17.開き始めた扉と新たな一歩
魔法史の授業が終わりに近づく頃、私は机の下でそっと拳を握りしめていた。
放課後は生徒会へ向かわなければならない――けれど、その前にどうしても片づけておきたいことがある。
隣の席へ視線を滑らせる。
ロイデル・カウスト。
魔法道具の名門にして、私がどうしても仲良くなりたい相手。
昨日、生徒会に入るとアーシャへ伝えた時、彼女は目をひん剥いて驚いていた。
理由を説明すると納得してくれたけれど、最後に「色々気をつけなさいよ」と念を押された。
……何に気をつけるのかは、結局教えてくれなかったけれど。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴り響き、教室が一気にざわめきに包まれた。
私は椅子に座ったまま、意を決して身体をロイデルの方へ向ける。
「あの……昨日はいきなり変なことを言ってすみませんでした」
深々と頭を下げると、彼は視線を向けぬまま短く答えた。
「あぁ、別に」
相変わらずの素っ気なさ。
でも、無視されなかっただけで少し安心する。
「弁解するようで恐縮なんですが、本当にカウスト家に取り入ろうとか、そういう意図はなくて……。その証拠に、今日これを持ってきました。少しだけ見ていただけませんか?」
私は鞄の中を探り、小さなコンパクトケースを取り出した。
「……あんた、一体なんなんだ?」
呆れたように溜息をつきながらも、彼はちゃんとこちらを向いてくれた。
よかった。完全無視されていたら立ち直れなかった。
「ありがとうございます。これ、開いてみてください」
ロイデルは眉をひそめながらも、ケースを受け取り、カチリと開く。
「この鏡がどうした?」
「下の赤いボタンを押しながら、何か話してみてください」
「……あー、俺はロイデル・カウスト」
「では赤いボタンから指を離して、次に青いボタンを押してください」
青いボタンが押されると、鏡から先ほどの声が流れた。
『あー、俺はロイデル・カウスト』
よし、成功。
「これは……音声記憶か?」
「はい。最大二十件まで記録できます。メモがない時に便利ですし、鏡としても使えます」
「へぇ……。シンプルだが悪くない。なにより素材もいい。王研でも俺の家でも作ってないし……外国製か?」
思った以上に興味を持ってくれたようで、胸が高鳴る。
「……その、恥ずかしながら私が作りました」
言った瞬間、急に恥ずかしくなって俯いた。
天下のカウスト家に見せるなんて、無謀だったかもしれない。
「は? お前が? 本当にか?」
「……はい。実は私、魔法道具を作るのが趣味でして……」
周囲に聞こえないよう、そっと耳元で囁く。
「こ、こら! そんなに近寄るな!」
ロイデルは耳を真っ赤にしてのけぞった。
しまった……距離が近すぎた。
「お前、それ本当なのか?」
彼はコンパクトを手に取り、真剣な眼差しで観察し始めた。
その横顔は、さすが名門の跡取りらしく鋭く、どこか職人のような集中が宿っている。
「軽量でコンパクトにまとめてあって……何度も言うが素材が特にいい」
「あはは……えっーっと、ありがとうございます」
素材については、前世で有機化学を専攻していたおかげだ。
魔力に耐える素材を研究した結果、この形に落ち着いた。
もちろん、それを説明するわけにはいかないので曖昧に笑ってごまかす。
その態度が逆に怪しく見えたのか、ロイデルは鋭い目を向けた。
「……俺に近づくための嘘じゃないだろうな?」
「ち、違います! 本当に魔法道具作りが好きなんです!」
私はこくこくと必死に頷いた。
「魔法道具作り仲間として……友人になっていただけませんか?」
回りくどいのは性に合わない。
だから、もう一度、真正面から言った。
ロイデルはしばらく黙り込み――やがて、ふっと息を吐いた。
「……いいだろう。今度、お前が作業しているところを見せてみろ。それが本当なら……友人になってやらんこともない」
そう言うと、ロイデルはコンパクトを私に突き返した。
「ほ、本当ですか!?」
彼からコンパクトを受け取った瞬間、胸の奥がぱっと明るくなる。
嬉しさが一気に込み上げて、つい声が大きくなってしまった。
やった……! 本当に一歩前進だ。
今作りかけの道具も見てもらおう。
何かアイデアをもらえたりするだろうか――そんな期待が胸の中でふくらんでいく。
私がうきうきしていると――
「……俺が言うのも可笑しいが、そこは“疑われたこと”に対して怒るところではないのか?」
「怒る……とは?」
「……いや、いい。……そうだ、箱入りのご令嬢がそんな技術を持っているわけがない。化けの皮を剥がしてやる」
最後の方は小声で聞き取れなかったが、友人になれる可能性が見えただけで十分だ。
「では、今度ぜひ見てくださいね! アドバイスいただけると嬉しいです!」
私は急いで教室を出た。
生徒会室へ行く時間が迫っている。
――が。
(……生徒会室ってどこ?)
聞いてない。
私のバカ。
誰かに聞こうとしたその時。
「クレヴェルト嬢、生徒会室へ行くのだろう? 私が案内するよ」
声の方へ振り返ると、
廊下の壁にもたれ、静かに待っていたルイス殿下の姿が目に入った。
まるで私が出てくるのをずっと見守っていたかのように。
「ル、ルイス殿下……?」
慌てて淑女の礼を取ると、殿下は苦笑して手を上げた。
「あぁ、学園内ではあまりかしこまらないでくれ」
「は、はい……」
「副会長が言っていたよ。君、かなり方向音痴なんだってね。案内役を頼まれたんだ」
方向音痴だなんて……わざわざ殿下に言わなくてもいいのに。
恥ずかしさで顔が熱くなる。
「ということは……ずっとここで待っていてくださったのですか?」
「まぁね。君達、何やら話し込んでいたし。割って入るのも悪いだろう?」
殿下は肩を竦めた。
「ロイデル君と仲がいいんだね?」
「も、申し訳ございません! お声掛けくだされば……殿下を廊下で待たせるなんて……!」
王族への不敬で退学とか……ないよね。
いや、ないはず……。
「ふっ、何を想像しているのか分からないけど、怒ってないよ。さぁ行こうか」
殿下は歩き出した。
「は、はい! よろしくお願いします!」
私は慌てて殿下の後に続いた。
怒っていなかったようで、なんとか一安心だ。
王族の方と話すなんて初めてで緊張していたけれど……殿下は案外気さくな方なのね。
廊下を歩くと、何人かの令嬢たちがすれ違いざまに殿下へ視線を向け、
うっとりとした表情を浮かべている。
そんな煌びやかな人と、私は並んで歩いていいのだろうか――
そんなことを思っていると、殿下がふと口を開いた。
「副会長から聞いたよ。君、推薦状目当てに生徒会へ入ることを決意したんだってね」
うっ……。
私は思わず足を止めた。
殿下も立ち止まり、じっとこちらを見る。
「……はい。推薦状に釣られたのは事実です。でも、やると決めたからには全力で務めます」
軽蔑されても仕方ない。
でも、安請け合いしたつもりはない。
誠心誠意働くのは、それに見合うだけの対価――王研への道が待っているからだ。
そこだけは、どうしても誤魔化したくなかった。
私の言葉を聞いた殿下は、ほんの一瞬だけ目を細め――
ふっと、柔らかく笑った。
長いまつ毛がわずかに揺れ、穏やかな光を宿した瞳がこちらを和ませる。
その柔らかな表情に、胸の緊張が少しずつほどけていく。
「別にいいんじゃないかな? どんな理由であれ、役員が増えるのは助かる。後でも先でも、入ってくれて嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
良かった。特に何とも思っていないようだ。
「それに、副会長は何が何でも君を入れたいみたいだったしね。あの気迫といったら……まぁ、君が入るのは想像通りだよね」
「え?」
「さぁ、着いたよ」
言葉の意味を尋ねる間もなく、生徒会室へ到着した。
扉の前に立つと、自然と背筋が伸びる。
ここだけ空気が少し違う気がして、胸の奥がそわっと落ち着かない。
でも――逃げるつもりはない。
小さく息を吸い込む。
ここから、私の新しい一歩が始まる。
17話を読んでくださりありがとうございます。
ロイデルとの距離がようやく一歩縮まり、そしてルイスに案内されながら生徒会室へ向かうフローラ。
人間関係も進路も、大きく動き始めた回でした。
次話では、いよいよ生徒会との本格的な対面が描かれます。
新しい環境でフローラがどんな一歩を踏み出すのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。




