……そう思っていた。
だが数日後、彼女は諦めるどころか“自分の部屋に来い”と言い出した。
(……は?)
流石の俺も驚いた。
俺だって一応、年頃の男だ。
こいつが嫌いとはいえ、見た目がいいのは事実。
ブルーの瞳は宝石のように輝き、
ハニーブロンドの髪は光を受けて柔らかく揺れる。
――いやいやいやいや。
これは思春期特有の生理現象だ。
仕方がない。そういうことにしておく。
話を戻すと――
これは誘われているのか?
俗に言う“色仕掛け”というやつか?
それとも単に馬鹿なのか?
パニックになりかけた頭を叩き起こし、
俺は「友人を連れていく」という条件で了承した。
向こうも友人を連れてくるらしい。
カウスト家の跡継ぎとして、
この詐欺師の嘘を暴いてやらなければならない。
(ついに決着をつける時が来た)
俺はそう意気込んでいた。
――まさか、あんな結果になるとは知らずに。
*
幼馴染のダニエルに事情を話すと、
「貸し、一つね」
と、腹黒い笑みを浮かべた。
(……性悪男め。あとで何を要求されるか分かったもんじゃない)
ため息をつきながら女子寮へ向かうと、こちらへ歩いてくる女子生徒がいた。
「あ、フォスターさんだね。ほら、クレヴェルトさんといつも一緒にいる」
ダニエルが耳打ちしてくる。
「知らん。そうなのか」
ということは、フローラが連れてくると言っていた友人がこのフォスターらしい。
ダニエルが声をかけると、彼女はにこやかに頷いた。
軽く挨拶を交わし、三人でフローラの部屋へ向かう。
(……女性の部屋に入るのは初めてだ。なんで俺がこんなことで緊張してるんだ)
今さらながら後悔が押し寄せる。
ダニエルが代表してドアをノックし、入室した瞬間――
ふわりと甘い香りが漂い、思わずよろめきそうになる。
(これが……女性の部屋の匂い……?母上や妹の部屋とも違う……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない)
気を引き締め直す。
フローラがお茶を勧めてきたが、俺は「早く魔法道具を見せろ」と強めの口調で返した。
ダニエルが苦笑していたが、無視する。
だがフローラは、そんな俺の態度を気にする様子もなく、
「どうぞ」と奥へ案内した。
そして、布を外した瞬間――
俺は息を呑んだ。
磨き上げられた道具類。
丁寧に描き込まれたスケッチ。
独創的な魔法道具の数々。
(……なんだ、これは)
宝の山と言ってもいい。
趣味の域を超えている。
「わぁ、すごいね……」
ダニエルも素直に感嘆の声を漏らした。
「これは何?」
俺が言葉を失っている間に、ダニエルが代わりに尋ねる。
「これは“歌う時計”です。一時、二時……と順番に歌い出します。こちらは“飛行カーペット”で――」
フローラは淡々と説明していく。
発想が面白い。
実用化にはまだ課題があるが、精巧に作られている。
フォスターも同じ趣味を持っているらしい。
俺の中の“貴族令嬢像”が、音を立てて崩れていく。
フォスターが苦笑しながら言った。
「ふふ、皆さん同じ顔をされますわ。意外でしょう?」
図星すぎて返す言葉もない。
気まずい沈黙を破ったのは、フローラの声だった。
「あのー、カウスト様。信じていただけましたか?」
はっと我に返る。
(……そうだ。何か言わなければ)
深呼吸し、素直に頭を下げた。
「悪かった。疑うようなことを言って」
疑う理由は、もうどこにもなかった。
魔法道具に関する説明は的確で、嘘をついている気配は微塵もない。
ここまで周到に偽装するのは不可能だ。
胸の奥にあったモヤモヤが、すっと消えていく。
フォスターの提案で、お茶会が始まった。
(……怒りもしないし、責めもしない。どういう性格なんだこいつは)
気まずさを抱えながら紅茶を一口飲む。
「ん……美味い」
ふんわりと甘い香りが広がり、気持ちが落ち着く。
「ありがとうございます。クレヴェルト領産の茶葉なんです。お菓子もどうぞ」
フローラは嬉しそうに微笑み、俺の皿に次々と菓子を乗せてくる。
(いや、そんなに食えん…………って、その笑顔は心臓に悪いからやめろ)
俺は話題を変えるように切り出した。
「例の約束についてなんだが……」
「約束ってなんでしたっけ?」
(……は?)
「魔法道具を作っているのが本当なら、友人になるという話だろ。まさか忘れたのか?」
お前から言い出したんだろうが。
フローラは慌てて謝罪した。
「もういい。約束は約束だ。了承してやる」
そう言うと、彼女はぱっと顔を輝かせた。
(……なんでこんなにイライラするんだ)
イライラなのかどうかも分からない。
ダニエルは横で茶々を入れてくるし、鬱陶しい。
するとフローラが、とんでもない爆弾を投下した。
「ありがとうございます。では、友人に隠し事はしたくないので……正直に話しますね。友人になりたかったのは、その……始めは下心があったからなんです……」
……は?
「なっ……お前!? は?」
俺の思考は完全に停止した。
下心?
つまり、それって――
「ん? どうしたのみんなそんなに慌てて。でもちゃんと説明しますね」
フローラは悪びれもせず、研究会の話を説明し始めた。
(……紛らわしい言い方をするな!)
勘違いした恥ずかしさ、ほんの少しの残念さ、
そしてフローラへの怒り――
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
だが、なんとか冷静さを取り戻し、研究会への参加を了承した。
魔法道具の研究は俺も好きだ。
同世代で研究会を作るのは、カウスト家の跡継ぎとしても良い経験になる。
「ありがとうございます! う、嬉しいです!」
フローラが満面の笑みを浮かべた瞬間――
(……っ! だからその笑顔はやめろっての……)
調子が狂う。
だが、悪い気はしない。
最初は、カウスト家に近づく令嬢の一人だと思っていた。
だが違った。
彼女はただ魔法道具が好きで、カウスト家の魔法道具と技術に興味があって、俺や仲間と研究会を作りたかっただけ。
――それが分かった今、胸の奥が妙に温かい。
理由は分からない。
だが確かに、俺は“嬉しい”と感じていた。
22話を読んでくださりありがとうございます。
今回は、ロイデル視点で“フローラへの印象が大きく揺れ動く回”でした。
最初は警戒と嫌悪しかなかった彼が、
彼女の行動や魔法、そして真っ直ぐな気持ちに触れることで、
少しずつ心の壁が崩れていく様子を描きました。
次話では、楽しい研究室の詳細がさらに見えてくる予定です。
楽しみにしていただけたら嬉しいです。




