11.やっと恋愛イベントですか?
「は? 灰司棗と付き合った!?」
ああ、こうなるこったと思った。ひかりは居心地悪げに自分の上履きに視線を落とす。
昼休み。白雪と昼食を食べ終わったタイミングを見計らい、灰司が二人の席に訪ねてきた時点でひかりは察していた。
不可抗力とはいえ教室中に響いてしまった白雪の声に、クラス中の皆が耐えきれず様々な色の声を上げた。
息を呑む者、気絶しそうな者、声を失う者、好意的なリアクションはひとつもない。ひとつもだ。おめでとうの声などあるわけがない。
だが正直、その心境は話題の中心であろうひかりにもよくよく理解できはした。
「そう、白雪さんにはちゃんと伝えとかなきゃって思ってね? ひかりちゃん」
「う、うん……棗、くん」
なつめくん、だってよ。口に馴染まない名前呼びに軽くもごつきつつ、ひかりは灰司にぎこちなく微笑んだ。
「好きなんて一度も言ってなかったのに? 私に内緒にしてたの?」
「ち、ちがうよ、シロちゃ……」
「僕から告白したんだ。ずっとひかりちゃんのことが気になっていてね」
「!!」
「そうしたら断られちゃって」
ひかりの笑みは驚愕に崩される。この私が!? あの灰司棗を振ると!?
僕に任せてよだなんて作戦も曖昧に伝えられ、ひかりよりは頼れるだろうと灰司に任せはしてみたが。
それはあんまりではないか!? ひかりは無言の圧で訴え続けてみはしたものの、そんな圧も何のそのと灰司は躱してしまう。
「けれど僕、諦められなくて……めげずに頑張ってみたらひかりちゃんってば優しいからオーケーしてくれたんだ!」
なんだそのすごくふわふわした"頑張ってみたら"!!
それでいてとても良い笑顔ですね! ひかりの心のツッコミはとどまることを知らない。それでも心の内を口にする事は出来ず、ただただあんぐりと灰司を見つめることしか出来なかった。
「ほら! やっぱりそういうことじゃん!」
「え?」
第三者の声にひかり達は振り返る。そこには名も覚えられない女子生徒Aが立っていた。
「相良さんは誰にでも優しい灰司君の好意を利用したってことだよね? だって好きじゃないのにオッケーしたんだよね?」
「何がいいたいの?」
瞳孔の開いた女子生徒Aが半狂乱の様子でひかりに迫り来る。シロちゃんでも灰司でもなく、ひかりにだけ的を絞ったのは自分が一番弱そうだからだろう、と何となしに読める心理に苦虫を噛み締める。
「だから最低のビッチだって言ってんの! 胡桃宝とも百合原とも寝てるクソビッ……っだ!?」
言われようのない失礼すぎる発言に、無意識にひかりの右手が彼女の頬を打つ。白雪だか灰司だかの止める声が聞こえた気がするが我慢の限界だ、我慢の限界だ……!!
ひかりは胸を膨らませ、大きく息を吸う。不意打ちによろけて怯んだ表情を見せる彼女を見下ろし、ひかりは口を開いた。
「このビンタ、ペンキの件とおあいこだと思ってるから、私」
「というかまず謝ることもできないの? 私の制服ぐちゃぐちゃにして、加えて暴言? 何に発狂してるのか分からないけど羨ましいなら人の目なんて気にせず男漁りすればいいじゃん」
「まぁ!? 私は男漁りなんてしてないですけど!? あの二人は"友達"なの! アンタが男女の友情に理解を示さないのは結構だけど押し付けないでくれる!?」
「あと棗くんとやらの事好きじゃないなんて言ってないから! そうだなぁ、強いて言えば顔が好き! オイコラ満足か!? 顔が好きです! 顔がめちゃくちゃ好きでーす!!」
……沈黙。当然の沈黙だ。だが、完全に血が上ったひかりは周りの空気さえ察し取る事ができなかった。
するとそんな沈黙を破るかのように灰司が顔を腕で覆い隠しながら、声を上げた。
「……っ、ぐふ、ふふ……っ、まぁ、まあ……、応援してくれると僕は、ふふ、嬉しいし……っ、あ、ダメだ、ごめんねひかりちゃん、ふ、ははははっ! ぼく、はなせないやっ」
めちゃくちゃ笑っとる。愉快にこの状況を楽しんでいる灰司に、ひかりは早々にこの人は頼りにならないなと悟った。




