20.四人が揃う日
放課後。
今日は生徒会も休みなので、私は急いで寮へ戻り、部屋の準備を始めた。
掃除は寮のメイドさんがしてくれているから、私が整えるのは研究道具だけ。
愛用の道具、試作品、スケッチ、素材……
それから、お母様が送ってくれた焼き菓子も別のテーブルに並べる。
(よし……これで、誰に見られても恥ずかしくないはず)
ちょうど準備が整った頃、コンコン、とドアが叩かれた。
「はーい、今開けまーす」
扉を開けると――アーシャ、ロイデル、そしてもう一人の男子生徒が立っていた。
「今、そこの廊下で丁度会ったのよ」
アーシャが説明してくれる。
ロイデルの隣に立っていたのは、見覚えのある男子生徒だった。
「はじめまして、クレヴェルト嬢。……といっても同じクラスだけどね。ダニエル・クレートです。よろしく」
「はじめまして。フローラ・クレヴェルトです」
黒髪に長めの前髪、静かに光る黒い瞳。
柔らかな雰囲気をまとった、なんだか親しみやすい人だ。
私は三人を部屋の中へ招き入れる。
アーシャが口だけで「頑張って」とエールを送ってきた。
(任せて!)
「皆さん、お越しいただきありがとうございます。まず、お茶とお菓子を――」
「そんなものはいい。早くお前の研究とやらを見せろ」
ロイデルが腕を組み、威圧感たっぷりに言い放つ。
「こらこらロイ。可憐なご令嬢に対してその言い方はないだろう? ごめんね、うちのロイが」
ダニエルが苦笑しながらフォローすると、ロイデルは眉間に皺を寄せた。
「うるさい」
(……仲良しなんだな、この二人)
「いえ、カウスト様の仰る通りです。ではこちらへ」
私は三人を、布をかけた大きなテーブルの前へ案内した。
「こちらになります」
布を外すと――
「わぁ……これはすごいね」
ダニエルが感嘆の声を漏らす。
磨き上げた道具セット、細かく描き込んだ魔法道具のスケッチ、制作途中の試作品、貴重な魔石の数々が整然と並んでいる。
ロイデルは黙り込み、顎に手を当ててじっと見つめている。
その視線は鋭いのに、どこか真剣で、胸が少しだけ高鳴った。
「これは何?」
ダニエルが試作品を指さす。
「これは“歌う時計”です。一時間ごとに歌い出す仕組みで……こちらは“飛行カーペット”。空を飛べるのですが、持ち手がないので落下の危険があって……」
どちらも前世の記憶から着想を得たものだ。
「ここにある香水と香水瓶は、アーシャと一緒に作っているものです。香りが長続きするように工夫してあります」
アーシャはちらりとこちらを見て、心強い笑みを返してくれた。
(さぁ……ここからが本番!)
「フォスター嬢も作っているの?」
ダニエルが驚いたようにアーシャを見ると、彼女はふふっと微笑む。
「皆さん同じ顔をされますわ。意外でしょう?」
「いや、悪い意味じゃないんだ。ただ……正直、驚いたよ。繊細な香りだし、てっきり専門の職人が作ったのかと」
ダニエルの言葉は柔らかいが、観察力の鋭さが滲んでいた。
「構いませんわ。令嬢が魔法道具を作るなんて思われないのは当然ですもの」
アーシャがさらりと言うと、ロイデルとダニエルは気まずそうに視線を交わした。
私は恐る恐る口を開く。
「あの……カウスト様。これで信じていただけましたか?」
ロイデルは深く息を吐き、こちらを向いた。
その表情は、いつもの刺々しさが少し和らいでいる。
「……悪かった。疑うようなことを言って」
ほんの一瞬、彼が頭を下げた。
(えっ……謝った?)
驚く私をよそに、ロイデルはテーブルへ視線を戻し、道具セットに手を伸ばす。
「これ、触ってもいいか?」
「え、はい。どうぞ」
彼は丁寧にケースを開き、一本の道具を手に取った。
その仕草は、まるで宝物を扱うように慎重だった。
「……古いが、よく手入れされている。道具を見れば、その持ち主がどんな人間か大体分かる。お前は道具に愛情と愛着を持って使っているんだな」
そう言って、ふっと微笑んだ。
(……え、笑った!?)
濃紺の髪と同じ色をした瞳がふっと和らいだ。
いつも不機嫌そうな顔しか見たことがなかったから、……こんな魅力のある笑みを見せる人だなんて、思ってもみなかった。
「えっと……ありがとうございます」
まだ心臓が落ち着かないまま、礼だけが口をついて出た。
「良かったわね、フローラ!」
アーシャが嬉しそうに肩を掴む。
「じゃあ、和解もできたことだし、一旦休憩にしましょう?」
「賛成。ぜひそうさせてもらいたいな」
ダニエルも微笑む。
「では、お茶の準備をしますので、座ってお待ちください」
「私も手伝うわ!」
アーシャが元気よく答えた。
*
アーシャと一緒にお茶と焼き菓子を並べると、ロイデルが一口飲んで呟いた。
「……美味い」
「ありがとうございます。クレヴェルト領の茶葉なんです。お菓子もどうぞ」
自分の領地のものを褒められるのは、やっぱり嬉しい。
するとロイデルが、何か言いにくそうに口を開いた。
「例の約束についてなんだが……」
「約束……?」
「は? 魔法道具を作っているのが本当なら、友人になるって話だろ。まさか忘れたのか」
少しムッとした声に、アーシャが額を押さえて溜息をつく。
「は、はい。すみません、忘れていました」
「ふふ、クレヴェルトさん正直すぎ」
ダニエルが吹き出した。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、責めてるわけじゃないよ」
私の謝罪にダニエルは優しく笑う。
「もういい。とにかく、約束は約束だ。了承してやる」
ロイデルの言葉に私は身を乗り出した。
「ということは……友人になっていただけるんですか?」
「そう言っているだろ。何度も言わせるな」
ロイデルはそっぽを向いたが、耳が真っ赤だ。
(……照れてる?)
そんなロイデルを見てダニエルはけらけらと笑った。
「はは、赤くなってる。こいつ照れてるんだよ。無愛想でごめんね」
「馬鹿! 余計なことを言うな! 照れてなどいない!」
ロイデルは否定するが、耳まで真っ赤。
可愛いところもあるんだな……。
私は決心して口を開いた。
「ありがとうございます。では、友人に隠し事はしたくないので……正直に話しますね。友人になりたかったのは、その……最初は下心があったからなんです」
「なっ……!? お前……は?」
ロイデルが固まる。
「え、クレヴェルトさん? いきなり愛の告白?」
ダニエルまで目を丸くする。
「ちょっとフローラ! その言い方は誤解しか生まないから! ちゃんと説明しなさい!」
アーシャが珍しく焦っている。
「ん? どうしたの皆そんなに慌てて。でもちゃんと説明しますね」
私は、研究会を立ち上げたいこと、四人必要なこと、
そしてロイデルを仲間にしたくて近づいたことを素直に話した。
「ごめんなさい。同じ趣味の人達で研究会を作りたくて……。でも今は、本当に友人になりたいと思っています。研究会を断られたとしても」
胸の奥の本音を、まっすぐに伝えた。
ロイデルが道具を褒めてくれたこと。
女性が魔法道具を作っていることを笑わず、真剣に認めてくれたこと。
そして、自分の非をきちんと認めて謝り、友人になろうと言ってくれたこと。
――それだけで十分だと思えた。
「この馬鹿正直者……。ここまで来て全部話すなんて」
アーシャは呆れたように肩を落とす。
「ちょっと待て。研究会を断るとは言っていないぞ?」
ロイデルが言った。
「え……?」
「あぁ。面白そうだ。俺も研究が好きだからな。ぜひ仲間に入れて欲しい」
そう言って、ニヤリと笑う。
「あ、ありがとうございます! 本当に嬉しいです!」
胸がいっぱいになり、思わず特大の笑顔を浮かべた。
その瞬間――
「っ……!」
ロイデルが勢いよく顔を背け、耳まで真っ赤になった。
(また熱でもあるのかな……?)
「これは……破壊力がすごいね」
ダニエルが小声で呟く。
その目はどこか楽しそうだった。
アーシャがロイデルに尋ねた。
「カウスト様、あと一人必要なのですが、どなたか心当たりは?」
「別にロイデルでいい……いや、それならいる」
ロイデルがダニエルを見ると、ダニエルもこくりと頷いた。
「それなら僕が入らせてもらうよ。実は僕も魔法道具作りは好きなんだ。」
「クレート様もですか!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。
「ふふ、いい反応だね。あ、僕もダニエルでいいよ」
アーシャが手を叩く。
「まさかダニエル様まで同じ趣味とは……。でも、こんなに早くメンバーが揃うなんて嬉しいですわ。では、この四人で研究会を立ち上げるということで宜しいでしょうか?」
「はい! 賛成です!」
私は勢いよく手を挙げた。
「これから宜しく頼む」
「うん、宜しくね」
ロイデルとダニエルも頷く。
「じゃあ、親睦会も兼ねてパーッと行きましょう! じゃんじゃん飲んでください!」
私は皆の紅茶を注いで回る。
「いや、紅茶はじゃんじゃん飲めんぞ」
ロイデルの冷静なツッコミに、三人が盛大に吹き出し、私もつられて笑った。
――この四人なら、きっと楽しい研究会になる。
胸の奥が、期待でふくらんでいくのを感じた。
20話を読んでくださりありがとうございます。
今回は、フローラが自分の研究を初めて他者に見せ、ロイデルとの誤解が解け、研究会のメンバーが一気に揃うという大きな転機の回でした。
緊張と期待が入り混じる中で、友情が芽生え、彼らの距離がぐっと縮まった瞬間でもあります。
次話以降では、研究会としての最初の活動や、四人の関係性がさらに深まる場面を描く予定です。
これからの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。




