14.デートイベントまで!
「文化祭当日さ、いっしょに回ろうよ」
「……そこまでしてくれなくていいよ」
「なんで? 僕たち恋人同士だよ?」
「……なんでって」
ストレートな物言いになんだか歯切れの悪い返答しか浮かばず、もにょもにょと言い淀むひかり。彼の"付き合おうよ"は恋愛感情を含んだものではなかったはずだが、とひかりは少々遠慮がちに灰司に身を寄せ小声で答えた。
「あのね、これって期間限定でしょ?」
「違うけど」
「……からかってる?」
「からかってないけど」
「どういうつもり?」
さも真剣ですとでも言いたげな彼に、ひかりは疑心暗鬼を通り越して恐怖を感じ始めていた。
これも"歪み"? もしや利用されて捨てられるオチなのだろうか? 知らぬ間にバッドエンドに近づいているのではとひかりは身震いする。
「棗くん、全部この先を知ってるみたいで怖いよ」
「千里眼の持ち主じゃあるまいし、全部なんて知らないよ」
「でもお昼は阿笠さんのこと終わらせるつもりだったでしょ」
「……ここで話すことじゃないかな」
「自分で話したくせに!」
突き放すような灰司についカッとなって言い返せば、ケタケタと彼は笑い、その間に何枚目かも分からない黒い板がまた一枚完成した。ひかりは鼻息荒く、それを壁に立てかけ一度その場を後にしようと立ち上がる。
全く考える事が多すぎる。ひかりは瞬く間に駆けていく展開に追いつけず、一度休憩を挟もうとそのまま歩き出せば、ひかりの袖を灰司の手がぎゅっと掴んだ。
「だから今はもっと違うことおしゃべりしようよ。文化祭当日さ、仮装しない? 仮装!」
「ちょっと待って、テンションの差がキツすぎてついてけない」
突然外側へ引っ張られ、よろけた身体を灰司が咄嗟に支えてくれた。いやくれたじゃなくて、ひかりは引っ張られた側だから被害者のはずだ。開いた視界にははしゃいでいる王子様。とてもムカつく。
「今は仲良くしようよ、探ってばっかりじゃ疲れるでしょ?」
「じゃあ放課後シャルンにて!」
「え、果たし状?」
「デートのお誘いだけど!」
この男はああ言えばこう言う。胡桃とは性質が違う天然さんだ。人工物の天然さん。
延々と浮かれた事ばかりで肝心の話が進まない事に耐えきれず、ひかりは二人で話せるように事を進めた。
支えてくれたことに礼を述べ、改めて歩き出すと何故かよちよちと赤ん坊のようについてくる灰司。ひかりの怪訝な表情は更に疲労感を増した。
しかしまあ、デートへ誘うなんて何だか乙女ゲームみたいだ。自分から言い出したことではあるものの、返答を待っている間「断るな、断るな!」と恥ずかしげもなく祈った。
「わかった、でも一緒に行こうね」
「ひぃ、もう良くない? ずっと一緒にいるつもり?」
「そっちの方が安全だと思うけど」
「こころがもたない!」
「顔がめちゃくちゃ好きって言ってくれたもんね、ひかりちゃん」
「言いましたけど!?」
それが何か!? 人の恥部を槍で突き刺してくる灰司にしっしと手で払う仕草を見せれば、また何がおかしいのかケタケタと笑った。
「ーーはぁ、面白いな。ひかりちゃんは」
たっぷりと吐息を混ぜながら、素面で「おもしれー女」を吐く王子様。そんな王子様はやはりどこでも注目の的らしく、廊下を二人歩いただけで視線は彼のものであった。
ひかりは彼と付き合って一日目、ようやくその影響力に気づき始めた。
「灰司棗」
すると後方から凛とした一人の声が彼を呼び止める。振り返るまでもない。白雪だ。昼休みから今の今まで、目も合わせてくれなかった白雪がそこにはいた。
「白雪さん、なにかな?」
「話があるの、ちょっと来て」
有無を言わせぬ迫力の白雪は、召使いを呼ぶように灰司を呼んだ。その恐ろしさにひかりは逆に灰司の袖を引っ張ると、灰司は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、心配しないで」
そう言って白雪と二人消えていく後ろ姿を見送ると、なんだか一人いなくなっただけなのにぽっかり穴が空いたような気分になった。
***
少しは抵抗を見せると思ったけれど、思ったよりずっと簡単に灰司は呼び出しに応じた。
人気のない校舎裏。そこは学校の中でも穴場の告白スポットであり、デートスポットでもあった。白雪と灰司はそんな場所に、ロマンスのかけらもない空気で相対している。
「ーー単刀直入に言うけど、ひかりは私が助けるからアンタは消えてくれない?」
「そんなこと言われても僕たち恋人同士だから」
「恋人同士って"だけ"でしょう、好きでもないのによくあんなにベタベタくっつけるね」
「好き、とかよく分かんないんだよね」
好意の有無を否定しない灰司にギリと奥歯を噛み締める。
たはは、と照れ臭そうに笑う灰司に白雪の苛立ちはふつふつと煮えたぎり始めた。
「何を企んでるのか知らないけれど、アンタが関わると絶対ろくな事にならない。この件から手を引いて」
「ろくな事にならないのは白雪さんにとってでしょ?」
変わらぬ笑顔で知ったような口を聞かれ、瞬間的に頭に血が上る。とんとんと貧乏ゆすりが酷くなり、土を踏むつま先が汚れていく。
取り繕う必要もないけれど、灰司の前だと白雪はどうしても冷静さを欠いてしまう。だが今は目的の為にぐっと怒りを飲み込んで、話を続けた。
「……話が早くて助かる。そう、アンタとひかりが一緒にいると何もかもが上手くいかないから離れて」
「そんなの嫌だよ、僕にとっても良いことがない」
「ある、アンタの"汚点"を一つ消してあげる」
灰司の肩がぴくりと跳ねる。ようやく反応らしい反応を示した灰司に白雪はしめたと言葉を紡ぎ続けた。
「ひかりに関わらない、それだけ」
「……」
「どう? 沈黙は了承とみなすよ」
オレンジ色の空が白雪に影を差す。腕を組んで考え込む素振りを見せる灰司を急かすのは、さっさとこんな場所から離れたかったからだ。
「ううん、断るよ」
そしてたっぷりと時間を使った後、灰司は顔を上げ首を横に振った。
「は? こんな好条件を断るなんてどういうつもり?」
声を荒げないように、しかしどう気をつけても白雪の声の険は濃くなる。否は想像していなかった。想像なんてする必要なんてなかったはずだ。
「別に今の僕に汚点なんてないし、困ってもないからね。それよりひかりちゃんといる方が楽しそう」
きっぱりと言い切った灰司に白雪は大きく舌打ちをする。灰司はそんな白雪など気にもしていないように去り際にこう言った。
「それにさ、」
「怪しい老婆から林檎をもらう馬鹿がどこにいるの?」
軽蔑したように揶揄して去る灰司に白雪は声にもならない呻き声をあげる。
狂おしいほどの怒りに白雪は校舎の壁を何度も拳で殴り、血まみれになった手を制服のスカートで乱雑に拭った。




