5 変わる予兆
城内 5F廊下にて
朝日が差す城内の廊下、早速ルークの執務室へ向かうアフィリアの姿が窓張りの壁から透けて見える。そんなアフィリアの表情が陽の光でちらりと映る。
その表情はまるで詐欺師が作戦を練るが如く心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
待っていろルーク。今までお前の国を散々救ってきたんだ。見返りを要求されても断るはずないよな。そうだよなぁ。
朝日が窓を通じてある部屋を照らしていた。まるで俺の目的地を示しているようにも思える。そうあそこがルークの執務室だ。
かつかつと軽快な足取りが止まる。
「待たせたなルーク」
「うん待ってないよ」
え?
ノックする動作すらしていないのにも関わらず爽やかな笑顔で出迎えるルークの勘の鋭さに驚き身体が硬直してしまう。いつ勘付かれた?
「......よく起きてたな」
「もう10時なんだけど......。用事なら仕事しながら聞くよ?」
うーんこのイケメン。
ということで遠慮なく執務室に置かれたソファに座り用件を話す。
「ルーナのクソッタレが国家予算レベルの借金負ったせいで金がないからちょっと手を貸してくれ」
「あぁー......あれか......本当ごめんね。僕の姉が」
額に手を当てて謝罪の言葉を零すルークにアフィリアは「俺が欲しいのは肯定だぞ?」と流す。
「身内のやったことだ。本来僕たち一族で片づけるべきものだったんだし出来る限り答えるよ」
ルークも、いや王族だけでなく内政の執政を任されている奴ら全員が今回の事は公にしたくないのだろう。国の守護者であり王族の人間が何やってんだってほんと改めて思う。
まぁこいつらが肩代わりしてくんないのは痛いが言質は取った。
「なら俺の偽の身分とその身分証が欲しい」
「えぇーっと、軍人と言っても公務員だしもしかしたらあのアフィリアだってバレたくないわけだね?」
「そう言う事だな。俺ってなんか有名らしいじゃん」
「裏家業の人たちのお金を一晩で全部強奪したんだから当たり前だよ」
「お前んとこの破壊神と賭博野郎のせいだな」
脱線した話を戻そうとルークが身分証に記載しなければいけない情報を一つ訊ねてくる。
「それで、まず最初に名前はどうするの?」
「名前か......」
アフィリアが背もたれに身を預け天井を見上げる。
「そういや考えてなかったな」
「ブラックとかどう?好きでしょ?黒」
「身分証にまじでその名前掘ったらぶっ殺す」
アはなるべく残したいだろ。濁音も欲しんだよなぁ。アルダンみたいな。ルとンがねぇ、どうしようかねぇ......。
「..................................................................... 」
「最近で一番真剣に考えてない?」
「......(頷く仕草)」
ア、アベ...........アディ、アヴォックはないな。
「......よし、俺は暫くラークだ」
「由来は?」
「名前の響きが良い」
ブラックのラックとルークしか頭に残らなかった自分の発想力が本当に腹立たしい。
「住所は......どうしようか?」
あぁ住所......どうしよう。
またも考え込むアフィリアにルークが思いつきの案を提示してみる。
「決まってないなら無作為にどこかの村を選べば?」
「採用」
そんなこんな、あーだこーだ言って身分証に書かなくてはいけない情報を出し揃え、やっと身分証に関する情報の擦り合わせを終えた。
「あ、終わちゃった」
「え?」
あれだけ偽装するための案を出しながら公務を終わらせたと言うルークの言葉にビビる。
もう少しで摘まんでいたティーカップを落っことすところだった。
「あぁ最後に発行手続きとか諸々パスするから明日以降のどこかにまた僕のところに来てね」
どこかの役場に行かなくても良いのは楽で助かる。
「おけ」
「んー......昼ちょっと過ぎたあたりか。これからどうするの?」
懐中時計をポケットから出して時間を確かめたルークがアフィリアに遠回しなご飯の誘いをする。
「ちょっと稼ぎに行ってくる」
「そっか......。まぁあの額だししょうがないか。これ以外にも手伝えることがあったら言ってくれて構わないから」
「大丈夫だ。そこは遠慮しない」
こちとら遠慮してる場合じゃないんだ。
「またね」
「あぁ」
執務室から退室した俺は取り敢えず職場まで向かいに足を進める。
国外へ出ると決めたは良い。だが今まで積んできたキャリアを放り出して稼ぐのは果たしてどうなのだろうか。アフィリアの脳裏にそんな考えが今更ながら過る。
借金で独房行きよりはマシだと思うんだが......下積み時代のはした金じゃ足しにもならないんだよなぁ。そういう話じゃ冒険者なんて以ての外だ。一つ昇級するのにどれだけの労力が必要か......。まぁ冒険者なんてかったるい事してる時間も余裕もない。冒険者以外の仕事......仕事......待てよ。
そういや俺仕事言ったら冒険者と遊撃部隊しかやった事ないぞ。
何気にまずいか?あぁいや魔物の素材を高く売り付けるとかまだやりようはいくらでも......。
「あいつら二人掛かりでひと月の給金が気になるところだな......」
あぁヴィクトリア言ったらヴィクトリアが滅茶苦茶ぼったくって近い将来仕事無くさなきゃ良いんだが......。案外切羽詰まったらやりそうだから余計怖い。
「お?あれ隊長?」
「え?隊長?」
アフィリアの進んでいる廊下の突き当たりから曲がってきた遊撃部隊の部下たちが、口を隠すように手を置いて考え込むアフィリアを見つけ呼び掛ける。
「隊長おはようございまーす!」
「ん?あぁお前らか」
「はようございます隊長。何かありました?」
部下Aと部下Bが律儀に挨拶しに来たので一旦考え事は後回しにする。
「ちょっとな」
流石にこの国の象徴の一人で王族のルーナが国家予算ほどの賠償金を押し付けてきたとは言えねぇよなぁ。
「手っ取り早く金が欲しくてな、まぁまぁ困ってる」
「借しませんよ?」
「お前に借りて何とかなる額だったら良かったんだが」
表情はいつもと変わらず動かなくともアフィリアの目が死んでいるのを見た部下たちが事態の重さを察する。
「あまりの絶望っぷりに苦笑いもできてねぇ」
「い、いくらですか?」
「ははは、街が建てられるくらいだな」
動かない表情から放たれた大雑把な額に全員の目がアフィリアから逸れる。関わりたくないのだと良く分かる反応だ。
「ははははははは」
笑おうとしてるのに口角が動かないな。どうしたものか。
「えちょっと!?隊長壊れちゃいました!」
「あの隊長が金なんかで壊れるはずないだろ!」
「叩くと直るんだっけ?」
「何世代前の照明だよ」
笑う人形と化したアフィリアが何とか現実に戻ってきて部下Aたちと足並み揃えて執務室へ向かう。
「あ、隊長。今の内にこれ渡しておきますね」
またいつ仕事で遠出するか分からない俺に部下Aが手に持っていた書類の束から一枚の書類を俺に見せる。
書類を受け取り目を通すと内容はハンガーから俺たち遊撃部隊全体への異動命令だった。
「......部隊の異動申請?」
「一時的にです」
読んでいくと近頃他国の動きが怪しいやら戦力の強化やら、肝心な俺たちの部隊の配属先は......。
「保安局か。怪しいな」
「やっぱり隊長もおかしいと思いました?」
アフィリアの目が細くなり部下Aも怪しいですよねと共感する。
「部下Bはどう思うんだ?」
「やめた方が良い思いますよ。まぁ申請っていう名の命令っすけどね。結局俺らの意見とか聞いてないじゃないですか」
「Cは?」
「同感っす。他のみんなも拒否一択ですよ」
だろうな。だが保安局とはあからさまな。
「完全に城から追い出そうとしてんな」
保安局の主な活動拠点は城下町だ。街の見回りも事務処理もほとんど全てその拠点で済ますので、城には年に数度保安局長が報告書を手渡すくらいしか行く機会がない。それも保安局長であるため俺たちじゃない。付け加えて、城に入るには明確な目的がないと防犯的に良くないのでいくら部隊長であっても追い返されてしまう。
よく見りゃ異動期間も抽象的で分かんねぇし。
「拒否だな。ちょっと行ってくる」
紙のやり取りじゃ信用ならないので口で言ってこようとアフィリアが部下たちの集団から外れようとする。
「え?直接ですか?」
「あぁ、申請者が防衛大臣だろ?なら俺だけの方が好き勝手言いやすい」
「しっかりやっちゃってください!」
「殴ったって怒られるだけです!ボコっても大丈夫ですよ!」
「治安が終わってるから保安局で更生しようとしたのでは?」
部下Aの言った事に「たしかに」と共感した後、部下たちと別れた。
ハンザ―がいる場所って多分防衛大臣執務室みたいな所だよな?防衛省のエリアってどこらへんだっけ?
そこらへんにあった防衛省の総務部を見つけてこの辺りだなと思ったアフィリアは近くを探す。
歩いていたアフィリアの頭に、ふと「最近ハンガーが怪しい事してるかも」というセリフが再生される。
それと照らし合わせるように手に持つ申請書に視線を落とす。
「他国の動きが怪しいねぇ」
俺には自分たちの事は気にせず他を見てくださいとしか読めないんだが。
まぁ本当におかしな事であればルークあたりが忠告してくれるだろう。
視線を上げると防衛省執務室という表札が掲げられた部屋を見つけ足早に向かう。
部屋の前まで着いたかと思えば、着くなり断りもなく執務室のドアを蹴破って入って行く。
「ハンガーいるか?これなんだよ?」
中へ入ると、書類と格闘していたハンガーがあんぐりと口を開けて呆ける姿が目に入る。
取り敢えず申請書をどこかに放り投げてハンガーの元へ歩み寄る。
「どういう意図でこれ作ったんだ?......ん?おい聞いてんのか?」
「はぁー......まるで躾のなってない駄犬めが。貴様に聞かせるような話もなければ聞く権利もない。分かったらさっさと出ていけ」
皺の寄った顔で睨み付けるハンガーに、さっき放り投げた紙を指差しながら話を戻す。
「お前からいちいち申請しておいて帰れ?馬鹿かお前」
「申請とは図々しい奴だ......命令だよこの馬鹿がッ!お前如きが無断でこの部屋に入ってきたことも信じられんが事もあろうか理由だと?身の程を弁えろ下郎!」
「んな御託聞きたくて来たわけじゃないんだよ上級国民さんよぉ。早く答えろっ言ってんだ。お前俺より身分高い癖になんで報連相が出来ないんだ?」
「帰れ!話にならん!」
んー......。キレはするが口を滑らせるまではいかなかったか。
ドカッと音を立てて椅子に座り直したハンガー。机の書類に一瞬視線を移すと古くなった模擬剣を一新した旨の報告書と兵力増強がしたいから運営費を増やしてくれという打診が書かれていた。
「あの申請書にも戦力強化とか書いてあったが何するつもりなんだ?」
「この愚物が......!」
話の通じないアフィリアに握った拳を振り上げそうになるが握っていたペンが折れた感触と音で幾分か怒りが収まる。
「......ッチ。貴様に聞かせる事などないと言っているだろう。それとも四皇帝の腰巾着殿はそれすら理解できない愚民だと?」
こいつ言いよる。だが足りない。もう少し生意気な顔だと尚良い煽りなんだが。
「いやいや、上司であるにも関わらず説明を放棄するような愚鈍さには劣るよ」
「ははははは」
「ははははは」
何故か笑い合う二人。
「殺す!」
「やってみやがれ!」
醜い争いとかそういう次元を超えた馬鹿みたいな事をした後、アフィリアは無事申請書を押し返す事に成功した。
「ハンガー案外強いな」
流石防衛大臣、流石準四皇帝と言ったところか。下手に攻撃を受けようとしてたら普通に吹っ飛ばされてた。
服の皺も直さず遊撃部隊の執務室へと向かうアフィリアの顔には、ほんの少し悔しさが滲み出ていた。
歩いてすぐに執務室へ到着したアフィリアは何やらガタガタと物音がうるさい部屋のドアを開け入室する。
「オラよこせぇ!」
「ンゴォッ!」
「ヒャッハー!俺のサーベルゥ!」
どーん!(タンスが倒れる音)
「もうお前らうるさい!」
「お前ら埃立てんじゃねぇよ!(さっさっ)」
おい部下E、お前の持っているその貴金属と塵取りは何だ?
「あ、隊長!あいつら黙らs———」
バリーン!(ガラスの割れる音)
「......黙らせる前に窓割って出て行ったぞ」
「もうッ!ガラス代どうするんだよあいつら!」
そういやハンガーの執務室ってこんなうるさくなかったな。なんでだろう。
「全く。それで隊長、あれはどうなったんですか?」
申請書の件だろうか。
「あぁ、殴っても特に何も言われなかったぞ」
右腕は外されたが、と右腕の肘を指差して何でもないように言うアフィリアの様子で怪我は大丈夫なんだろうと思う事にした部下A。
「返せたんですね。わたしの方で少し事情を調べてみたんですけど私たちの部隊以外異動といったケースはなかったみたいです」
遊撃部隊だけ?こりゃまた思わせぶりな。
「理由は知らないがまぁ返せて良かったな」
「はい。あ、それと隊長これあげます」
「あげる?」
何をと思いながら部下Aへ顔を向けると笑顔の部下Aが最初に目に映り、その次に書類の束を俺の前に差し出す手が見えた。
一体なんだと言うのだ。
「わたし、一人、頑張りました」
俺も頑張れと?
「お前、それが戦果を挙げた戦士に対する仕打ちか?」
「あれ以外にも申請書はこちらにたくさんありますよ。これは衛生部からで、部下Dさんを貸してほしいっていうやつと......これは戦術指揮官部からで、何か良い嫌がらせあったら教えてっていうやつとか」
俺の判断を仰ぐのは当然だとは思うんだけど部下の派遣は事後報告で良いって言ってるのに。
「いや俺ちょっと出稼ぎに行きたいんだけど?」
「わたし!ひとりで!頑張りましたッ!」
「......分かった」
逃げられないか。まぁついさっきまでの予定だとするつもりではいたんだが......。くそ。
「いええぇす!!」
途端に元気になりやがって。
もらった書類を机に置き、割れた窓から外を見下ろすとまだBとCがグラウンドで殴り合っているのを見つける。
「お?部下Bと部下Cじゃん!俺らも混ぜろよー!」
あ、軍部の奴らも入ってきちゃった。
「......まぁ訓練になるしあいつらもあのままで良いか。あれ?そういやDどこ行ったんだ?」
部屋を見回すもDの姿はなく「あの時は居たよなぁ?」と廊下で鉢合わせた時の事を思い出す。
「あぁ部下Dさんなら隊長が来るより前に虫取りに行きましたよ」
「じゃあ良いか」
貴金属を磨く部下Eを視界から外して事務作業に取り掛かるアフィリア。
それどっから盗んで来たん?......落ちてた?嘘つけ。
〈科目:生物学〉
魔物の定義をお教えしましょう。あぁだから席につきなさいって言っているでしょう!
「すまん」
はぁ.......。何で私が子守りなんて......。取り敢えず貴方は板書を徹底してください。それでは話します。魔物とは魔力によって変質した生き物全般に当てはまる言葉です。ですから魔力の影響を受けている私たち人間もまた、見方によっては魔物と捉えられます。
「......(挙手)」
はいどうぞ。
「魔力に影響する動物とそうじゃない動物の違いはあるのか?」
中々鋭いですね。ですがその質問にお答えすることは現状できません。何故なら未だ分からないままだからです。......ふむ、少し振り下げましょうか。魔物は撃退した後すぐに魔力が体から抜けてしまいます。すると魔力で変質した体だけが抜け殻として残り徐々に瓦解が始まってしまうので調べたくても調べられないというのが現状ですね。
「お前ら冒険者は普通にバラしてなかったか?」
お前ではなくヴィクトリアです。それは少し特殊な事で少し説明が難しいのですが・・・後編へ続く




