18.生徒会の渦へようこそ
扉を開けた瞬間、紙の匂いと人の声がふわりと流れ込んできた。
生徒会室の空気は、どこか活気に満ちていて――その中心から、勢いよく声が飛んできた。
「フローラちゃーん! いらっしゃい、待ってたわよ!」
ヘレナが弾丸のように抱きついてきた。
胸の前で息が詰まり、思わず「ひゃっ」と変な声が漏れる。
「へ、ヘレナさん、苦しいです!」
「ヘレナ、フローラちゃんを解放してあげて」
エリックが肩を軽く叩くと、ヘレナは「あっ」と声を上げて慌てて離れた。
「ごめんごめん、つい嬉しくて!」
「フローラ嬢、来てくれて嬉しいよ。ここからでごめんねー。書類が溜まってて」
アルバート会長が書類の山から顔だけ覗かせて手を振る。
書類の山から顔だけ覗かせて手を振るその姿が、妙に自然で――思わず笑みがこぼれそうになる。
――こうして私は、生徒会の扉を正式にくぐったのだった。
「フローラちゃんは、あんなに仕事を任されないから安心していいよ。アルバートはいつもあんな感じなんだ」
私の不安が顔に出ていたのだろう。
エリックがひょいと隣に来て、軽やかな声で囁いた。
よ、よかった……。
あの書類の山を見た瞬間、胃がきゅっと縮んだのだ。
あれを毎日こなすなんて、私には絶対無理だ。
気を取り直して、生徒会の皆へ向き直る。
ルイス、レオンハルト、サディアス、エリック、ヘレナ、そして書類に埋もれたアルバート。
全員の顔を順に見渡し、私は深く息を吸った。
「改めまして、フローラ・クレヴェルトと申します。一度はお断りしてしまいましたが……ヘレナさんにお誘いいただき、本日より生徒会役員として働かせていただくことになりました。お力になれるか分かりませんが、精一杯務めますので、どうぞ宜しくお願い致します」
頭を下げると、すぐにパチパチと拍手が起こった。
顔を上げると、皆が笑顔で迎えてくれていて、胸の奥がじんわり温かくなる。
「よろしくねー!」
書類の山から片手だけ出して振るアルバート。
「楽しくやりましょうね!」
ヘレナは指で可愛らしくVサイン。
「もっと仲良くなりたかったから、入ってくれて本当に嬉しいよ」
エリックはいつの間にか私の隣にぴたりと立ち、手を握ってきた。
……相変わらず距離が近い。
「エリックさん、ご令嬢に対して少し馴れ馴れしいのでは?」
レオンハルトが、流れるような動作で私とエリックの間に割り込んだ。
その所作は洗練されていて、エリックの軽やかさとは対照的だ。
「やぁ、フローラ嬢。俺はレオンハルト・オーデルだ。クラスも同じだし、これから宜しくな」
「あっ……舞踏会の展示コーナーで……魔法道具がお好きな方ですよね?」
思わず口にすると、レオンハルトは苦笑した。
「やっぱり勘違いされてたか。あの日は偶々いただけで、魔法道具に詳しいわけじゃないんだ。でも、君の説明は面白かったよ」
ウインクまで飛ばされ、私は思わず頬が熱くなる。
あわよくば研究会に誘いたかったけれど……残念。
そこへ、ルイス殿下がゆっくりと歩み寄ってきた。
「これから同じ役員として、共に学園を支えよう。改めて宜しく」
差し出された手に、私は慌てて手を伸ばす。
「宜しくお願い致します、殿下」
その瞬間――
殿下は私の手を取り、流れるような所作で手の甲にキスを落とした。
「っ……!」
思わず肩が跳ねる。
慣れるには刺激が強すぎる。
殿下はそんな私の反応を楽しむように、にやりと微笑んだ。
その視線が妙に熱を帯びていて、私は慌てて目を逸らす。
(む、無言で見つめられるのは心臓に悪い……!)
頬の火照りを必死に抑えていると、サディアスがそっと肩に手を置いた。
「サ、サディアス様!」
見上げると、彼はどこか複雑そうな表情をしていた。
心配なのか、呆れているのか、それとも――。
「……結局、入ることにしたんだな」
あっ。
そういえば、彼には“入らない”と宣言していたのだった。
「えぇ。あれから色々ありまして……。改めて、これから宜しくお願いします」
私が答えると、サディアスは少し顔を寄せ、小声で囁いた。
「だから、副会長には気をつけろと言っただろ?」
(あ……そういえば言ってた。)
ヘレナにまんまと嵌められた形ではあるけれど、結果的には良かったのだ。
「すっかり忘れていました。でも、声を掛けてもらえて良かったです。私のためでもありますし」
「……ならいいんだが。俺も、お前がいてくれると……その、嬉しいからな」
そう言って、彼は私の頭をくしゃりと撫でた。
胸の奥がそっと緩んでいく。
彼とは知り合って間もないけれど、顔見知りが一人いるだけで心がぐっと軽くなる。
その気持ちに応えるように、私はそっと微笑みを返した。
その穏やかな空気を断ち切るように、エリックがぽつりと呟いた。
「んー? 君達、随分と親しいみたいだね。距離感も近いし……」
……なんだか声に棘がある気がする。
サディアスは表情ひとつ変えずに返す。
「そうですか?」
「色々あって、つい先日友人になったばかりなんです」
私が補足すると、エリックはさらに暗い笑みを深めた。
「へぇ。僕もフローラちゃんの友人になりたい。ね、いいよね?」
エリックがぐいっと顔の前まで近づいてくる。
ち、近い……! 本当に近い……!
「俺も俺も!」
書類を捌きながらアルバートが手を振る。
仕事をしながらも、こちらの会話をちゃんと拾っているのがすごい。
「え、えっと……もちろんです」
否定する理由もないので頷くと、ヘレナが勢いよく抱きついてきた。
「私達も友達よねー!」
「はい、ヘレナさん……!」
甘い香りに包まれ、心臓が跳ねる。
そこへレオンハルトが手を挙げた。
「じゃあ、俺とルイスとも、同じクラスメイトとして、生徒会役員として、友人になってもいいか?」
ルイスも静かに頷く。
(えっ……公爵家の方と王太子殿下と友人……?)
恐れ多すぎて震えそうだが、断るわけにもいかない。
「はい……宜しくお願い致します」
「そんなに畏まらなくていい。名前もレオンハルトで構わない」
「ありがとうございます、レオンハルト様」
「では、私もルイスでいい」
「……承知しました。ルイス殿下」
(心の準備が……追いつかない……!)
気づけば、生徒会の皆と“友人”になってしまっていた。
身分の高い人ばかりで、当分は緊張が抜けそうにない。
「じゃあ、生徒会役員も揃ったことだし、早速役職決めに移ろうか!」
アルバートが書類を置き、こちらへ向き直る。
「あの、そういえば3年生はいないのですか?」
ふと疑問に思い、ヘレナに尋ねた。
「えぇ。3年生は何かと忙しいからね。生徒会は1・2年生だけなの」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「他にも分からないことがあれば、何でも聞いてね」
「はい!」
ヘレナは本当に頼れるお姉さんみたいだ。
その後、役職決めと年間行事の説明が行われ、私は“書記”を務めることになった。
忙しい時以外は拘束時間も短く、行事がない月は休みも多いらしい。
(よ、良かった……!)
これなら、生徒会と研究の両立もできそうだ。
私は胸を撫で下ろしながら、生徒会初日の空気を静かに噛みしめた。
18話を読んでくださりありがとうございます。
生徒会室という新しい舞台で、フローラが一気に多くの人と関係を結び、
彼らの個性や距離感に翻弄されながらも受け入れられていく様子を描きました。
役職が“書記”に決まり、ようやくフローラ自身も肩の力を抜けたところで、
ここから生徒会での物語が本格的に動き始めます。
これからもフローラの成長と周囲の変化を楽しんでいただけたら嬉しいです。




