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オタク転生令嬢は今日も魔法研究に没頭中~恋愛フラグ?そんなの知りません!~  作者: 真木くるみ


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16.陽だまりの誘い

午後の授業が終わり、ホームルームの解散の声が響いた瞬間、教室の空気がふっと緩んだ。


「じゃあフローラさん、また明日ね!」

後ろの席のメアリーが、花がほころぶような笑顔で手を振ってくれる。

その仕草があまりに可愛らしくて、胸の奥がふわりと温かくなった。


「えぇ、また明日!」


見た目通りの可憐な淑女……かと思いきや、話してみると意外とお茶目で冗談も言う。

上品なのに気取らず、素のままの可愛らしさが滲み出ている。


――もっと仲良くなれたらいいな。


そんな願いを胸に、席を立つ彼女の背を見送った。


さて、と。


アーシャとの約束を果たすべく、私は隣の席へ視線を向ける。


「カウスト様、初日の授業お疲れ様でした」


できるだけ明るく、柔らかい声を心がけた。

しかし返ってきたのは、そっけない一言。


「あぁ」


視線すら寄越さず、淡々と荷物を鞄へ詰めていく。


……うん、壁がある。分厚い壁が。


でも、研究会を作るには同志が必要だ。

そのためには、まず彼と仲良くならなければならない。


私は胸の前で拳をぎゅっと握り、意を決して口を開いた。


「あ、あの……よければ、私と友達になっていただけないでしょうか!」


――言った。

言ってしまった。


直球すぎるにも程がある。

もっと段階を踏むべきだったのに、私のバカ!


ロイデル・カウストは驚いたようにこちらを見た後、眉をひそめた。


「……何故、俺なんだ?」


「えっと、その……」


“魔法道具研究会を作りたいからです!”

なんて突然過ぎて言えるわけがない。


私はしどろもどろになりながら、苦し紛れの理由を口にした。


「と、隣同士なので……」


「隣同士だからといって、友人になる必要はない。お前もカウスト家に近づきたい一人だということは分かった。悪いが、他を当たってくれ」


冷たく言い放つと、彼は鞄を肩にかけ、そのまま教室を出て行ってしまった。


「あ、ちょっと、カウスト様……! ……はぁ」


胸がきゅっと縮む。


完全に嫌われた。

いや、怒らせたと言ってもいい。


研究会どころか、友人になる未来すら霞んで見える。


彼が言った「カウスト家に近づきたい一人」という言葉が胸に刺さる。

確かに、あの家は魔法道具の名門で、侯爵家と爵位も高い。

社交界でも引く手あまただろう。

きっと、嫌な思いもたくさんしてきたに違いない。


……不用意だった。

本当に申し訳ないことをしてしまった。


落ち込んでいると、教室の入り口から声がした。


「フローラさんはいますか?」


「えっ!?」


驚いて振り返ると、そこに立っていたのは――

私が“もう一度会いたい”と思っていた、白百合のようなあの人。


「は、はい! 今行きます!」


慌てて荷物をまとめ、教室を飛び出した。


「こんにちは、フローラさん。突然押しかけちゃってごめんね」


「い、いえ! あの、ずっとお礼を言いたかったんです。先日は道を教えていただき、ありがとうございました!」


彼女は、入学前試験の日に道に迷っていた私へさりげなく声を掛けてくれた上級生の女子生徒だった。

あの時の優しさは、今でも胸に残っている。


勢いのまま深く頭を下げると、彼女はくすりと笑った。


「いいのいいの。そんなことで呼んだわけじゃないのよ。ね、よければ一緒に中庭へ行かない?」


「はい、ぜひ!」


彼女は私を中庭のベンチへと連れていった。


「改めて、私はヘレナ・ウェストン。生徒会の副会長よ。よろしくね、フローラさん」


ヘレナ・ウェストン。どこかで聞いたことのあるような……?


「フローラ・クレヴェルトです。よろしくお願いします。あの……どうして私の名前を?」


「あなた、試験で学年二位だったでしょ? 生徒会役員なら、上位者の顔と名前くらい一致してるわよ」


さらりと言って微笑むその姿は、まるで陽だまりのように柔らかく、あたたかい。

白百合のように清楚で、アーシャとは別種の美しさを持つ人だ。


「それでね、フローラさん。あの時あなたと会って、もっと話してみたいと思っていたの。よければ……あなたのこと、少し教えてもらえるかしら?」


「えっと、私についてですか?」


突然の問いかけに戸惑いながらも、なんとか言葉を返す。


「そう。私たち、きっと仲良くなれると思うの!」


ヘレナはそう言って、軽くウインクした。

その仕草すら上品で、いちいち様になっている。


どうして私に興味を持ってくれたのか分からない。

でも――私もまた、彼女と話したいと思っていた。


だから、その言葉が胸の奥にすっと染み込んでいく。


「ありがとうございます。私も……仲良くしていただけると、その……嬉しいです」


恥ずかしさと嬉しさが一気に押し寄せ、頬が熱くなる。


言葉を探して視線を彷徨わせた、その瞬間――

ヘレナがふわりと身を寄せ、私を抱きしめた。


「ほんと可愛いわね、フローラって!」


甘い香りが鼻先をかすめ、心臓が跳ねる。

至近距離のヘレナにどう反応していいか分からず、視線が泳いだ。


へ、変な感情に目覚めそうだ――。


そんな私の動揺など気にも留めず、ヘレナは抱きしめたまま軽やかに話を続ける。


「じゃあ、お互いのことについて話しましょう。あ、フローラって呼んでいいかしら?」


「はい。もちろんです」


「じゃあ、私のこともヘレナって呼んでね」


「ありがとうございます。ヘレナさん」


「本当は呼び捨てでもいいんだけどね……まぁいいか」


ヘレナは楽しげに笑い、私を覗き込む。


「フローラ、あなた勉強が好きなの? ルイス殿下はともかく、他の秀才たちを押しのけて二位に女性が入るなんてびっくりしちゃった! おそらく女性が学年二位なんて、ここ数年で久しぶりじゃないかしら」


ここ数年で久しぶり……。

そうか。

さっきアーシャが言っていた意味が、ようやく腑に落ちた。


学園では静かに過ごしたいのに、試験の結果ごときで悪目立ちしていないといいけれど……。


「運が良かった部分も多いのですが……勉強というか、魔法に関する勉強は……まぁ、好きだと思います」


私がそう答えると、ヘレナはふっと目を細めた。


「また謙遜しちゃって。そっか、魔法が好きなのね」


その声音がどこか確信めいていて、思わず息を呑む。


「そんなに好きなら、将来は魔法に関わる仕事に就きたいとか思わないの?」


一瞬、彼女の瞳が鋭く光った気がした。


どうして――。

どうしてそこまで分かるの?


彼女は、思っていたよりかなり鋭い人物なのかもしれない。


驚きながらも、私は素直に頷いた。


「実は……はい、そうです」


胸の奥がきゅっと締まる。

でも、なぜだろう。

ヘレナになら話してもいい――そんな気がした。


「普通は学園を卒業したら結婚したり、婚約者探しをしたりすると思うんですけど……私は、どうしてもそんな気になれなくて。変わってますよね?」


アーシャと弟のカイトくらいにしか話したことのない本音。

それを口にした瞬間、胸が少し軽くなった。


ヘレナは引きもせず、否定もせず、ただ優しく頷いた。


「変わってなんかいないわよ。今時、女だって結婚だけが全てじゃないわ。……私も、そう思うもの」


その言葉が、驚くほどまっすぐ胸に届く。


「具体的には、卒業したら何がしたいとか考えているの?」


「いえ……魔法に関する何かに携わりたいとは思っています。でも、お母様は反対するだろうな……」


母の姿が脳裏に浮かぶ。

いずれは打ち明けたいけれど、今はまだタイミングじゃない。


ヘレナは少しだけ目を細め、静かに言った。


「クレヴェルト夫人はあなたに結婚してほしいのね?」


「……はい」


ヘレナは少し考えた後、私の手をそっと握った。


「フローラ。お母様を説得できる方法が、一つだけあるわ」


その言葉と同時に、ヘレナのオパールのように輝く瞳がまっすぐ私を捉えた。


「えっ?」


「生徒会に入って、王立魔法研究所――“王研”への推薦状をもらうのよ」


「……!」


あまりの衝撃に、すぐに言葉が出てこなかった。


王研。

魔法道具研究、魔法薬研究、魔法生物研究……

魔法に関するあらゆる分野の最先端が集まる、国で一番の研究所。


入りたくても簡単に入れる場所じゃない。

夢のまた夢――そう思っていた場所。


お、王研の推薦状が得られる?

嘘でしょ……?


「生徒会に所属して、三年間Aクラスを維持するのが条件だけど……あなたならできるわ。王研に入ると言えば、お母様も納得するでしょう?」


「……確かに……」


王立魔法研究所は国王直轄の研究所で、その研究職員になるということは何よりの名誉だと言われている。


そんな場所への推薦状があるなら――

何もないより、ずっと説得材料になるはずだ。


胸の奥で、じわりと熱が広がっていく。


「生徒会にそんな特権があるなんて知りませんでした」


「えぇ。推薦状にもいろいろ種類があるんだけど……みんな卒業したら結婚したり家を継いだりするから、使わない人も多くてね。だからあまり知られていないのよ」


「なるほど、それで聞いたことがなかったんですね」


もし事前に知っていたなら――

私は、もっと早く動いていたかもしれない。


ヘレナは微笑み、少し身を乗り出した。


「それでフローラ、生徒会へ入る気になった?」


ヘレナは、絹のような美しい髪を払って、私に微笑みかける。


「ヘレナさん……もしかして、私に会いに来たのって……」


「もちろん、生徒会に入ってもらうためよ。あなたほどの逸材、逃すわけないじゃない」


「話してみたいって言ったのにずるいです……」


「仲良くなりたいのは本当よ。ね、フローラ。私たちに力を貸して?」


しばしの沈黙の後、私は小さく息を吐いた。


「……分かりました。入ります。いえ、ぜひ入らせてください」


ヘレナの顔がぱっと輝いた。


「ありがとう! そう言ってくれると思ってた! じゃあ明日の放課後、生徒会室へ来てね!」


「は、はい。でも……一度断ったのに大丈夫でしょうか?」


生徒会の面々に不信がられないだろうか。

アルバートとエリックがわざわざ一年生のクラスに来てくれたのに、私はあの時、かなりはっきり断ってしまったのだから。


「大丈夫よ。“フローラさんは必ず私が引き抜く”って、もう宣言してきたから!」


「えっ」


さらっと恐ろしいことを言う。


でも――

王研への道が開けるなら、悪い話ではない。


「では、明日からよろしくお願いします」


「えぇ! また明日ね、フローラ!」


ヘレナは手を振りながら去っていった。


残された私は、胸に手を当てて深呼吸する。


……推薦状欲しさに即答しちゃったけど、大丈夫よね。


不安はある。

でも、それ以上に胸の奥は確かに高鳴っていた。

16話を読んでくださりありがとうございます。

初日から波乱続きの学園生活で、フローラの人間関係は一気に広がりました。

ロイデルとのすれ違い、ヘレナとの出会い、そして生徒会への誘い――

彼女の未来を左右する大きな選択が静かに動き始めています。


次話では、フローラが新たな一歩を踏み出します。

続きも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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