オセロ作戦」第四局中盤 = 南東部四部族=
ジャンバラン砦で待機しているクリストファーとアンナもノアと共に、砦の金鱗竜達の世話や訓練について、ブルーフォレスト辺境伯の竜の専属騎士達から教わっていた。
また、まだWhite Mageの勉強途中であるノアの勉強にも付き合っていた。
今回、クリストファーとアンナには、黒魔術で洗脳された者の解呪を任されるという事だった。
黒魔術師によるものであればWhite Mageにも可能だが、Black Mageのような強力な黒魔術による呪いの解呪はWhite Mageには難しい。
Holy Mageのクリストファーとアンナも大学の授業で習い練習しただけで実際に行ったことが無いので不安があった。
「この呪いの解呪の練習ばかりは…。そう簡単に出来ないわね?」
「誰かに洗脳呪術にかかって貰って、それを解呪して練習するわけにもいかないしね」
クリストファーとアンナは、いつ呼び出しが来るかもしれない出撃に備え、常に気を引き締め緊張していた。
シオンの元には、アランとトゥルリーが無事にジャーアスとケケドラの攻略に成功したという報告が届いていた。
オスカーとキースもエイディオス卿と合流してゴザガントを攻略中である。
彼らがゴザガントの族長の呪いを解呪し、帝国への協力を取り付けられ次第、クリストファーとアンナにもお呼びがかかるに違いなかった。
そんなソワソワしたふたりの元にシオン参謀の作戦室へ来るようにお呼びがかかった。
「いよいよかな?」
クリストファーの言葉にアンナも真摯に頷いて、呼びに来た騎士の後に続いた。
作戦室に入ると、そこには見覚えのある可愛らしい女の子がシオンの横に立っていた。
ふたりは、すぐにその女の子がキースの使徒だということに気づいた。
「あら、キースの使徒の…」
と、アンナが思わず言うと
「ルーシーでございます。アンナ様」
と、ルーシーが、お辞儀をしながら言った。
「彼女が来たということは…」
シオンは、ふたりの学生を見つめながら、クリスの言葉に答えて言った。
「そうだ。いよいよ君たちの出番だ。まだ学生である君たちを行かせることは非常に不本意ではある。だが、アラン総司令官閣下が作戦に君たちを組み込んだのなら私には口出しできない。君たちに迷いがあれば別だが…迷いは無いか?」
シオンは帝国軍作戦参謀として、Holy Mageとはいえ学生を戦場に派遣することは本意では無く、躊躇の気持ちの方が大きかった。
だが、帝国陸海軍総司令官であり、帝国の執務長官でもあるアランが許可したことなのでシオンは素直に従うしかなかった。
但し、本人達が拒否すれば無理に行かせなく済む。
「もし、迷いや不安があれば拒否しても構わない。君たちは、まだ学生だ。現地へ行かずに、ここで待機したままでも良いぞ?」
と、シオンはふたりの気持ちの最終確認をするように言った。
「いえ、不安はありますが迷いはありません。ブルーフォレスト卿とラングレー卿のお手伝いをしてたいです」
「私も、迷いはありません。帝国の為に少しでも役に立ちたいです」
クリストファーとアンナは、ふたりとも決意を持って答えた。
シオンは、ちょっとがっかりした表情で後ろの窓を向き
「そうか、気持ちに変わりは無いか」
と、窓の外の空を見ながら言った。
「間もなく、レッドリオン閣下とイエローバレー大佐もこちらに戻って来ると思うが…君らは一足先にブルーフォレスト卿達の元へ行くか?」
「はい。ルーシーが来たということは、きっと急いでいるのだと思いますから、すぐにでも行かねばと思います」
シオンの迷いのある問いかけとは逆に、クリストファーは迷うことなく答えた。
アンナは、初めてのことに不安はあったがクリストファーと一緒なので、迷うことなくクリストファーの言葉に頷いた。
シオンは、窓の外に見える空を見つめたまま、ふたりの決意を背中で受け止めてから言った。
「そうか、ではルーシーと共にゴザガンドへ向ってくれ。君らが乗る竜は用意してある」
シオンは、アランとトゥルリーの帰還前にふたりの出撃命令を出すことになり、気が重いまま振り向いて言った。
「レッドリオン閣下、イエローバレー大佐と合流するまでは、くれぐれも無理をせず、現場では自分たちの考えだけで絶対に動かないように。君たちは騎士の訓練を受けていないので、ここで頭に叩き込んでおいて欲しい。戦地では上官の命令は絶対だ!いいな?」
いつも、感情を表に出さず、淡々と話すヴァイオレット・フィールド参謀長の少し語気を強めた言葉に、ふたりも身の引き締まる思いで「了解」と答えた。
そして、それぞれ金鱗竜に乗って、キースの使徒のルーシーに案内されてゴザガントへ向った。
その頃、オスカーとキースは、ゴザガントの他の部落と、隣のジャーナカンとササンの状況の偵察に向かっていた。
ゴザカントは、パドラルの中でも比較的広く西は海に面しており北と東は山と森に面していた。
また、北西にタナンバ族、北東にハバド、南にジャーナカン族とササン族の村と隣接していた。
そんなゴザガントの部族長の部落はゴザガントの中でも中央に近い所にあった。
パドリアヌスが居るハバトからは慣れており、さらにパドリアヌスは、ジラクス攻略の為にハバトの北に拠点を置いていたので、ゴザガントの変化について気づいてはいなかった。
パドリアヌス側は、スチュアートリア帝国での『大黒主神教』布教に人員を使っていたのが、全て捕縛されてしまい大幅に手勢が減っていたので、情報収集能力が大きく欠如していた。
パドリアヌス側は、数年前からスチュアートリア帝国側のWhite Mageが諜報部員として派遣されおり、現地人として定住しているとは知らず。ここに来てHoly Mageまでがパドラルに派遣されているとは夢にも思っていなかった。
その為、アランとトゥルリーが着々と各部族を帝国軍側に取り込んでいることに気づいてもいなかった。
昼間にパドリアヌスが居るハバトに近いゴザガンドの部落上空を飛ぶことに、危険を感じたオスカーとキースは、それとは反対の海に近い部落から偵察に向かった。
どの部落の者も多少の呪いにかかっているようだったが、族長の部落の者ほど強い呪いでは無かった。
「まず、あの水たばこや葉巻を吸わせないようにして、香も解呪の魔草薬のものに変えればすぐに洗脳から解かれそうだな」
「ええ、それはゴザガンドの族長のあのしっかりした族長の娘さんに頼めば可能でしょう」
「エイディオス卿も付いているしな」
と、オスカーが言うとキースも笑いながら頷いた。
ふたりは、なんとなくエイディオス卿と族長の娘の関係を微笑ましく思っていた。
「さて、問題は隣の部族だなぁ」
と、言ってふりは隣のジャーナカンへ向った。
ジャーナカンは海に面した村で、漁業で生計を立てている村だった。
パドラルの闘いが激しい中東部の部族から離れているせいか平和で素朴な村という印象だった。
そのせいか『大黒主神教』の入った形跡が見られず、この村に洗脳された者の気配はなかった。
「ここは、Black Mage側も、洗脳しなくても従うと判断したのかもしれないな」
と、オスカーはつぶやいた。
確かにこの地区は、スチュアートリア帝国からの諜報部員も派遣されていない。
それだけ問題の少ない村だということなのだろう。
同じく海面し、ケアニスクス山脈に囲まれたにタナンバ村も洗脳されている者は見当たらなかった。
「残るは、ササンとヤクトルか」
「ヤクトルも海とディカヤクト山脈に挟まれた村ですね」
「ヤクトルの南に接したアチトは、既に帝国側に付いているが…ヤクトルにはその情報は届いていないのだろうか?」
「アチトはアラン様が直接交渉に行かれたはずなので、後ほど伺うことにして内陸部のササンを偵察に行こう」
オスカーとキースは、『大黒主神教』の侵入の気配が無いタナンバ、ジャーナカン、ヤクトルを後にして、ササンへ向った。
ササンは、ふたりが懸念した通り、『大黒主神教』の影響が感じられた。
昼間から、水たばこをふかし、生気が無くふらふらしている者の姿が見られたのである。
特に、動きがおかしいのは男性に多いようだった。
子供たちは、そんな大人の異変に気付いているようで怯えた顔で近寄らないようにしていた。
女性たちもそんな男たちを遠巻きに見ながら、我が子の手を引いて逃げている。
田畑を耕しているのも女性ばかりで、男たちは何もせず、ぼ~っとたばこをふかしていたり、道端に座り込んでうなだれていたり、藁の上で寝ているだけの者もいたりした。
上空からその様子をみたふたりは、
「ここはだいぶやられているなぁ」
「はい、このササン村から手をつけるべきですね」
「ああ、我々ふたりでは足りないから、一旦ゴザガンドへ戻ってクリス達と合流して作戦を練ろう」
と、話し合ってゴザガンド村に戻って行った。
パドリアヌスがゴザガントに目をつけたのは、パドリアヌスは、勇敢に戦うゴガザントの部族は、単に侵略的攻撃を好む部族であると思っていたからだった。
また、その部族をまとめあげる統率力のある族長なら、部下に命じて宗教を広めることなどたやすい事と判断して、ゴザガントに目をつけていした。
ところが、ゴザガント族は単に攻撃的でも他部族を侵略して支配に置きたがるような部族では無かった。
むしろ、侵略的な部族から他の部族を守っていたのだった。
また、その族長であるミードスはかなりの人格者であるからこそ、村人が忠誠を誓い従っているのであり、彼は村人全ての平和で安全な暮らしを願う人物だった。
これは、パドリアヌスの誤算であろう。
パドリアヌスがゴザガントに拠点を置いていた頃、族長のミードスとその家族と家の者から始め、その部落の者、周りの部落の者と、黒魔術を駆使して『大黒主神教』信徒となるように、部下のガニバランなどの黒魔術師を使って洗脳させていた。
ゴザガントが『大黒主神教』により支配下に置けたと判断すると、隣のササンとハバトへその手を伸ばして行った。
ササン族は平和で懐柔しやすい部族だとわかると、パドリアヌスは、部下を連れて拠点をハバトへ移すことにした。
そして、洗脳したゴザガントの族長ミードスにササン、タナンバ、ジャーナカン、ヤクトルに『大黒主神教』を広めさせて、パドリアヌスの支配下に置くように指示してからハバトへ向っていた。
だが、ミードスは、パドリアヌス自身が直接、黒魔術の呪いをかけて洗脳した上、解呪せぬようにさらに残した部下に、呪いを強化する葉巻を毎日ミードスに吸わせていた為、かえって判断が鈍くなっていた。
その為、広い自分の部族の管理を重視し『大黒主神教』を広める仕事は、パドリアヌスの部下に任せきっていた。
そんなわけで、タナンバ、ジャーナカン、ヤクトルへの『大黒主神教』の布教もそれらよる洗脳も全く進んではいなかったのである。
唯一、『大黒主神教』の影響が及んでいたのはササンだけだったのである。
その頃、ジャーアスとケケドラと帝国の友好条約をとりつけたアランとトゥルリーがジャンバラン砦に帰還していた。
彼らを迎えたシオンが、現在の「オセロ作戦」の侵攻具合と、クリストファーとアンナがゴザガントへ向ったことを伝えた。
「そうか、あのふたりもついに現場に向かったか」
と、ふたりの師でもあるトゥルリーが言った。
「ああ、彼らに出陣命令を出すのは私としては気が進みませんでしたが、本人たちに迷いが無かったので行かせました」
シオンは、帝国軍の参謀長官として学生の彼らを前線に送ることになったことが未だに心に引っかかっていた。
「シオンの気持ちはよくわかっている。でも、彼らの意思なら尊重してやってくれ。彼らのことは俺たちが必ず守る」
シオンの立場としての不安はアランも十分にわかっていた。
アランは、なぜかあのふたりの事を止める気にはならなかった。
アランには、アレクサンドル皇帝やウィリアム皇太子のように予知能力には長けてはいなかったが、同じ皇帝の血筋のせいか、アランにもその父の前ラファエル皇帝にも予知能力が備わっていた。
それは、遥か未来や広い未来ではなく、予感に近いレベルだったので、それは彼らの中に留められるもので他言することはなかった。
しかし、その予感は時には恐ろしいほど当たる時がある。
今、アランはその予感を大いに感じていた。
そのひとつがクリストファーとアンナのことで、未来であのふたりと深く関わることになる予感がしていた。
「ふたりは、ゴザガンドへ向ったのだな?オスカーとキースもそこに居るなら、我々ゴザガンドへ行く。ここで一気に、ゴザガンドとその周辺の四部族を白に変えて来るとしよう」
「アラン様、少しはお休みになってから行かれては?」
まだ、砦に帰還したばかりなのにすぐにでも出撃しようとするアランをシオンは心配して言った。
「おいおい、シオン、俺の心配はしてくれないのか?」
と、そんなシオンにトゥルリーは冗談めしかに突っかかってみた。
トゥルリーもシオンと同じく、教え子のクリストファーとアンナを前線へ派遣することには賛成では無いので、シオンのモヤモヤする感情を十分に理解してた。
それでも、シオンと同じくアランを信頼していたので何も言わずにいる。
シオンもそんなトゥルリーの気遣いに気づきつつつ
「ええ、あなたの心配はしませんよ?どうせアラン様に右習えでしょうからね」
と、本当は、アランと共に行きたいけれど立場上この場を動けないシオンが表情を崩さずに言い放った。
「大丈夫、彼らは私の生徒だ。必ずアランと俺で守るから安心しろ」
トゥルリーはそんなシオンの背中を軽くポンと叩いた。
そんな相変わらずのふたりのやりとりを見ていたアランが笑いながら言った。
「ふたりを守るために、すぐに出発する。シオンは、俺たちが和平を結んだ各部族に渡す和平条約書を作成しておいくれ。もちろん、条約には叔父上、アレクサンドル皇帝のサインも必要だからよろしく頼む。条約締結の際には、シオンにも立ち合って貰うからな。」
「かしこまりました」
シオンは、自分の仕事に対しては、真摯に向き合う忠臣なので、軍の総司令官であるアランの言葉にやる気に満たされていた。
そして、アランとトゥルリーが、ゴザガンドへ向けて出撃するために金鱗竜たちの牧場兼訓練所に向かった。
ふたりを乗せてケケドラから戻って来た竜は使徒の竜では無く、普通の竜だったので休ませなければならない。
今回の出撃には、別の竜が選ばれた。
その新しい竜を連れてアランとトゥルリーの前に現れたのはノアだった。
「おふたり共ご苦労様です。僕は何のお役にも立てませんが、ブルーフォレスト辺境伯家の方々から竜の訓練を教わってます」
「ノア、なんだか更に凛々しくなったな。まさか君とこのパドラルのジャンバランでこうして居ることになるとは不思議な気がするな」
と、トゥルリーは教え子であるノアを見ながら言った。
ノアにとってもトゥルリー先生は、最も信頼できる先生であり、色々な相談をして助けられて来た心の支えのひとりであった。
その先生に凛々しくなったと言われ、ノアは少し嬉しくなっていた。
すると、隣に居たアランがノアの肩に手を置いて言った。
「ノア、前にも言ったけれど、君はkey Personだ。必ず君の出番が来る。むしろ、君にしか出来ない事か訪れる。その時まで自分に出来ることを精一杯頑張って魂を磨いておいてくれ」
ノアは、自分の肩に優しく手を置き、まっすぐに自分の目を見つめて言うアランの顔を見ながら大きく「はい!レッドリオン閣下!」と、返事をした。
200歳を超えているとは思えない、神々しいまでに美しい顔は優しさに包まれていた。
ノアは、心の中で「この人に魅了されない人などいるのだろうか?」と、思っていた。
それと同時に、そんなアランに期待されている自分を誇らしく思えて嬉しかった。
アランに「Key Person」と言われても実感は湧かなかったが、地球から突然このリゲル・ラナに転移した何も出来ない自分が、こうして帝国の要となるHoly Mage達と共に前線基地に居るだけでも凄いことなんだと自覚した。
こんな自分に何が出来るかは全くわからないけれど、自分に出来るベストを尽くそうと心に強く思った。
「レッドリオン閣下、トゥルリー先生、僕も僕なりに頑張ります。おふたりも気をつけて下さい。この子たちは、しっかり訓練が入っていて指示にも良く従います」
ノアは、自分が世話し訓練をしている、二頭の竜の手綱を、それぞれに手渡しながら言った。
「ありかどうノア、行って来る」
「いつか、君にも空軍所属の騎士になって貰おう。だが、今はこの作戦の成功を願っていてくれ」
と、言ってトゥルリーとアランは、それぞれノアから受け取った手綱を手に取り、ひらりと竜に跨った。
そして、自分の竜の頬を軽く撫でて挨拶をすると、離陸の合図を出し空高く舞い上がって行った。
ノアは、そんなふたりの姿が見えなくまるまで見送っていた。
地球に居た頃は、おとぎ話の生き物である竜を当たり前に世話し、見送っている自分。
そして、このリゲル・ラナで最も広大な領土を治めるスチュアートリア帝国のごく一部の者しか知らない秘密作戦の前線基地であるジャンバラン砦に居る自分。
あんなにつまらない人生だと嘆いていた自分がたった二年でここまで変わるなんて。
そして、さらなる使命が与えられるのだとしたら、例え命を掛けなければならない事だったとしても全力を尽くそうと思っていた。
「Key Person ノア」に、その役目が回って来るのはまだ先のことである。




