「オセロ作戦」第三局までの勢力図
アランとトゥルリーが、ジャンバラン村へ戻ると、以前の『大黒主神教』教会跡地には、一見牧場と農場が広がっているのどかな田舎の施設が出来上がっていた。
敵は、人間では無くBlack Mageや魔術師を想定しているので、防衛のための装備は見当たらず、木製の囲いがあるだけだった。
だが、結界を張って施設全体を守るには都合の良い造りとなっていた。
また、施設の周りには浅い堀が彫られており、シルバーコルティナール山脈からの地下水が引かれていた。
砦として使用中でも自給自足が可能になっており、牧場としても農場としても活用できるようになっていた。
パドラル統一が実現した暁には、この施設はジャバラン部族に寄贈されることになっている。
新しく出来たこの砦にアランとトゥルリーが戻ると、すぐにシオン・ミッシェル・ヴァイオレット・フィールド参謀が出迎えた。
「おふたりとも、遠征ご苦労様でした。予想以上に速い部族攻略で驚いております」
「ただいまシオン。こちらの砦も予想より早い完成だったな」
と、アランが言うとシオン参謀も
「はい、アラン様たちの作戦遂行スピードが早すぎましたので、こちらも急ぎました」
と、正直に焦ったことを伝えた。
「それでは建設部隊の皆にも、無理をさせてしまったか。新年祭の時期なのに申しわけないな」
と、アランが言うと
「いいえ、上官が年末年始も休みなく遠征に出ているのに、我々がのんびりしているわけにはいきません。毎年のことではありませんし、帝国の未来の為に働いていると思えば文句も出ません。それが帝国軍騎士です」
と、シオンが答えた。
その様子を見ていたトゥルリーも、シオンの言葉に大きく頷いていた。
いつもライバル意識で小競り合いを繰り返しているふたりだが、心の奥では深く繋がっており、同じ信念を持っているトゥルリーとシオンだった。
「この作戦が成功した暁には、皆に十分な休暇を与えてやってくれ」
アランはそう言いながら施設内を見て歩いた。
竜達の為の牧場も広々としており、ブルーフォレスト家から派遣されたであろう専属の飼育係が、アラン達が乗って来た金鱗竜の世話をしてくれていた。
「ここがパドラルとは思えないほど、充実した施設に仕上がったな」
と、施設の視察を終えたアランが言った。
「はい、ここの土地は決して痩せているわけではありませんので、手のかけ方で豊かな作物を実らせることができそうです。家畜もスチュアートリア帝国から船で運ばせています。数日の間に船で届きますので、放牧場と家畜舎にも動物が入ります」
「そうか!完璧だな、シオン。ここの状況をパドラルの人々に見て貰えたなら、この国の未来にも希望が見てとれることだろう」
「そういえば、アラン様がケチャ教のメメチャンバの伝説の者と間違えられたと聞きましたが…」
「ああ、そのことについては会議室でゆっくりは話そう。会議室へ案内してくれ」
シオンに案内されて、アランとトゥルリーは、まだ真新しい木の香りのする会議室へ入った。
そこには、シオンの参謀室が作成した「オセロ作戦」におけるパドラル攻略の勢力図を記した地図が置かれていた。
それを見てアランは言った。
「これは、パドラルでの我々の遠征結果を現わした地図だな」
「はい。Black Mageが制した部族も記載してあります」
「こうして見ると、残るは戦闘的な部族ばかりだな」
そう言うアランの言葉を受けて、シオンはアランの次の言葉を予測し静かに
「はい」と、答えた。
そし、アランはシオンの予想した言葉を口にした。
「いよいよ、大詰めになりそうだな」
「はい」
そのアランの言葉には、大きな覚悟が宿っていた。
Black Mageとの直接対決。
それは、スチュアートリア帝国皇帝一族の使命のようなものでもあった。
アランの父も何度もその脅威と闘いスチュアートリア帝国を守って来た。
次は、いよいよアランの番である。
Holy Mageである皇帝一族は、可能な限り武力を使わず、その神聖力を用いてBlack Mageの魔の手から帝国を守り続けて来た。
今回は、帝国内だけでなく隣国に遠征しての闘いである。
しかも、単にその国からBlack Mageを追い払うだけでなく、二度とその隙を与えない為にもパドラルそのものを統一された国家として自衛の力を持たせ、帝国との友好を結ばせるまでがアランの使命だった。
そんな大きな使命を、前皇帝の息子とはいえ、今は皇帝でも皇太子でも無いアランのその双肩にかかっている。
シオンもトゥルリーも、傍から見てもアランひとりに背負わせるには、あまりにも重い使命だと思っていた。
だが、俯瞰で見るならば、その大役を果たせる者はアランしかいなかった。
そして、そんなアランに天は味方していた。
伝説のメメチャンバ。
それは、アランそのものを示しており、その伝説が今回の各部族との交渉に大いに役立ったのは言うまでもない。
シオンもケチャ教のその伝説は報告の中に上がっている認識はあったが、その容姿がアランとトゥルリーに酷似しているとまでは気づいていなかった。
それに気づけなかったことはシオンにとって痛恨の極みだったが、アランもトゥルリーもそのことには触れずにいた。
「この地図を見ていると、そろそろパドリアヌス達が我々の動きに気づいても良い気がしてくるな」
と、トゥルリーが言った。
するとシオンがその点についてウィリアム元帥(皇太子)が、予知をしていることをふたり伝えてから言った。
「まもなく、パドリアヌス達がこちらの動きに気づいて行動を起こすそうです。洗脳したパドラルの国民をこちらに向かわせるそうなので、その前に彼らの洗脳を解くべく、動くようにとのことでした」
「ウィルの予知か!ありかだいな。それで、その作戦は既に立ててあるんだろうな?シオン?」
と、アランは従兄のウィリアムの予知の内容を聞き、次への一手を帝国軍参謀であるシオンに尋ねた。
シオンにはふたつのプランがあった。
パドリアヌス達の手下の数は多くは無いので、彼らが仕向ける相手は洗脳したパドラルの者がほとんどだと思われる。
そこで、こちらは彼らが動く前に洗脳を解いてしまい、密かにこちら側に付けるというものだった。
「恐らくは、ゴザガント族の者が仕向けられるのでは無いかと思われます。ゴザガントの隣のヤクトル、ササンも『大黒主神教』に取り込まれているようですから。そちらからジャンバラン村の砦に攻めて来るでしょう。その前に現地のWhite Mageとも協力して彼らの洗脳を解呪する作戦です。これがプランA」
「プランBは?」
「ギョンサンザを起点として、ブドレール、ゾマサソ、ダイザと攻略して南下し、パドリアヌスと直接対決する作戦です。しかし、こちらはスチュアートリア帝国からも援軍を派遣しなければならなくなる可能性もあります」
シオンのふたつの戦略プランを聞いて、何も言わずしばらく考えているアランに向かってトゥルリーが言った。
「アランの好みはプランAじゃないか?できるだけパドラル国内を混乱させずに済ませたいだろう?」
長年、アランと共に過ごして来てアランの性格を知り尽くしているトゥルリーは、アランの考えを見越して言った。
「悩みどころは、ブドレールか」
マリアが気にしているギョンサンザとブドレール。
そしてそこに派遣されているふたりのWhite Mageの関係性が、マリアは気になるようだった。
出来れば、こちらも早めに解決しておきたいが、ゴザガントとブドレールではかなり距離がある。
また、地理的にこのふたつの地域を地上から行き来るするにはどうしても、パドリアヌス達の鼻先であるゾマサソ、ダイザ、ジラクスを通らずには不可能である。
アラン達であれば、竜を使っての空からの移動は可能であるし、彼らの使徒たちも連れては行ける。
だが、今回はそれだけでは戦力的に足りない。
「プランA ・Bを同時進行させたいところだが…」
と、アランがつぶやいた。
トゥルリーとシオンは、そんな無茶なことをと思う気持ちとアランらしいと思う気持ちの両方を持っていた。
「そう、おっしゃるかと思っておりましたので、プランCも考えております。ただ、パドラルに潜入しているWhite Mage騎士6名と、マリア、トゥルリー、アラン様の3人では、戦力的に足りないかと思われます」
シオンはあらかじめアランの性格を考えてプランCも用意してあった。
が、それはかなり厳しい闘いとなることでもあり、Holy Mageの彼らの負担が大きくなるものであった。
「確かに、Holy Mage 9名とは違うからなぁ。ここは、もう1、2名Holy Mageの助けが欲しいところだな」
「シオンは、帝都の本部に戻らなければならないだろう?」
と、トゥルリーがシオンに確認すると
「いえ、この『オセロ作戦』が完遂されるまでは、私はこちらに専念します。アラン様の補佐として、このジャンバラン村の砦の指揮を執れるよう本部の参謀室は副参謀長に全て引き継いで参りました」
と、シオンはきっぱりと言い切った。
アランになんと言われようと、ここに居座るつもりである。
アランもトゥルリーも日頃は柔軟に考えて行動するシオンが、決意したら頑固である事をよく知っていたので何も言わずに苦笑いをしていた。
そして、そのことは触れずにトゥルリーは別の質問をした。
「今は、新年祭の休暇時期だから、突然呼び寄せられるようなHoly Mageは多くは無いが、心当たりはあるのか?」
「はい、時期が時期だけに、駒として使えるHoly Mageは多くはありません。Holy Mageのほとんどが貴族ですから。ですが、ただひとりだけ心当たりがあります。実は、こちらのBlack Mageの動きを見ながらブロッサン国の『大黒主神教』教会を抑える為に、オスカー・エンドリケ・ブルーフォレスト卿をブルーフォレスト城に待機させいます」
と、シオンが答えた。
それを聞いたアランとトゥルリーは、さすがシオンだと思っていた。
「そういえば、キースがラングレー領に里帰りしているはずだ。彼も今年から帝国軍所属のHoly Mage騎士だ」
と、トゥルリーが教え子の名前をあげた。
「キース・ウェスリー・インディゴ・ラングレー!正式な騎士の任命式はまだですが、それはアラン様にして貰えるから問題は無いですね」
シオンも「インディゴ村事件」で有名なラングレー子爵とその息子であるキースの事は耳にしており、将来有望と期待していた。
アランも、帝国神聖魔術士養成大学での騎竜部隊パイロットと騎竜訓練を任せ、ゆくゆくは空軍部隊のエースとして期待してキースの名前を聞いて、戦力としては申し分ない人材だと思った。
早速彼らの招集を命じた。
「では、そのふたりをここに招集してくれ。彼らが来たら作戦会議をしよう」
White Mageでも黒魔術で洗脳された者の解呪は可能だが、ひとりひとり解呪していかねばならないので時間がかかってしまう。
可能な限り手分けして、『大黒主神教』信者として取り込まれた者たちを洗脳から解放して戦闘になるのを回避しなければならない。
それには、Holy Mageの力が必要であった。
ここジャンバラン村の砦にも魔導士レベルの騎士やWhite Mage騎士も在中してはいたが、彼らには砦を守って貰わねばならなかった。
ブルーフォレスト城で、ポリアンナ、リリアーナ、アイラが新年祭の休暇を楽しんでいた。
隣国でアラン達がBlack Mage達を相手に「オセロ作戦」という任務遂行をしているとは知らずに彼女たちは休日を満喫していた。
城内のギャラリーを見学したり、図書館で読書をしたり、ガーデンランチやティータイムを楽しんだりしながら、魔法の練習にも励んでいた。
また、ポリアンナの案内でブルーフォレスト領内の村の祭りへ行ったり、買い物に行ったり、馬で遠乗りをしたり城の外へも出かけた。
そんな妹たちが楽しんでいる横で、兄のオスカーは常に気を張っていた。
まだ、Black Mageと『大黒主神教』の脅威がスチュア・トロア大陸から完全に排除されたわけではないので、気を許すわけにはいかなかった。
特に、デスベアルフ山脈を挟んだブロッサン国には『大黒主神教』の施設があり、黒魔術師も残っているということなので気を抜くことはできないと思っていた。
そんなオスカーの元に人間の青年の姿になったルークが訪れてシオンからの出征命令書を手渡した。
命令書はシオン参謀からのものだったが、それを届けに来たのはアランの使徒のルークであった。
その書面を確認したオスカーは、すぐに父のブルーフォレスト辺境伯に報告した。
「父上、シオン様からの呼び出しが来ました」
「ついにブロッサン国の『大黒主神教』教会へ突入するのか?」
「いいえ、パドラルに出来たばかりの砦へ来るようにとのことです」
「パドラルへ?アラン様達の『オセロ作戦の』の手助けかもしれないな。オスカー、しっかりと働いて来るんだぞ!ブロッサンの『大黒主神教』の方はこのブルーフォレスト辺境伯家の家臣と私で十分に対応できるから、安心して行って来い!」
「はい、父上。あとを頼みます。ポリアンナ達が大学に戻るまでに帰城できないかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
「もちろんだ。娘とその友達は私が責任を以って、帝都のミラ・ローズ寮に送り届ける」
父のブルーフォレスト辺境伯に全てを任せて使徒のクレイブに乗ってブロッサン国へ向おうとするオスカーに、ルークはアランからの言伝を伝えた。
「アラン様が、途中ラングレー領に寄りキースも同行させて欲しいことと、訓練の入った金鱗竜を三、四頭貸して欲しいとおっしゃっておられます。可能ですか?」
「はい、もちろんです」
と、オスカーが答えると、使命を果たしたルークは鷹の姿になって飛び去って行った。
オスカーは、すぐにブルーフォレスト辺境伯領内の竜の飼育訓練施設に寄って、訓練の入った竜を四頭選んだ。
オスカーの使徒のクレイブを先頭に五頭の竜がV時編隊を組んでラングレー領に向かって飛び立って行った。
ブルーフォレスト領を飛び立ったルークは、ラングレー領のシュヴァーネンフリューゲル城に降り立ちキースにもシオンからの出征命令書を手渡した。
「ヴァイオレット・フィールド参謀からのお呼び出しが来た」
と、キースがノア、アンナ、クリストファーの三人に言った。
「えっ?」
と、驚く三人にキースは続けて言った。
「パドラルの隠密作戦を遂行するためにHoly Mageの手助けが必要らしい。僕とオスカー卿が指名された。まもなくオスカー卿が、竜を連れて迎えに来るらしい。申し訳ないが君たちは、父とこの城で残りの休暇を楽しんでくれ」
と、言うキースに向かってアンナとクリストファーが言った。
「Holy Mageが必要なら、私達も行くわ」
「僕らはまだ完全なHoly Mageではないけれど、White Mageよりは役に立つと思うよ」
「いや、学生の君たちを戦場には連れて行けないよ」
と、キースはふたりの申し出をきっぱりと拒否した。
Holy Mageでもなく、White Mageとしても半人前のノアは、自分もパドラルに行ってみたいと思ったが、その気持ちを口にすることが出来ず唇を噛んで三人の話を聞いていた。
ノアは、青年の姿のままで様子を見守っているルークに話しかけた。
「あの…僕もパドラルに戻るとこはできませんか?」
ルークは、ノアの言葉に返答することはなかった。
ノアは、「やはりな…」と、心の中で思っていた。
そこに、オスカーが、クレイブに乗り、他四頭の竜を連れてキースを迎えに来た。
「あれ?オスカー卿。竜が五頭いますが…」
と、キースがオスカーに尋ねた。
「ああ、アラン様がうちの竜を借りたいというので連れて来た。一頭はキース、君用だ」
と、オスカーが答えると、クリストファーがオスカーに詰め寄って言った。
「竜を連れて行くなら僕も乗せて行って下さい。僕はまだ学生ですがHoly Mageです。少しは役に立てると思います」
続いてアンナも
「私も同じくHoly Mageの生徒です。連れて行って下さい」と、言った。
ノアも「僕も…」と言いたかったが、そこはグッと堪えた。
すると、オスカーは彼らの顔を見てからルークを見つめて言った。
「アラン様が竜を貸してくれと言ったのは、君たちも連れて来いということなのではないだろうか?」
と、言いながらルークの顔を見た。
ルークは何も言わず無表情に立っていた。
「ルークが何も言わないということは、反対はしないということだろう。君たちも来ると良い」
と、オスカーが言うとノアはやっと口を開いて言った。
「あの…僕も…行っても良いですか?」
オスカーは、ノアがパドラルから来た者であることを知らなかった。
さすがに、Holy Mageでもない学生を戦場に連れて行くことは出来ないと思い、「君は、ここに…」と言いかけたところでルークが口を開いた。
「彼、ひとりをここに残すのも気の毒だと主人は言うと思います」
突然のルークの言葉に五人は驚いたが、一番驚いていたのはノアだった。
「あの…僕も良いのですか?」
ルークは黙って頷いた。
ルークは、アランの使徒なのでノアがパドラルから来た者であることを知っていた。
こうして、オスカー、キース、アンナ、クリストファー、ノアの五人は、金鱗竜に乗ってパドラルのジャンバラン村の砦へ向って飛び立って行った。
それを見送るラングレー子爵は
「いよいよ、キースも出陣の時だな。騎士としての活躍を祈る」
と、言って見送っていた。
ついにノアがパドラルへ戻る時が来た。
これは、何を意味するのだろうか?
『オセロ作戦』第三局は別の局面を迎えていた。




