パドラル最北東部の四部族へ
パドラル北部、帝国南西部の地図
今回のパドラル「オセロ作戦」第二局の現地地図になります。
パドラルは、大小様々な27部族が領土拡大を狙う戦国時代です。
この国の平和の為に国家統一を目指して、アラン達が乗り出します。
リゲル歴4045年15月
「オセロ作戦」第二局は、パドラル最北東部の四部族に次なる一手が打たれることとなった。
アランとトゥルリーは、パドラル最北東部のカチヤック、テックカン、エゾフの三部族との交渉はマリアがギョンサンザを担う。
パドラルは、スチュアートリア帝国の一般的な一貴族の領土の二倍程度の中に27の部族がひしめいており、常に争いを繰り返している不安定な国だった。
シオンの帝国軍参謀室がパドラルへ派遣している諜報部員たちの情報によると、どの部族も独自の文化風習があることがわかった。
パドラル最北東部の四部族は、ルフエゾフ湖とナチョック山に挟まれ、北西隣国マニ・トバールとも深い森と川で遮られていた。
周囲を山や川、森林に囲まれいるため水や自然からの恵み豊かな大地でなのある。
また、東の隣国であるスチュアートリア帝国との間にはシルバーコルティナール山脈がそびえ、他国との交流はほとんどの無い。
ゆえに、独自の信仰と文化が育まれていた。
この地域の部族は、伝統と誇りを維持している反面、文化的には遅れている原始的な部族であり、侵略や戦闘とは無縁の穏やかな気質の部族ということだった。
唯一、四部族の中では南に位置するギョンサンザ族だけは、戦闘的なブドレール族と隣接しており、常に侵略の危機を感じ緊張感があった。
本来は穏やかな気質の部族ギョンサンザも、戦闘的なブドレール族に侵略の危機の前に臨戦態勢を崩すことができない。
そんな闘いを意識しているギョンサンザ族の部族長は、意外なことに女性であった。
ギョンサンザ族の男たちは勇敢な戦士であるが、自分たち男を産み出す女性を敬っており、優秀な女性が男たちを率いることもあった。
そんな女性優位というるギョンサンザ族の女性族長との交渉は、マリアが適任だろうということで、まずはマリアがギョンサンザ族へ向った。
マリアを迎えたのは、White Mage騎士のリ・シェリー卿。
彼女は、この奇妙な部族に馴染むため現地の服装をしており、一見スチュアートリア帝国軍騎士には見えなかった。
長い白装束に、これまた長い真っ赤な袖なしのジレのようなものを羽織り、そのジレには細やかな美しい刺繍が施されフリンジで飾られていた。
リ・シェリー卿は、ターバンのような布飾りの下から波打つ美しい金髪をなびかせながら、マリアに手を差し伸べて言った。
「ようこそ、グリーンフィールド少佐。アンジェラ・リ・シェリーです」
差し出されたその手を握り返しながらマリアが言った。
「はじめましてリ・シェリー卿。よろしくお願いします」
そして、彼女の顔を見ながら続けて言った。
「リ・シェリー卿、以前お会いしたことはなかったかしら?リ・シェリーってリ・シェリー伯爵家ですか?」
「ええ。そうです。リ・シェリー伯爵家の次女です」
と、リ・シェリー卿は、にこやかな笑顔で答えた。
「やはり、そうでしたか!リ・シェリー卿が社交界にデビューしたばかりの頃にお会いした記憶が有ります。まさかパドラルにおられたとは!」
マリアは、少し驚きながらも彼女の勇気に感心していた。
「ええ、色々ありまして…今は、このギョンサンザ族の者として暮らしております。スチュアートリア帝国とは違って不便なことも多いですが、なかなか面白いですよ?後でゆっくり話しましょう。まずは、うちにいらして下さい。その恰好のままでは目立ちますから」
ギョンサンザ族は、女性優位の一族なのでマリアのような女性はオーラで目立ってしまうので、リ・シェリー卿はすぐにアリアを自宅に招いた。
リ・シェリー卿の自宅はこじんまりした現地によくある木造の家だった。
屋根は、森にある屋根に適した植物で葺かれており、その植物は魔力を帯びたものらしく、辺りの空気を吸い込んで吐き出して気温を一定に保ってくれていた。
その際に水分を吸収してくれるらしく、熱帯のパドラルでも室内は快適に保たれていた。
室内は、わけのわからない呪術道具のようなものが置かれており、天井からは薬草や花がドライフラワーにされてぶら下がっていた。
奥の部屋には彼女の使い魔なのであろう。
色とりどりの羽色をしたプラッタ魔鳥が止まり木に止まり、こちらを見ていた。
マリアと目が合った瞬間、プラッタがお辞儀をしたように見えた。
「グリーンフィールド少佐、驚きました?これは全てフェイクです。ここでの私は巫女ということになってありますから」
と、呪術道具を指さして言った。
「私のことは、マリアって呼んでちょうだい。私もアンジェラと呼んでいいかしら?」
マリアは、リ・シェリー卿に勧められた椅子に腰かけながら言った。
「よろしいのですか?マリア少佐。もちろんアンジェラと呼んで下さい」
リ・シェリー卿は、お茶のセットを持って来て、魔法でポットの下に火を点けながら言った。
「しばらく、こちらにお世話になるのだから、アンジェラのお友達のマリアでお願いするわ」
と、マリアはアンジェラが出してきたお茶の葉の香りに鼻をひくひくさせながら言った。
「めずらしい香りの茶葉ね?」
「ええ、この土地特有のものらしいけれど、とっても美味しくて健康に良いらしいのです。まあ、Holy Mageのマリア少佐には、関係ないでしょうけれど」
ポットに茶葉を入れ、だんだん水がお湯になり、透明のポットの中で舞う茶葉を眺めながらふたりは笑った。
そして、マリアが言った。
「そうねぇ。我々は自己の細胞の強化能力があるから、寿命は長いし病にもかかりにくいけれど、やはり生身の人間だから、健康に良いものを食するのは大切よ?」
ポットの中のお湯がいい感じに濁ったところで、お茶をカップに注ぎながらアンジェラが言った。
「このギョンサザで暮らしていると、帝国での暮らしがどうだったか忘れそうになります。でも、それはそれで私にとっては良い暮しです。どうぞ、飲んでみて下さい」
マリアは、アンジェラに差し出されたカップのお茶を飲みながら言った。
「不思議な味!でも悪くないわ。この独特な、でも美味しいお茶がギョンサンザを現わしているのね」
「はい、そうなんです。マリア少佐ならきっと族長も受け入れて下さることと思います。でも、ここには帝国とは異なり意外なタブーもありますので、しばらくこちらでお過ごしになって、ご自分で体験されてみて下さい」
アンジェラも椅子に座り、自分のカップのお茶を啜りながらそう言った。
「ええ、そのつもりで来たので、よろしくね?アンジェラ」
「はい。このパドラルは本当に不安定で混沌とした国で、地域によっては日々の暮らしもままならない部族もいます。このギョンサンザも隣のブドレール族の脅威さえなければ平和で良いところです。パドラルの為に私に出来ることがあるのなら全力を尽くす所存です」
と、アンジェラ・リ・シェリー卿は帝国軍White Mage騎士としての顔で言った。
「ねぇ、アンジェラ?あなたはこのギョンサンザが好きなのでしょう?もしパドラルが安定して、帰国命令が出たらどうするの?」
と、マリアが潜入諜報部員としてのリ・シェリー卿の真意を突く質問をした。
アンジェラは、しばらくお茶のカップを持ったままそのお茶に映る自分の顔をみつめてから言った。
「それはもちろん、軍の命令に従います。私はあくまでもスチュアートリア帝国軍所属のWhite Mage騎士ですから」
マリアは、彼女の目を見ながら言った。
「そうね、素晴らしい覚悟だわ。パドラルの平和の為に一緒に頑張りましょう」
Holy Mageは相手の心を読む能力がある。
だが、今は全くその力を使っていないのに、マリアにはリ・シェリー卿の迷いの気持ちが感じられた。
それだけ、このギョンサンザが彼女にとって生きやすい地だということなのだろう。
仮にも伯爵令嬢である彼女が、敢えてこんな山奥の地の現地諜報部員になったのには、彼女なりの理由と覚悟があったからなのだろう。
もし、その時が来て彼女がギョンサンザに留まりたいと思った時は、マリアも力になりたいと思っていた。
マリアにはそれだけの伝手がある。
なぜなら、諜報部員を派遣している参謀室長官シオン・ミッシェル・ヴァイオレット・フィールドは、マリアの親友だからだ。
シオンは、頭脳明晰で冷静な判断を下すことの出来る男だが無慈悲ではない。
現地に派遣した者が、そこの地に馴染み根を下ろしたいと思ったとしても、きっとそれを否定することはないだろう。
もし、その時が来てアンジェラ・リ・シェリー卿がそう思ったとしたら、力になりたいと思うマリアであった。
マリアが無事にギョンサンザに潜入しているWhite Mageと合流した頃、アランとトゥルリーは、ルフ・ロイスベリー城にて出陣前の会議をしていた。
パドラル最北東部のカチヤック、テックカン、エゾフのいずれの部族には常駐ししているWhite Mageの諜報部員がいない。
帝国軍としては、それだけマークをする必要のない部族であるといこうとたが、伝統と誇りを大切にしているようなので、資料を読むだけは難しい面もある。
「やはり、現地に行って実際に肌で感じることが必要かもしれないな?」
アランが『パドラル北東部の民族の歴史と風習』と表紙に書かれた資料を見ながら言った。
「そうだな、やはり『目は耳より勝る』と言うからな」
と、トゥルリーも同意した。
地球では「百聞は一見に如かず」という諺があるが、リゲル・ラナでは『目は耳より勝る』という。
『パドラル北東部の民族の歴史と風習』の資料によると、この地域は独特の習慣や催事や祭りがあるようだったが、リゲル歴の暦は採用されておらず、今は彼らにとって年末年始では無いということだった。
「まずは、エゾフ族から行ってみることにしよう。湖や森もあるので竜達を待機させるのにもよかろう」
アランは、持っていた『パドラル北東部の民族の歴史と風習』という資料を机の上の資料の山の上に置いて言った。
すると、ふたりを見守っていたシルバー・ベイリー伯爵が立ち上がって言った。
「わか!私にもなにかできませんか?プルースに言って金鱗竜を借りてきてお供しますよ!」
シルバー・ベイリー伯爵は、かつてのアランの侍従長であったので、アランの手伝いをしたくてウズウズしていた。
「ベイリー伯爵ありがとう。気持ちは嬉しいが伯爵にはこのシルバー・ベイリー領を守って貰わないとならないから、このルフ・ロイスベリー城で待機していて欲しい。私が、パドラル北東部に居る間はこの城が前線基地だから、何かあったらルークを飛ばすのでよろしく頼む」
アランは、ベイリー伯爵の今でも現役Holy Mage騎士として通用する腕前を知っていたし、頼りになることも充分に熟知していた。
ブルーフォレスト家、ラングレー家、シルバー・ベイリー家の三家は、帝国の西の国境を守る要の三銃士なのである。
ベイリー伯爵は、ちょっとガッカリしながらも、アランに自分の城が前線基地だと言われ使命を与えられたので、気を引き締めて言った。
「アラン閣下!このベンジャミン・コンティ・シルバー・ベイリー伯爵、閣下の前線基地としていつでも出動できる態勢でおります。いつでも、ご指示ください」
「たりむぞ!シルバー・ベイリー伯爵。では行って来る!」
と、言うアランの言葉にベイリー伯爵は
「はい!ご無事帰還をお待ちしております」
と、言って敬礼した。
アランとトゥルリーは、金鱗竜を使徒と共に森に待機させ、アランとトゥルリーは、旅人のような恰好でエゾフ族の地に降り立った。
エゾフ族は、ルフエゾフ湖と森に囲まれた地に生きる部族であった。
湖と森から得られる自然の恵みを糧にし、湖を神の水の地と信仰して生きていた。
小さな部族のようだが、数個の部落に分かれており、部族長は、この大きなルフエゾフ湖ほとりの部落に住んでいるという。
「これが、ルフエゾフ湖か!シルバーコルティナール山脈からの雪解け水が注ぎこんでいるらしい。一見、海にも見えるな」
と、言いながらアランは湖の水を口に含んでみた。
「冷たい!この常夏のパドラルでは命の水だ。お前も飲んでみろ、トゥルリー」
アランに勧められて湖の水を口にふくんだトゥルリーもその冷たさに驚きながら言った。
「これは凄い!確かに淡水だから海ではないが、これだけ広ければ水産資源も豊富だろうな」
「水生の大型の竜が住んでいてもおかしく無い広さだが、ちょっと水が冷たすぎるかな?でも、鋼竜は、北のオーブ・アズラが生息地だから暑いより寒い方が住みやすいものも居るかもだな」
アランは、もし湖に竜が居るなら、その湖を信仰している部族にとっては竜も信仰対象化もしれないなと思っていた。
もしそうなら金鱗竜に乗っての訪問という演出も使えるかもしれないと考えていた。
まずは、地元の者から聞かねばならない。
シオンの資料によると、この近くに族長の住む部落とは別の部落があるはずなので、まずはそこを訪れることにした。
アランは、常に帝国内やレッドリオン公国内を視察して回って村人の話を聞くのには慣れている。
もちろん、国内と異国とは全く別なので、ふたりは怪しまれないように旅人のようなふりをして部落に近づいた。
すると、部落の子供と思える者が数人近寄って来て言った。
「お前たち誰だ?どこの部族のもんだ?」
ちょっと、なまっていて可愛い。
「南から旅をして来たんだけど、ここはなんていう村?」
と、トゥルリーが尋ねると子供たちは
「エゾフ族の村だよ、おまぇらはどこの部族?」
と、尋ね返して来た。
「おれたちは、聖なるルフエゾフ湖を見たくてジャンバラ村から来たんだ」
と、アランが言うと、子供たちは安心したように部落の中に連れて行ってくれた。
どうやら部落長と思える男が出来て言った。
「なんだ、お前らルフエゾフ湖巡礼者か?」
「はい、そうです。でも食料が尽きてしまいまして…パドラルの硬貨は持ってますが食べる物を売って貰う事はできますか?」
男は、ふたりの服装を上から下まで眺めながら言った。
「ここの村では金はあっても意味が無い。基本は物々交換だからな。でも、困ってる者には慈悲を与えるのが『ケチャ』の教えだ。ちょっと待っていろ」
と、言って男は、大きな木を束ねて作った家の中に入って行った。
エゾフの族の家は、大小はあるが基本的には、木を束ねて作ったものに『魔樹』という魔法の葉を乾燥させたもので葺かれた屋根の家だった。
『魔樹』の葉は、湿気を防ぎ、大量雨でも水を吸収し吐き出すという性質があり屋根に最適だった。
「どうやら『ケチャ教』は、慈悲深い宗教のようで良かった。『大黒主神教』みたいに自分たち優先の教えでなくて良かったな」
と、アランが精神感応でトゥルリーに語りかけた。
すると、いつの間にか彼らの足元に居た少年が、ふたりを見上げて言った。
「なんだ、おまえら腹へって声も出ないのか?」
「兄ちゃんたち、どっから来たの?もしかしたらメメチヤンバ?
と、その少年のより年下らしき少年が言った。
「メメチャンバ?」
アランとトゥルリーは、シオンの資料には無かったワードを耳にして聞き返した。
「メメチャンバは、パドラルの伝説の救世主なんだよ」
と、その少年がキラキラした目で言うと、さらに幼げな少女が
「メメチャンバは神様がパドラルを救うために使わしてくれる、二人組の神様なの」
と、言ってこちらもキラキラした目でふたりを見上げていた。
アランは、腰を落とし少年と少女の目線になって言った。
「メメチャンバは、どうやってパドラルを救ってくれるの?」
少年は、アランの顔をまじまじと見ながら、得意げに語った。
「メメチャンバは、火を吹くドラゴンに乗ってやって来て、悪い奴らをやっつけてくれる騎士の神様なんだ」
少女は、トゥルリーの手を引き、彼も同じ目線になるように腰を落とさせて、まじまじと顔を見ながら言った。
「ひとりは、光る琥珀色の髪に深い海の色の瞳。もうひとりは、亜麻色の髪に翡翠の瞳なんだって」
と、少女が言い終わると、最初に声をかけて来た少年が叫ぶように言った。
「ほんとだ!お兄ちゃんたちそっくりじゃん!」
部落中に響きそうな少年の声に、他の子供たちも一緒になって
「メメチャンバ!メメチャンバ!」
と、合唱し始めたので、アランとトゥルリーは慌てて立ち上がった。
「そうなんだ。生憎、お兄ちゃんたちはメメチャンバでは無いけれど、君のお話は凄くためになったよ、ありがとう」
と、アランは心から感謝した。
シオンの資料にもなかった重要な情報を手に入れることができたからである。
そして、さきほどの男が食事の用意が出来たと言ってふたりを家の中に招き入れてくれた。
ふたりは、招かれるまま家の中に入ると男が
「まあ、座ってくれ」
と、地面に敷かれた敷物を進めてくれた。
目の前には色とりどりのフルーツと燻製にした干し肉と魚、何かの汁が用意されていた。
家の中は、外から見るよりも広く、外の蒸し暑さを忘れるように快適だった。
「すみません。突然迷い込んで来た者にこんなおもてなしをしていただいて」
と、その敷物の上に座りながらアランが言った。
男は、汁物をお椀に入れながら言った。
「ケチャ教では、客人をもてなすようにって教えられているだ。特におまえさんたちのような異国の人にはな」
ふたりは、ジャンバラン村から旅して来たと言ったはずなのに、異国人だとばれていることに少し驚いていた。
やはり、少年の言っていたメメチャンバが関係しているのだろうか?
アランは、男から汁を注いだお椀を受け取りながら言った。
「ありがとうございます」
「お礼をしたいのですが、お金以外には対価に値するものを持ち合わせしていなくて…」
男は、ふたりをじっと見つめながら言った。
「おまえたち魔法は使えるか?」
突然の男の質問に、何か思惑があるのかと疑ったがそういうわけではなさそうだった。
何か、魔法で解決したい問題でもあるんだろうか?
アランもトゥルリーも、少年から聞いたメメチャンバ伝説を思いながら、
「それを利用しない手は無い」と、考えていた。
そして、ふたりで顔を見合わせてから、静かに頷いて言った。
「はい」
「少々なら使えます」
男は大きく頷いて言った。
「そうだろうな、じゃなければジャンバランからここまで旅は出来ないからな。まずは、腹を満たしてくれ。話はそれからだ」
と、男はそう言ってアランとトゥルリーに食事を提供してくれた。
ふたりとも育ちの良い皇子と貴族子息なので、もてなしの食事を残す非礼できないので朝食を軽めにしておいて良かったと思っていた。
そして、男のもてなしの料理をモリモリと食べた。
「やっぱり、おふたりは本物かもしれんな」
と、男は言ってふたりに手を合わせた。
アランもトゥルリーもわけがわからず、キョトンとしていると、さっきの兄弟が入って来て言った。
「だから言っただろ?部落ちょー!」
「兄ちゃんたちはメメチャンバなんだよ」
「メメチャンバは、もてなしの料理を平らげるんだよ」
子供たちはアラン達を伝説の神メメチャンバだと信じて、部落長の家の中を覗いていたのだった。
男は少年たちの言葉に頷いて言った。
「今日、おれがルフエゾフ湖で魚を捕っていたら、東の森に竜が二匹飛んで行くのを見たんだ」
「うん、背中に人を乗せてた」
と、少年が付け加えた。
「伝説では、メメチャンバは、西の空から竜に乗ってこの地に降り立つとされている。メメチャンバは、人の姿で現れて食事を所望する。たらふく食べるので、もてなせば願いを叶えてくれると言われているんだ。見た目もあんたらそのままだ」
と、言う男の話を聞いて、ふたりはしっかり食べて良かったと思い再び顔を見合わせて笑った。
そして、自分たちの素性を偽る必要が無いことを悟った。
「確かに我々は、異国人です。メメチャンバであるかはわかりませんが、パドラルを救いに来たのは本当です。エゾフの族長にお会いしたいと思って参りました。族長に紹介していただくことは可能ですか?」
と、アランは単刀直入に言った。
「私は、この部落の部落長のチマーラと申します。実は、メメチャンバ様にお願いがあったのです。エゾフの族長の末の娘をうちの息子の嫁に貰ったのですが…、出産から10日経過しても産後の肥立ちが悪いらしく床に伏したままなのです」
と、チマーラ部落長が苦しい胸の内を語った。
「そうでしたか、それでそのお嫁さんはどちらに?」
「隣の別棟に息子と居ます」
「状況はわかりました。すぐに拝見しましょう。我々はメメチャンバかどうか別として、お力になれると思います」
と、言うアランの言葉にチマーラは感謝し、再度拝むように両手を合わせてふたりを拝んだ。
チマーラに案内され、アランとトゥルリーが男の息の住む別棟に行くと、敷かれた布団に産婦が横たわっており、横には赤子が眠っていた。
その傍には、心配そうな産婦の夫とその母親、つまりチマーラの息子と妻らしき者が付き添っていた。
既に、アラン達のことは伝わっていたのだろう、アランとトゥルリーを見ると、その部屋の者が一斉にふたりに手を合わせた。
産婦であるチマーラ家の嫁も、床から起き上がろうとしたがアランがすぐに制して言った。
「あ、そのまま寝ていらして下さい」
そして、言った。
「この部屋の中は、人が多いですね。だからか空気が淀んでいます。病人には直接風を当たらないように風通し良くて下さい。」
アランにそう言われると、チマーラは出入り口を塞ぐようにかけられていた布を外した。
その様子を確認したアランは
「ちょっと、今からこの部屋ら風を入れます。空気が入れ代わったら入り口は閉じても良いです。では、風を通します」
と、言ってアランは空気を司る魔法をつかって家の中の空気を静かに循環させた。
室内に居合わせて者は、部屋の空気が爽やかになったのを感じ、改めて部屋の空気が淀んでいたことに気づかされていた。
「はい、もう今はこれで大丈夫です。今後は時々、空気の入れ替えをして下さい」
一同は、アランの魔法に目が点になり、やはり彼がメメチャンバであると確信していた。
「では、赤ちゃんのお母さんを診させて頂きます」
アランとトゥルリーは、やつれた産婦が横たわる床の傍に寄って彼女の様子を確認した。
確かに、熱にうかされており苦しそうである。
おそらく何らかの菌に犯されているのであろう。
このままでは確実に衰弱し、悪くすれば死に至る恐れは大だった。
Holy Mageは、ヒーリングの魔法を使って人の命を救うことは可能だが、それはあくまでも本人の自己治癒力の手助けをするのみに留めなければならない。
アランは、女性の様子を見てトゥルリーに尋ねた。
「どうだろう?おそらく悪い菌が体内に回っているのことが原因のように見えるが」
「ああ、俺もそう思う」
と、トゥルリーが答えたのでアランも確信を持った。
いわゆる『産褥熱』の症状である。
そして、女性の姑である男に言った。
「これは命を救う作業ではありません。神は死すべき魂を救うことを許していません。なぜなら、その魂は次の星で生きるべきだからです。ただ、その魂が今、ここで生きようとする力に助力することはできます。ですから、完全に救えるとは言いません」
と、アランが言うとトゥルリーも
「我々が出来ることも彼女の魂の生きる力に左右されます。でも、今、拝見した感じでは彼女の生きる力は強いので、その力に手助けできると思います」
と、付け加えた。
家の中に居た人々は、その言葉を聞いて希望の目でふたりをみつめていた。
アランもトゥルリーも優れたHoly Mageなのでヒーリングの魔法にも長けていた。
普段は公で披露することの無い力であるが、今回はこの村の者の心を掌握するため、パフォーマンスも兼ねてその力を披露することにした。
まずトゥルリーが、病人に近づいて
「静かに目を閉じて下さい。体の力を抜いて下さい。あなたの体の中で悪さをしているものを追い出します。あなたも、その悪いものを追い出そうと念じて下さい」
と、言って女性の額に右手をかざした。
女性もトゥルリーに言われるまま目を閉じた。
家人たちは、その様子を遠巻きに息を飲んで見守っていた。
トゥルリーが女性の額に手をかざすと、トゥルリーのオーブカラーである黄色の光が掌から広がった。
その手を女性の顔からゆっくりと下へ移動させ足元まで行くと、女性の体全体が黄色の暖かい光で包まれた。
そこで、トゥルリーがアランを振り返った。
アランは、トゥルリーの視線に頷き、自分の右手の人差し指を自分の顔の前に立てた。
すると、アランの指から赤い光が現れアランは、その光にフッと息をかけた。
アランの赤い光は女性を包むトゥルリーの黄色の光り元へ向かうと、赤と黄の光が混ざり合いオレンジ色の光へ変わった。
その光がゆらゆらと揺らめいた次の瞬間、はじけ飛ぶようにして全ての光が消えた。
「どうですか?体調は?」
と、トゥルリーが声をかけた。
すると、女性は床から起き上がって言った。
「すごく体が軽くなりました。まだポカポカしていますが熱くはありません。ありがとうございます」
その場に居合わせた、家人はその言葉を聞いて「わー!」と歓喜の声を上げた。
子供たちは跳ね回っていた。
そして、「メメチャンバ、メメチャンバ!万歳!」と、言って踊り回った。
本当はトゥルリーひとりで施術できた状況であったが、メメチャンバは二人組ということなので、アランとの共同作業のように見せたのだった。
幼馴染みふたりの阿吽の呼吸であった。




