12.恋愛イベントですよね?
「暴力は駄目よ、ひかりちゃん」
混沌とした空気に颯爽と現れるお姫様。そんなうららの登場自体、癪ではあるがひかりはその一声にハッと我に返った。
そうだ、暴力。怒りに身を任せていたとはいえ、うららの言う通り暴力を振るってしまったのだ。それ以上にすごい事を言ってしまった気がしないでもないが、これに関してはひかりが悪い。けれど、けれど。
「っ、そこまでされる筋合いない……っ! 灰司君が味方についたからって調子に乗んないでよ!」
泣いて喚き散らす女子生徒Aは、ここぞとばかりに叩かれた頬を押さえ、自分は被害者だと必死に主張している。その迫真っぷりに次第に周囲も空気に当てられ、傍観に徹していたクラスメイトたちも思い思いにひかりを非難した。
「謝れよ!」
「殴るのは駄目だろ〜」
「やりすぎじゃない?」
少しずつクラスメイトたちの声が浮かび上がり、塊となる。場を支配する塊たちにひかりは思わず後退り、あんなに達者だった口もぴくりとも動かなくなってしまった。
せっかく、灰司が味方をしてくれたのに。
私が先走ってしまったせいで全てパーだ。ひかりは自らの失態を嘆いた。
……謝るしかない、騒々しい教室を鎮める方法などひかりのちっぽけな頭ではそれくらいしか思いつかなかった。そうして意を決し口を開こうとすると、突然ぽんっと背後から背中を押される。
「でも、ビンタ一発で済ましてもらえるなら儲けものじゃない? 阿笠さん」
「……へ?」
灰司だ。ひとしきり笑い終えたのか、屈託のない笑みはいつもの胡散臭い笑みへと変わっていた。女子生徒A改め阿笠の力ない声がぽつりと落ちる。
「確かに暴力は良くないよ。やりすぎたかもしれない、けれどひかりちゃんも酷い目にあっているよね?」
「な、棗くん、それは……」
「ひかりちゃん、大丈夫だよ」
灰司は笑みを絶やさない。
「ひかりちゃんが大ごとにしたくないっていうのは理解しているんだけどさ、みんなひかりちゃんが酷い目にあっている事は見事無視するんだもん。こういう時だけ口を出すのって良くないよね」
誰かの悲鳴が聞こえた気がした。クラスメイトの悲鳴か、ひかりの幻聴か。
皆が一気に押し黙っている様子を見る限り後者が正しいだろう。弁当の箸さえ進んでいないものもいた。それくらい灰司の笑みは有無を言わさない圧があった。
「だから僕は好きな人のために声をあげるよ。ひかりちゃんに酷い事をしただろう、謝って」
「……ペンキのことならあれはわざとじゃ、」
「違うだろ」
冷えた空気は一層凍る。灰司の色のない瞳が阿笠を捕らえた。
「無視から始まって、靴隠しに机のラクガキ。ひかりちゃんが一番傷ついただろうけど、僕は彼女をヤリマン呼ばわりされたのが一番ムカついたかなぁ……」
「な、なにそれ! そんな事あったなんて知らないし、やってない!」
「あはは、あっそう。やってない、か」
唇を尖らせて純粋ぶる灰司に狼狽する阿笠。
ーー……いやちょっと待って、私空気すぎない? ひかりはこの何分か、目の前の光景をまるでテレビの中の世界のように眺めていただけであった。
その事実にひかりは思わず、次の策を打とうとしている灰司の袖を引っ張っていた。
「今話の途中……」
「ちょっと灰司くん」
小声でそう呼べば、灰司は少し眉根を寄せた後身を屈める。灰司くん呼びは恋人ごっこから外れた時の合図だ。
「もういいから、私空気すぎるし」
「でももう少しでけちょんけちょんにできるよ」
けちょんけちょんって。子供か。
「……しなくていい、ていうか」
「?」
「やり返すなら私がやり返したい」
そう言い放つと灰司は暫し目を丸くした後、企んだように悪く笑った。
「そうだね、じゃあ謝ろうとしないでよ」
「え?」
「ちょっと! なにコソコソ話してんのよ!」
痺れを切らした阿笠が二人の間を割けば、灰司は屈めた背を正し爽やかにこう言った。
「ーー今更誰に嫌われても困らないでしょ、俺がいるんだよ?」




