「オセロ作戦」第二局 メメチャンバ
エゾフのひとつの部落で、部族長の産褥熱に犯されていた嫁を救い、その日は一旦、ルフ・ロイスベリー城へ戻った。
「わか!早かったですなぁ」
と、ベイリー伯爵がアランを嬉しそうに出迎えた。
「いや、また明日にでも行こうと思うが、面白いことがわかったぞ!やはり、現地に行ってみないとわからないものだな。我々はどうやら神らしいぞ?」
と、ベイリー伯爵の出迎えにアランは笑いながら言った。
「えっ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔のベイリー伯爵にアランは、
「とりあえず風呂に入って来る。話はあとでたっぷり」
と、言ってトゥルリーと共に浴場へ向った。
シルバーコルディナール山脈がそびえるシルバー・ベイリー領は、いたる所で温泉が出る。
ルフ・ロイスベリー城にも、天然の温泉をひいた素敵な浴場が有る。
その温泉に浸かりながら今日の出来事を振り返ってトゥルリー言った。
「それにしても、あまりにも我々にピッタリ合う伝説で驚いたなぁ」
「ああ、メメチャンバが侵略者じゃなくて救世主で良かった。悪いがケチャ教を信じている部族には利用させて貰おう。パドラルを救うつもりでいるのは決して嘘では無いからな」
アランも今日の部落で出来事と、村人の顔を思い出しながら言った。
「今日のパフォーマンスも効果絶大だろうが…、あまりヒーリングの魔法の安売りはしたくないから気をつけないと」
メメチャンバが病人を救うために来たと言われては困るとも思っていた。
人の命と魂は神から与えられたもので、その星での生もその人に与えられたものである。
Holy Mageといえども、そこに手を触れてはならない。
そのタブーを犯すことは自分の魂を濁すことに繋がるからだ。
「とりあえず、シオンに報告だ」
と、アランが言うとトゥルリーはニヤニヤしながら
「あいつ、悔しがるぞ~」
と、言った。
相変わらずのライバル意識である。
「そうだな。ケチャ教についての資料はあったんだが…。メメチャンバとは、エゾフ独特の信仰の中の伝説なのだろうか?そこも確認したいところだ」
アランは、神のふりをするのは気が進まないが、相手が勝手に誤解してくれた方が話は早くスムーズに進むと考えていた。
「明日は、竜で村へ突入するか?」
トゥルリーが笑いながらジョークを言った。
「さすがに、それはやり過ぎだろう?もう彼らは我々をメメチャンバだと思い込んでいる。派手に動いて、我々の動きがパドリアヌス達の耳に入ってもマズイ」
「そうだな。やつらもメメチャンバについては知らなかったのだろう?宗教を利用するのは伝統的な奴らのやり口だから、知っていたら利用していそうなものだ」
と、トゥルリーが疑問を口にすると
「シオンの諜報網から漏れるくらいだ。もしかしたらケチャの秘密の教義なのかもしれないな」
と、アランが答えた。
スチュアートリア帝国内にも様々な宗教があるが、皇帝一族を中心としたHoly MageとHoly Powerについて帝国の最高機密とされている。
おそらく、これらの力を公にし、己の権力を振りかざしていたなら、現在のような帝国の反映と平和は維持されなかったであろう。
おそらく、皇帝の神格が進み、宗教で支配される国になっていたに違いない。
人の体の自由と、心の自由は別ものであり、宗教は心を支配する可能性がある大きな力である。
だが、アラン達スチュアートリア帝国皇帝一族は、それを望まずHoly MageとHoly Powerを秘密としている。
きっと、ケチャ教というものも人の心を支配するものではなく、人の心に希望を灯すものなのかもしれないなと思っていた。
それを確認するのも、明日の楽しみであった。
百戦錬磨のアランにとって、和平条約を締結する前夜とは思えぬ呑気さであった。
翌朝早く、アランとトゥルリーは、前日の竜とは別の竜に乗り換えてエゾフに向かった。
ルフ・ロイスベリー城からエゾフまではシルバーコルティナール山脈を越えて対極にあるとはいえ、標高の高い山が連なる山脈を往復するのである。
竜といえども疲労するということで、昨日の竜達を休ませて別の竜を用意して貰った。
もちろん、ブルーフォレスト家の金鱗竜をブルーフォレスト辺境伯の親友のベイリー伯爵が手配してくれた。
アランのためなら、喜んで動いてくれる有能な元侍従長なのである。
この日もアランとトゥルリーは、ルフエゾフ湖ほとりに竜で舞い降りた。
今回は、竜をも隠すことなく待っていると、昨日の部落長チマーラが迎えに来てくれた。
チマーラは、昨日のふたりを見てメメチャンバと信じていたが、彼らが竜で降り立つの姿を目の前で見て、さらに確信したようである。
実際、アランとトゥルリーは、このパドラルを統一国家として平和で豊かな国にしたいと思って来ているので、ケチャ教の伝説に異議を唱えるつもりはなかった。
ただ、神様扱いされるのだけは、どうもムズムズして受け入れがたい。
「部落長、出迎え有難うございます。その後、娘さんの容態は如何ですか?」
と、肩に鷲を乗せたアランが言うとチマーラは、目の前の竜に怯えながら答えて言った。
「はい、今朝はすっかり元気になり、赤子に乳を与えておりました」
「それは良かったな」
と、アランは言いながら肩に止まっていた鷲のルークの前に手をやると、ルークはアラン肩から飛び立ち、その瞬間に人間の青年の姿になって地上に降り立った。
それを見てチマーラは、また腰を抜かしそうになっていた。
「ルーク、竜の手綱を持って少し下がっていてくれるか?」
アランの使徒のルークは「御意」と言ってアランから竜の手綱を受け取った。
トゥルリーも、人間の青年に化身をした使徒のビショップに竜の手綱を預けた。
それを遠くから、チマーラの部落の子供たちがそっと覗いており、一足早く族長の居る部落へ走って行った。
「では、連絡をするまで待っていてくれ」
ふたりは、竜をルークとビショップに任せ、チマーラに案内されてエゾフ族長の元へ向った。
族長の部落に行くと、既に子供たちによって
「メメチャンバが来る!」とり触れ込みがされていたらしく、村人が部落の入り口から族長の家までの道沿いにひれ伏していた。
「これは、どういう?」
と、トゥルリーがチマーラに尋ねるとチマーラは「やられたな」と言う顔をしながら
「村の子供たちに跡をつけられていたようです。先回りされてこの部落にメメチャンバが来ると触れ回ったのでしょう」
と、すまなそうに言った。
それを聞いたアランは笑いながら
「子供のことだ。仕方ない」と、言った。
今回は、このエゾフを帝国軍側に付けるのが目的である。
しかも、征服することも属国にすることも無く、パドラルを統一国家にして自治を認めるということを理解して貰わねばならない。
そういう点では、自分たちが伝説のメメチャンバとして迎えられることは、むしろ都合が良いことなのである。
ただ、スチュアートリア帝国の前皇帝の息子であり、現レッドリオン大公国の公子であり、帝国軍総司令官でもアランではあるが、こんなに国民を平伏させて、その間を歩いたことは無いだけに、ムズムズしてしまう。
アランがそうなのであるから、トゥルリーは尚更だった。
ふたりは、そのムズムズと闘いながら、チマーラの後をついて村の中を歩み族長の家に辿りついた。
それほど長い距離では無いのに、随分と長く感じた。
族長の家では、子供たちの触れ込みと、前日のチマーラからの報告を受けて、メメチャンバを迎え入れる準備が整っていた。
今日は、アランもトゥルリーもしっかり朝食を抜いて来た。
おそらくは、この村の最高のもてなし料理が並んでいると思われる宴を終えたところで、アランは本題を切り出した。
エゾフ族長のソガンガは、チマーラの元へ嫁に出した末娘の命を救ってくれたメメチャンバに心から感謝していたので、アランの言葉に疑問を持つことはなかった。
「我々は、とにかくこのパドラルを平和で豊かな国にしたいのです。その為には、今のように常にどこかで戦争が起こっているような国では駄目なのです。全ての部族が協力し平和なひとつの統一国家にしたいのです。ソガンガ族長、我々に協力して貰えますか?」
と、言うアランの問いにソガンガ族長は大きく頷いて言った。
「もちろんです。我がエゾフ族は、ケチャの神が与えたもうルフエゾフ湖とナチョック山や森の恵みで生きております。あなた様の話は、全てケチャの神の教えにあるメメチャンバについての予言通りですから、我々に逆らう余地はありません」
アランとトゥルリーは心の中でオセロの番目のひとつが白に変わる瞬間を感じていた。
アランは、エゾフ族長のソガンガに手を差し伸べて
「ソガンガ族長ありがとう!パドラルを必ず豊かで平和な国にしよう!」
と、言った。
「はい。メメチャンバ様。娘の命を救って下さったように、必ずパドラルを救ってくれると信じています」
ソガンガ族長は、アランから差し出された手を取り、握り締めて言った。
「ところで、ソガンガ族長は、カチャック族とテックカン族の族長と交流はお有りか?」
アランは、ソガンガに手を握り締められながら尋ねた。
「はい、カチャック族とテックカン族もケチャの神からの恵みを感謝して生きている民族です。収穫の時期は共に祭りを楽しむこともあります。お互いの部族から嫁に行っている者もおり、親族と言っても良いです」
と、やっとアランの手を離したソガンガが手振り身振りで自慢げに語った。
その話を聞いたアランとトゥルリーは「しめた!」と心の中で叫んでいた。
ふたりは、宴会の間も精神感応で作戦会議をしていたのだが、ここで作戦は決まった。
「ソガンガ族長、カチャック族とテックカン族ともお会いして、この話を我々から直接したいのだが…場を設けて貰うことは可能だろうか?」
そのアランの申し出にソガンガも喜んで答えた。
「もちろんです!彼らもメメチャンバ様にお会いできるとなれば、喜んで駆けつけてくれることでしょう」
「では、明日、我々が竜に乗って直接降り立てるような所に、そうした場を設けて頂けることは可能だろうか?」
と、トゥルリーが言うとソガンガは一瞬驚いたが、すぐに快く承知した。
ソガンガも竜を間近で見たことが無かったのである。
そこで、アランとトゥルリーは演出も込めて、ケチャ教の神聖な地であるエゾフ湖の湖畔にその場を設けてもらうことにした。
これで、カチャック族とテックカン族もこちら側に引き入れる事ができそうであった。
その頃、アラン達よりも先にパドラルへ潜入し、ギョンサザ族の元に居るマリアの方もWhite Magのアンジェラ・リ・シェリー卿と共に精力的に村を回って情報収集に励んでいた。
リ・シェリー卿の進言でマリアも現地の服装に着替えていたので、立派な巫女のように見えた。
ギョンサザ族は、女性優位のいわゆるアマゾネス部族であり、自然への信仰心も強く魔法を使える女性を巫女として崇めていた。
ギョンサザ族長ももちろんギーシカという女性の魔術師であった。
黒魔術師なのか、白魔術師なのかと問うならば、白魔術師に近く、場合によっては黒魔術を使うので限定的なカテゴリーには当てはまらない。
パドラルにも魔術師いるが、そもそも文字を使いこなせる者が少なく口伝で後継者に伝えるため、魔術師になるには有能な魔術師に弟子入りするしかなかった。
魔術師側としては、自分の優位性を保持するためには魔術師の人数が少ない方が好ましいので、弟子をとらない者も多く一子相伝の形態が多かった。
ギョンサザ族長ギーシカも、親から伝えられた魔法しか使えなかった。
そこに、スチュアートリア帝国から派遣されたWhite Mage騎士のリ・シェリー卿が現れた。
「それこそ、最初は怪しまれたし追い出されそうになったんです。でも、ギーシカ族長の魔法でも解決できなかった問題を、こっそり手助けしてあげたのをきっかけに認められて、今は巫女として受け入られています」
リ・シェリー卿は、自分が巫女の姿をしている経緯をマリアに説明した。
「アンジェラの苦労は想像以上だと思っているわ。帝国のためにありがとう。同じ女性騎士として尊敬するわ。今、エゾフ族との交渉に臨んでいるレッドリオン総司令官閣下も同じ思いよ」
と、マリアは、単身女性の身で現地に潜入し、諜報活動をしているリ・シェリー卿の苦労を思い心から感謝した。
アンジェラ・リ・シェリー卿は、マリアからの自分への労いの言葉に胸が熱くなっていた。
そして、マリアは続けて言った。
「アンジェラ、あなたの報告は、本当に役に立つわ。やはり、現地の人に受け入れられるには、その土地の文化や風習を知り、その民族の伝統や信仰への理解とリスペクトは必須。私もここに来る前に、あなたの報告を元に参謀室が作成した資料で勉強して来たんだけれど、やはり肌で知らないと駄目だと思うのよ」
と、言ってからマリアは自分の服装を見て
「この服装も、なかなか気に入ったわ」と、言って笑った。
アンジェラは、このギョンサザ独特の女性優位の文化について知って貰おうと一般の村人の部落へ案内した。
ギョンサンザは、北東四部族の中では、領土も広く人数も部族だった。
「女性が優位ってことは、男女比も女性の方が多いのかしら?」
と、マリアが尋ねた。
「いいえ、比率では男性の方が多いです。全ての人は、女性から生まれますし、妊娠出産期間が長いのでその期間もとても女性を大切にしているのです。それでも、産後の肥立ちが悪く亡くなる者も多いので、どうしても女性の方が少なくなりますね」
と、言うアンジェラの声は、いくぶんトーンダウンしているようにマリアは感じていた。
White Mageは、ヒーリングの魔法で怪我や病を癒すことが出来る。
ただ、その魂の生きる力を助ける以上のことをしてはならない。
しかも、諜報部員として他国に潜入している立場のリ・シェリー卿にとっては、苦しい立場に立たされる場面も多いに違いない。
そんなことを思いながら、マリアはアンジェラに案内されるままギョンサザ族のある部落を訪れた。
アンジェラに付いて部落の中に入ったマリアは、辺りを見回して何か違和感を持った。
そう、男性の姿がひとりも見当たらないのだ。
子供たちの中には男児と思われる者が居たが幼い者ばかりだった。
アンジェラは、この村では巫女として拝められていた。
アンジェラが部落に入ると、村人はみなアンジェラに頭を下げた。
中には、拝むように彼女に手を合わせる者もいた。
子供たちもアンジェラにお辞儀をしながら、その隣の見慣れないマリアをじっと見ていた。
アンジェラがその子供たちの中に居た少女に声をかけた。
「ニミギナ、カナニナの様子はどう?」
ニギミナと呼ばれた少女はアンジェラに問いかけに答えて言った。
「アンジェラ様。熱も下がり随分楽になったみたいですが、目が見えなくなってしまって…」
どうやら、アンジェラはこの少女の親族の様子を見に来たようである。
アンジェラは、マリア顔をチラリと見てから
「そう、今日は私よりも素晴らしい力を持った巫女を連れて来たの。彼女にカナニナを見て貰いましょう」
と、少女に言った。
確かにWhite Mageのアンジェラに比べれば、Holy Powerを使うことが出来るマリアは魔術師としては優れている。
ふたりは、ニギミナという少女の家に向かった。
道すがらやはり男性の姿は無い。
部落の中の一軒の家の前で少女は言った。
「カナニナは、奥の部屋に居ます。どうぞ」
と、言ってふたりを家の中に招き入れた。
少女の家の中には、母親らしいき女性が居て、アンジェラを見るとひれ伏した。
「アンジェラ様、ご訪問ありがとうございます」
「カナニナの様子はどうですか?今日は偉大な巫女を同伴しました」
と、アンジェラがマリアを紹介すると母親はマリアを見て
「偉大な巫女様がカナニナの為にわざわざお越し頂きありがとうございます」
と、言って床に頭を擦り付けるようにして再度ひれ伏した。
マリアは、ちょっと恥ずかしくなり、思わず
「頭を上げて下さい…」
と、言った。
確かにHoly MageをGrate Mageと言ったりするが、スチュアートリア帝国ではHoly Mageであることは一般の国民に誇示することはない。
Holy Mageは、人知れず任務を遂行することがほとんどだからだ。
なので、異国であるこの場で「偉大な巫女」と言われるとなんだかくすぐったかった。
だが、ここでアンジェラの言葉を否定するわけにもいかず、残りの言葉を飲み込んだ。
アンジェラにうながされ、母親は立ち上がりカナニナの居る部屋にふたりを連れて行った。
そこには、4,5歳の幼い女の子がベッドに横たわり、その横にさきほどのニギミナという少女が寄り添っていた。
そして、ニギミナは妹のカナニナに言った。
「カナニナ、アンジェラ様が来て下さったわよ」
カナニナは、力なさげに頷いた。
母親は、カナニナの頭を愛おしそうに撫でてから、額に手を当て彼女の熱が下がっているのを確認した。
「熱は下がり体調は落ち着いたみたいなのですが、目が見えないというのです」
母親は、アンジェラとマリアを振り返っていた。
アンジェラは、母親と変わるようにしてカナニナのベッドに近づいて彼女の様子を見て言った。
「何日くらい高熱が続いていましたか?」
「一週間くらい」
と、姉のニギミナが、母親より早く答えて言った。
「熱が下がったのはいつですか?」
「今朝です。今朝熱が下がったので声をかけたら、目が見えないと言うのです」
と、母親は娘を見つめ暗い表情で答えた。
「高熱が続いたのが原因でしょう。良くない菌の悪さの影響もあるかもしれません」
と、マリアが言うと、アンジェラがマリアに向かって言った。
「そうですね。マリア様、助けることはおできになりますか?」
もちろん、アンジェラはマリアの力を疑って言ってるわけではない。
助けても良いレベルの判断をマリアに問うたのだ。
White MageもHoly Mageも、その者の魂に関わることに手出しはできない。
「ええ、もしかしたら、何もしなくても数日経てば治るかもしれませんし、視力が低いままかもしれません。命に係わることはありませんが、こんな幼いのに、大好きなお母さんの顔も良く見えないなんてかわいそうですものね」
と、マリアが言うと、母親は涙を浮かべながらマリアに縋り付いて言った。
「どうか巫女様、娘の目を見えるようにしてやってください。お願いします」
マリアは、自分の腕にしがみついた母親の両腕を優しく握り微笑みながら言った。
「だいじょうぶですよ?お母さん。カナニナちゃんの目は見えるようになります」
そう言ってマリアは、カナニナのベッドの横に立って両手をかざして、彼女の体全体を探るように左右にゆっくりと動かした。
それから、その手を自分の胸の前で手の甲を自分に、掌をカナニナの方に向けて前に突き出した。
マリアの両掌からマリアのオーブカラーである緑の光が現れカナニナを包んだと思うと、すぐにその光は消えた。
そして、マリアは、にっこりとほほ笑んで言った。
「カナニナちゃんは、もう大丈夫すよ。明日にはすっかり元気になります。十分に水分をとらせて、もう数日は安静にね」
母親はマリアの両掌を自分の両手で握り締めて感謝の言葉を述べた。
姉のニニミギは、部屋の中を飛び跳ねて喜んだ。
こうして、アンジェラとマリアは、部落の中を歩き回り、村人の困りごとを聞いて回ってから帰路についた。
「カナニナちゃんは、アンジェラでも充分治せたでしょう?」
と、マリアがアンジェラに言うと
「ええ、あれは放置していても治るか場合によっては後遺症が残るレベルですから、私でも治せました。でも。今回はマリア様の巫女として認めて貰うキャンペーン中ですから」
と、アンジェラは笑った。
アンジェラは、この村の巫女としてこうしたヒーリングの魔法を使う場面が多いに違いなく、マリアよりも経験は豊富そうだった。
また、村人の悩みや、暮らしの些細な相談にも乗っており、マリアは今日一日アンジェラと共に居ただけで、彼女がギョサンサザの巫女として人々からの厚い信頼を受けていることを実感していた。
ここまで現地人に成りきり信頼を得ることは諜報部員として優秀な証拠であるが、それは彼女のWhite Mage騎士としての使命感だけでなく、アンジェラの人柄が反映されているのだと、マリアは感心していた。
「ギョンサザ部族は、女性優位の部族とは聞いていだけれど、今日は本当に恒例のご老人と幼子以外の男性を一切みかけなかったけれど、本当に男性は居ないの?」
マリアは、今日一日の視察で感じた一番の疑問について尋ねた。
「男性の多くの者がブドレール族との国境に点在している砦に居ます。交代で数人ずつ戻って来ています。昼間は猟に出て部落の食料調達をしています」
アンジェラの説明にマリアは納得して言った。
「なるほど、だから男の人が誰もいなかったのね」
「女性でも腕に自信がある若者は、砦を守る者のローテションに加わっている者もいます。私もそれなりに帝国軍の騎士との心得はありますが他国の戦争に参加することは出来ないので、巫女に徹しおります」
アンジェラは、スチュアートリア帝国軍所属のWhite Mage騎士なので、帝国神聖魔術士養成大学で学んでおり、騎士としても立派に闘える腕前である。
だが、パドラルには諜報部員として派遣されている身なので、他国の内戦に参加することは許されないのだ。
「私があなたの立場だったら、苦しいかもしれないわ。とにかく、この内戦を終わらせて男性が安心して家族と共に暮らせる国にしましょうね」
マリアは、アンジェラの気持ちに寄り添いながらも、全ての解決策はパドラルの統一しかないと思っていた。
アンジェラもマリアと同じ願いを持っていた。
そして、マリアは続けて尋ねた。
「リ・リシュリー卿は、その国境に点在している砦に行くこともあるの?」
「はい。砦の者の健康状態を診に行きます。また、場所によってはブドレールとのいざこざで闘いがおこることもありますので、慰問に参ります」
「ブドレール族ってどんな部族なのかしら?パドラル中央東部の好戦的な部族の中でも領土が最大じゃない?部族長もかなり統率のある者なのかしら?」
と、言うマリアの質問にアンジェラは少し口を噤み考えている様子だった。
マリアは、そんなアンジェラの様子を見て複雑なものを感じとっていた。
シオン参謀のまとめた報告書によると、ブドレール族は勇敢だが好戦的な部族であるとあった。
ブドレール族の領地は、北にギョンサンザ族、南部にゾマサソ族とダイザ族と領地境を接していた。
基本的には平和主義のギョンサンザ族に対して、ゾマサソ族とダイザ族は、かなり好戦的に部族で常に領土拡大を狙っていた。
ブドレール族として、侵略して来ることのないギョンサンザ族よりも、隙があれば領土拡大を狙っているゾマサソ族とダイザ族に注視し、兵力を南の領地境側にもそちらに回していた。
そういえば、ブドレール族に潜入しているWhite Mageも居たはずだが、アンジェラはその者と連絡を取り合っているのだろうか?
いずれは、ブドレール族も「オセロ作戦」の局面となるので可能な限りの現地情報収集すべきところだ。
だがマリアは、なぜか「今はそのことは後で確認しよう」と、思った。
今回の「オセロ作戦」第二局でマリアが託された盤面はギョンサンザ族である。
まずは、ギョンサンザ族の女性族長との会談の成功のために注力しようと思った。
マリアは、ギョンサンザ族の族長に会う前に一旦、総司令官であるアランへ報告の為にスチュアートリア帝国内のルフ・ロイスベリー城へ戻ることにした。
まさに、リゲル歴4045年も終わろうとする15月末日のことだった。




