9.売ってません
『やはり、白雪白詰を譲っては?』
「譲るって……シロちゃんは私のものじゃないんだけど」
ベッドに腰を下ろし、憂が淹れてくれたココアを一口含む。夕食も風呂も済ませ、憂が甘くない純ココアを部屋まで持ってきてくれたのだ。
憂は家に帰ってから今まで、無理にひかりから話を聞き出そうとはせず、今は電話の子機を持って部屋で友達と電話をしている。ひかりとしては憂が普通に接してくれている事が有難い。
「この世界に来てから泣いてばっかりだなあ……」
ばっかりと言っても三回ほどか? そのどれもが恐怖や悔しさから滲んだもので、良い理由はひとつもなかった。
虚しさを埋めるようにココアをまた一口。安心する温かさ、ひかりの事を知り尽くした温かさが心地よい。
「シロちゃんに執着しなければ、なんとかなるかな?」
『西園うららのバグは白雪白詰によるものなので、恐らく解決には繋がるはずです』
「もう負けたくないとか言ってる場合じゃないもんね……ういちゃんが関わってるんなら折れる事も考えなきゃ』
『その賢明な考えを負けと宣う人間なぞ、ひかり様には必要ないのでは?』
これは驚いた。ナナコにしては珍しい攻撃的な発言に、ひかりは存在もない彼女の姿をキョロキョロと探した。怒りを含む機械の声はとても勇ましい。
「ま、まあ、そうだけど。……珍しいね、ナナコがそういう事言うの」
『ひかり様には多大なる迷惑をおかけしました。それに私個人としても、ひかり様には良いヒロイン生活を送っていただきたいので』
「ナナコ……! やっぱりナナコは最高のナビゲーターだよ!」
『とはいっても、容姿と愛嬌がもう少し高ければこんなバグも起こっていなかったと思うのですが』
「お? 喧嘩売ってんのか?」
良いことを言ったかと思えば、このナビゲーターはオブラートにものを包んでは言えないらしい。
それでも憂のココアに負けじと、彼女の存在もひかりの支えになっているのであった。
***
二階から繋がる旧校舎の空き教室にて。
ひかりと百合原、そしてこの場を提供してくれた胡桃と三人で輪を作って昼食をとっていた。
「え〜! 手を繋いで帰ったのか? 俺もまぜてほしかった!」
「今そんな話してないんですよ」
「めちゃくちゃシリアスな話してんすよ」
昨日の出来事を胡桃に語って聞かせれば、駄々をこねる彼にひかりと百合原の冷静なツッコミが入る。
今日の昼休みは文化祭に向けて風紀委員も忙しいから、と白雪が不在になった。そんな時、二人がひかりを昼食に誘ってくれたのだ。クリーニングが終わるまで、制服の代わりにジャージ姿を強いられてしまっているので、人気の無い所は大変有り難く、今までの話を胡桃にも一応伝えておいた。のだが、彼は別の事に気が向いてしまったようだ。
「というか、私たち手繋いだことありますよ」
「あの時の俺はノーカンだろ。ろくでなし男だったから」
「よく分かってますね。言っておきますけど、今もろくでなし男ですよ」
「ははは」
「ちょっと待て! なんの話だよ!?」
ひかりと胡桃の映画デート云々までは知らない百合原が、驚愕に前のめりになる。しかし、二人ともにこりと微笑みを向けるだけで、誤魔化す事もなく話を続けた。
「それでどうすれば良いと思います? 助言求めます」
「後からさっきの話聞かせろよ」
百合原が横からちょいちょいとひかりの袖を引くが、今相手をすれば話の方向性がズレるので一旦無視とする。胡桃がパンにかぶりつきながら、首を捻った。
「うーん。話し合いするにしても、西園さんがやったっていう証拠がなければ意味ないからなぁ」
「そうですよね……じゃあ、あのペンキかけてきた女子に訊くしかないですかね」
「あの女子三人衆はなんで怒ってんの?」
百合原の問いに、ミートボールを食べようとしたひかりの手が止まる。
「こうやって男子と仲良くしてるからじゃない?」
「西園さんが関わってるなら、上手いように扱われてる可能性もある」
「ええ……本当にうららちゃんがそんな事するのかよぉ……」
悲しげに項垂れる百合原。気持ちは分からないでもないが、ひかりとしては複雑だ。どんな表情をするのが正しいか分からず、ひかりはミートボールをもくもくと食べる事に集中した。
「してるしてないに関わらず、ういちゃんを巻き込もうとしたのは異常だと思う。それは親切ではないしな」
「それはそうっすね。俺もゆかりにそんな事されたら多分冷静になれないと思いますし」
「シロちゃんと距離取ったら少しは変わるかなぁ……」
「それはそれで白雪くんが発狂するんじゃないか?」
八方塞がりである。胡桃の一言でひかりは肩を落とし、痛む頭を抱えた。
そもそも白雪と距離を取るなんて、酷すぎやしないだろうか。彼の異常な執着心は確かに恐ろしいが、友人としては良い思い出の方が多い。インパクトは強けれど、静かな時の彼は優しい。
「俺が休み時間のたびに遊びに……――ぎゃあ!?」
「なに!?」
「百合原くん、どうした?」
すると、突然叫び出した百合原が何か恐ろしいものを見たかのように飛び跳ねる。ひかりと胡桃の背後を指差して、うわごとを繰り返していた。
慌てたひかりと冷静な胡桃がくるりと振り返れば、扉の小窓から端正な顔がべたりと張り付き、覗いていた。
「化け物だ!! 旧校舎って変な噂ばっかりなんだよ……っ! 自殺した男子高校生の霊がいるとか、閉じ込められて……」
箸を持った手を震えさせ、怪談話でもするテンションで話し出す百合原。
そんな彼を胡桃とひかりは冷めた眼差しで見つめ、交互にこう言った。
「馬鹿じゃないの」
「あれ、灰司くんだろ」
「……へ?」
――ガラリ。
扉が勢いよく開かれると、ハハハと微笑みを携えた灰司が登場した。百合原はぽかんとしている。
「よければ仲間に入れてくれる? 昼食を食べてくれる友達がいなくて」
珍しい客人に胡桃とひかりはお互いに顔を見合わせ、首を傾げた。




