13.バグじゃないです、しつこいです
(ヘイ、ナナコ。灰司棗の好感度は?)
『0です』
(バグ!? やっぱりバグなのかな!?)
『通常の正常値です』
(じゃあ異常なのは灰司くんだな)
『そうでしょうか?』
心底疑問げなナナコにひかりは最早この世界の当たり前が分からなくなった。
***
『ーーじゃあこの話はまた今度! 話し合いは別の場所でしようよ、みんな巻き込んでごめんね!』
あれから魔の昼休みは灰司のにこやかなこの一声で終わりを告げた。普段優しい灰司の怒りの部分に怯んだクラスメイトは、その温度差に戸惑いながらもどこかホッとしたように各自日常に戻っていった。ひかりもその一人として逃げるように早送りを試みた。
しかしそう簡単に上手く事が進むわけもなく、ひかりの時間は意外に早く止まってしまった。
放課後にある文化祭準備の時間だ。昼の光景を思い返しつつひかりは色塗りを任せられた段ボールを新聞紙の上に運ぶ。その間も暇を埋めるようにナナコに話しかけ続けた。
(だって昼の灰司くん、完全に乙女ゲームのキャラだったよ。スチル出るレベルでかっこよかった)
『乙女ゲームのキャラですから』
さも当然のようにナナコは同意する。
(じゃなくてさ、好感度0の人の言うセリフじゃないでしょ、あんなのって)
『それが通常のキャラという事です』
(ひえ〜、変なところがフィクションっぽい)
ナナコの淡々とした受け答えにひかりは片眉を上げて、バレない程度にリアクションを取る。
灰司の"恋人ごっこ作戦"は功を成したのか、ひかりに過度に強く当たるクラスメイトは体感ではあるが減った気がした。
(……最初は何言ってんだって思ったけど)
『相良さん、僕と付き合わない?』
ひかりは先日の昼休みに言われた灰司の衝撃的な発言をそっと思い出す。口に含んでいたお茶を全部こぼすレベルの発言にひかりは言葉を失ったが、彼はいけしゃあしゃあとひかりに続けた。
『僕と付き合えば、灰司の女という箔がつく』
人差し指を立てて名案だとばかりに笑顔を輝かせる灰司。こいつ誰に言われずとも自分で言いやがった。
『そして白雪さんの束縛からも逃れさせてあげる』
『そこまでする筋合いが灰司くんにはないでしょ?』
こぼしたお茶をハンカチで拭きながら、ひかりはそう問いかけた。当然の疑問だ。そこまでしてもらえるような恩を売ったつもりはない。寧ろ助けてもらってばかりだ。
無意識に怪しいものを見るような目で見てしまっていたのだろう。そんなひかりに灰司は苦笑いを浮かべると「取って食べたりしないよ」と冗談を言った。
『そこまでする筋合いがあるんだ、相良さんには』
含んだような口調でそう返してきた灰司に勿論問い返しはしたが、それ以上は何故か語りたがらず。結局ひかりはその作戦に乗ってしまったのだ。
宝箱が歩いてきたようなもんだと今は飲み込んでやっただけだ、決して怪しい壺とか売られても買わない。絶対に買わない。多分。
「ひかりちゃん、手伝うよ」
ペンキの匂いにふと柔軟剤の香りが入り混じる。顔を上げると、ジャージ姿の灰司がすぐ隣にしゃがみ込んでいた。
「え、いいよ。すぐ終わるし」
言った後にしまったと思った。びっくりするくらい彼女の返事じゃない。偽彼女だとしても愛想がなさすぎた。だが、そんな返事もお構いなしに灰司は汚れたハケを手に取り、黒のペンキに突っ込んで作業を始めた。
「あ、ありがとう……」
「いいえ」
「壺とかなら間に合ってます」
「ふふ、なんですかそれ」
釣られて敬語になる灰司の口角が悪そうに持ち上がる。たまに出るこの笑顔がひかりは好きだった。
「あのさ、さっきやり返すって言ったけど具体的に考えてる?」
周りに聞こえないようにひかりに届く範囲の小声で、彼が徐に問いかけてくる。ぎくりと問われた本人は首をひねた。
「か、考えてない」
「やっぱり」
「すみません……けちょんけちょんの邪魔をして……」
暗闇を演出するために黒に黒を塗り重ねながら、説教の準備をする為に首をすくめた。
「別に怒ってないよ、けれど作戦会議くらいはしなきゃ」
「うん、せっかく灰司くんが力貸してくれてるんだしね」
「じゃあまずその"灰司くん"をやめよう」
「え?」
「普通にしてる時でも名前で呼んで」
瞬間神々しい後光が射した。常時イベントスチル顔面の男がひかりに向けて最上級の照れ笑いを浮かべている。
「う、え、な、なつめくんって?」
呂律がうまく回らない。視線をどこにやっていいか分からず、ひかりは右往左往と黒目を動かした。
「うん、ひかりちゃん!」
好感度0はやはりバグではないか? 破顔したひかりは再度ナナコに問いかけた。




