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オタク転生令嬢は今日も魔法研究に没頭中~恋愛フラグ?そんなの知りません!~  作者: 真木くるみ


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19/25

19.友情と研究のはじまり

授業は基本的に移動教室で行われるため、Aクラスの教室に留まる時間は驚くほど短い。


休憩時間は、次の授業の準備と移動であっという間に消えてしまう。


私はアーシャとメアリーと並んで、隣の校舎にある魔法薬学の教室へ向かっていた。


Aクラスには女性が十人もいない。

華やかなクラスでありながら、どこか孤独を感じることもあった。


だからこそ、こうして気の合う友人ができたことは、私にとって何よりの宝物だった。


メアリーとは席が前後ということもあるが、決定的だったのは――

ある日、私が落としたハンカチを拾ってくれたこと。


その瞬間から、距離がふっと縮まったのだ。


私は、あの日のことを思い出していた。


***


昼休み、アーシャと別れて廊下を歩いていると、背後から控えめな声がした。


「……あの、フローラ様?」


振り返ると、メアリーが少し遠慮がちに立っていた。


「はい、メアリー様。何か……?」


「えっと……こちら、落とされていましたわ」


差し出されたのは、私のハンカチだった。

刺繍入りの、大切にしているものだ。


「あ……ありがとうございます! 気づきませんでした」


「ふふ。良かったですわ。あの……フローラ様って、授業中にとても真剣にノートをお取りになって、時々とても嬉しそうに微笑まれるでしょう? そのご様子が素敵だなと思っていましたの」


思いがけない言葉に、胸の奥がじんわり熱を帯びる。

そんなふうに見られていたなんて、考えたこともなかった。


「えっ……そ、そんな……! なんだか……恥ずかしいです……」


褒められ慣れていない私は、どうしても視線を落としてしまう。

頬が熱くなるのを隠すように、指先がそわそわと動いた。


メアリーは、そんな私を包み込むように微笑んだ。


「恥ずかしがることないです」


その声は春風のように優しかった。


――けれど、ほんの一瞬だけ。


次の瞬間、彼女の瞳がかすかに揺れた気がした。

胸の奥に冷たいものが触れたような、説明のつかない違和感。


(……今の、何だろう?)


問いかける間もなく、メアリーはいつもの明るい笑顔に戻っていた。


「そうだ! よかったら、今日一緒にお昼を食べませんか? あなたとお話してみたいって、ずっと思っていましたの」


思わぬ提案に、先ほどの小さな疑問もすぐに消える。


「わ、私で良ければ……ぜひ……! あ、友人のアーシャも一緒でいいですか?」


「勿論です。私、お邪魔してしまってもいいのかしら?」


「全く問題ありません! アーシャも喜ぶと思います」


即答した私に、メアリーは嬉しそうに目を細めた。


「ありがとうございます。あの……フローラと呼んでもいい? 私のこともメアリーって呼んでほしいの」


丁寧だった口調が、ほんの少しだけ柔らかく崩れている。

距離が縮まったのだと、胸の奥がくすぐったくなる。


「……はい。メアリー」


「ふふっ。よろしくね、フローラ」


その笑顔は、春の陽だまりみたいに温かかった。

きっと、これが友情の始まりなのだ。


***


「フローラ、どうしたの?」


「へ? いや、何でもない!」


メアリーと友達になった日のことを思い出して、ついぼんやりしていた私は、慌てて首を振った。


「ふふっ、変なフローラね」


くすりと笑うメアリーの声は、今もあの日と同じ柔らかさを帯びている。


メアリーは、知れば知るほど魅力的な子だ。

人を包み込むような穏やかな雰囲気に、淑女の鏡のような美しい所作。


その自然な気品は、隣を歩くだけで周囲の空気まで明るくしてしまう。


その一方で、私とアーシャの前では、時折ぴりっとした毒舌を見せる。

もちろん悪意などなく、むしろサバサバした性格ゆえの本音で、私たちはそれを笑って受け止めていた。


「それにしてもフローラ、あなたロイデル様にずいぶん積極的よね? もしかして気があるのかしら?」


メアリーが意地悪く笑いながら、わざとらしく首を傾げる。

最近、彼女はこうして私を揶揄うのが楽しくて仕方ないらしい。


「ち、違うわよ! 私たちには目的があるの。ね、アーシャ?」


「そうだったかしら? ……って、ごめんごめん。私が仲良くなるように仕向けたんだったわね」


私の鋭い視線に気づいたアーシャが、慌てて訂正する。


そういえば、メアリーにはまだ研究会の話をしていなかった。


「えっとね、実は……」


私は研究会を作りたいこと、四人必要なこと、そしてロイデルをメンバーに加えたいことを説明した。


「二人とも魔法道具を作れるなんてすごいわ! なんで今まで教えてくれなかったの?」


メアリーは目を輝かせて身を乗り出す。


「だって、貴族令嬢が魔法研究なんて珍しいでしょ? 変な目で見られるかもしれないし……。でも、メアリーは偏見を持たないって信じてた」


メアリーは幼い頃から財務大臣の娘として、厳しい教育を受けてきたと話していた。

Aクラスに入れるほど勉強してきたのだろう。


それだけ努力してきたはずなのに、過去のことになると急に口数が減る。

――本人は多くを語らないけれど。


「当たり前でしょ! 魔法道具の研究が好きだからって、偏見を持つなんてあり得ないわ!」


ぷんすか怒るメアリーは、小動物みたいで全く迫力がない。

可愛い……。


「ふふ、ありがとうメアリー」


アーシャも笑いながら続ける。


「魔法道具を作りたい人なんて、男性でも滅多にいないからね。だからロイデル様と仲良くなって、研究会に勧誘しようとしてるのよ」


「でも四人必要なんでしょ? あと一人はどうするの?」


メアリーが首を傾げる。


「あ……」


私はようやく気づいた。

ロイデルのことで頭がいっぱいで、四人目のことを完全に忘れていた。


「それはロイデル様を懐柔してから考えるわ」


アーシャがさらりと言う。


……今の言い方、完全に悪役令嬢だった。

一瞬、アーシャの背後に黒いバラが見えた気がしたのは気のせいだろうか。


私はふと思った疑問を口にした。


「ねぇアーシャ、あなたがロイデル様に声をかければ良かったんじゃない? 私よりずっと向いてる気がするんだけど」


社交上手のアーシャの方が、よほど適任だと思うのだけれど。


「何言ってんの。あんた隣の席でしょ」


「まぁ、それはそうだけど……」


実際、私は社交上手とは言い難い。

むしろ嫌われている気さえする。


ロイデルのあの不機嫌そうな顔を思い出し、胸がちくりと痛む。


「人には向き不向きがあるの。私がいきなり近づいたら裏があると思って警戒されるわよ。ロイデル様はご令嬢に対して警戒心が高いことで有名らしいから。だから、あんたみたいな人畜無害そうな子が適してるの」


アーシャの言葉に、私はさらに混乱した。


「んー……よく分からないけど。研究会と関係なく、隣の席だし仲良くはしたいと思ってるから、もう少し頑張ってみるわ」


「私は分かるわよ」


メアリーがにっこり笑う。


「フローラってどこか抜けてて、こちらの毒気を抜かれるのよね。きっとそのうちロイデル様もあなたの魅力に気づくわ!」


「抜けてるって……それって褒めてるの?」


「ふふ、べた褒めよ!」


そう言って、メアリーは私の頬をぷにぷにと押した。


……最近、メアリーが小悪魔化している気がするのは、きっと気のせいじゃない。



昼休みが終わり、Aクラスへ戻ると――

珍しくロイデルが席に座り、静かに読書をしていた。


休憩時間に彼と顔を合わせることは滅多にない。

移動教室や準備で慌ただしく、ゆっくり話せるのは放課後くらいだからだ。


アーシャとメアリーはまだお手洗い。

今この教室にいるのは、私とロイデルだけ。


(……よし、今しかない)


胸の奥で小さく気合を入れ、私はそっと声をかけた。


「カウスト様。読書中にすみません。今、少し宜しいですか?」


ロイデルは本から視線を上げ、短く答える。


「何だ?」


「この間お話しした、魔法道具作りをお見せする件なのですが……」


そう切り出した瞬間、彼は口元をわずかに吊り上げた。


「あぁ。ようやく嘘を認める気になったのか?」


(いやいやいや、違うから!)


「日程はいつが宜しいかと思いまして」


「は? お前、この茶番をまだ続ける気か?」


パタン、と本が閉じられ、鋭い視線が突き刺さる。


「ちゃ、茶番とは……?」


意味が分からず尋ねると、彼は長い脚を組み、深く息を吐いた。


「……まぁいい。いつでも良い。さっさと終わらせたいからな」


よく分からないけれど、このまま終わらせられるのは困る。


私は努めて笑顔で答えた。


「ありがとうございます。では、放課後に私の寮部屋へ来ていただけますか? 女子寮B棟の201号室です」


この学園では、夜十時まで男子寮と女子寮の行き来が許されている。

私は詳しくないが、国として魔力持ち同士の結婚を推奨しており、互いの交流を深めるために、このような規則になっているのだそうだ。

前世では考えられない制度だ。


「……お前の部屋、だと?」


ロイデルは驚愕したように目を見開き、頬を赤く染めた。


(そんなに驚くほど嫌だったのだろうか……)


「はい。研究道具を色々持ってきているので、外へ全部持ち出すのは難しくて……。やはり、ご都合が悪いでしょうか?」


「いや……そういうわけではないが……淑女の部屋に一人で行くのは……。……しょうがない、俺の友人を連れて行ってもいいか?」


なるほど。

変な噂を避けたいのだろう。


「もちろんです。では私も友人を一人誘ってもいいですか?」


(研究会を作るなら、ここでアーシャを紹介しておくのがベストだ)


「好きにしろ」


そう言って再び本へ視線を落とした。


「ありがとうございます。では放課後、宜しくお願いします」


こうして私たちは放課後に会う約束を交わした。


はぁ……ドキドキしてきた。

魔法道具についてどんな討論ができるのか、楽しみで仕方がない。


それから私は放課後まで、胸の高鳴りを抑え込むのに必死だった。

19話を読んでくださりありがとうございます。


学園生活の忙しさの中で、友人との関係や研究会の目標が動き始め、物語の“日常と緊張”が同時に進んでいく章になったと思います。


次話では、放課後の“寮部屋での魔法道具お披露目”が描かれます。

フローラの研究がどんな形でロイデルに伝わるのか、ぜひ楽しみにしていてください。

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