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8 旅の支度

 だるい、暑い、くそ眠い。

 活気あふれる街中を気怠げに歩くアフィリアは内心で文句を垂れる。これから暑くなるであろう5月、初夏に入りたてだというのにかなり暑い。

 俺を炒めようする太陽を忌々しげに睨み付け、目が焼けそうになりすぐに視線から外す。

 くそ、睨むんじゃなかった。

 今俺が歩いている区画は皇都ラール南区の商店通りだ。主に一般層向けに商いをするエリアで、品質を拘らなければ大抵の物はこのエリアの中で済ませられる。

 こんだけうるさくて明るい(とこ)なのに何でこんな眠いのか......。夢の中でまで竜と戦いたくはなかった。

「くっそ眠ぃ」

 何で今になってあの時の夢なんか見るんだと嘆くアフィリアであるが、それでも国を離れるにあたり諸々を買わなければいけない。「面倒だ」と呟きつつ憂鬱さの抜けきらない重い足取りでとぼとぼと歩みを進める。

「そこのあんちゃん!ずいぶん眠そうだね、焼き鳥でも食べてスッキリしな!」

「そんな気分じゃない」

「おぉっと待った!『ねぎま』がご所望かな?今なら安いよ!」

「仕事ご苦労」

 鬱陶しさを隠そうとしない声で営業を突っぱねる。

「いいやあれだな?『なんこつ』で朝から顎を酷使だな?今なら安いよ!」

「鬱陶しいからどっか行って良いぞ」

「いいや待ちな!」

「待つのはテメェだ。お前どんだけ自分の屋台から離れてんだ。さっさと戻れ」

「いいやちょいと待ちな!あれだな?もも肉だな!」

 ダル絡みうぜぇー。

「そこの軍隊さん!うちのお花はどうだい?」

 花の匂いは嫌いなんだよなぁ。

「すまんな」

「あれだろ?砂肝だろ!」

「いい加減張っ倒すぞ」

「レバー!ホルモン!タン!......あと言ってないの......?あ、ロース!」

 面倒な店員を適当にあしらい服を扱う出店を探す。

 肉屋......青果......骨董品屋......あ、服屋。

「ん?」

 目的である服がそこにあるのにも関わらずアフィリアの足が進まない。それどころか渋い顔で服屋へ視線を送り「はぁ......」とため息を吐いた。

 元々服には無頓着なアフィリアであるが、それに加えて多大な賠償金を背負っている現状では絶対に服なんかに金を掛けたくはない。そんなアフィリアの意思とは反発するように『今流行のアパレルはこちら!!』というポップが服屋の看板にでかでかと貼られて思わず落胆する。

 興味が失せたのか「絶対行かん」と吐き捨て止めていた足を動かし他の店を探しだす。

 最近の流行りってものは総じて高い。さっきの物だってその例に漏れず銀貨5枚税抜とポップの下に小さく書かれていた。

 流行りだか何だが知らんが、あの売り文句を目にしてしまったら買いに行こうとは思わないな。

 その後もちょくちょく服を取り扱う出店はあるものの、やはり怪しげなポップが俺の購買意欲を下げる。それでも一応値段は見ようと服の値札を見てはやっぱり店から離れるという行動を続ける。

「最近の服屋って結構がめついな」

 レディースを専門とした店なんてワンピース一着で金貨一枚と銀貨がそこそこだぞ。何の素材を使えばそんな額になるんだ。

 最初の服屋を見つけてから三十分くらい経っただろうか。ぐちぐちと文句ばっか言うアフィリアはやっと自分好みの店構えをした服屋を見つけ「お?」と期待の籠った声を出す。

 大型テントの下にいくつもハンガーラックが置かれて大量の服が掛けられているだけの素朴な店。あぁいうので良いんだよ。

 あの店で良いかと決めた俺は人通りの激しい中を搔い潜り店の前へ着く。

「いらっしゃい」

 店の横に設置されたカウンターで座っていたばあさんが席に座りながら出迎えてくる。

「ちょっと見させてもらうぞ」

「?あなたお国の方でしょう?」

 アフィリアの軍服を見て疑問に思った老婆の言葉にアフィリアは服を物色しながら答える。

「少し金欠でな」

「賭博でもしたのかい?」

「......」

 はいなんて言ったら公務員の印象悪くなるよな。今でさえ軍部の治安がおかしな事になってるのに。

 どう誤魔化したものかと考えつつ思いつきで会話を続ける。

「いや、ただ食に金を使う質でね。そしたら上官から汚れても良い服を用意しろと言われたもんだから」

 でまかせ100%の嘘っぱちを話し、灰色の半袖を3着ほど腕に掛けて次はズボンを探す。

「ありゃりゃ、いつもご苦労様」

「訓練だからな。仕方(しゃー)ない」

「私の孫もちょうどあなたくらいでね。昔からお小遣いの扱いが悪くてね。手紙じゃ大丈夫大丈夫と言っておるんだが、やっぱりちと心配だねぇ」

「孫は俺と違って建設的な金の使い方をしてるはずだ。多分」

「はっはっは、そうだと良いんだけど」

 ズボンはまぁこの黒いので良いか。

「会計を頼む」

「あいよ」

 汚れても良いように灰色のシャツ×3と黒いズボン×3を購入。服は頭陀袋(ずだぶくろ)に入れてもらい、袋を肩に掛けた俺はすぐに屋台から離れる。

 あと必要な物は野宿関係のアウトドア用品か。鍋、おたま、包丁ets......。

「......まな板......解体包丁?って必要なんかな?」

 野宿の際の必需品と言われているテントやら寝袋やら......買う物が多いな。

 クソッタレがと愚痴を零してアフィリアは買い物を再開した。

 理想は帰路に就きながらよさげな店を見つける事。この際何でも売ってる所(ディスカウントストア)にでも行こうかとも思ったがすぐにそんな考えは捨てた。

 道の開けた商店街でもかなり心労がひどく削れるのに人も物も圧縮されたあんな店行ったら軽く吐ける。ここは大人しく出店で済ませるしかないか。

「......今思えば全部同時並行で買ってりゃ良かったな」

 服の事に集中しすぎた。

 アフィリアは来た道を戻りつつ必要な物を整理し出店にその物があれば即買いをして、再び「テント買った。あとは」と買う予定の物を整理をする。

 ......あんま金は使いたくないんだが......あぁあれは二日後に発売予定の本......。

 目の前に掲示されている本屋のポップが何故だが憎々しい。

 もういっその事破壊してしまおうかとも思ったが「普通に見なければ良い」と自らの自制心が言っているので、それに従いアフィリアは目をそっと伏せた。

「......買い物を続けよう」

 何故俺はこんな物を買っているのに本は買ってはいけないのだろう。そんな憎悪の籠った感情を抑え込み、おたま、鍋、包丁、まな板、あと必要かもと思って一応解体包丁を購入。

「毎度ありがとうございます!」

「.......................................................」

 合計13000。クソが。解体包丁で8000いったぞ。店主は高いのしか残ってないと言ってたが、これで粗悪品だったら投げつけてやるからな。

 どんどん手持ちの金が減っていく感覚が財布の重量で分かる。最初の引落日は来週、だったか。これ大丈夫か?

 間に合うか不安に思ったアフィリアは簡単に理想の行動プランを考える。

 一週間以内に他国へ入国、裏に出回る金を洗いざらい巻き上げ引き落としの日以内に撤収。いやできるか怪しいなぁ。余裕を持っていきたいから途中にいる野党からも搔っ攫うか。

 絶対間に合わないと確信してこれだけは押さえたいという要点を頭の中で箇条書きする。

 とにかく今は近場で、一つの箇所に大量の金が集まっていそうで、民間人から嫌われていていそうな団体が望ましい。

「商業的に盛んで且つ治安の悪い地区が広い場所......それでいて裏が活発......」

 ......ふむ。行き先が決まったかもしれない。

「ディジェルド王国一択だな」

 フェナーデル皇国と隣国にあたるディジェルド王国なら3日くらいで着くし、自国(うち)より格差社会の激しいあの国なら裏組織の一つや二つ動いているだろう。跡目争いで暗殺が盛んな国だ。一つ潰しただけでもかなり良い額になりそうだ。

 考えに耽っていたアフィリアの顔がニヤリと笑みを浮かべた。

「いやぁ人の金で返す賠償金ってのは最高に気分が良いなぁ」

 楽しそうに笑うアフィリアは足を速めて家の屋根へ跳ぶ乗る。

「気分が良い。帰ったら久しぶりに武器のメンテでもしよう」

 屋根から屋根へ跳び移り家までmp距離をショートカットして向かう。

 朝の気怠げな足取りはどこへやら、気分の乗ったアフィリアは溌剌(はつらつ)といった軽やかな動きで自宅へと帰って行った。




   ◇◇◇




 ヴィクトリア邸にて

「これから商業の方にも力を入れるという話はしましたね?」

「はい。存じ上げております」

 執務室の机に並べられた各業界の経済状況がまとめられた書類を手にしながらヴィクトリアは側仕え兼護衛役のリルに向けて問い掛けた後、とある書類の写しをラナに手渡す。

「私、アフィリアと話していて良い事を聞いたのです」

「昨日の朝食の際に話されていた事でしょうか?」

 渡された紙に書かれている文面を確認しながら訊ねる。

「そうです。まず一つがアフィリアとその所属部隊が交戦したという山賊たち。調べによると雇われの傭兵だったそうで、その書類には雇われた傭兵たちの情報諸々と予測された行動が記されています」

「......」

 総勢62名の傭兵たちの個人情報が載っている紙を捲り二枚目の内容を見ると、王都近辺の地図に赤ペンで山から王都に来るまでの進行予測が矢印で書かれていた。

「これは、本当なのですか?」

「当然です。現場の洞窟でもその矢印と同じ進行の仕方をする記録が......これに残っていますから」

 引き出しからボロボロの紙の束を取り出し、また引き出しに仕舞ったヴィクトリアは「それで」と話を続けようとする。

 もしこれが本当ならあと数日以内に皇都に襲撃予定だったという事。もし遊撃部隊の皆様が始末していなかったら皇都内の間者と合流していた可能性も高い。......雲行きの怪しい話だ。

 今から何を聞かされるのか内心怖くなり始めたリル。淡々と羅列され続ける情報を整理しつつ主人の話に耳を傾ける。

「それで、これが防衛省のどこかに仕舞われてた帳簿の写しです」

 追加でもう一枚取り出し、紙をリルに見えるよう向きを変える。

 武器、保存食、人件費......合計して金貨3万枚(3億)。ここ10年の間平和な時が流れてるフェナーデル皇国では過剰なまでの出費だ。

「ですがこれだけでなく周辺貴族の財布からも何故か大量の出費が見られたのです。何につぎ込んだか調べたらその紙に書かれた内容と同じ物資の補充と人員の捕獲。戦争も抗争もない今の情勢でこのお金の動き方は変ですよね?」

「はい」

 要はこれらには何かしらの関連性があり、誰かが大きな争いを企てていると。

「......私のすべき事とは何でしょう」

 これが本当であるのなら早急に収めなければ多くの住民が犠牲になる......。

 それにしても厄介だ。防衛省関係の貴族に周辺の有力者まで根回しされている以上情報の統制もされるから公に行動を起こせば逆にこちらが反逆罪だと訴えられる。だから秘密裏に我々だけで処理をしようと———。

「違ますよリル」

 リルの思考が主人の一言で止まり書類へ向けていた目をヴィクトリアへ向けた。

「ち、違うとは?」

「恐らく今後、いいえ近い内にこの国で内乱が起きるかもしれない。そう見解していたでしょう?」

「えぇ。なのでそれをお止めになるでは?」

 リルの言葉をヴィクトリアは首を横に振り否定する。

「いいえ。死にたければ勝手に死ねば良いんですよ」

「な、何を言うのです!?防衛省も絡んでいるのでしょう!住民だけじゃありません。国にとって大きな被害が———」

「勘違いしないでください。私も何の罪もない人々が死ぬ姿を見るのは好ましくありません」

 興奮するリルを鎮めるために言葉を被せるようにそう言って虐殺が目的でない事を説明する。

「まず防衛省とは名ばかりのあの戦闘狂集団を御せるほどの圧力は今の防衛省幹部にはありません。彼らの根本は人を守りたいではなく自らの闘争本能を満たす事。貴族の言いなりになるのは貴族出身の多い王宮騎士や近衛兵だけ、まぁ一割居たら良い方です。ですが過半数の戦闘員はただの戦闘狂いの変人たちです。上がどうだの気にするような人なんていないんですよ」

「お話は分かりました。ですが何故争い自体をお止めにならないのでしょう?」

 フフっと笑みを浮かべたヴィクトリアは「簡単な話です」と返し言葉を続けた。

四皇帝(わたしたち)がいるではないですか」

 自信に満ちた表情で見詰められビクッと肩が跳ねた。

「まぁその内の一人はどこぞに行ってますが......」

 忌々しい物を見つめるような目したまま暫く動かなくなったヴィクトリア様は、数秒ほど経過したあたりでやっとお気持ちを鎮めてくれた。

「こほん、話を続けましょう。昨日の話、覚えていると言っていたでしょう?」

「えぇ、はい」

「私たちが今すべきことは善行ではなく金策。折角カモがネギを背負って自ら鍋に飛び込んでくれるんです。食べてあげないと死に損じゃないですか」

 汚職を発見、財産を没収......でしたか。そうですね。言っていましたね。

 リルは昨日のアフィリアとヴィクトリアの会話を思い出し思わず嘆息する。

 最近大人しいから忘れていた。ヴィクトリア様はそういう方だった。

「碌でもないお金の使い方をするのなら私が有効活用してあげないと、ねぇ?.....................ねえぇ?」

「......そうでしたね。ハンカチは必要ですか?」

「大丈夫です。また軽く殺意が湧いただけですから。......ふぅ、それで続きなのですが」

 部下がまとめたハンザーの身辺調査記録を机に置き改め目を通す。

 特にハンザーの方から目立った動きは見せない。さっき話した横領の件以外は至って普通に職務をこなしている様子ではある。のだが、時折どこかに(ふみ)を送る事がある、と。同僚との定期連絡なのか家族に送っている物なのか、それとももっと別の......。手紙の行方に関してはまだ情報がない。追いかけている途中なのかもしれないですね。

「......っと、ごめんなさい」

 黙々と情報を整理していたヴィクトリアの様子を見守っていたリルが「構いません」とヴィクトリアの謝罪を受け入れ一礼する。

「それで、貴女には一つやってほしい事があるのです」

「何なりと」

「良い返事ですね。では貴女にはしばらくメイド長の任を外して私の護衛に専念してもらいます」

 これから荒事をしに行く事が多くなる、と。あまりヴィクトリア様を死地に行かせるのは気乗りしませんが致し方ありません。

「......承りました」

「勘違いしないでください。ただの商談です」

「......」

「何を黙っているのですか?」

 怪訝な視線を送り続けるとヴィクトリア様から「心配はない」といった目を送り返される。物凄く不安である。

「行先はラール文豪社。さぁ早速行きましょう」

「ふぅ......」

 どうやら本当に争い事はないようで一安心だ。......では何故メイド長の任を?

 リルは謎を残したまま馬車の用意に向かい、ヴィクトリアは事前に用意していた書類を引き出しから出し支度の準備を始めた。


 〈科目:歴史 近代〉


ディジェルド王国 王宮近衛騎士(シュバリエ)・・・フェナーデル皇国でいうところの四皇帝と似た(くらい)である王宮近衛騎士(シュバリエ)は、仕える存在が王族な故生半可な者では決してなれず、その者の性格や地位を、そして何より実力を重んじ王族自らが選定を行う。今代の王族は計六名、よって王宮近衛騎士(シュバリエ)も六名である。


 アフィリアたちのいる西大陸では通貨が統一されていて『Ⅰは銅貨』という意味合い。『Ⅱは銀貨』という意味合い。『Ⅲは金貨』という意味合いを持っている。

 値札では『I 3』や『Ⅲ 1,800,000』といった感じで貨幣、必要な枚数の順で表記されている。ちなみに金貨180万枚の場合180億円


 100~900を表す際に銅貨何枚、1000~9000を表す際は銀貨何枚、10000以上を表すのは金貨何枚とされている。細かい数字である99以下がない理由は、それ以下まで表す貨幣を作ると物凄く嵩張ると思った大昔の大陸王者が二桁以下の値段を表すのを禁じた名残りである。

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