リゲル歴4045年末日 =ルフ・ロイスベリー城=
アラン、トゥルリー、マリアの三人が、パドラルからルフ・ロイスベリー城に戻って来たその日は、リゲル歴4045年15月の末日のことだった。
いつもの年であるなら、新年祭の前日ということもあり、スチュアートリア帝国の国民みなが浮足立つ時期ではあるが、今年の彼らにはそのような余裕はなかった。
しかし、帝国の未来をかけての秘密作戦の任務遂行中のアランとトゥルリーにとって今夜は、少し喜ばしい日でもあった。
なぜなら、パドラル北東部のエゾフ、カチャック、テックカンの三部族との会談に成功し、みごと帝国側に付かせることに成功したからである。
エゾフ、カチャック、テックカンの三部族の者たちは、アランとトゥルリーをケチャ教の伝説の神メメチャンバだと信じて疑わなかった。
だが、それは決して伝説の名を借りた偽りなのではなく、彼らは本気でパドラルを豊かで成熟した平和な国家にしたいと願っていたし、その為にパドラルへ赴いている。
例え、彼らが神では無く、隣国のスチュアートリア帝国の皇族であったとしても同じことなのである。
なぜなら、スチュアートリア帝国の皇帝はWhite MageやBlack Mageよりも優れた魔法を使いこなすGrate Mageだとパドラルにも伝わっていたからだ。
それは、それで伝説の人なのである。
シルバー・ベイリー伯爵夫妻の晩餐会の席で、アランとトゥルリーは、自分たちがケチャ教の伝説の神だと間違われてた話や、その彼らの勘違いが、それぞれの族長と会談をスムーズに終える助けになった事を語った。
「ケチャ教は、パドラル国内で昔から信仰されているようで、彼らの生活にも深く根付いているようだった。その中でもメメチャンバの到来を待ち望む者も多く、そのメメチャンバの伝説による容姿までもが我々に一致しすぎていたのには、本当に驚いた」
と、アランがベイリー伯爵に言うと、伯爵はお気に入りのグラスにお気に入りの酒を注いで言った。
「わか、それは大昔にパドラルにも予知能力のある者が居たのかもしれませんぞ。帝国のHoly Mageがパドラルへ行った時に予知して語ったことが言伝えになってると考えることも出来ますぞ。わか、今夜は特別なので、どうぞ飲んで下さい。」
と、言って伯爵はそのお気に入りのグラスをアランに渡した。
アランは、そのグラスが伯爵のお気に入りのグラスであることを知っていたので快く受け取った。
パドラルに根付いているケチャ教という宗教は、自然を神とする宗教である。
自然とその恵みに感謝し、自然と共に生きるパドラルの人々にとって、最大の敵は人間そのものである。
人の心には、その弱さと共に欲望が根底にあり、純粋に自然と共に生きる彼らの平和と幸せを崩していく。
Holy Mageは、単なる魔導士や魔術師とは異なり、その力の源は宇宙を司る神聖力である。
そのHoly Powerを操る、Holy Mageの中でも当代最強と言われ、パドラルの平和統一に乗り出しているアランは、彼らにとって神からの使いだと言えるのかもしれないと、ベイリー伯爵は思っていた。
「そうか!先人のHoly Mageの予知か!それはあり得るかもしれない。ということは、今回の我々の作戦に神も味方してくれているかもだな」
ベイリー伯爵に渡されたグラスの酒を一気に飲み干しながらアランがそう言うと、一同がみな大きく頷いた。
シルバー・ベイリー伯爵夫妻が準備してくれた食事はみな美味しく、長年の心を許せる者と囲む食卓は、任務遂行に気が張っていたアランにも、今日がこの年の最終日、新年の前日だと改めて気づかせてくれるものだった。
「子供の頃を思い出すなぁ。ここ数十年は、年末年始をこんなふうに心を許せる者たちと、ゆっくり過ごしたことはなかったかもしれない。どの料理も美味い!俺の好みを知り尽くしているベイリー家の料理長に感謝だ」
と、子供の頃のような素直な笑顔を見せるアランに、幼少期の彼の世話をしていたかつてのアラン侍従長ベイリー伯爵は、心から嬉しく思っていた。
そんなアランとベイリー伯爵の絆の深さを知っているトゥルリー、マリア、ベイリー伯爵夫人の三人も、ふたりの幸せそうな様子を見て、年末の良い晩餐会だと思っていた。
「ところでマリア、単独でのギョンサザへの潜入は大丈夫だったかい?現地のWhite Mageのリ・シェリー卿が女性だからと単独で行かせてしまったが、問題は無かったかい?」
アランは、マリアの落ち着いた顔を見て、彼女の任務の順調さを感じ安心はしていたが、やはり単身で行かせた事を少々後悔していたので、詳しい報告を受けたいと思っていた。
もちろん、マリアも総司令官であるアランに詳しい報告をしなければならないと思っていた。
「はい、リ・シェリー卿が、しっかりと現地の方たちの信頼を得ており、数日間お世話になりましたが、何不自由なく現地視察をすることができました」
と、マリアはWhite Mage騎士であるアンジェラ・リ・シェリー卿から聞いた話や、彼女に連れられて現地で見聞きした事をアランに報告した。
「我々が想像するようなアマゾネス村とは違うようだな」
女性優位の部族だと聞いていたので、かなり気の強い女性たちが仕切っている部族を想像していたが、実際は少し違うようだなとアランは思った。
「ええ、むしろ男性が女性達を危険から遠ざけ、村を守る為に前線に立っているという感じです。ギョンサザでは、男の子は5歳になると父親と共に部族領の境界にある監視の為の村、砦に行くそうです」
「そんな幼い頃から母と離れて暮らすのは辛いだろうに」
と、トゥルリーは子供たちの境遇を思いやっていた。
ギョンサザでは、食料調達も、いわゆる大工仕事も、男児の教育も、全て男たちが担っていた。
そして、女たちは、男たちが担っている役割対し、ちゃんと感謝の気持ちを持って暮らしていた。
高齢の老人や女児の世話は、村の女たちが手分けして世話をし、教育もしていた。
そして、月に数度、交代で村に戻って来る男たちを女たちは、しっかりもてなしていた。
「やはり、母としては男児だとしても、ある年齢までは手元で育てたいでしょうに。その部族も隣の部族からの侵略の心配が無くなれば、皆で一緒に暮らせるようになるのでしょうか?」
マリアの話を聞いていた、ベイリー侯爵夫人が言った。
夫人も息子たちを立派に育てた母親なので、女性たちの気持ちを思うと同情せずにはいられなかった。
「そうですね。たぶんそうだと思います」
と、マリアもギョンサザ部族の者が夫婦親子で一緒に平和に暮らせる日を願わずにはいられなかった。
「それで、ギョンサザ部族長にはいつ会いに行くつもり?」
と、トゥルリーがマリアに尋ねた。
すると、マリアはトゥルリーではなく、公務モードでアランに向かって言った。
「その事についてアラン閣下に相談がございまして一旦、こちらに戻ってまいりました。お話した通り、ギョンサザ部族を率いているのは確かに女性部族長ですが、男性を卑下している部族ではありません。パドラル統一を考えると私だけで話を進めるよりも、やはり閣下も同行された方が良いのかもしれないと思い、ご相談に戻って参りました」
アランもマリアの真摯な報告に食事の手を止めて聞いていた。
そして、両手のナイフとフォークを置き、口元をナフキンで拭ってから水を一杯飲み干してマリアに合わせ公務モードで答えた。
「いくら現地に女性Holy Mage騎士が居るとはいえ、マリアひとりで行かせたことは、私も少々後悔していた。まずは無事に帰還してくれた事に感謝する」
そう言ってアランは、お辞儀をするように目を伏せた。
上官であるアランが公式の場では頭を下げることは相応しく無いのである。
ただ、ここはベイリー伯爵家の晩餐会の場なので、アランは目で謝意示した。
そして続けて言った。
「そういう意味でも次回は我々も同行したいと思っている。但し、女性ばかりの村に異国の男が突然行くのもどうかとは思うので、その点の根回しは必要なのでは無いかと思うが…マリアの意見はどうだろうか?」
マリアも食事の手を止め、アランの方に向き直って言った。
「はい、私もそう思います。ただ、後の細かいご報告は晩餐の席でするのは憚られます」
「そうだな。ベイリー伯爵にも知っておいて貰いたいと思ったので食事の席でつい話してしまったが、せっかくの楽しい食卓の雰囲気がだいなしになるな。食後に改めてベイリー伯爵も含めた四人で会議をしよう」
と、アランもマリアの進言に同意した。
すると、ベイリー伯爵が言った。
「晩餐には間に合わないと申しておりましたが、まもなくフレデリックも帰城します」
フレデリック・コンティ・シルバー・ベイリー大佐は、ベイリー伯爵の息子で現在、ルイスガードナー基地の司令官補佐として勤務している。
もちろん、ルイスガードナー基地の司令官はベイリー伯爵であるが、近頃は息子のベイリー大佐が基地を担っている。
スチュアートリア帝国では、帝国直轄の軍事拠点となる基地や駐屯地を持っているが、それとは別にそれぞれの貴族の領地内にも軍関連基地を置いている。
領地内基地に関しては、その領地の領主かその家族が、帝国軍所属のHoly MageまたはWhite Mage騎士として基地の司令官に抜擢されるのが基本である。
もちろん、ベイリー伯爵も息子のベイリー大佐もHoly Mage騎士である。
「大佐も戻られるなら、大佐も加えて五人で作戦会議をした方が良いな」
と、言うアランの言葉にその場に居た者はみな頷いた。
ベイリー伯爵夫人も、自分がこの場に居るよりも、息子も会議に加えて貰えることの方が望ましいと思っていた。
彼女は、伝統と格式あるこのベイリー家を支えるに相応しい賢い伯爵夫人であった。
彼女もまた優秀なHoly Mageなのである。
スチュアートリア帝国の長きに渡る平和と繁栄は、こうした優秀なHoly Mage達に支えられていると言っても過言では無かった。
晩餐の最後に駆け込むように帰城したベイリー大佐は、非常に空腹だったらしく、万一に備えて料理長が用意してくれていたベイリー大佐のための食事を大慌てで食べた。
彼もまた、帝国の為に命を賭す覚悟でアランを慕うHoly Mage騎士であり、今回の「オセロ作戦」遂行のための重要な役割を担っている。
「遅くなってすみません。レッドリオン閣下。年の瀬の引継ぎでしたのでどうしても帰城が遅くなってしまいました」
と、大佐はアランに頭を下げた。
「大佐も基地を留守にすることは気が引けることだったろう。わざわざ我々の為に帰城をしてもらって、すまない」
アランも大公国の公子でありながら、もう何年も年末年始にレッドリオン公国へ戻れたことはなかった。
息子としての両親への気遣いと、地元領民への思い、そして帝国軍騎士としての責務の間で揺れる気持ちをアランは人一倍理解していた。、
「はい。優秀な部下たちが居てくれますので心配は無いてのですが、彼らにも新年祭期間中に交代で里帰りをさせてあげたいので、私は明日には基地へ帰還します」
「大佐もご苦労なことだが、今は帝国の未来にとって大切な作戦遂行の任務中だ。お互いに頑張ろう」
と、アランの労いの言葉に感謝しつつも、任務遂行途中の緊張感を以ってベイリー大佐は騎士の敬礼を以って答えた。
「はい!」
晩餐会を終えると、アラン、トゥルリー、マリア、ベイリー伯爵父子の五人は、場所をベイリー伯爵の執務室に集まり、改めて会議をした。
「オセロ作戦」第二局ではパドラル北部の七部族を帝国側に付かせることは必須命題である。
可能ならば、そこに好戦的と言われているジャーアス、ケケドラの二部族も加えたいところだった。
「オセロ作戦」第二局序盤戦は、ギョンサザさえ説得できれば北東部の四部族の攻略完成である。
今回の遠征で判明した大きな収穫は、三部族をこちら側に付けられたことと同時にパドラルの各部族で信じられているケチャ教の伝説についての情報であった。
その伝説には、パドラルに平和と統一をもたらしてくれるメメチャンバという二人組の神様の到来が予言されている。
エゾフでは、アランとトゥルリーは子供たちから、伝説のメメチャンバだと言われた。
「メメチャンバは、火を吹くドラゴンに乗ってやって来て、悪い奴らをやっつけてくれる騎士の神様なんだ」
「ひとりは、光る琥珀色の髪に深い海の色の瞳。もうひとりは、亜麻色の髪に翡翠の瞳なんだって」
そんな子供たちのキラキラ瞳と興奮した様子をアランもトゥルリーも忘れられなかった。
自分たちは神様では無いが、その伝説の救世主に託された役目を果たすことは出来る。
トゥルリーがマリアに尋ねた。
「ギョンサザにもケチャ教は信仰されていた?メメチャンバの伝説は耳にしたかい?」
トゥルリーの質問に対してマリアは、思い当たる節があるように答えた。
「ギョンサザは中心の村には女性しかいないので、他の村と違い儀式も多く規則は厳しように感じました。女ばかりだと内輪の争いの内容も偏るようでしたし、領地境界の男村で怪我人や病人が出ると、中心の村にあるひとつの部落に連れて来られます。そこで、私のような巫女が手当てをし、呪術(魔法)を施すのです。その時には、巫女たちはケチャの神様に祈っておりました」
マリアの返答でギョンサザにもケチャ教が信仰されていることを知ったアランがメメチャンバについてさらに追及する質問をした。
「ギョンサザにもケチャ教の教えは根付いているということだな。それでメメチャンバについて聞いたことは?」
「私が村に滞在中は耳にしませんでした。リ・シェリー卿なら聞いているかもしれませんので、明日にでもギョンサザのリ・シェリー卿の元へ戻って確認してみます。私も村人に受け入れられていますので、ひとりで向かっても問題ありませんので」
アランがマリアをひとりで行かせたことに後悔の念を滲ませていたので、その心配は無用であるとマリアはしっかりと否定した。
すると、ベイリー伯爵が、マリアが城に戻った時の様子を面白そうに語って言った。
「城に帰還した時のマリアは、すっかり現地の巫女のようでしたよ。しかも、Holy Mageとしてのオーラも身にまとっていますから村人も疑う余地はないでしょう」
「ベイリー伯爵、それって褒めてるのですか?茶化しているのですか?」
と、マリアが怪訝そうに言うと、ベイリー伯爵は無理やり真顔になって
「もちろん、褒めてます」
と、笑いを押し殺すように言った。
マリアは、この手のおじさんの迷惑な絡みは苦手なのであるが、そこは慣れたもので、いつも冷静にスルーしていた。
長い付き合いのアランとトゥルリーは、マリアの機嫌を損ねないうちにと話題を元に戻して言った。
「今回は、マリアと共に我々もパドラル国内へ同行しようとう思うが、まずはマリアひとりでリ・リシュリー卿の元へ戻ってくれ。我々は、その間ナチョック山の森で竜と共に待機している。もし、ギョンサンザにもメメチャンバの伝説が根付いているなら、直接族長の村に竜で降り立つ」
エゾフ、カチヤック、テックカンの三部族には、ケチャ教への信仰がしかり根付ており、メメチャンバ伝説への期待も大きかったので、アランとトゥルリーの竜に乗っての登場は、大いにインパクトが有り村人と部族長たちの心をしっかり掴んだ。
これにより、パドラル統一とその後の連携への協力をスムーズに取り付ける事ができた。
もし、ギョンサンザも同じような信仰が根付いているなら、それを利用して交渉を円滑に進めたいところだった。
シオンの情報によるとギョンサンザの部族長は女性であり、村を仕切っているのは女性であると聞いていた。
また、そのギョンサンザに派遣されているWhite Mage騎士も女性ということで、男のアランとトゥルリーは身を引きマリアに任せたが、どうやらギョンサンザ村は、そのように単純なアマゾネス村では無いようだった。
その分、アラン達の男の出番も必要かもしれないと思われた。
いずれにせよ、もう少し村と部族長について探る必要があった。
「場合によっては、女族長と共に男性のリーダーを同席して貰えると良いかもしれんな。スチュアートリア帝国軍が侵略や攻撃に来ることは無いと説明しておいた方が良いだろう」
アランとトゥルリーの言葉にマリアは大きく頷いて了解した。
「了解しました。リ・リシュリー卿とその辺りを確認して、使徒のメロディに連絡させます」
「やはり、若とラファエル様のお考え通り、スチュアートリア帝国軍には竜部隊が必要ですな」
と、ベイリー伯爵が言った。
「竜での移動は、馬とは比べものにならないくらい早いからな。物流には馬車や船が欠かせないが、軍の任務遂行には竜は欠かせないものだと実感したよ」
と、ベイリー伯爵の意見にアランも同意した。
「今までは、ブルーフォレスト家の金鱗竜に頼らざるを得なかったが、鋼竜の飼育と調教ができるようになれば、帝国空軍の設立も夢ではない」
「その時は、わが基地にも配備お願いいたします」
と、ベイリー大佐が言うと
「もちろんだ。そのためにはパイロット訓練も必要になる。Holy Mage騎士の君なら訓練しなくても乗りこなせるだろうが、一般の騎士には訓練が必要になる。ベイリー大佐もブルーフォレスト家の金鱗竜をお借りして日頃から乗りこなしておくと良いだろう。ルイスガードナー基地では、大佐が指導者になるだろうから」
と、アランがベイリー大佐に言った。
大佐は子供の頃からアランに憧れていたので、アランに自分の能力を認められて思わず嬉しくなってしまっていた。
そんな息子の様子を見て父のベイリー伯爵が言った。
「今回、若の為に三頭の竜をブルースから借りたが、この子達のうちの二頭を私とフレデリックの為にしばらくお借りできるか聞いてみようと思います」
「ブルーフォレスト辺境伯とシルバー・べイリー伯爵の仲ですから、快くお借りできそうですね」
と、トゥルリーが言った。
それから、五人は続くパドラル北西部の攻略についても話し合い会議は夜遅くまで続いた。
リゲル歴4045年15月末日。
地球の日本で言えば大晦日。
ルフ・ロイスベリー城の夜はこうして暮れて行った。




