それぞれの辺境領地の城 = 年越の瀬 =
=ブルーフォレスト城=
ブルーフォレスト城に招待されたリリアーナとアイラは、本物のお城、しかも歴史の勉強で何度も登場する名城に来られたことに感動していた。
ブルーフォレスト辺境伯家の娘であるポリアンナの方も、心を許せる友人が自分の城に来てくれた事を心から喜んでいた。
ブルーフォレスト家は名家とはいえ、やはり帝国の西の果ての国境を守る辺境伯家である。
帝都に出るにもそう簡単にはいかず、辺境地ならではの田舎くささは拭えない。
だから、辺境伯夫人であるアンネット・ポーリー・ブルーフォレスト辺境伯夫人は、一年の半分は、この城を離れて帝都のブルーフォレスト邸に住んでいた。
そうしないと、社交界の集まりに参加できないのである。
スチュアートリア帝国の貴族社会は、なかなか複雑であるので辺境伯家のようなHoly Mage騎士の妻は、情報収取と根回しの為に社交界に顔を出しておく必要があるのだ。
そんな母の大変さを知っているポリアンナは、社交界に顔を出す事も、帝都の邸宅へ行くことも好まず、ブルーフォレスト城に残っていたのだった。
だが、『魔の森』での体験を通して、アランから帝国神聖魔術士養成大学への入学を薦められて入学を決意。
そこで、アイラとリリアーナという生まれて初めて、同年代の心許せる友人ができたのである。
だから、ポリアンナはアランに感謝しかなかった。
ポリアンナは、城に到着するとアイラとリリアーナを連れて色々な部屋や施設を回り、城内案内した。
「どう?古くて広いだけだけの城だけど…歴史を感じるでしょ?」
と、ポリアンナがふたりの友に問いかけた。
「うん!凄く素敵!!どこも歴史を感じるわ」
リリアーナが単純に歴史あるこの名城に感動して言うと、アイラがちょっとポリアンナに気を使いながらも、我慢出来ずに尋ねた。
「このお城って『魔の森』にも近くて魔力が強い土地だと聞いたんだけれど本当?」
ポリアンナは、アイラのそんな一見失礼とも思える質問にも笑顔で
「『魔の森』は関係ないけれど、確かに他の地よりも魔力は強いらしいわ。だからうちの金鱗竜は、火を吹くのかもね?」
と、冗談交じりに答えた。
「ということは…、このお城でわたし達も修行に励んだら、白魔術の腕があがるかしら?」
と、アイラが本気で考えて言った。
アイラの肩に乗っているロザリーも一緒に首を傾げていた。
その姿がちょっと滑稽で、ポリアンナとリリアーナは笑ってしまった。
アイラは、自分が笑われたのかと思ってキョトンとして言った。
「わたし、何か変なこと言った?」
「ううん、違うの。アイラちゃんとライナスが同じ仕草してたのよ」
と、リリアーナが言って首を傾げるとリリアーナの肩に乗っているライナスも一緒に首を傾げてみせた。
「そっか!」と、アイラも笑ってから言った。
「早く、立派なWhite Mageになってロザリーを使い魔したいわ」
White Mageは、Holy Mageのよう使徒を扱うことは出来ないが、使い魔を扱うことができる。
使徒は、主人の神聖力と同期されるので主人の魂と共に存在が可能となる。
しかし、使い魔は主人の神聖力と同期されているわけではないので、寿命が来れば死んでしまう。
それでも使い魔になれば魔力が強くなるので寿命を延ばすことができる。
主人がWhite MageからHoly Mageに昇格すれば、使い魔も使徒へ昇格することも可能なので、アイラとリリアーナは、まずはロザリーとライナスを使い魔に育てたかった。
「そうね!ここの城に居る間にふたりとも魔法の練習と、使い魔訓練を頑張ってみたら?もしかしたら、効果あるかも?私も協力するわね」
と、ポリアンナが言ったので、アイラとリリアーナも嬉しくなって「わーい」と、言いながら両手を広げ高く挙げた。
すると、ロザリーとライナスも翼を広げバタバタと嬉しそうに羽ばたいた。
ポリアンナが最後に案内したのは、ブルーフォレスト辺境伯家の宝物庫だった。
そこには、彫刻や絵画が飾られており、美術館のようであった。
宝飾品のコーナーもあって、過去に歴代の皇帝から送られた勲章やブローチ、首飾りなどもあった。
アイラとリリアーナは、そんなものを見たことが無かったし、こんな部屋に通される身分では無かった。
ふたりとも口をあんぐりと開いて何も言えず、ただ目を見張って眺めていた。
「これは、我が家のお宝なんだけれど…」
と、ポリアンナが言うと
「ポリーちゃん、わたし達がこんな部屋に立ち入って良いの?」
と、アイラが気の引けた声で言った。
「うん、アイラちゃんとリリアちゃんは、私の親友だもの。この城の賓客だから見せたかったの。でも、私はこんな美術品や宝石よりも、あなた達の方が宝物よ?」
と、言いながらポリアンナはふたりに抱き着いた。
アイラとリリアーナもそんなポリアンナ気持ちが嬉しかった。
三人でお互いに抱き合おうとしたので、それぞれの肩に乗っていたロザリーとライナスは、主人の頭の上に止まり直した。
ふくろうを頭に乗せた少女と、ポケットに竜を入れた少女がブルーフォレスト辺境伯家の宝物室で抱き合う年の瀬であった。
=シュヴァーネンフリューゲル城=
一方、シュヴァーネンフリューゲル城へ招かれた、ノア、クリストファー、アンナの三人もその城の美しさに感動していた。
「これが、歴代の皇帝も褒めたたえたというシュヴァーネンフリューゲル城か!」
オレンジリバー男爵家の次男であるクリストファーは、貴族の間で有名なこの城がキースのラングレー家の城だったことを改めて実感していた。
同時に帝国の直轄地なっていたこの領地とこの城を、前皇帝から与えられたというキースの父クライ・ラス・インディゴ・ラングレー子爵は、素晴らしいWhite Mage騎士に違いないと思っていた。
そして、その息子であるキースは、父以上に優れたHoly Mage騎士でありこれからの活躍が期待される存在だった。
シュヴァーネンフリューゲル城は、ハイコルティナール山脈を挟んでエド・ロアと国境を接している辺境地なので、かつては砦として使われていた名残は残っていたが、ブルーフォレスト城のように今も要塞と砦を兼ねた城と異なり、居城としての趣が強い城となっていた。
特に、アランの母と現皇帝の皇后がエド・ロア国から帝国へ嫁いで来てからは、エド・ロア国との友好関係も確実なものとなり、ラングレー家の辺境領としての負担も軽くなっていた。
それでも、剛毅なWhite Mage騎士であるラングレー子爵は、気を緩めることなく、いつ何時何があるか分からないと、領主として気を緩めることなかった。
それは、ブルーフォレスト城からの道すがら通った村人の態度とキースの対応でうかがい知ることができる。
ラングレー家は領民との距離が近く、常に領民の声に耳を貸し、領民をそんな領主家族を慕っていた。
きっと、キースも良い領主になるのだろうなと、クリストファー達三人は思っていた。
ノアは、選挙の時だけ地元を回る地球の政治家とは大違いだなと思っていた。
シュヴァーネンフリューゲル城に近づくにつれ、その城が美しいだけでなくかつての砦としての役割を担っていた形跡が伺えた。
だが、そんな武骨な砲台跡や外堀も今は緑に覆われ、美しい花々が咲き乱れてまるでオブジェのように見えた。
ハイコルティナール山脈から地下を通って湧き出る水が、城の周りの堀に注ぎその中には虹色の魚たちが泳いでいた。
その上を白い大きな鳥が優雅に泳いでいる。
ノアは、地球でいえば、白鳥みたいな鳥だなと思っていた。
白鳥と違うのは、くちばしが太いくらいだった。
シュヴァーネンフリューゲル城の中に入るには、跳ね橋を渡らなければならなかった。
これは、この城が砦としての役割を果たしていた時の名残だったが、今はこの橋も滅多に上げられることは無かった。
年に数回、稼働確認と金属部分の点検の為に動かされるだけだった。
しかし、今日は特別に門が引きあけられていた。
これは、キースの父が息子の友人を連れて来るというので、もてなしの演出だった。
キースは、特にそんな演出を必要としてないので、父の余興に呆れ気味であった。
壁で待っていたラングレー家の騎士にキースが堀の前で馬上から手を挙げて合図をすると、その城壁を閉ざしていた大きな門の両脇つけられた鎖が緩みだし、ギシギシと音を立てて降りて来た。
そして、その門が完全に降りると堀をあちらとこちらを繋ぐ柱となった。
キースはその様子を見ながら
「そうか、いつも門の正面は裏側になっていたから見たことなかったけれど、ちゃんと紋章が取り付けられているんだな。ということは、紋章を踏みつけて入場することになるな。それってどうなんだ?」
と、ぶつぶつ言っていた。
その様子を見ていたアンナが笑いながら言った。
「かなり分厚い橋だから、裏まで踏みつけてるわけでは無いわよ。でも、正面も素敵だったからもったいないわね」
キースは、アンナに答えて言った。
「僕の代になったら、別の入り口を作って橋をかけるよ。あの門は閉めたままが素敵だよね?」
と、言いながらキースは橋に馬の歩を進めた。
3人もキースの後について馬を進ませて入城した。
ひとたび門を潜ると、そこは天国かと思うほど、色とりどりの花が咲き乱れる庭園だった。
「ここが、キースのお母様が愛してらしたお庭なのね」
と、アンナがため息交じりに言った。
「ほんとうに、想像以上に美しい」
と、クリストファーとノアも美しさに息を飲んだ。
特にノアは、そこに見たことの無い花々になんとも言えない気持ちになっていた。
こういうのを見ると、本当に別の世界に来たんだなという実感が沸くからだ。
地球とリゲル・ラナでは似ていることも多く、ふだん生活している分には違う国に来ているという程度の差しか感じていないが、何かの瞬間にその違いが大きくなることがある。
それがまさに今だった。
ノアの目の前には地球では見たことの無い樹木と花々と、鳥が飛んでいた。
でも、それがとても美しいと感じるから不思議だった。
そんな庭園を抜けると、横に温室のような建物があったり、東屋があったり、庭園の中に点在する建物も素敵だった。
そして、両脇に彫刻が美しい大きな噴水のある道を進むとついに城の本当の門が見えて来た。
門を潜ると大きな螺旋階段が続きやっと城の中に入る門に繋がっているようだった。
四人は馬から降り、その下で待っていたラングレー家の家臣にそれぞれの馬の手綱を託した。
アンナ、クリストファー、ノアと共に自分たちが乗って来た馬の顔を撫でながら、「ありがとう」と、馬に礼を言った。
アンナとクリストファーの使徒のノエルとマエルも馬に乗ったまま
「ありがとうにゃん!」と言ってからそれぞれ馬から飛び降りて主人の元へ行った。
キースは、自分の愛馬を家臣に託しながら、
「たっぷり水と餌を与えて、ゆっくり休ませてやってくれ」と、伝えた。
馬たちは、担当の騎士たちに厩舎へと連れて引かれて行った。
その後姿を見送った四人と二匹は、自分たちの足で急な石の螺旋階段を登って行った。
「ごめんよ、本当はもっと楽な階段のある入り口もあるんだけれどね。厩舎からだとここが一番近いんだ。景色もこちらからの方が美しい」
と、キースがすまなそうに後ろを振り返りながら後ろのクリストファー言うと、
「俺たちをなんだと思ってるんだい?Holy MageとWhite Mageだよ?これくらい屁でもないさ」
と、クリストファーは、元気に答えながら階段を登った。
ノエルとマエルはとっくに階段を登り始め途中の階段のへりに乗って主人たちが登って来るのを待っていた。
キースとクリストファーに続きノアとアンナも階段を苦無く登って行った。
石の螺旋階段を何回りした頃だろうか?
急に視界が開け、門からここまで通って来た庭園の全貌が見えて来た。
もうひと回りすると城のテラスのような場所に出た。
そこは180度のパノラマ展望台のように庭園のむこうに聳える山々や深い森、村々が見渡せた。
城はまだ高くそびえており、もっと上に行けばさらに良く見えるのだろう。
まるで白鳥が翼を広げたように美しいといわれるシュヴァーネンフリューゲル城は、
かつての砦としての役割だけでなく、領地を見渡すことの出来る機能的な城なのである。
「本当に素晴らしい城だな。美しいだけじゃなくて領主にとって理想的な城だ」
クリストファーは想像以上の素晴らしさに驚くだけでなく感動していた。
「お城って凄いんだね。ミラ・ローズも元宮殿だけど、やっぱり城って機能的でちょっとだけ危機感というか、緊張感もあって宮殿とは違う素晴らしさがあるね」
と、同じくノアも感動していた。
そして、その横でアンナは、なぜか涙ぐんでいた。
「アンナ、どうしんだい?」
その様子に気づいたクリストファーがアンナに声をかけた。
「ごめんなさい。キースのお母様もこの景色を毎日見つめてらしたんだなぁと思うとなんだか感動と共に涙が出てきちゃったわ」
アンナが涙を手でぬぐいながら言うとキースがアンナに言った。
「アンナ、母のことを思ってくれてありがとう。母は、体は弱かったけれどこの城と庭園を心から愛していたからね。毎日幸せだったと思う。だから、この城と庭園は父と僕で守って行かないとなんだ」
と、言うキースの顔に悲しみの色はなかった。
キースの母は、White Mageでも魔導士でもなかったので、普通の人間としての命を全うしたといえる。
大好きな城と庭園に囲まれ、キースの父からの愛情も受け、なに不自由なく暮らせていたのだから幸せだったに違いない。
キースは、そう思い母との悲しい死別からすっかり立ち直っていた。
ノアも、そんなキースの母のこと、Holy Mageとしての葛藤の日々クリストファーとアンナから聞いていた。
ノアも自分の地球に残した母のことを思い出して、少しだけ胸がキュンとした。
リゲル・ラナに転移して来たばかりの頃のノアには、地球での自分の生活や環境に不満しかなかったので両親への感謝なんてなかった。
だが、リゲル・ラナへ来てから他人からの愛を受ける度に、親の気持ちや想いと照らし合わせ、親の気持ちがわかるようになっていた。
だが、今さらどうにも出来ないので、なるべく考えないようにしていた。
やっと合格した高校を一ヶ月で不登校になり、闇バイトに手を出したあげく行方不明。今頃、両親は自分のことをどう思っているのだろう。
考えても仕方ないことだが、ただ、ただ後悔しかなかった。
今の自分なら、地球でも、もっと色々なことを頑張れたろうし、耐えられたし、考え方や価値観が違う人の気持ちも思いやれたかもしれない。
そんな事をふと考えていたら、ノアまで泣きそうになっていた。
それぞれが、城からの壮大な景色を前に思い思いに気持ちを持っていかれそうになっていると、後ろから渋い男の人の声がして四人は振り返った。
「おい、いつまでそこに居るんだ?皆の衆」
「あ、父上ただ今戻りました」
と、キースが答えたその人こそ、このシュヴァーネンフリューゲル城の城主でラングレー領主であるクライ・ラス・インディゴ・ラングレー子爵その人だった。
ノア、クリストファー、アンナの三人も慌てて、ラングレー子爵に挨拶をした。
「はじめまして、この度はご子息のお招きに預かり、図々しくも帰省のお供をさせて頂きました。帝国神聖魔術士養成大学でキース先輩と共にHoly Mageクラスで学ばせて頂いておりました。オレンジリバー男爵家の次男、クリストファー・アキュラです」
「同じく、帝国神聖魔術士養成大学Holy Mageクラスのアンナ・ニーナ・ロゼ・ローズマリ―です。平民にも関わらずお招きに預かり光栄に存じます。どうぞよろしくお願いいたします」
「同じく、帝国神聖魔術士養成大学White Mageクラスノア・シラミネです。僕は、平民な上にHoly Mageクラスでもありませんが、キース先輩に大変お世話になっていて先輩を尊敬しています。この度は、こんな素晴らしい名城にお招き頂いて心から嬉しく思っています。よろしくお願いいたします」
と、三人が順番に挨拶をすると、ラングレー子爵はにこやかに言った。
「私の方こそ、君らに会えるのを楽しみにしいたよ。キースが無事に卒業出来たのも君らのおかげだろう。とにかく、中に入ってゆっくり話を聞かせくれ。私は待ちくたびれたよ」
と、ラングレー子爵はおどけるように言った。
穏やかでキースに似た優し気なそのラングレー領の領主に三人は驚いていた。
なぜなら、ラングレー子爵はあの有名な「インディゴ事件」をひとりで解決した伝説のWhite Mage騎士なので、みな、いかつい強面の男を想像していたからだ。
目の前のスラリとしてキースと同じ銀髪に青い目の優し気な紳士とは、全く結びつかなかった。
ラングレー子爵はアンナとクリストファーの足元にちょこんと座って控えているノエルとマエルに気づくと腰を下ろしてふたりにも話しかけた。
「君たちは、使徒かな?」
「はい!ボクは、クリストファー様の使徒のマエルです」
「ボクはアンナ様の使徒のノエルです」
「よろしくお願いいします」
と、マエルとノエルは、ふたり声を揃えて挨拶をした。
ラングレー子爵は、目を細めて二匹に
「可愛いなぁ。君たちもゆっくりしていきなさいね」
と、言って立ち上がった。
「さぁ、晩餐の用意はできているぞ!まずはキース。みなさんを城内の案内をして入浴して貰いなさい」
そういう言ってラングレー子爵は先に城の中に戻って行った。
キースは、父に言われた通り、まずは三人もそれぞれの客間を案内した。
部屋には、ブルーフォレスト城から先に金鱗竜で送られた三人の荷物が届いていた。
三人は、荷を解いて着替え、廊下で待っていた侍従と侍女に案内されて入浴施設へ向った。
このシュヴァーネンフリューゲル城にも温泉が引かれており、大きな噴水から温泉が溢れ出る素敵な浴室があった。
男性の方の浴場とても広く、サウナのような施設も有り外に出ることも出来た。
そこで、涼みながら領地と庭を一望することが出来た。
女性の方の浴場は下の階に有り、室内庭園が備え造られていた。
それは、温泉のお湯で冬でも暖かく保たれている為、一年中花が咲いている素敵な小庭だった。
きっと、キースの母のためにラングレー子爵が作らせたものなのだろう。
「もしかしたら、この浴場に夫婦で入っていたのかもしれないな」と、アンナが思っているとノエルが庭で蝶のような虫を追いかけてはしゃいでいた。
水があまり好きではない猫でも、ここの浴場なら楽しめるらしい。
それぞれ、入浴を楽しんで部屋に戻ってくつろいでいると、各部屋付きの侍従、侍女が
「晩餐の用意が出来ました」
と、呼びに来た。
外は、いつの間にか夕暮れの陽に包まれていた。
晩餐室は、三人が案内された客間の下にあった。
宮殿と違い城は縦長に作られているので、常に移動には階段の上り下りが必要になる。
ノアは、体の弱かったキースの母はどうしていたのだろうと思ったが、キースの父は優秀なWhite Mageである。
物体操作の魔法を使えば、なんてことは無いなと思い直していた。
「今回は、キースが大学に入って初めての年越しの帰省です。しかも、無事に卒業という節目です。そな時に、キースの学友をこの城に迎えられて父としては嬉しい限りです。皆さん、今日は沢山食べて、キースの卒業を祝ってやって下さい」
ラングレー子爵は一足先に一杯やっていたのか、既に少し赤らんだ顔でそう言って乾杯の音頭をとった。
ノアは、昨年の酒を飲んでの失態を思い出して、酒を飲むのはやめておこうかと思ったが、とりあえずグラスを持って乾杯した。
そして、そっと隣のキースに尋ねた。
「この星では飲酒して良い年齢とか決まっているの?」
「いや、特にそんな法律は無いよ。地域によっては、飲み水より酒の方が手に入りやすい地域もあるからね。どうした?酒は苦手?」
と、キースがノアに尋ねて来たのでノアは、少し迷ったが昨年の新年祭の時の失態について話した。
「あはは…、それはきっと強い酒を飲まされたんだよ」
と、言ってキースは給仕を呼んで別の酒を持って来させて言った。
「酒に慣れていないなら、まずこのあたりから飲んでごらんよ」
キースは、そう言いながらグラスにその酒を注いでノアに渡した。
ノアは、キースに渡されたグラスに鼻を近づけて軽く匂いを嗅いだ。
フルーティな香りの中に微かにアルコールの匂いがした。
これなら飲めるかも?と思い切って一口飲んでみると…美味しかった。
「どうだい?それならイケルだろ?」
と、キースが微笑んだ。
「はい」
ノアは、キースの気遣いと、自分も飲める酒に出会えて嬉しかった。
キースの父は常に上機嫌だったし、料理はみな美味しかった。
クリストファーとアンナは、「インディゴ村事件」の伝説のWhite Mageであるラングレー子爵から当時の話を聞くことが出来て感動しきりであった。
Holy Mage騎士が単独で活躍する話は耳にするが、White Mage騎士が単独で歴史に残るほどの活躍した話は多くは無い。
しかも、ラングレー子爵は、元々は平民であり、インディゴ村の管理を任された時に叙爵、男爵の位を賜った。
その後、アランの父のラファエル帝が、レッドリオン公国を建国する際に、レッドリオン領地内となるインディゴ領地の返還を申し出た。
その時に、インディゴ領地の代わりに拝領されたのが、当時、帝国直轄地であった、このラングレー領地(当時のシュヴァーネン領)だった。
その際に、爵位も男爵から子爵へ陞爵されたという話であった。
本来なら、現在のラングレー領は辺境地であり、辺境伯または、伯爵の爵位が授けられた者が治めるべき領地である。
しかし、White Mageで伯爵の爵位を賜った者はいない。
その後、キースの母である妻の体調を考慮し、軍を退役してした為に爵位は子爵のままなので、ラングレー家の臣下や領民からは、息子であるキースの叙爵、さらに陞爵の期待が寄せられている。
Holy Mageであるキースなら、臣下と領民たちの悲願が果たされることだろう。
それだけに、今回のキースの領地帰還は、臣下、領民からの歓喜の声を持って迎えられたのである。
但し、キースと父ラングレー子爵父子は、名誉、権威への固執することが無い性格であり、臣下、領民ほど叙爵には興味が無かった。
ゆえに、表立った祝賀は自粛するようにと、ラングレー子爵からの通達が臣下に下っていることをキース達は知らなかった。
=ルフ・ロイスベリー城=
リゲル歴4045年も終わろうとする15月末日、マリアはパドラルのギョンサザからルフ・ロイスベリー城へ戻っていた。
アランとトゥルリーは、エゾフへ、カチャック族とテックカン族の長との会談へ向っているところだった。
シルバー・ベイリー伯爵がマリアを出迎えると、いつもとは違う服装のマリアに伯爵は驚いて言った。
「マリア、お帰り!ひとりで異国への潜入調査ご苦労だったね。それにしても、なんだいその恰好は!」
「ただいま戻りました、伯爵。似合ってませんか?」
マリアは、伯爵とハグしながら言った。
「いや、とっても似合っているよ。軍服より似合うくらいだが、似合い過ぎていて巫女にでも転職するのかと思ったよ」
ベイリー伯爵は、再びマリアの頭の先からつま先までを眺めて言った。
「子供の頃に、若たちと、異国の人ごっこをしていた時のようだ」
マリアは、アラン、ウィリアム皇太子のご学友として宮殿内に出入りしていたので、アラン達の侍従長であったベイリー伯爵とは長い付き合いなのである。
「まあ、男子たち達に比べたらマリアは大人しいもんだったがね」
ふたりは、当時のことを思い出してふたりは顔を見合わせて笑った。
「アラン達の姿が見えないところを見ると、現地へ行っているところなのかしら?」
「そう。若たちは神として、エゾフに再来中です」
と、伯爵は面白そうに、ふくみ笑いをしながら言った。
「神?」
マリアは、伯爵が何を言っているのかわからずに聞き返した。
「そうなんだよ。面白いだろ?」
ベイリー伯爵は、前日、自分がアランにじらされた思いを今度はマリアにもさせようと、いたずらっぽく言った。
マリアは、その手には乗らず
「とりあえず、お風呂に浸かってから着替えて来ますね。アラン達が戻ったら、報告を兼ねてお話を聞かせて貰いますわ」
と、言ってさっさと自分の部屋に戻って行ってしまった。
マリアに絡んで貰いたかったベイリー伯爵は、ちょっとガッカリしていた。
いくつになっても女性の方が上手のようである。
その様子を後ろでその様子を見ていた、ベイリー伯爵夫人が、ほくそ笑んでいたのを伯爵は知らない。
肩透かしをくらったベイリー伯爵は、疲れて戻るであろうアラン達の帰城に向けて、彼らの好物を揃えた晩餐の用意をさせることにした。
滅多に一緒に居る事ができないアランを歓待したい思いのけなげなベイリー伯爵なのである。
そんな伯爵を陰ながら支えるのはベイリー伯爵夫人。
彼女も、ブルーフォレスト辺境伯夫人同様に通常であれば帝都の邸宅に住んでいる社交界の華のひとりであった。
その夫人も、新年祭の休暇の為にシルバー・ベイリー領地に戻って来たところであった。
「アラン様には新年祭なんて関係なさそうね」
と、ベイリー伯爵夫人が夫に言った。
「パドラルはリゲル歴を採用していないようで、あちらの新年は別の日らしいのでな。若のことだから、突入するチャンスがあれば逃さず、いつでも行動されるだろう。まさに今がその時らしい」
ベイリー伯爵は、妻の言葉に少し残念そうに言った。
「せっかく、アラン様がこのルフ・ロイスベリー城に滞在して下さっているに、なかなかゆっくりお話しできませんね」
夫人は、アランの侍従長であった頃の伯爵をよく知っていたし、夫のアラン愛もよく理解していた。
「仕方ないよ。アラン様は遊びにいらしたわけではない。帝国の未来の為にHoly Mageとしてパドラル統一という大事業に挑んでおられるのだから。我々は、可能な限り後方支援させて頂くしかない」
と、言う伯爵の肩に手を置いて夫人が言った。
「アラン様もあなたの気持ちはよくお分かりのはず。安心して戻る場所があるからこそ、心補なくお勤めに励めるのよ。それは私も同じですから」
伯爵夫人たちは、帝都の邸宅に住み社交界へ行くのは、夫たちの為に情報収集し、根回しをするためである。
表舞台で活躍するのは男である夫たちであるが、夫たちを動かすのは婦人たちなのである。
いつの時代も内助の功は、夫たちを助けるものとなるのであろう。
ベイリー伯爵も、そのことには大いに感謝していた。
「そうだな。お前も戻ったことだし今夜の晩餐は、料理長に大いに腕を奮うとしよう。それと、新年祭はアラン様たちのことは気にせず、いつも通り盛大に祝いなさい。アラン様達の作戦は、秘密作戦だからな」
「そうね。領民たちはそのつもりでしょうから、例年通り行いましょう」
と、伯爵と伯爵夫人は腕を組んで仲良く城内の奥の調理室へ向って行った。
今夜は、アランと夫人の好物が盛大に盛られた料理が並ぶ晩餐になりそうである。
夜になり、金鱗竜に乗ったアランとトゥルリーがルフ・ロイスベリー城へ戻って来た。
「若、首尾は?」
帰りが遅いアランを心配していた伯爵が、城のテラスに舞い降りた2頭の竜に駆け寄って言った。
「ベイリー伯爵、遅くなった。首尾はバッチリだったぞ」
と、アランは竜の背に乗ったまま、親指を立てて言った。
そして、
「この子達がおおいに役立ってくれた」
と、竜の頭を撫でてから、竜の背から降りた。
「そうですか!マリアも戻って来ました。家内も帝都から帰城しておりますので、まずは晩餐にいたしましょう。わかの好物も用意させましたぞ」
伯爵は、嬉しそうにアランに言うと
「それは嬉しいな。もう腹ペコだ。すぐに頂こう!」
と、アランも嬉しそうに言って伯爵の肩に手を回した。
そんなふたりの後姿見送りながらトゥルリーは言った。
「腹ペコか?エゾフで、あんなにさんざ持て成されたのに?俺はまだ腹減ってないがなぁ」
アランの思いやりにトゥルリーも付き合うしかないなと思ったが、それにしてもここ数日は、食事でもてなされる事が多い。
トゥルリーは、隣で待機している竜に向かって言った。
「俺たち少し重くなってないか?もっと増量されても言わず乗せてくれるか?」
竜は、そんなことは屁でも無いというように、縦に頭を振った。
「そうか、お前たちの方が腹減りだよな?係の者に腹いっぱい食べさせるように言っておくよ」
と、言って竜達の頬を撫でた。
Holy Mage騎士は、仲間や部下、馬や剣などの武器も大切にするが、空を竜で移動するようになった今は、竜にも感謝せねばならないなとトゥルリーは思っていた。




